ドワーフの霊体
火竜の尻尾という斧を手に入れた俺はさっそく、城に帰り、準備を始める。
これとゴッドリーブのひげをクラインの壺に入れ、魂魄召喚をするのだ。
イヴによればこれでもゴッドリーブを召喚できる可能性は、三割あるかないかだという。
「三割だろうが、一割だろうが、可能性があるならばやるさ」
俺はまたあのドワーフと酒を飲み交わしたいのだ。
クラインの壺におもむろに素材を入れる。
ひげに斧。
それを入れた瞬間、魔力を込める。
今までは兵士が欲しい場合は、兵士を、工兵が欲しい場合は、工兵を、と願ったが、今回のイメージは明瞭明確で、ゴッドリーブの顔を思い浮かべながら、魔力を注いだ。
前回、土方を召喚したときのような演出が始まる。
神々しいオーラがクラインの壺を包むと、そこから煙が出てくる。
やがてその煙が人の形を成すと、出てきたのは、腹の出た老人だった。
ドワーフである。
成功した。
そう確信したが、俺はとあることに気が付く。
たしかに出てきたのはゴッドリーブである。
腹は出ているし、立派なひげもある。
しかし、どこか違和感を感じた。その違和感が彼の足下にあることに気が付く。
そう、復活したゴッドリーブには足がなかったのである。
「どういうことだ?」
と本人に尋ねるが、彼は自分も困っているようだ。
「どうと言われてもな。ワシとしてはここにいることが不思議だ」
ゴッドリーブにはあの鉱山で爆死した記憶が最後のものになるらしい。
魂魄召喚されたという記憶はないようだ。
「うーむ」
と、ふたりで唸っているとイヴが説明してくれる。
「御主人様、そのドワーフの族長は足がありません。それに輪郭がぼやけています。もしかして幽霊なのではないでしょうか?」
「幽霊? 本当か?」
「分からんと言っているじゃろう」
と、彼を触るが、身体を突き抜けることはない。
「それは御主人様が魔力を持っているからでは? 土方様をお呼びしましょう」
とイヴは土方を呼ぶと、彼にゴッドリーブを触るように命じる。
歳三は面倒くさそうに触ったが、彼の手はゴッドリーブを突き抜けた。
驚く歳三。
「やや、こいつは物の怪か。面妖な」
それで俺とゴッドリーブはやっと気が付いた。
蘇ったゴッドリーブが幽霊だったことに。
「これはどういうことだ?」
とイヴに尋ねると、彼女も困惑していた。
「……おそらくですが、魂魄召喚が半分失敗したのでしょう。ゴッドリーブ様は英雄の器ですが、やや英雄度が足りなかったのかもしれません」
「それは納得じゃの、お嬢ちゃん。ワシは英雄の器ではない」
「ということはもしかして、英雄ではなく、普通の魔物として召喚されてしまったということか?」
「おそらくは」
と言うので試しに《開示》の魔法を掛ける。
するとゴッドリーブのステータスが表記される。
【名前】 ゴッドリーブ
【レアリティ】 レジェンド・レア ☆☆☆☆☆
【種族】 ドワーフ・レイス ドワーフ族の幽鬼
【職業】 族長・エンジニア
【戦闘力】 0
【スキル】 建築家 鍛冶屋 鉱山探索 斧使い 指揮 都市設計 兵器設計
ステータスを見た瞬間、落胆と歓喜を同時に覚える。
落胆したのは彼が英雄ではなかったこと。
ステータスが見えること自体、英雄ではない証だ。
喜んだのは彼がレジェンド・レアだったこと。
幽霊ゆえに戦闘力は皆無のようだが、そんなのはどうでも良かった。
俺がほしいのは彼の行政官としての腕前。
元々、建築家として彼の力を借りたかったのだ。
本人としては槍働きができないことが悔しいようであるが、それでも彼の知識と経験は絶対に役立つはずであった。
そしてなによりも単純に、幽霊とはいえ、友と再会し、再び一緒にいられることが嬉しくてしかたなかった。
それはゴッドリーブも同じらしく、魂だけとはいえ、俺の役に立てるのは嬉しいという。
それにドワーフの民の行く末を見られるのも。
彼はさっそく、ドワーフたちの住居を心配しているようだ。
俺も諸問題を思い出したので、それの解決を図る。
「今からドワーフたちの建築士を集める。彼らは建築はできるが都市設計は苦手なのだそうだ」
「その辺はすべてワシがやっていたからな。やれやれ、後進を育てなかったワシの責任は重いな」
「しかし、手遅れではない」
「そうだな。今からたたき込むか。さっそくドワーフたちを集めてくれ」
イブのほうを振り向くと彼女はにこやかに、
「もう呼んであります」
と言った。
さすがは有能なメイドだ。
余人をもって代え難い、という点ではゴッドリーブと双璧かもしれない。
彼女は人数分の蒸留酒と、俺用の紅茶を用意すると、それらを皆に配りながら、ゴッドリーブの都市計画の講釈を聞いていた。
俺も聞き入るが、彼の考える都市計画は俺の理想にピタリと符合している。
俺がほしいのは防御力のある都市ではなく、経済都市。
防壁に凝るのではなく、各国の商人が自由に行き来し、市民が経済的に豊かに暮らせる都市である。その税収で軍団を強化し、他の魔王と互したかった。
ゴッドリーブはそのためには、新しい区画は碁盤目状にすべきだと主張する。
俺が以前言った通りの都市になるようだ。
ただし、子細はさすがに専門家にかなわず、効率的な上水道の配備、下水道の配置などはゴッドリーブの独壇場だった。
コンセプトと理想が同じならば細かいことは気にしない。
あとはゴッドリーブとドワーフの建築家に任せることにする。
彼らならば最高の都市を築き上げてくれるだろう。
そう思ったが、それは間違いではなかった。
彼らはたったの一晩で図面を引き終えると、たったの三ヶ月で街を作り上げた。