シャールタールの最後
歳三と交代し、俺が前線に出ると、味方の志気は上がった。
ついでに敵もどよめき立っている。
指揮官クラスの人間、魔族、が俺のことを指さしている。
「賞金首の魔王だぞ!」
「あいつを討ち取れは城持ちになれるぞ!」
「シャールタール様の覚えがよくなる」
と、俺を集中して狙ってくるが、それは浅はかすぎた。
一対一の戦いならば、歳三やジャンヌに軍配が上がるだろうが、俺は一対多数の戦いが得意だった。
戦略魔法級の禁呪魔法を次々放ち、敵を駆逐していく。
狭隘な地形で前方には敵しかいないため、同士討ちを気にせず使いまくれる魔法は心地よい。
火柱、
雷撃、
氷嵐、
風刃、
あらゆる魔法が飛び交い、アンデッドどもを駆逐していく、あまりにも強烈な攻撃にアンデッドは溶けるようにいなくなるが、いなくなったと同時にその席は埋まる。
敵は無尽蔵に湧き出る兵を持っているかのようであった。
このままではらちがあかない、そう思ったが、さらなる窮地が襲う。
部下の醜態を見かねたシャールタールが前線にやってきたのだ。
陰鬱な男の目は復讐に燃えていた。
「お前がドワーフの里で俺をはめた小僧か!」
「小僧呼ばわりされるほど若くないが、そうだよ」
「貴様のお陰でエリゴス様の機嫌を損ねた上、土の中に数ヶ月眠る羽目になったわ」
「俺としては永眠してほしかったのだがね」
「永眠などするものか、俺は最後まで生き残る」
「俺と一騎打ちをしたあとにその言葉をまた言えたら褒めてやろう」
「ほほう、小僧、我と勝負する気か。この死霊魔術師のシャールタールと」
「お前にその勇気があればな」
「――ほざけ!!」
挑発に乗ったシャールタールは馬に乗りながら、呪文を詠唱する。
《呪怨》の魔法を放つ。
骸骨のような顔をした死に神が迫ってくる。
あれをまともに受ければ即死するだろう。
いわゆる即死魔法であるが、あんなもの食らわなければどうということはない。
俺は自分に《浮遊》の魔法をかけると浮かび上がる。
「それで避けたつもりか!」
シャールタールは手のひらを開き、呪怨の軌道を開ける。
追尾性能があるらしい。
小賢しいやつだが、魔術師としての腕はそれなりらしい。
「なかなかやるな、シャールタール」
「俺は魔王エリゴス様の腹心だからな」
「でもその腹心がやられたら、この軍は瓦解するんじゃないか?」
「そんなことはない。俺と魔王様、両方が死なぬ限り、アンデッドどもはお前を狙う」
「それを聞いて安心した。つまり、エリゴスは城に籠もってやってこないんだろう」
「そんなことはない。エリゴス様は今、ここに向かっている。小生意気な貴様を殺すためな」
「へえ……」
その言葉を聞いた俺は思わずにやりとする。
「なにがおかしい?」
シャールタールは尋ねてくる。
「いや、ふたりがかりは卑怯だと思ってね」
「抜かせ! 兵法に卑怯も糞もないわ!」
「だろうな。じゃあ、エリゴスがくる前にお前を倒しておくわ」
「そんなことは不可能だ!!」
と大声を張り上げるシャールタールの両脇からふたりの戦士が現れる。
右からは土方歳三が、左からは聖女ジャンヌが、ほぼ同時に斬り掛かった。
シャールタールは思わず空を飛ぶ。
「く、くそ、卑怯ではないか!! 一騎打ちではないのか!」
「俺は現実主義者でね。状況が変われば約束は破る」
「卑劣漢め!」
「ドワーフを殺し、人間を殺し、アンデッドの軍団を作り上げたお前に言われたくない」
「人間など、ただの素材よ!」
「ならば俺にとってもお前はタダのゴミだ。使い道のないな。もしも来世というものがあるのならば、次の世界では善人になることだな」
俺はそう言うと、呪文を詠唱する。
「滅びゆく魂に、暗黒の文字を刻まん!
原始の炎にして、
究極の炎よ、
悪を焼き払え!」
そう詠唱すると、俺の身体が真っ赤に燃え上がり、魔力が爆発する。
それを右手に凝縮すると、竜の口から漏れ出る炎のようなものが放出される。
フレアと呼ばれる禁呪魔法を放つと、周囲の温度は急上昇、アンデッドたちは燃え上がる。
それにその光を受けたシャールタールも。
「ば、馬鹿な、フ、フレアだと!? 新米魔王が禁呪魔法をここまで」
「新米は新米でも特別製でね。お前ごときには負けないよ」
「……おのれ! アシュタロト、『我が肉体はここで滅ぶ』が、その魂魄は尽きない。必ずお前を呪い殺す」
「ご自由に。地獄から這い上がってこられるならば」
「……俺が負けてもまだエリゴス様がいる。エリゴス様は地獄の騎士。お前など相手にならない」
「そうかもな。だが、武力で負けても、知力で勝つことはできるかもしれない」
「抜かしよるわ。楽しみにしているぞ。お前と地獄でまみえることを」
「ああ、地獄でもぶっ倒してやるよ」
そう言い放つと同時に、シャールタールはフレアに完璧に飲まれ、消える。
塵芥となる。
身体の一片も、原子のひとつも残さない。
悪党らしい死に様であるが、やつを倒しても戦闘は続く。
「魔王、お見事! シャールタールを倒したの」
ジャンヌは褒め称えてくるが、返礼をする余裕はない。
「あいつを倒してもアンデッドは消えない。魔王エリゴスにも支配権があるようだ」
「ならばエリゴスも倒すしかないの?」
「そうなるな」
「……まだいくさは続くのか」
「続く。しかし、もうじきエリゴスがこの戦場に到着する。さすれば俺の策は完成する」
「なんと!」
ジャンヌは嬉しそうに微笑む。彼女に策の詳細は伝えていないが、なんでも魔王の策ならば絶対勝てるのだそうだ。勇気が湧いたという。
それは過信なので諫めたいところであるが、志気が上がるのはいいことだった。
俺はジャンヌとともにアンデッドの襲来を耐える。
その後、丸一日、アンデッドと戦うと、魔王エリゴスはやってきた。
真っ黒な駿馬、まるで地獄の公爵が乗るような立派な馬にまたがってやつはやってきた。




