激闘のあとに
満身創痍でアシュタロト城に帰る。
俺の衣服はボロボロだった。戦闘中、敵の斬撃や突きを受けたのだ。
幸いとかすり傷だけで済んだので、唾でも付けておいたが、合流したイヴがそれを見ると顔を真っ青にした。
「魔王様とあろうお方が、治療せずにどうするのです!」
と包帯を持ってきたが、それはあとで、今は兵士の治療をしてほしかった。
俺は後ろに続く兵士たちを見る。
皆、俺以上に満身創痍だ。
ゴブリン、オーク、人狼、コボルト、そして人間、皆、種族は違うが、傷ついていることに変わりはない。
担架で運ばれているものも多かった。
彼らから治療してやりたかった。
実際、聖女であるジャンヌは、回復魔法を彼らにかけているが、生き残った兵士は200以上、その全員が傷を負っているという異常事態で、彼女単体では間に合わない。
先ほどの戦闘がいかに激闘だったか、彼らがいかに勇敢だったか、今の状況はそれを端的に表していた。
俺はイヴにアシュタロト城に残っている医者、それに回復術士を呼び、行軍しながら彼らの治療に当たらせるように命令する。
彼らは俺の可愛い部下。勇敢で頼りになる配下。
ここまで生き残ったのだ、彼らには明日以降、生き残る権利があるはずだった。
こうして帰陣は遅々としたものになったが、アシュタロト軍は無事帰還する。
アシュタロト城の城門の前、そこまでたどり着くと、俺は激闘を戦い抜いた彼らに感謝の言葉を捧げる。
「今回の戦の勝利、すべてはお前たちのお陰だ。礼を言う」
頭を下げる俺。
この異世界にはあまりない風習だ。前世で日本という国を調べていたからその風習が移ってしまったのかもしれない。
そんなふうに思っていると、その日本人が話しかけてくる。
「魔王の旦那、頭をあげな。大将が軽々しく、頭を下げるもんじゃない」
「しかし、今回は……、いや、毎回か。お前たちには毎回、数的不利な状況で戦わせてばかりだ。王として申し訳ない」
「まあ、多数で少数を倒すのが正道、と孫子の先生もおっしゃってたことだが、それはあくまでそういう状況を作り出せってことだろう? 旦那は新米魔王なんだ。仕方ないんじゃないかな」
そうですよ!
と追随の声が兵士から漏れる。
かつてサブナクの軍にいたコボルトだ。
「それに俺たちは毎回、アシト様が次はどんな奇略を使うのか、楽しみにしているんです。それにアシト様は兵を大切にします。たしかに毎回激戦ですが、魔王様の軍団の死亡率は、あっしが前にいたサブナク軍よりも全然低い。生きて戦場から帰ってこられるんです」
なんでも旧主魔王サブナクは兵を大事にしない大将で、無謀な戦闘を好み、戦闘後も治療などはしなかったそうだ。
犬なんだから唾でも付ければ治るだろう、と吐き捨てられたこともあるとか。
それに比べれば俺は天使のような大将らしい。
魔王が天使とは少し困惑してしまうが、部下からそのようなことを言ってもらえるのは嬉しかった。
続いて言葉を発したのは聖女ジャンヌであった。
彼女は俺の横に寄りそうと、魔王はすごい……、と言った。
いつもより言葉に力がないのは、道中、回復魔法を多用したせいだろう。明らかに元気がなかったが彼女はけなげに言う。
「あの激戦の渦中にあって、常に魔王は前線にいた。私がかつて住んでいたフランスという国にはいないタイプの王なの。シャルル七世とも、ジル・ド・レとも違うタイプの大将。ううん、世界中探したって魔王みたいに優しい魔王はいないの」
と、俺に身体を預ける。
イヴの視線が気になるし、大将が兵の前で女といちゃつくのはよくないことだが、なにも言わない。
常に激戦の中にあった。それはジャンヌにも言えることだった。
彼女は常に敵に胸を晒し、味方に背中を見せていた。
前線で戦う美しい戦乙女に皆、どれくらい勇気づけられたことであろうか。
彼女は前世でフランスの百年戦争を終結に導いた英雄だった。
それはこの世界でも変わらない。もしかしたら、この異世界の乱世も彼女のような娘が終わりをもたらすのかもしれない。
そう思った。
すう、っと寝息を立ててしまった彼女を魔法でひょいと持ち上げると俺の馬に移す。
そのままお姫様抱っこをするが、茶化す兵士はひとりもいなかった。
それくらい彼女は戦士として尊敬を集めているのだろう。
一足先に「疲れた、妓楼に行く」と馬を走らせた歳三もだが、改めて彼女や彼らのような英雄を配下にできて幸せだと思った。
さて、このように対エリゴスとの戦闘は終ったが、勝者にはやることがたくさんある。
怪我人の治療と病院の確保、
今回のいくさで活躍したものへの論功行賞、
留守にしている間に持ち上がった城下町の問題の解決。
俺の代理として街を運営してくれていたゴッドリーブの顔も見たい。
彼もまた俺の大切な部下であり、アシュタロト軍にはなくてはならない存在だ。
彼とはいくさが終れば、酒を飲み交わす約束をしていた。
幽霊と酒とは変な話であるが、飲めなくても目の前に酒があると落ち着くのだそうだ。
代わりに俺が彼の分まで飲まされる可能性があったが、今日は堅いことはいわない。
嬉しいことがあった日くらい酒を飲んで楽しむのは悪いことでないように思われた。
俺は執務室へ戻ると、そこでイヴの用意した酒を飲みながら、諸問題の解決を練った。
イヴとゴッドリーブは朝になるまで一緒に、問題解決の知恵を出してくれた。
やはり彼らも俺に取って不可欠な人材となりつつあった。