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悪魔の軍勢との戦い

 ドワーフの若者に先導を頼み、坑道を上がる。


 若者と言ってもドワーフ族は青年でも立派なひげが生えているため、年齢はよく分からないが。


 彼は暗い坑道を迷うことなく案内してくれた。

 有り難いことである。

 そのまま坑道を進むと、光が見えてくる。

 ランタンは消さない。

 どうせまたすぐに使うからだ。


 坑道の入り口付近には当然のように見張りがおり、のこのこと現れた俺たちに襲いかかってくる。


 ツルハシしかないようなドワーフには負けない。


 エリゴス軍の魔物たちにはそんな油断があったのだろうが、彼らは冥界でそのことを悔いることになる。


 たしかにドワーフたちはツルハシしか持っていなかったが、聖女ジャンヌには剣があった。


 聖剣と呼ばれるような名刀で次々と魔物を切り裂く。

 一方、俺には強大な魔力があった。

 圧倒的な火力で魔物をなぎ払っていく。

 ド派手に活躍したためだろうか、町の方から大量の援軍がやってきた。

 それを冷静に数える。


「ひいふうみい。うん、ほぼ全部だな」


「すごい、魔王は計算が早い」


 ジャンヌの賞賛を適当に返す。


「さっき、使い魔に確認させたんだよ。……よし、敵の大将もいるようだ」


 見れば趣味の悪いローブを着た男がいた。

 死霊魔術師シャールタールである。

 今回の作戦の目的は彼の部隊の殲滅か、彼を討ち取ること。

 そのどちらか、あるいは両方を同時に実行すること。

 さすればドワーフの里は開放されるだろう。

 それを実現するため、俺は命令を下す。


「ようし、皆、引くぞ。ただし、わざとらしくなく、さりげなくだ。敵に罠の存在を察知されるな」


 と言ったが、彼らには余裕がなく、初めての実戦で慌てていた。恐怖を抱いていた。


 演技などせずとも逃走の真似はできそうだった。

 そのまま下がればいいのである。

 追撃をしてくるエリゴス軍を適当にいなしながら後退する。

 ほぼ、俺とジャンヌだけが戦っている。

 ドワーフの若者たちは、その光景を見て。


「伝説の魔王様と、黄金の聖女様の共演だ」


 と吐息を漏らした。

 黄金の聖女とはジャンヌのことだろうか。

 たしかに彼女の金髪と、白いローブは聖女を想像させる。

 彼女に遅れを取らぬよう、拳に力を込めた。





 後退しながらジャンヌの賛辞を受ける。


「魔王はスゴイ。頭がいいだけでなく、戦闘も一流」


「どういたしまして」


「私は魔王の子を産みたい。魔王の子ならばきっと最強の子供になる」


「…………」


 突然の告白に思わずむせてしまう。

 ……貞操を大切にしなさい、と説教をするとジャンヌは微笑む。


「当然、大切にする。この肌は男に触らせたこともない。でも、神のお告げがあれば、処女など捨てて魔王の子を産む。それが神託ならば」


 神が血迷わないことと、この発言がイヴの耳に入らないことを祈りながら、後退を重ねると、広場に到着する。


 そこにはドワーフの族長ゴッドリーブがいた。

 彼率いる鉱山夫もいる。

 皆、ツルハシや槍で武装していた。


「魔王殿は時間に正確のようだ」


 野太い声でそう冗談めかすゴッドリーブ。

 その態度と台詞で横穴が完成したことを知る。

 ならばあとはここで奴らを引きつけるだけ。

 敵の部隊がこの空洞にすべて入ったら入り口を爆破。


 俺が時間を稼いでいる間にドワーフたちを横穴から逃がし、仕掛けた爆薬を爆破し、やつらを生き埋めにする。


 それが俺が考えた『現実主義的』な謀略であった。

 果たしてその謀略は成功するだろうか?


 この空間に集まったドワーフたちの顔を見つめるが、彼らの顔を見つめるとその心配が杞憂だと分かる。


 彼らはひとりひとりが戦士の顔をしていた。

 皆、勇者の雰囲気を醸し出していた。

 彼らのような男を倒すことは、魔王とて容易ではない。

 そう思った。


 俺は彼らを信頼すると、陣形を組んだ。

 密集陣形だ。

 皆、盾を持ち、槍を構える。

 一カ所に集まって槍を突き出す陣形だ。

 この密集陣形は、ファランクスと呼ばれている。

 異世界の征服王アレクサンダー大王が得意とした戦法。


 彼はこの戦法を駆使し、ヨーロッパの小国からアジアを侵略し、世界的な帝国を作り上げた。


 この戦法の長所は、味方が固まることによる戦意の向上、それから生まれる一体感だ。


 訓練不足だが、勇敢なドワーフにぴったりな陣形だ。

 それにここは広場とはいえ坑道、下手に散開するよりもいいはずだった。

 そう考えたのだが、その理論はぴたりと符合する。


 弱兵であるはずのドワーフたちは、魔物を要するシャールタール軍と互角以上に戦っていた。


 レッサーデーモンやガーゴイルを主体とするシャールタール軍にも臆することがない。


 いや、それどころか、やつらを一度ははね除ける有様だった。

 もしかしたら例の作戦を使わなくても勝てるのでは?

