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聖女様は食いしん坊

 魔王とメイド、それに聖女、三人組の珍道中はこのように進んだ。

 途中、休憩のために街道脇にそれ、そこでキャンプを張る。


 宿場町に泊まってもいいのだが、今回はお忍びの旅、もしも俺が魔王だとばれれば厄介だった。


 それにではあるが、宿場町に泊まるのはいいが、野外でキャンプも悪くはない。

 野宿を想定して、馬にはテントを積んであるし、調理器具も入れてある。


 つまり最高のメイドさんであるイヴの料理を野外でも堪能できるということであった。


 実際、イヴは調理器具だけでなく、食材も潤沢に持ち込んでいる。

 西方にあるイベリコ地方で取れた豚の分厚いベーコン。

 キュウリとニンジンを甘酢に漬け込んだピクルス。


 パンは日持ちするように硬めに焼いてあるが、それでもイヴが竈で焼いたそれは美味かった。


 賞賛すると、

「お口がお上手ですね」

 とイヴは謙遜する。


「お世辞ではないよ。それを証拠に……」


 と、まるで欠食孤児のような勢いでイヴの作った料理を食べている聖女様を見る。

 彼女は手掴みで料理を口に放り込んでいた。


 それをとがめると、

「私は農民の娘、ナイフとフォークは苦手」

 と、イヴが焼いた目玉焼きを頬張る。


「このベーコンエッグ、滅茶苦茶美味しい」


「お粗末様です。我がアシュタロト城の卵は新鮮で有名です。郊外にある契約農家から、毎朝仕入れていますからね」


「こすい宿屋だと古い卵を使うから、半熟で焼けないの。半熟なのは新鮮な証拠」


 と笑みを浮かべ、もぐもぐする聖女様。

 その姿をメイドのイヴは嬉しそうに見守る。


 彼女は生まれついてのメイドで、他人に奉仕をし、その奉仕によって笑顔を得るのが大好きのようだ。


 そして聖女様はかなりの腹ぺこキャラで、おかわりをご所望のようである。

 いったい、この小さな身体のどこにこんなに食べ物が入るのだろう。

 不思議に思ったが、食欲旺盛なのは悪いことではない。


 彼女は百人力の戦士、ひとりで百人分の槍働きをすると仮定すれば、百人前の料理を食べてもバチは当たらない。


 そう思った俺は、自分のパンを分け与える。

 それを見たジャンヌは、「じーん」という擬音が似合いそうなほど感動していた。

 たかがパン一個でなにごとか、と思っていたら、彼女は説明してくれる。


「私はとんでもない貧農の家に生まれた。兄弟でパンを取り合うことなんてしょっちゅう。パンを分け与えるなんて概念はない。だから、嬉しい」


「なるほど。でもまあ、フランス国王シャルル七世に仕えてからはいいものを食べさせてもらったんだろう?」


「街にいるときは。でも、過半は戦場にいた。だから、慎ましい食事しかしらない」


「それは難儀だな」


「魔王の城にきてからびっくりなの。毎日、美味しいものが出てきて驚く。旅をしているときもこんなに美味しいものが食べれるなんて」


「俺は美食家だからな」


 かつて日本という国を研究していた。


 その国はワーカーホリックのきらいがあるが、その代わり食べ物が美味しい。歴史上、かの国よりも美食があふれる国家はないのではないか、というくらい旨い食べ物が揃っている。


 俺は研究中に見つけ出した「卵掛けご飯」なる食べ物を思い出す。


 その食べ物は、米と呼ばれる穀物を炊いて、それに生卵を混ぜて醤油をかけただけの食べ物だ。


 先ほども少し触れたが、生卵は新鮮で管理が行き届いていないと腹を下す。


 最悪死ぬこともあるのだが、そのリスクを引き換えにしても、卵掛けご飯は旨い。


 一度、米が手に入ったとき、イヴに作ってもらったことがあるのだが、そのときに食べた卵掛けご飯の旨さたるや絶品であった。


 そのことをジャンヌに話すと、彼女は眉をしかめる。

 やはり西洋人は生卵に嫌悪感があるらしい。

 まあ、異世界人である俺が「生卵党」なのも変な話であるが。


 そのことを笑い話にすると、イヴは真面目な表情で、

「もしかしたら御主人様の前世の前世は日本人だったのかもしれませんね」

 と冗談とも本気とも付かないようなことを言った。


 もちろん、そんなことはないのだが、俺の異常なまでの日本贔屓を説明するにはそれが一番説得力があった。


 そう結論づけると、三人はそのままテントに入る。

 ここで寝るのだ。

 テントはひとつしかなかったから、三人川の字になって寝た。


 美女が両脇にいるとなかなか寝付けなかったが、それでも旅で疲れていたのだろう。


 俺は数分後には眠っていた。


 ――夜中、食べ物を食べる夢を見たジャンヌに腕を噛まれた。

 イヴは「さすがは御主人様です。すごい……」と寝言を漏らしていた。


 翌朝、そのことを話すと、彼女たちはなにも覚えていなかった。

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