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異世界よりやってきた聖女

 ドワーフの里へ行くのは確定したが、その人選が難航した。

 アシュタロト軍団には留守を任せられるような指揮官が不足しているのである。

 大将の俺が留守になると、途端、この城の防御レベルはだだ下がりする。


 目下のところ敵対する勢力はイスマリア伯爵くらいで、その伯爵も弱っているはずなので、奇襲される恐れはないはずであるが、可能性はゼロではない。


 周辺の魔王が手ぐすねを引いて俺が留守になるのを見計らっているかもしれない。


 となると戦略家としても行政官としても定評のあるイヴに残ってもらいたいところだが、彼女は俺に付いてくると言ってきかない。


 最初に人選から漏れた。

 ならば残るのは土方歳三だけとなる。


 彼は人格的には問題ない――、いや、ありまくる。歳三は俺に王としての器量がなければ背中から斬る! と公言している男だ。


 そのような人物をひとり、残すのは戦略上よくない。

 と、秘書官兼メイドのイヴは主張する。

 俺は彼を擁護する。


「彼は行政官としては無能だし、戦士としても凶暴で手が付けられないが、それでも留守の城を乗っ取るような真似をする男じゃない」


 その説得が効いたのだろうか、それとも留守役で揉めて自分の同伴がくつがえるのを恐れたのだろうか、結局、彼女は同意する。


 ほっと胸をなで下ろすが、同時にこうも思った。


「それにしてもやはり指揮官が不足しているな。留守役ひとり決めるのにもこの様だ」


「たしかに」


「それに今回、旅をするに当たって、戦闘方面で頼りになるやつを連れて行けないのも辛い」


「人狼を連れていきますか? ドワーフ程度なら一匹で五人は屠ります」


「だから戦いに行くのではないといったろう。まあ、場合によっては戦闘になるかもしれないが」


 ただ、それでも人狼は連れて行けない。魔物を連れて歩くのは目立つ。これから向かうのはドワーフの里である。なるべく敵意がないと彼らに意思表示をせねばならない。


 それには人間の将を連れていくのが一番なのだが。


「ああ、この前のように魂魄召喚ができればなんの問題もないのだが」


「魂魄召喚には漂流物が必須です。そうそう都合良く手に入らないでしょう」


「だよな」


 嘆いていると、イヴが代替案を出してくれる。


「御主人様、こうしてはいかがでしょうか? これだけ急激に人口が増えたのです。人間たちの中にも腕の立つものがいましょう。その中から見込みのあるものを引き立て、指揮官とするのです」


「それは良いアイデアだな。近いうちに人間だけの部隊も作りたい。それには優秀な人間の指揮官を用意しておかねば」


「一石二鳥ですね」


「善は急げという言葉もある。さっそく、街の広場にその旨を書いた看板を出すのだ」


「文面はいかがしますか?」


「そうだな」


 と顎に手を添える。



「優秀な指揮官を募集する。我が手足となるものを探す。能力に自信があるものは応募せよ。手柄次第で褒美は望むままだ」



 かな、と文面をまとめる。


「見事です。多くのものが志願してきましょう」


 イヴはさっそく、立て看板を作ると、それをオークに広場に持って行かせる。

 オークの報告に寄れば、すぐに人が集まり、何百人もの人間が見たらしい。


 口々に、


「俺も挑戦するか」

「褒美はなにをもらうかな」

「話の分かる魔王様じゃねえか」


 と口にしていたそうだ。


 これは楽しみである。

 骨のある人物が集まりそうだった。

 




