郵政改革
アシュタロトの街に新種のジャガイモが広まる。
ほくほくで美味しくて栽培もしやすく、病気に強い品種だ。瞬く間に栽培農家が増え、アシュタロト城の城下町を豊かにしてくれるだろうが、まだまだ内政の手を緩めはしない。
俺は以前から考えていた改革に着手する。
その改革とは、
「郵政改革」
であった。
アシュタロトの街の郵便事情を解決したいのだ。
この世界には基本的に郵便はない。
正確にはあることにはあるのだが、組織だってはいなかった。
冒険者ギルドや商人ギルドが各自、独自に行いそれぞれ料金を徴収していた。
法律にも規定がないので、お金を払っても届かないといったことが日常茶飯事だった。
領主クラスならば使いのものを出せば済むのでいいが、街の住人にも良質なサービスを届けたかった。
俺は郵便担当大臣としてロビン・フッドを呼び出す。
歳三は新入りに任せるとは、と呆れたが、他に人材はいない。歳三は意外とちゃらんぽらんなので細かい作業には向かない。聖女様に至っては説明するまでもないだろう。
忙しいイヴにこれ以上仕事を振るのもなんであるし、ゴッドリーブにも他の仕事をさせたかった。
「つまり、消去法か」
とはロビンの言葉であるが、言い方は悪いがその通りである。しかし、彼は厭な顔ひとつしない。
「この大陸をさすらって分かったが、郵便とはあれば便利なものだ。別の街に住んでいる恋人や家族に便りを出せる」
恋人と離ればなれになっていたロビンには感じ入るところがあるのだろう。郵政業務を引き受けてくれた。
といっても肝心なところは俺がやるのだが。
まずは街の中心に中央郵便局を作る。
経費削減のため、豪商の館を買い取り、そこを改装する。
中央郵便局を作ったら、街を26のブロックに区切り、そこにこの世界のアルファベットを割り当てる。A~Z地区まで均等に。
例えば歳三お気に入りの娼館はH地区にあるのでH9-21などと規則性にのっとって番号を振る。9は通りの順番、21は番地である。
布告を出して各建物に番地を振らせると、郵便局に登録し、配達夫の目印とする。ここまで分かりやすくすれば、文字の読めない無学な人間や魔族でも誰でも配達夫になれた。
俺は怪我をし、軍隊で働けなくなった傷痍軍人を中心に雇い入れると、彼らのセカンド・キャリアとすることにした。
この采配は退役軍人たちに大変好評で、アシュタロト軍に所属すれば、生涯、くいっぱぐれない、と軍にも相乗効果をもたらした。
近隣から有能な兵が集まり、正規軍に加入してくれる。ロビンはちゃっかり弓の上手いものに目を付け勧誘していた。存外、しっかりものである。
さてこのように郵便制度と中央郵便局を作ったら、あとは街角にも小型の郵便局を作る。
集配所は小さくても大丈夫だし、それほど重労働ではないので、これは寡婦の仕事とした。戦争で夫を亡くした戦災未亡人を郵便局長とし、望まぬ再婚をしなくてもいいように仕事を与えたのだ。
彼女たちは喜んで郵便局長となり、手紙をさばく。やる気がとてもあり、ひとりで男何人分も働いてくれた。
その様子を見ていたイヴが賞賛してくれる。
「さすがは御主人様です。郵便事情だけではなく、市民の仕事まで増やしました」
もはや天才という言葉だけでは片付けられません。と褒めてる。
「褒めすぎだ。それに郵政改革はまだ始まったばかりだ。アシュタロトの街で上手くいったら、次は支配下の街。手始めに孔明の街で始める。やがて全世界が導入してくれれば世界各国に手紙を送れるが、まあ、それには十数年は掛かるかな」
「大河も一滴の水滴から始まります。数年後には恋人たちがこぞって恋文を送る時代がやってきましょう」
「異世界では『年賀状』なる文化もあるらしい。この世界でも流行るかもな」
と言うと郵政大臣であるロビン・フッドがやってくる。
「魔王、郵便のことで相談があるのだが」
「なんだ、トラブルか」
