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偉大な男の遺徳

 俺が転移した場所は、ドワーフの地下街の神殿であった。

 あの水晶球はここに転移するように仕組まれていたようである。


 突如現れた俺にイヴは驚いたが、彼女は俺の表情を見ると深々と頭を下げ、尊敬のまなざしを向けてくれた。


 涙はとうに涸れ、表情にも変化はなかったはずであるが、彼女はなにかを感じ取ったようだ。


 魔王が泣いていたなどとは知られたくなかったが、彼女になら泣き顔を見せても良かったかもしれない。


 そう思ったが、彼女の胸の中で泣くような真似はせず、行動に移る。


 ドワーフの民たちをゴッドリーブから受け継いだのだから、彼らを導くのが俺の役目だった。


 彼らにシャールタールを倒したことを伝え、今後のことを話さなければならない。

 それにゴッドリーブの最後も。

 俺は民を集めると説明を始めた。

 最初、ゴッドリーブの死を伝えるのが辛かった。


 彼は民に慕われていたからだ。そんな男の死を民に伝えるのは、難儀するかと思われたが、それは杞憂に終った。


 どうやらゴッドリーブは民に自分が決死の覚悟で戦うことを伝えていたようである。


「ワシはこの戦いで死ぬが、死後、魔王アシュタロトに頼れ。彼ならばドワーフ族を幸福に導いてくれる」


 と伝言を残してくれていたようだ。


 絶対的指導者である族長からそのようにいわれているのであれば、もはや俺の弁舌はいらない。


 彼が勇敢に戦い死んだこと。

 彼に後事を託されたこと。

 彼との約束を守ること。

 それだけを民に伝えると、旅の準備をさせた。

 このまま俺の城に帰るのである。

 ドワーフの民たちは従順に従ってくれた。

 ゴッドリーブの遺徳が忍ばれる。


 そんなふうに思っていると、ジャンヌたちが帰ってくる。

 彼らは横穴を抜け、ここまで歩いてきたようだ。

 彼らはここで初めて族長の死を知ったが、泣きはしなかった。

 ドワーフ族の戦士が泣くのは、「母親が死んだときだけ」なのだそうだ。

 中には涙ぐむものもたしかにいたが、彼らは最後まで気丈に振る舞った。

 彼らもまた、他の民のように俺に従ってくれるそうだ。

 その中のひとりが俺にあるものを渡してくる。


 それはゴッドリーブのあごひげだった。

 真っ白だが立派なあごひげで、彼のあごひげの一部をハサミで切ったものだった。

 ゴッドリーブにあとで渡してくれ、と頼まれていたようだ。

 形見代わりだろうか。


 ドワーフ族があごひげを送るのは、「友」だけ、と聞くと、なんともいえない気持ちになるが、感傷的になることなく、事後処理を続ける。


 シャールタールを倒したはいいが、残存部隊がいるかもしれない。

 魔王エリゴスの本隊がやってくるかもしれない。

 それを思えばぐずぐずしている暇はなかった。

 村人たちに準備を急がせると、夜逃げのように地下街をあとにした。

 


 ――幸いなことに敵の追撃はなかった。

 あの作戦によってシャールタールの部隊はほぼ一掃したようだ。

 残っていた兵も司令官と部隊がやられた今、里に残る理由はなかったのだろう。

 撤退していた。


 ドワーフたちは地上の街に荷物を取りに戻りたいと申し出てくるが、それは即却下する。


 イヴは、「厳しいのでは?」と控えめに提言してくるが、彼らを地上の街にはやれない理由がある。


 死霊魔術師シャールタールが支配していたドワーフの街は、なかば死霊魔術の実験場にされていた。むごたらしくドワーフが拷問され、虐殺されていたのだ。


 そのような現場を見せるわけにはいかなかった。


 そのことを話すと、イヴは、

「御主人様の慈悲は大海よりも深い」

 と賞賛し、


 聖女ジャンヌは、

「魔王は人の心を忖度できるの」

 と微笑んだ。


 しかし、街には生き残りがいるかもしれず、なにもしないわけにはいかない。


 まだ暴れたりない、といった顔をしているジャンヌ。それと肝の太そうなドワーフ数人に事情を話すと、偵察に行かせた。


 奇跡的というか、幸いなことに、街には数十人のドワーフが生き残っていた。


 中には拷問にあい傷ついていたものもいたが、そんな中でも生き残りがいたのは幸いだった。


 彼らはこの惨事の中に残ったわずかな希望である。

 大事に保護し、城に連れて帰る。

 重症のものは、俺とジャンヌが回復魔法を懸ける。


 城に帰れば医者に診せねばならないが、それでも回復魔法を掛けておけば、死亡率は下がるし、快復も早まる。


 俺とジャンヌは黙々と回復魔法を掛けるが、とあることに気が付く。


「……そういえば、ジャンヌは魔法が使えるのか?」


 彼女はさも当然のように、

「神聖魔法ならば」

 と言った。


 俺の知っている異世界のジャンヌ・ダルクは魔法など使えなかったはずだが、異世界に魂魄召喚された英雄には特別な力が宿るのだろうか。


 それともこの世界にきてから学んだのだろうか。


 気になったので尋ねるが、彼女は小さな唇にちょこんと人差し指を置き、

「内緒」

 と言った。 


 そう言われてしまえばどうしようもないが、それでも気になる。

 ジャンヌはそれでも教えてくれないが。


「魔王、佳い女には秘密がたくさんあるの。どうしても知りたいならば、私の薬指に指輪を贈って。夫婦の間ならば秘密はない」


 もしも指輪を贈るだけで教えてもらえるのならば安いものであるが、彼女が求めているのは求婚である。まだ身を固めるつもりはないのでさり気なく断ると、彼女に礼を述べることにした。


「ありがとう、ジャンヌ」


 話の脈絡がなかったためか、きょとんとしている彼女。


「いや、君の笑顔には常に癒やされる。それに君は俺の部下になってから、ずっと働きづめだ。ドワーフの里への旅からそこでの戦い、常に前線にあり、俺の盾となり、矛となってくれた。礼を言いたい」


 俺が軽く頭を下げると彼女はにこやかに微笑む。


「そんなこと気にしなくていい。私は魔王のために存在する。魔王の矛になり、盾となれと神に命じられた」


「そうか、ならば神様にお礼を言わないとな」


「だね」


 でも、と彼女は続ける。


「魔王様が神にお祈りを捧げる姿はとてもシュール」


 彼女は俺が思っていたことを指摘する。


「なるほど、確かにその通りだ」


 俺が笑うと彼女も笑う。

 彼女は年若くして死んだ少女。

 その人生の後半は常に戦いの中にあり、最後は仲間に裏切られて死んだ。


 そんな少女だから、その瞳の奥には悲しげな陰があったが、今のように笑うとどこにでもいるような年頃の少女のように思えた。


 ――いや、それは失礼か。

 彼女のように美しい少女はそうそういない。


 彼女のような才色兼備な英雄が配下になってくれたことは、やはり神に感謝するべき事例なのかもしれない。


 俺はその夜、眠りにつく前に初めて神に感謝を捧げた。

 現実主義者である俺であるが、神を信じていないわけではない。

 唯物論を信仰しているわけではなかった。

 ときには、嬉しいことがあれば、神に感謝するくらいの度量は持ち合わせていた。


 素晴らしい仲間たちとの出会い。それに民のために死んだ英雄ゴッドリーブの冥福を神に祈ると眠りについた。

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