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メイド長 イヴの日記 †

-sideイヴ-


 アシュタロト軍メイド長の日記。

 魔王アシュタロト様に生を授けていただき、数週間。


 この世界の知識にうとい御主人様のために召喚されたわたくしであるが、生まれ落ちてから驚きの連続であった。


 御主人様はこの世界の知識がないにもかかわらず、あっという間にこの世界に順応した。


 まるで生まれ落ちたときからこの世界にいるような落ち着きを見せている。


 その優雅なたたずまいはこの城に住まう女性型の魔物、特にサキュバスの評判が良く、御主人様の情人の立場を狙うものがあとを絶たない。


 御主人様の寝所の警備をもっと強化しなければならない。



 御主人様には驚かされっぱなしであるが、特に驚かされるのはその知略であろうか。


 御主人様は、――魔王アシュタロトは72人いる魔王の中でも最弱だった。

 しかし、一週間後には最弱から脱した。

 隣接する魔王の宝物庫を襲い、一気に軍団を拡張したのだ。

 その手際は鮮やかすぎた。

 まずは隣国のイスマリア伯爵に恭順する振りをする。

 そして魔王サブナクに従属する演技をして助けを求める。

 両者を争わせている間にサブナクの本拠を奇襲する。

 見事すぎて配下であるわたくしも言葉を失うほどであった。


 その後、御主人様は怒り狂った魔王サブナクの復讐戦もはね除け、逆に返り討ちにしてしまう。


 生誕して一ヶ月以内に他の魔王を殺した魔王が御主人様の他にいようか?


 歩くデータベースと呼ばれるわたくしの記憶にも、そのような魔王、御主人様以外に存在しない。



 御主人様は魔王サブナクを倒すと、即座に行動に出る。

 部隊を派遣し、魔王サブナクの城を接収すると、そこにある素材や宝物を奪う。

 そして迷うことなく、城を破却した。


 通常、他者の城を取れば、それを維持し、守りたくなるが、御主人様は冷徹な声でこう宣言した。


「今の俺の戦力では城をふたつも守りきれない。だからこの城は破却する。他の魔王や人間に占領されるのもしゃくだしな」


 それについては文句を述べる魔物もいたが、御主人様は凜々しく言い放った。


「俺が欲しいのは石の城や街ではない。そこに住まう人こそが財産だ。だからこのサブナクの城の城下に住まう人々は俺がもらう」


 その言葉を聞き、私を始め、良識ある魔物たちは皆、感服した。

 土方歳三もその度量に驚いているようだ。

 通常、魔王城の城下町に住まう人民は労働者としてしか価値を見いだされない。


 各魔王の城には、魔族、人間、亜人、獣人、様々なタイプの人間が住んでいるが、階級(ヒエラルキー)が固定され、魔王から搾取される立場である。


 特に攻略したばかりの他の都市の住民は、奴隷と同義といってもいいほどに扱われるのが慣例となっていたが、御主人様はサブナクの住人を現在の住民と同等に扱った。


 彼らをアシュタロト城に強制的に移住させたが、財産などは没収せず、身分もすべて平民とした。


 つまり、アシュタロト城の城下には奴隷がひとりもいないのである。

 これは72人いる魔王の中でも異例中の異例であった。

 いや、人間の都市でさえありえないことであった。

 好奇心に支配された私は、ある日、尋ねたことがある。


「御主人様、どうして奴隷という身分を作らないのですか?」


 そう尋ねた御主人様は少しだけ困った顔をしながら言った。


「……哀れみ、ではないと思う。全員平民とはいえ、働かせて得た税収でこの城は運営されているのだからな」


「ならば利益のため?」


「そうだな。それが一番しっくりくるだろう。以前、俺が住んでいた世界にも奴隷はいた。しかし、奴隷制というやつは効率が悪い。いくら働いても給料が同じだと生産性が上がらないんだ」


「……なるほど」


「俺は彼らの労働の成果で食うが、その代わり、彼ら以上に働く。そして彼らに働きやすい場を提供するのが俺の仕事だと思っている」


 そう断言する御主人様は尊敬に値するほど凜々しかった。

 思わずこんな台詞を漏らしてしまう。


「その理想を体現するため、わたくしめはこの身命を懸けて御主人様にお仕えしたいと思っています」


 その言葉を聞いた御主人様ははにかみながら、

「よろしく頼むよ」

 と、わたくしが注いだ紅茶を美味しそうに飲んでくれた。

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