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巨大ガマガエル

 第五階層に向かうと、そこはハンゾウから聞いたとおり浅瀬であった。

 膝下くらいまで水が溜まっている広大な池が広がっていた。

 さぞケルピーには住みやすい環境というか、力を発揮できる地形かと思われた。

 ますますユーリが心配になった。

 急いで彼らのもとまで駈け寄るが、そこで見たのは意外な光景だった。

 リュックサックを背負ってないユーリ。

 彼は短剣を持つと、縦横無尽に動き回っていた。

 水辺の素早いケルピーと同等の速度、いや、それ以上の速度で攻撃を加えていた。


 皮膚を切り裂かれるケルピーは、苦痛のいななきを漏らしたが、容赦なく反撃する。


 トロールの背骨も折ろうかという尻尾の一撃。

 少年はそれを颯爽と避ける。


 ズドンという音と水しぶきが広がるが、少年はその水しぶきの中から冷静にケルピーの位置を見極めると、ケルピーに斬撃を加えた。


 その姿を見て彼の上司である冒険者ジェイスはこう言った。


「……す、すげえ、あれは本当に弱虫ユーリなのか」


 魔法使いの女は言う。


「ジェイスよりよっぽど強いんじゃ」


 戦士は言う。


「おいおい、これは現実かよ……」


 その言葉を聞いた俺は彼らに言った。


「これがユーリ本来の実力だよ。散々、虐めていたようだが、仕返しされるかもな」


 ジェイスたちは、顔を青ざめる。内心、面白くて仕方ない。

 ざまあみろ、という感じであるが、ユーリという少年の心根は優しい。

 力の差を見せつけ、彼らを救ったあとでも、彼は謙虚にジェイスに従うだろう。


 さすがにユーリの立場も改善され、荷物持ちを押しつけられるようなことはなくなるに違いないだろうが。


 そう思ったが、それは実現しそうだ。

 ユーリはケルピーをさらに圧倒すると、トドメを刺すようだ。

 顔つきが変わった。

 決意に満ちた目になった。

 男の顔になった。


 ユーリはケルピーの一撃を颯爽と避けると、回転しながら近づく、そして遠心力を利用し、ケルピーの眉間に短剣を突き立てた。


 容赦のない一撃、必殺の一撃を放つ。


 その一撃を食らったケルピーは暴れ回るが、脳を破壊されてしまえばどうにもならない。


 そのまま巨体をずどん、と倒す。


 こうしてケルピーを倒したユーリ、彼の仲間は手のひらを返したように彼を賞賛するが、ユーリの顔は厳しくなる。


 手のひら返しを怒っているわけではない。

 さらなる危険が迫っていることを感じ取ったのだ。


「ジェイスさん逃げて!!」


 ユーリがそう言った瞬間、第五階層の天井から、巨大な物体が落ちてくる。

 その物体は舌をぺろりと出すと、カバくらいの大きさのケルピーを一飲みした。


「あ、あの巨体を一飲みだと!?」


 ジェイスは恐れおののいている。

 身体の大きさと口の大きさがほぼ同じな生物――。

 巨大なガマガエルは両生類特有の目でこちらを睨む。


 哺乳類と魚類の中間のケルピーが大好物のようであるが、人間もいける口のようだ。


 物欲しげにこちらを見ていた。

 舌がジェイスの部下である戦士に伸びる。


 あっという間にからまると、戦士を口の中に入れようとするが、ジェイスは勇気を出し、剣で舌を切る。


 戦士はそれによって救われた。


「……ユーリばかりに良い格好はさせられない。先輩の意地を見せる!」


 と雄叫びを上げ、巨大なガマガエルに突撃する。


 それを見ていた魔法使いは《火球》の魔法で援護し、僧侶は傷ついた戦士を介抱していた。


 ユーリはその姿を見ると、「みんな……」と漏らす、ほのかに感激しているようだ。


 ただ、感激しているだけでなく、即座にジェイスの援護をするのは、やはりユーリが有能な証拠であった。


 俺はガマガエル討伐に協力しようと思ったが、それを止め、援護に回る。

 安全地帯にいるのでゆっくりと呪文を詠唱することができた。

 いつもの短縮呪文ではなく、ちゃんと呪文を唱える。



「静謐に満ちた水の力よ、

 勇気あるものたちを包み込め!

