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伝説の魔王による策略

 ドワーフたちが揃うと、泥酔するものが出る前に宣言する。


「これから俺が説明する作戦はとても危険なものだ。そして困難でもある。もしもこの中でひとりでも臆病者がいたら成立しない作戦でもある。恐怖に打ち勝てないものは去ってくれ」


 開口一番にそう言い放ったが、生来、勇敢なものが多いドワーフ、ここで引き下がるものはいない。


「よろしい、ドワーフに臆病者はいないようだ」


 それを確認した俺は、作戦の成功確率を上方修正した。

 五割から七割に上げた。

 ゴッドリーブのほうに振り向くと、この坑道の地図を求めた。

 ゴッドリーブは懐から取り出す。

 とある若者がそれを制止する。


「族長、それはドワーフ以外には見せてはいけない門外不出の地図。初めて会った人物に見せて良いのですか」


「良いのだ。ワシはこの若き魔王と出会ってから、つぶさに彼を観察した。エリゴスの手下にも臆さないその胆力、我らの同胞の屍を倒すときに見せた悲しみの目。それにドワーフの子に食べ物を分け与える慈悲。彼こそが伝説の魔王なのかもしれない」


 クッキーを分け与えたのはイヴなのだが。

 そう思っているとそのイブが族長に尋ねた。


「伝説の魔王とはなんなのですか?」



「伝説の魔王とは我らの伝承に出てくる魔王のことだ。

 そのもの、黒き衣を纏いて現れる。

 そのものは優しき心を持つ魔王、

 非情さと慈悲を兼ね備えた王の中の王、

 そのものはドワーフだけでなく、やがてこの世界すべての種族に福音をもたらすだろう」



 と族長は説明してくれる。


 その伝承を聞いたメイドのイブは、

「さすがは御主人様です」

と褒め称えてくれる。


 聖女ジャンヌは、

「魔王はすごい」

 と言ってくれた。


 両者の熱い視線が集まるが、ほとんどの魔王は黒き衣を着ているような気がするのだが、と言うのは無粋だろうか。口を慎むことにする。


 伝承の魔王が俺だとは思えないが、それでもドワーフたちに信頼してもらえる魔王になりたい。


 そう思った俺は坑道の地図を見る。

 幾重にも入り組んだ坑道、狭い道もあれば、広い道もある。

 その中でも広い空間を探した。

 適当な場所を見つけた俺は、そこを指さす。


「ゴッドリーブ殿、ここは広い空間ですか」


「横には広いが縦はそうでもない」


「ならば丁度いい、ここを決戦場所に」


「馬鹿な、ここは行き止まりだぞ。追い詰められる。逃げ場がない」


「背水の陣という言葉を知ってますか?」


「知っているが我らに死兵となって戦え、と?」


「まさか、そこまで悪党ではないですよ。この作戦は危険だが、成功すればほぼ全員が生還できるはずです」


「分からぬ。シャールタールの部隊は100はくだらないぞ」


「一網打尽にして見せますよ。しかし、その前に腕のいい鉱山夫を集め、穴を掘ってください」


「落とし穴か? シャールタールは用心深いぞ」


「そんな子供じみた真似はしません」


 先日のサブナク戦を思い出したが、あえて口にはしない。


「それとこの里にある爆薬をすべて集め、こことここに配置してください」


 地図を指さす。


「なるほど、分かったぞ! ここにやつらを集めて、爆薬で一網打尽にするのか」


「その通りです。瓦礫の中で己の所業を悔いてもらいます」


「最高の作戦だが、それだけの量の爆薬を爆発させれば、火をくべたものもただでは済まないぞ」


 族長の顔は曇るが、心配無用であると伝える。


「大丈夫です。導火線に火を付けるのは俺です。ドワーフを犠牲にはしません」


「なんと! 魔王殿が!?」


 それを聞いて表情を変えたのはイヴであった。


「御主人様! なりません! 大切な御身をこのような場所で散らすなど」


「もちろん、散らしはしないよ。俺は魔術師でもあるんだぞ。火をくべたらすぐに転移する」


「なるほど、そうか。なにも着火した瞬間、その場にとどまらなくてもいいということか」


「50メートルほどならばすぐに転移できる」


「それならば安全圏だな」


 ドワーフの族長が太鼓判を押してくれたが、イヴはそれでも納得いかないようだ。

 ただし、ジャンヌはその作戦を気に入ったようで、イヴの肩にぽんと手を置く。


「メイド、あなたは魔王を信頼していないの? 魔王ならばヘマはしない。佳い女はときには男を信じて黙っているの」


 イヴはあなたに佳い女がなんたるか説教されたくありません! という顔をしたが、沈黙によって節度を守ったようだ。


 以後、俺の作戦に口を挟まなくなった。


「――よろしい、これで概略は決まったな。あとは実行あるのみだが、ドワーフの炭鉱夫たちはどれくらいで横穴を掘れますか? ゴッドリーブ殿」


「我らが逃げ延びる横穴だな。そうだな――」


 ドワーフの族長は「3」と指を立てる。


「三日か思ったよりも早いな」


「まさか、30時間で掘るの意味だよ」


「30時間だって!?」


 驚きの声を上げる。


「食料は残り少ない。それに魔王殿が最高の作戦を用意してくれたのだ。我らもそれに応えたい」


 義侠心に満ちた表情と台詞であった。

 そんなに無理をしなくてもいい、という言葉は飲み込む。


 ドワーフの族長ゴッドリーブは優秀で、その場で地図に図面を書きながら、資材の手配をする。


 彼はドワーフの里の長にして最高の技術者のようだ。

 それを確認した俺は彼らの穴掘りの成功を確信した。

 ならば俺がやるべきはエリゴスの軍を誘い出す部隊の訓練であった。

 屈強な炭鉱夫は穴掘り役になるから、誘き出す役は、鍛冶屋か、農夫となる。

 炭鉱夫よりも筋力は劣るが、それでもドワーフ、皆、強そうであった。

 俺はドワーフたちを従えると地下街にある訓練場に向かった。

 そこで一通り、槍や剣の使い方を教える。


 といっても武器の扱い方はあまり詳しくないのでこの辺は聖女ジャンヌ任せだ。

 彼女は百年戦争を終結に導いた英雄。


 女性ではあるが、少なくとも俺よりは武器の扱い方に長けているだろうと思ったのだ。


 事実、彼女は金色の髪を揺らしながら、ドワーフに戦い方を教えていた。

 聖女ジャンヌはにこりと笑いながら俺にささやく。


「私は農民の子。農民の足腰の強さを知っている。彼らはちょっと鍛えればいい槍の使い手になる」


 なんでもフランスで戦っていたときは、農民の部隊を編成したこともあるらしい。

 これは心強い。


 俺は美しい聖女様にすべてを託すと、そこらにいた野ねずみを捕まえた。


「食べるの……?」


 とジャンヌは眉をひそめるが、食べるわけがない。

 これは使い魔にする依り代である。

 敵を知り、己を知れば百戦危うからず。


 こちらの戦力は把握したので、あとはエリゴスの軍隊の詳細な情報を掴んでおきたかった。


 ゴッドリーブは100はくだらないと言ったが、同じ100でも悪魔が100体とゾンビが100体では戦力差がありすぎる。


 それに指揮官であるシャールタールという男の人となりも調べておきたかった。

 魔王エリゴスの副官にしてドワーフの里を襲った部隊の責任者。

 ドワーフたちを殺しゾンビを作った死霊魔術師。

 さぞ、陰険な顔をしているやつなのだろう。

 まだ顔は見ていないが、そう確信した。

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