英雄との別れ
その場で踊り出すほど喜ぶベルネーゼの一行であったが、俺とその部下は彼らほど喜ぶ気にはなれなかった。
魔王ダゴンを倒せたのは嬉しいし、ダゴンを倒したことによりダゴンの軍団は散り散りになっていった。
嬉しい限りであるが、戦場で黄昏れている弓使いの背中を見ると、喜びを表現することはできなかった。
俺は彼の側まで歩み寄ると声を掛けた。
「見事な矢の一撃であった」
「そちらこそ、最高の魔法だった」
「…………」
以後、沈黙が続くが、その沈黙を破ったのは意外にもロビンであった。
彼は務めて笑顔を作ると、こう言った。
「此度のいくさ、ダゴンを殲滅できたのはすべて魔王殿のおかげだ。礼を言う」
「お前の獅子奮迅の働きもあった」
「かもしれないが、それも今日までよ」
「旅立つのか?」
「ああ、もう戦いはこりごりだ」
ロビンは弓を捨て俺に背を向けるが、俺は彼に声を掛ける。
「また戻ってきてくれるよな。アシュタロト軍の弓部隊の隊長はお前しかいない」
ロビンはその場に立ち止まると「ありがとう」と言った。
俺は彼の元まで歩み寄ると、最後に握手を求めた。抱擁もしたかった。
「なんだ、俺にそんな趣味はないぞ」
戯けるロビン、俺はいたって真面目だった。
「俺の故郷では友と握手を交わし抱擁をし、再会を誓うのだ。俺の流儀に合わせてくれ」
「素晴らしい故郷だと思うがそれはできない」
「どうしてだ?」
「おれはお前の握手も抱擁も受ける資格などないからさ」
「それは俺が決めることだ」
「いいや、おれが決めることだ。なぜならばおれは戦闘中、何度もお前を殺そうとした。お前の首を取ってフィアンナを救おうとしたのだ。お前を裏切ろうと何度も機会を狙っていたのだ。そのような男は友に値しない」
「そうか、よく告白してくれたな。ではロビンよ、俺を殴れ」
「…………」
言葉を失うロビン、聞き間違えかと問い返す。
「いや、俺がお前を殴るんじゃない。お前が俺を殴るんだ」
「逆ではないのか」
「逆じゃない。実は俺もお前を疑っていた。俺の心臓を射貫かせるとき、最後の最後まで心臓以外を狙うのではないかと疑っていた。実は俺もお前の握手も抱擁も受ける資格はないのだ」
だから殴れ、と続ける。
「それはこちらの台詞だ。まずはおれを殴れ。おれのほうが先に叛意を抱いたはずだ」
とロビンが言うと、俺は躊躇なく彼を殴った。それが彼の信頼に報いる道だと思ったからだ。彼と友情を育む方法だと思ったからだ。
ドガシッ、と重たい一撃が彼の頬に伝わる。赤い血が口元からこぼれ落ちる。唇と口内を切ったようだ。
「久しぶりに人を殴った。手が痛い」
「当然だな。お前の拳は人を殴るようにできていない」
「さて、次はお前だな。ロビンよ、俺を殴ってくれ。力一杯殴れ。俺にお前と抱擁する権利をくれ。お前と握手をする資格をくれ。お前の友にしてくれ」
そう言い切ると俺は彼に殴られる。力一杯に。
先ほどと同じくらいの音が響き、俺はくらりとしたが、体勢を立て直すと、にやりと微笑んだ。
「いい殴られっぷりだ。さすがは魔王よ」
と言うとロビンと俺は熱い抱擁を交わし、次いで両手を握りしめた。
「いつか必ず戻ってくる。そのときは配下の末席に加えてくれ」
「その日を楽しみにしている」
そんなやりとりを交わすと、ロビンはそのまま旅だった。いつも連れていたカーバンクルはなぜか、俺の足下から動かなかった。
こうして俺とロビンは袂を分かったが、離れたのは身体のみで、その心はどこかで繋がっているような気がした。




