盟友の死
ドワーフの部隊を早めに撤退させ、残った三人で活路を開く。
それが凶と出るか吉とでるかは分からない。
しかし、撤退を始めたドワーフたちを逃がすまいと、シャールタールは直属の部隊を引き連れ、空間の中に入ってくれた。
これであとは爆薬に火を付けるだけであるが、そうは簡単にいかない。
思ったよりも敵の数が多く、二カ所に分けた爆薬を同時に発火するのに手間取りそうだったのだ。
多少でもゾンビの数を減らさなければ作戦は実行できそうになかった。
「まさかここまで多いとは」
と愚痴る。
「やつらは我が民だけでなく、近隣の村人や旅のものを捕まえてゾンビにしていたのかもしれない」
ゴッドリーブは推測する。
「まさか、そんなことをすれば、人間が怒る。周辺諸国の追討令が下る」
ジャンヌは驚愕する。
「しかし、現実に人間のゾンビもいるしの」
たしかに見れば人間のゾンビもいた。彼らは虚ろな目で近づき攻撃してくる。
それをかわすと魔法で強化した拳をめり込ませ、首を飛ばす。
「まあ、やつらがなにを考えているのはどうでもいい。場合によっては人間に告げ口して、人間の追討軍を襲わせるのもありだ。ただ、それをするにしてもこの場を切り抜けないと」
「同意!」
金髪の聖女は、剣を振り抜く。
ひと太刀で五匹のゾンビが倒れる。
「承知!」
ゴーグルを付けた老ドワーフは、戦斧の一撃によってレッサー・デーモンを挽肉にした。
どちらも心強い戦士である。
俺も彼らに負けないように、呪文を詠唱しようとするが、それを止められる。
遠方から魔法が飛んできたのだ。
エネルギーの塊が飛んでくる。
《魔力の矢》と呼ばれるエナジー・ボルトの魔法だった。
その魔力の矢は、太く鋭かった。
すぐにその使い手が尋常の魔術師でないと気が付く。
魔力の量、殺意、すべてが通常では有り得ないものだった。
魔力の矢を放った男を見つめると納得する。
やつだった。
この里を奇襲し、ドワーフを実験台に使う悪魔だった。
この男も前線にやってきたようだ。
ならばもはや爆薬を使っても問題ない。
そう思った俺はゾンビを切り伏せているジャンヌに合図を送る。
悪魔を叩き殺しているゴッドーリーブに《念話》を送る。
『――ふたりとも引いていいぞ』
その言葉を聞いてふたりは驚く。
あらかじめ決められた作戦ではあるが、まさかこのように大量の魔物がやってくるとは想定外だったようだ。
聖女ジャンヌはゾンビを切り捨てるのをやめない。最後まで残るようだ。
俺をひとりにしておけないらしい。
優しい娘であるが、仕方ないのでゴッドリーブに頼む。
『ゴッドリーブ殿、その娘を横穴に放り込んでください』
「承知」
とゴッドリーブは戦っているジャンヌの襟首を掴むと横穴に放り込む。
そして自身の戦斧で横穴の上にある紐を引いた。
すると大きな音とともに岩戸が閉じる。
岩の奥からジャンヌの声が聞こえる。
「魔王、ずるい。私は最後まであなたと戦う。あなたにもしもがあれば神は私を許さない」
と叫んでいたが、その声は小さかった。
岩戸が分厚い証拠であるが、そうなってくると気になることがある。
「ゴッドリーブ殿、あの岩戸を締めてしまったら、ゴッドリーブ殿が逃げられないではないですか」
「はての。なぜ、ワシが逃げなければならぬ」
「今からここを爆破するのですよ。ゴッドリーブ殿は魔法で転移できません」
「そうじゃったか」
わざとらしく言うと、ゴッドリーブは「かっかっか」と笑った。
「――最初から死ぬ気だったんですね」
「そうじゃよ。お前さんが考えた作戦は最高のものだが、お前さんは爆薬の扱い方を知らない。だからワシが残るしかないんじゃ」
ゴッドリーブはそう言うと、懐から護石を出す。
それは遠隔装置になっているようだ。
彼がそれを押すと、もう一方の入り口が塞がる。
それを見ていた魔物たちは驚愕する。
やっと自分たちが誘い込まれたことに気が付いたようだ。
皆、シャールタールのもとに駆け寄りなにか相談をしていた。
シャールタールは歯ぎしりを噛んでこちらを見つめている。
気分がいいが、鑑賞している気にはならない。
あとは起爆するだけであるが、ここにゴッドリーブがいる限りそれはできない。
俺は起爆のために用意していた着火の護符を握りしめる。
「ほう、それは《着火》の魔法を封じた護符か」
「時間差で発動するようにしてありました」
「その間、転移魔法で逃げるのだな」
「そうです。……もうできませんが」
「どうしてじゃ?」
「分かっているでしょう。あなたがいるからです」
「魔王アシュタロトは謀略の王。現実主義者にしてマキャベリストと聞いたが」
「現実主義とマキャベリズムが、冷酷無比を意味すると思い込んでいるものは、いつか破滅します」
「なるほど、ワシはそう思い込んでいた。だからここで死ぬのかもしれない」
「ただでは死なせませんよ。これから一暴れして、一緒に死にましょう。もしもどちらも戦えなくなったとき、そのとき改めて自爆すればいい」
「いいや、そういうわけにはいかない。魔王アシトには末永く生きてもらわねば。このような地下道で死んでもらっては困る。死ぬのは老人だけで十分じゃ」
ゴッドリーブはそう言い切ると、懐から水晶球を取り出す。
魔法が封じ込められているようだ。
「この水晶球は、ワシにしか使えない。先祖が残してくれたもの。実はここにある爆薬は半径100メートルでは済まない爆破力を誇る。魔王殿とて転移しても逃げられないのじゃ」
「……ゴッドリーブ殿、あなたは最初から……」
「それも買いかぶりだな。最初は出会ったばかりの魔王になんの感情も抱いていなかった。こいつが爆死して里が救われるならばいいと思っていた。間違ったマキャベリズムだな」
ドワーフは自嘲気味に笑うと続ける。
「しかし、見ず知らずのものを守るその心。戦場でドワーフの盾となって戦う慈悲。それらを見てしまってはワシの心も動かざるを得ない」
ゴッドリーブはそう言い切ると、最後にこういった。
「騙し討ちを仕掛けたワシが言うのもなんであるが、里のものを頼む。やつらを魔王殿の城下に連れて行き、保護してやってほしい。やつらは優秀な戦士、有能な建築家、腕のいい職人になる。我が民の未来を開いてくれ」
彼は水晶球を握りつぶす。
彼の手のひらは明るく輝き出す。
その光の手が俺の肩に置かれたとき、俺は自覚した。
彼からドワーフの民を託されたことを。
俺がこれから転移することを。
彼がこれから死に行くことを。
すべて悟った。
俺は叫ぶ。
「ゴッドリーーーブーーーー!!」
その叫びは亜空間の中でも、転移後の場所でも空しく響くだけだった。
最後に見たゴッドリーブの顔は穏やかであった。
これから死に行くとは思えないほど、健やかな顔をしていた。
その表情を一生忘れない。
俺の頬に涙がこぼれ落ちる。
転生してから初めて知った。
魔王も泣くことを。
魔王も友が死ねば悲しいのだ。泣くのだ。
そのことを知ることができたのはゴッドリーブというドワーフのお陰であった。
俺は唇を噛みしめながら、遠くから聞こえる爆音を耳に焼き付けた。
それは友を天国に送る鐘の音のようにも聞こえた。