 さて、このように指揮官を募集し、それに応じて多くの民が集まった。

 魔王城にある訓練の間には、ざっと一〇〇人はいるだろうか。


 書類選考はなく、どのような華奢な人間も追い返すな、とオークに伝えてあったので、想定よりも多くの志願者が集まった。


「あのような華奢なものが役に立つのでしょうか?」


 イヴは枯れ木のような老人を指さすが、それは人を見た目で判断し過ぎだ。


「あの老人は魔術師だ。なかなかの魔力を秘めいている。指揮官になれなくても傭兵としてスカウトするぞ」


「なるほど、ご慧眼、恐れ入ります」


 しかし、とイヴは続ける。


「さすがにあの少女は役に立たないでしょう。怪我をされる前に追い返しましょうか?」


 イヴの視線の先の少女を見る。


 そこにいたのはフードをかぶった少女だった。小柄である。イヴよりも一回り小さいだろうか。


 魔力をあまり感じないし、背中に剣をくくりつけていることから、戦士と推察できるが、たしかにあまり強そうに見えない。


 しかし、人は見た目に寄らない、と言った手前、追い返すのも忍びない。


 怪我をしない程度に頑張ってもらって、自分の実力を知り、帰ってもらえればいいのだが。


 そんなことを思っていると、トラブルが発生する。 



 少女の横にいる大男が彼女の尻を触ったのである。

 彼女は無表情にそれを許し、「5」とつぶやきながら、その場に立っていた。

 それを見かねた横の男が、大男に注意すると、喧嘩が発生する。

 少女はそれを他人事のように見ながら、「4」とささやく。


「面倒になったな」


 と俺が出て行こうとすると、土方歳三が止める。


「大将がこんなつまらない喧嘩の仲裁などするんじゃない。格が下がるぞ」


 と、歳三が出て行くと、大男を諫めた。

 少女はフードの奥から「3」ともらす。


 いったい、なんの言葉なのだろうか、不思議に思ったが、それよりも大男は歳三がしゃしゃり出てきたのが気に入らないらしく、背中の戦斧を取り出す。


 歳三はそれを余裕の表情で見つめる。

 もしもあの斧を振り上げた瞬間、大男の首は胴から離れるだろう。

 そんな様は見たくないが、イヴはこう言う。


「ここで血を見せるのも一興かと。あのような大男を配下にしても軍の規律を乱します」


「それは一理あるが……、それにしても魔族のようなものいいだな」


「わたくしは魔族でございます」


 と会話をしていると少女は「2」と言った。


「イヴ、あの数字はなんだと思う?」


「おそらくですが、カウントダウンかと」


「カウントダウンか。なんのカウントダウンだろう?」


「それは分かりかねます」


 とイヴが言うと、カウントダウンは「1」となった。

 この世界にはゼロの概念があるから、あと一秒でなにかが起こる。

 そう思って観察していると、大男は戦斧を振り上げた。

 その瞬間、歳三の右手が腰の刀に伸びるが、刀は抜刀されることはなかった。

 それよりも先に、少女が「ゼロ」と言い放ったからである。


 少女がゼロ、と言い放った瞬間、少女は背中の剣を素早く抜き放つと、流麗な線を描がき、それを大男に浴びせる。


 気が付けば、大男の戦斧の柄は、両断されていた。

 それを見た大男は、なにが起こったのか分からない、そんな表情をしている。

 ただ、少女が何かをしたとは分かったのだろう、彼女に食いかかる。

 この大男はなんと低能なのだろう。

 自分と相手の実力の差がこの期に及んで理解できないのだ。

 少女が本気になれば、男の首などとうに床に落ちている。

 そのことを理解しているのは、俺と歳三、それにイヴだけのようだ。

 大男も早くそのことに気が付かなければ命がなくなるぞ。

 そう思い声を出して注意しようとしたが、その瞬間、少女は舞、剣の軌跡を描く。


 銀の線が走ったかと思うと、大男の頬には十字の傷が刻まれ、ズボンの紐が切り落とされる。


 間抜けにもズボンがずり落ち、下着が丸見えになるが、その段になってやっと大男は状況に気が付いたようだ。


 俺はなんてとんでもない女の尻に触れてしまったのだ。


 そう悟った大男は、顔を真っ青にさせ、ズボンを持ち上げながら、会場から逃げ去った。


 その姿を見ていた周囲のものは笑うが、俺と歳三は笑わなかった。

 たしかに大男は滑稽であったが、フードの少女の実力に圧倒されたからである。

 このような少女がもし、配下に加わってくれれば、百人力だ。

 だが、この少女、敵なのだろうか、味方なのだろうか。


 あまりにもすさまじい実力ゆえ、容易に判断できることではない、と思われたが、それは俺の杞憂だった。


 フードをかぶった少女は俺の方を振り向くと、片膝を突き、俺に祈りを捧げながら言った。



「私は神に純潔を捧げた子羊。剣に生きる乙女。

 神託により、この場にやってきました。

 預言により無粋な男に尻を触らせ、五秒ほど待ちました。

 神はさすれば私が仕えるべき主が現れるだろうとおっしゃったのです。

 神託は実現しました。

 そのものはとてつもない魔力を秘め、慈愛の心を持っている。

 そう、それはあなた様でございます。

 ――魔王アシュタロト」



 俺の名を呼ぶ少女は、どこまでも荘厳で、神々しかった。

 まるで教会にある宗教画から抜け出てきたような少女。

 そう思った。

 思わず彼女の名を尋ねてしまう。

 彼女はフードを取り払うと、そこから美しい金髪を解き放ちながら言った。



「私の名はジャンヌ。――ジャンヌ・ダルク。異世界のフランスという国からやってきた戦士にございます」



 そう言い切る少女は、まるで聖女のように清らかだった。


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