土方歳三vsジャンヌダルク
新撰組副長の土方歳三、
オレルアンの乙女ジャンヌ・ダルク、
ふたりは円形闘技場の中央に立つ。
ふたりが現れると、円形闘技場に集まった観客から、歓声が沸く。
彼らふたりの英雄の人気はすでに兵士に浸透している。
それが市民にも伝播し、熱狂となったのだ。
「うぉー! 歳三頑張れー! お前に金貨を賭けてるんだぞー!」
「歳様素敵ー!」
歳三のファンは、玄人や女性が多かった。
「ジャンヌ様素敵です! 下僕にしてください!」
「今日も美しい!」
ジャンヌのファンは幅広いが、やや若い男性に偏っている。
ファンの数はほぼ同数のようだ。
オッズも拮抗していた。
イヴの調査によると、歳三の倍率は1.3倍、ジャンヌは1.4倍。
もう誤差というか、賭け事として成立していない。
すでに賭けが目当てではなく、完全な余興、祭りとかしているようだ。
そんなことを思いながら、貴賓席に入ると、大きな歓声が響く。
「魔王アシュタロト様だ!」
「我らが王だ!」
「此度の催しを開催してくださりありがとうございます」
様々な言葉が飛んでくるが、どれも俺を称えるものであった。
しかし、今日の主役は俺ではない。
片手を上げて制止すると、観客は静まりかえる。
なかなかに手慣れているが、どうやらイヴが事前に「前説」をし、指導していたそうである。
まったく、あらゆる意味で万能なメイドである。
ちらっとイヴを見ると、彼女は最高の笑みを見せてくれた。
どうやら完璧に運営できているのが嬉しいようだ。
この上は最後まで彼女の計画通り、余興を勧めたかった。
俺は演説をする。
「今宵は市民の諸君に楽しんで頂くため、土方歳三とジャンヌ・ダルクの遺恨を解決するため、剣によって勝負することにした」
すると歳三は腰の和泉守兼定を、
ジャンヌは背中にくくりつけている聖剣ヌーベル・ジョワユーズを抜く。
工芸品のように輝く歳三の刀。
神々しい輝きを見せる聖剣。
対照的であったが、どちらも名刀と言っても差し支えないだろう。
しかし、この試合はあくまで余興。
真剣を使うのは馬鹿らしい。
余興で大事な将のどちらかが、あるいは双方を傷付けるのは愚かもののすることであった。
なのでゴブリンの従卒に俺が作った剣を渡す。
ゴブリンの従卒は尋ねてくる。
「魔王様? これは?」
「これは『竹刀』だ。竹と呼ばれる柔軟な素材で作った模造刀だよ。稽古に使う」
「柔らかいですね。これなら怪我はしない。これは魔王様が考えたのですか?」
「いや、前世の記憶から掘り起こしただけだよ。俺の世界にもなかった。ただ、日本という国で開発された」
「はあ、御主人様の知識は底なしですね。すごいや」
「全部借り物さ」
「ところでこれは木刀とも違うんですね」
「木刀だって誤れば死に繋がる。その点、竹刀はそこまで危険じゃない」
「でも、真剣味がなくなってこれで稽古したら弱くなるんじゃ?」
「さあて、それはどうだか。それを作ったのは、日本一の剣豪上泉信綱と言われている。彼の流派は日本を席巻し、日本の支配者の御用流派にもなった。剣術が最も盛んだった時代の話だから、あるいは竹刀こそが剣術の隆盛に一役買っているのかもしれんぞ」
と説明すると、ゴブリンは「なるほど」と納得して、竹刀をふたりのもとへ持っていった。
それを受け取った歳三は懐かしそうに握ったが、
「天然理心流ではあんまり竹刀を使わなかったんだよなあ」
と、つぶやいた。
ジャンヌは物珍しげに竹刀を見ると、なぜかかじっている。
竹の匂いが美味しそうに思えたようだ。
食べ物ではないと分かると、握りしめ、感触を確かめている。
ジャンヌはその軽い握り心地をとても気に入ったようで、こんなことをつぶやく。
「私の聖剣は特注品で軽いの。土方の真剣は重いの。軽い聖剣に慣れている私のほうが有利かも」
にやり、としている。
歳三はそのつぶやきに、
「日本人が竹刀を使った決闘に負けたら、ご先祖様に申し訳が立たないな」
と真面目に竹刀を振り始めた。
3分ほど互いに竹刀の感触を確かめると、どちらかがいうでもなく、白線の上に立つ。
そこに立ち、ある程度離れた場所から戦闘は始まる。
距離にして数メートルだが、達人同士にとってその間合いは、ぎりぎり必殺の一撃を放てない距離にしか過ぎない。
数歩踏み込めば、強烈な一撃を相手に浴びせることのできる絶妙な距離であった。
ふたりが線の上に立つと、ざわついていた観客も静かになる。
決闘が始まる瞬間を見逃すまいと、集中を始めたのだ。
その集中力が最高潮になったのを確認すると、俺は再び右手を挙げる。
それを振り下ろし、
「始め!」
と言った瞬間、ふたりの英雄の戦いは始まった。
土方歳三 対 ジャンヌ・ダルクという夢の戦いが幕を上げた。