 ウォーター・バリアー!」



 その呪文を詠唱し終えると、ユーリたち全員に水の膜ができあがる。

 この膜があればガマガエルの舌はすべり、捕食できないだろう。

 それにガマガエルの一撃も防げる。


 ガマガエルの体当たりを食らった僧侶は死を覚悟したようだが、大したダメージを受けずにけろりとしていた。


「ど、どういうことだ?」


 と不思議そうな顔をしている。 

 ユーリが説明する。


「あそこにいる偉大な魔術師さんが援護を。付与魔法を掛けてくれたようです」


 俺を指さす。


「やや、それはありがたい」


 と頭を下げる僧侶。

 俺は彼らに言う。


「これで飲み込み攻撃は避けられるが、巨体で押しつぶされたら死ぬかもしれないぞ。ジャンプ攻撃に気をつけろ」


 というと予測どおりジャンプ攻撃をしてくるガマガエル。

 彼らは無事避けるが、俺のことを予言者のような顔で見つめる。


「残念ながら予言者ではない。ただの魔術師さ」


 そううそぶくと、ユーリを見つめる。


 パーティー全員に攻撃系の付与魔法を掛けようかと思ったが、ここはユーリに特化したほうが戦果が上がると思ったのだ。


 俺は彼の短剣に雷属性の魔法を付与する。

 バチバチと鳴る彼の短剣。

 雷の魔力をまとった短剣は威力を何倍にも高める。

 ユーリは唾をゴクリと飲む。


「す、すごい! なんだこれは!?」


 説明する。


「それは雷の付与魔法だよ、水棲生物には雷と相場が決まっている」


 理解したユーリはこくりとうなずくと、大声を張り上げた。


「アシトさんの一撃食らええええええぇ!」


 と叫ぶユーリ、ガマガエルはそれに臆したわけではないだろうが、一瞬、攻撃の手を緩める。


 防御魔法によって攻撃が効かなくなったことにも困惑しているようだ。

 ユーリは混乱しているガマガエルの腹にブスリ、と短剣を刺す。

 瞬間、雷の魔力が解き放たれ、ガマガエルに大ダメージを与える。


 大岩のように大きいガマガエルは叫び声を上げると、そのまま倒れる。

 それを見ていたジェイスたちは、歓喜の声を上げる。

 温かくユーリを迎え入れようとするが、それが油断となった。


 ガマガエルは先ほどの一撃で倒し切れなかったのである。

 ガマガエルは刹那の速度で起き上がると、胃の奥から強烈な酸を吐きかけてきた。

 この期に及んでガマガエルは奥の手を隠し持っていたのである。


 あの強烈な酸は水の壁では防ぎきれない、そう思った俺は、転移魔法を唱えると、少年を抱える。


 そして少年を抱えたまま、颯爽と酸を避けると、こう口にした。



「なかなかに手強い化け物だったよ、お前は。しかし、戦う相手が悪かった。もしも来世があるのならば、アマガエルにでもなって、田んぼで暮らせ」

 


 そう言い終えた瞬間、俺の手のひらから魔法が発動する。

 《雷鳴》の魔法、ライトニングボルトである。

 なにもない空間から発生した雷の一撃は、ガマガエルを的確に捉えた。

 その一撃によってガマガエルは今度こそ絶命した、……と思う。

 皮膚が焦げ、仰向けになっているからもう動くことはないだろう。

 周囲の人間もそれを悟ったようで、今度こそ歓喜を爆発させる。


「す、すげええ、なんて魔術師なんだ」


「ユーリもすげえが、この魔術師はその何倍も強い!」


 ジェイスの仲間である女魔術師は、「どうか弟子にしてください」と頭を下げている。


 どうやら、今の戦いによって彼らの(もう)(ひら)き、尊敬を勝ち取ったようだ。

 俺もユーリも。


 俺は彼らに賞賛されながら、イブたちのもとに戻る。

 ジャンヌは「どうせ魔王が勝つと思ってたの」と干し肉をかじっていた。

 イヴは「お疲れ様でした」と俺の外套を受け取り、労をねぎらってくれた。

 こうして俺たち一行は第五階層にいる守護者を倒した。

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