城下町の区画
魔王サブナクを倒し、サブナクの領土を接収した俺。
サブナク城は破却し、民だけをもらい受けたが、ひとつだけ問題がある。
それは一挙に人口が増えたため、城下町が手狭になったのだ。
現在のところ広場にテントを張り、難民キャンプのようなものを作っているが、いつまでもこのままにしていいわけではない。
彼らに住む家を与え、仕事も与えなければならない。
それには城下町を拡張するのがいいだろう。
それには素材がたくさん必要だった。
メイドであるイヴが控えめに申し出てくる。
「素材は軍団の強化と城の強化に使うべきでは?」
「それが当然の戦略かもな。でも、まずは城下町の拡張だ」
「……御意」
「納得がいってなさそうだな」
「まさか」
「その美しい顔に書いてあるぞ。素材は軍団の拡張に使うべきだ、と」
イヴは眉根を歪めるが、正直に心情を告白してきた。
「先日の戦いで軍団が減っております。まずは戦力の拡張かと」
「たしかにその通りなのだが、俺は市民の暮らしが一番だと思っている。強大な国を作るには強大な国力から、それが強大な軍隊を維持できるんだ」
「たしかにそうなのですが」
「移民が増えれば、傭兵も雇いやすくなる。魔物は軍の中核だが、俺は傭兵も軍団の中核にしたい」
「人間の兵を雇うのですか!?」
「そのつもりだが」
「人間は裏切ります」
「他の魔王も人間を兵士として使っていると聞いたが」
「あれは戦奴です。後方に督戦隊を配置し、裏切れば殺す体制を整えています。我が軍団に督戦隊を配置する余裕はないかと」
「ならば信頼によって傭兵たちの心を得るしかないな。それには住みよい街を作るのが手っ取り早い」
「たしかにそうなのですが……」
それでも納得しないイヴを納得させるには実物を見せるしかないだろう。
魔族や魔物、人間や亜人たちが平和に暮らし、豊かな物品を生産する様を。
というわけで俺は残された素材で石や木を作り出す。
足りない分は金庫にある金銀を使い旅の商人から仕入れる。
材料を手に入れると早速、建築に入るが、俺はここでもこの世界の常識を打ち破る。
通常、この世界の城下町の道は入り組んでいる。
うねうねと蛇みたいな道、明らかに効率の悪い歪な形をしている。
それらが合わさるとまるで迷路みたいになるが、意図があってそうしているのだ。
それは敵が城下町に侵入してきたとき、そこで時間を稼ぎ、城に到着するまで足止めするという意味合いがあった。
それはこの世界だけでなく、異世界でもよく使われている手法だった。
日本という国の城下町に行くとやたらと道が狭く、入り組んでいるのはそういう理由がある。
権力者である城主の保身であるが、俺にはそのような保身はない。
経済の発展性重視だ。
だからこの際、新しい中心街は、碁盤目状の計画都市にし、移動や流通のしやすい街にするつもりであった。
それをイヴに話すと、それもまた彼女の度肝を抜いたようだが、それでも最後には賛成してくれた。
いや、それどころか賞賛してくれた。
「保身の防備ではなく、攻めの経済を追求する御主人様は魔王の中でも異端。ですが、その異端児なところにイヴは惚れております」
と俺の意図を理解し、指示に従ってくれた。
新しい城下町の建設は、彼女を中心に用意される。
土方歳三という武将も配下にいたが、彼は戦争では役に立っても内政ではほぼ役に立たない。
魔王城にある将官の間でなにか本を読んでいるか、それでなければ城下にある色町に行き、昼間から吞んでいた。
史実通り、彼は戦闘狂で生産的なことには役立たないと思ったほうがいいだろう。
ただ、新しい中心街となる一角にある色町については色々と口を出してきた。
彼いわく、娼婦といたすのが色町のすべてではなく、佳い女と酒を酌み交わし、会話を楽しみ、添い寝をするのが粋な楽しみ方なのだそうだ。
要約すると東洋風の娼館、妓楼を作ってくれと言うのが彼の願いであった。
俺は聖人君子ではないし、そう言った施設が必要だと言うことを知っていたので了承する。
イヴは顔をしかめたので、こう説得する。
「歴史上、我が国に娼婦はいない、と言い切った国は異常な国ばかりだ。粛正の嵐が吹き荒れているソヴィエト連邦、文化大革命中の中国、デブの小心者が支配する半島。まあ、イヴには分からないだろうが」
「それらの国は知りませんが、意味は分かっています。土方様と楽しそうに相談しているのがむかついただけです」
イヴはツン! と言い張る。
「色町は元々作る予定ですが、御主人様は出入り禁止です。もしも、そういう気分になったらイヴにお声がけください」
お声がけするとどうなるのだろうか。興味深かったが、それ以上は尋ねず、歳三のもとに逃げ込む。
もう色町の話はしないが、新しい街には兵士の訓練所なども必要だろう。
どうやって効率的な訓練所を作るか、彼と相談したかった。
もっともそれは建前で、機嫌が悪くなった女性から逃げる口実なのだが。
前世を含め、数十年生きてきたが、いまだ女性の扱い方には困る。
彼女たちは機嫌がいいと思った次の瞬間には機嫌が悪くなっていることがあるからだ。
歳三にそのことを話すと、彼はどぶろくを片手に同意してくれた。
「女というものはよく分からん。剣の道を究めるほうが容易だ」
「同意だ。魔術の真理を究めるよりも難しい」
歳三と俺は顔を付き合わせると、苦笑を漏らした。
ちなみにイヴの機嫌はすぐに戻り、執務室に戻ると、美味しい紅茶を入れてくれた。
甘酸っぱいブルーベリージャムにスコーンも添えてくれる。
都市計画の仲介役をこなしながら、焼き菓子まで焼くとは完璧なメイドさんであるが、彼女いわく、
「わたくしは、軍師であり、行政官でもありますが、なによりも先に御主人様のメイドであります」
そう言い切った。
その台詞、行動力は、正しく☆5つのレジェンド・レアであった。
最初に彼女のような優秀な魔族を配下にできたことは、俺にとって最大の幸福なのかもしれない。
そう思った。