 と思ったが、それはさすがに虫の良い考え方だった。

 シャールタールは力押しの愚を悟ったのだろう。

 精神的な攻撃に出てくる。

 部隊を有翼の悪魔からゾンビに代えたのである。

 通常、ゾンビは悪魔よりも弱いのだが、ドワーフたちは慈愛に満ちた種族だった。

 ただのゾンビならばまだしも、同胞のゾンビが出てくると、怯まざる得ない。

 中には家族の姿を見て、泣いているドワーフまで見かけた。

 ドワーフは一歩後退する。

 それにつけ込むかのように広間にはさらにドワーフ・ゾンビが入ってくる。


「くそ、悪魔みたいなことをしやがって」


 こうなるとは予想していたが、予想以上の効果だった。

 聖女ジャンヌに指示を送る。


「ゾンビは君が倒してくれるか?」


 事情を察したジャンヌは、「うん」と剣を抜く。


「でも、一回びびった兵は前よりも弱い。ドワーフをデーモンと戦わせても負けるかも」


「それは承知だよ。でも、なにもデーモンを駆逐する必要はない。時間を稼げばいい」


「どれくらい?」


「奥に陰険な顔の死霊魔術師がいるだろう」


「いるね。気持ち悪い」


「あいつがシャールタールだ。あいつがこの空間に入るまでだ」


「分かった。ゾンビをいっぱい斬れば場所が空いて入ってくると思う」


「だろうな。頼むよ」


 というと彼女は風のような速度で走り出し、ゾンビたちを斬っていく。


 緩慢な動きのゾンビは、武器を振り上げた瞬間には首を落とされるか、胴を寸断されていた。 その動きは華麗にして流麗、鈍重なゾンビに捕捉できる相手ではなかった。


 こちらの心配はいらないな、と思った俺は、ドワーフの部隊をみる。

 こちらは押され気味であった。


 戦場では一回でも恐怖を覚えてしまうと、その兵はしばらく使い物にならなくなる、という格言を思い出した。


 人間や亜人の兵は、屈強で育てればどこまでも強くなるが、このようなメンタリティの弱さはどうしようもない。彼らは心を持っているのだ。


 心を持たない悪魔はそれに付けいるかのようにかぎ爪を伸ばす。

 ひとりのドワーフがそれによって倒れる。


 そのドワーフを一足先に横穴に送る。運ぶドワーフと運ばれるドワーフ、ひとりやられるごとにふたり減るのはきつかった。


 このままではまずい、と思った俺は、予定よりも早くドワーフたちを待避させることにした。


「ドワーフたち、プランBを実行だ」


 その言葉を聞いたドワーフたちはうなずくと、後退する。

 ジャンヌが寄ってきて耳打ちする。


「魔王、予定よりも早い」


「これ以上彼らに犠牲を強いたくない」


「格好いいけど、私たちふたりで耐えられるかな?」


 耐えるしかないさ、と言うと、その意見に割り込んでくるものがいる。


「ふたりではないさ、ワシも戦う」


 その声を発したのは、白髪の偉丈夫。

 チェインメイルを着込み、大きな戦斧を持ったドワーフの族長だった。


「ゴッドリーブ殿!? 貴殿はドワーフの民の護衛を任せたはず」


「ドワーフの女子供は、男たちが戦っているというのに、なにもしないような軟弱者はいない。女衆に尻を蹴られて追い出されたよ」


「ですが、そのご老体では……」


「老体? 魔王殿、人は見かけで判断しないように」


 ゴッドリーブはそう言うと、戦斧を投げる。

 一瞬、彼の腕が膨れ上がったかと思うと、彼の投げた戦斧は、



 ぶおん!



 という音と共に空を切り裂き、デーモンとガーゴイルを切り裂く。

 その威力はまるで魔法のようであった。


 ゴッドリーブは予備の戦斧を取り出すと、

「これでも不服かね?」

 と、冗談めかした笑みを漏らした。


「まさか。その武力、活用させていただきます」


 そう言い切ると俺は彼と握手を交わした。

 ゴツゴツとした鉱石のような手だった。

 この手で殴られたものはタダでは済まないだろう。

 俺は彼を族長としても、技術者としても、戦士としても信頼することにした。

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