「トラブルには違いないが、面倒なことが起きてな」
「なにが起きたんだ?」
と尋ねるとロビンは深刻な顔をして耳打ちをしてくる。
「実はだが、中央郵便局の裏手に馬の死体が投げ込まれたのだ」
「馬の死体など珍しくはない」
とは言わない。馬はアシュタロトの郵便局の看板のマスコットキャラだった。郵便局の看板は皆、馬の形をしていた。
そんな象徴的な生き物の死体が投げ込まれたと言うことはなにか示唆するものがあるのだろう。
「ま、普通に考えて嫌がらせというか、警告だろうな」
「おそらくは。馬は哀れにも首を切断されていた」
「マフィアみたいな手口だな」
だが犯人をマフィアと決めつけるのはよくないだろう。
俺は調査をすることにした。
郵政大臣のロビンに参加してもらうと、イヴとジャンヌ両者を見つめる。
知的な助手としては圧倒的にイヴであるが、ジャンヌの奔放さによって事件が解決する可能性もゼロではない。
連れて行かないとあとからブーブー言うという意味ではジャンヌだろう。
迷っていると、ロビンが懐からコインを取り出した。
「魔王、迷ったときはこれだ」
「コイントスか。まあ、それが一番だな」
面倒なことで脳細胞に負荷を掛けるくらいならば、コインで決めたほうがいい。
「じゃあ、表の女神でジャンヌ、裏の魔女でイヴだ」
「逆のほうがふさわしいのでは」
ロビンは際どい冗談を言うが、苦笑を漏らすにとどめると、コインをはじく。
ロビンはそれを空中でキャッチすると、手のひらを解放する。
そこにいたのは魔女であった。
「それではワトソン役はイヴに決定だな」
俺がそう言うとイヴは顔を華やかせる。
横にいたジャンヌは案の定文句を付けてきたが、なんとか説得する。
兵の訓練に勤しめ、本でも読んでいろ、と色々残る理由を探すと、最後は「お土産を買ってくるから」と納得させた。
なにが悲しくて自分の城下でお土産を買わなくてはいけないのかと思ったが、まあ、アシュタロト城の名物がどのようなものか、視察するのも悪くない、と自分を言い聞かせる。
このように調査団が結成された。
まずするのは現場に向かうこと。馬の死体が投げ込まれたという中央郵便局に足を運ぶことだった。
中央郵便局に行くと、鳥の亜人である男が揉み手でやってきた。
「これはこれは、アシュタロト様。このような場所になにか」
卑屈に見えるが、鳥人は商人気質のものが多く、大抵、このような性格をしていた。
「中央郵便局の庭に馬の死体が投げ込まれたと聞いてな」
その言葉を聞いて鳥人の局長オズワルドはびくりとする。
「……まさか、もう魔王様の耳に入るとは、地獄耳ですな」
「ロビンから聞いた」
「郵政大臣様から――。ならばもう隠し立てしても無駄でしょうな。実はですが、今朝方、中央郵便局の裏手に馬の死体が投げ込まれまして」
「嫌がらせ、恫喝だな。なにかメッセージのようなものはなかったか?」
「ありました。壁に『郵便をやめろ』と」
「やはりそうか、なにか対策は?」
「中央郵便局の警備は厚くしましたが、末端の郵便局までは……」
「だよな。すべての郵便局に警備員を置いたら、郵送費が跳ね上がる」
「はい。せっかく、魔王様が人件費を削減してくださる方法を考えてくださったのに」
「それにいつ嫌がらせされるか怯えていれば末端の職員の士気も下がるだろう。このままでは郵政事業が崩壊する。というわけで嫌がらせをしてくる犯人の正体を掴むぞ。現場に案内してもらえるか?」
「それは構いませんが……」
ちらりとイヴのほうを見る。
御婦人に馬の死体を見せても大丈夫でしょうか、とオズワルドは続ける。
「それには心配は及ばない。イヴは魔族の娘。それに胆力も備わっている。馬の死体ごときでは眉一つ動かさない」
「それはすごい。女偉丈夫ですな」
イヴが、
「もったいなきお言葉です」
と頭を下げると、四人はそのまま現場に向かった。




