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鬼の副長と呼ばれた男

 刀をクラインの壺に入れる。

 するといつもとは違う閃光が走る。壺にまとう魔力もいつもとは違った。


 いつもは禍々しい魔族じみた魔力が壺をおおうのだが、今回は神々しいオーラをまとう。


 これが『魂魄召喚』の特徴なのかもしれない。

 異世界で英雄、あるいは神と呼ばれたものを召喚するのだ。

 特別な演出が必要なのだろう。

 そう思ったが、ふと疑問が浮かぶ。


「そういえば魔物を召喚するときは、レアリティの表示があったが、魂魄召喚はどうなるのだ?」


 イヴに問いかけたが、彼女は応えてくれる。


「魔物のレア度は☆五つの幅がありますが、英雄に幅はありません。便宜上、レジェンドレアのひとつ上、☆六つとされます。呼び名はゴッド・レアと呼ばれています」


「なるほどね。文字通り、神を召喚するのか」


「魂魄召喚で召喚された英雄のステータスは見えません。ですので強さの把握は、実際に戦って見るか、戦わせて見るかしかありません」


「自我があると言ったな?」


「あります」


「ならば指揮官として使う。軍団の規模が膨らんできたし、ちょうど、部隊長が欲しいと思っていたところだ」


「しかし、先ほども言いましたが、英雄は完全に御主人様に信服しているわけでは……」


「先ほども言ったが、英雄を使いこなしてこその魔王だ」


「…………」


 イヴはわずかに沈黙すると首肯した。


「分かりました。ならばもはやなにも言いません。もしも御主人様に背くようであれば、このイヴが命に換えてもそのものを討ち滅ぼしましょう」


 と懐から短剣を取り出した。


「その心意気やよし。だが、そうならないため、最初が肝心だな。どうやら英雄様が出てくるようだぞ。魂魄召喚、成功だ」


 そう言うとクラインの壺がひときわ明るく輝き出す。

 真っ白な煙が辺りを充満し、その中に人影が浮かび上がる。

 シルエットから男だと推察できるが、髪は長い。

 痩身であるが、奇妙な力強さがあった。

 煙越しからでもそのものの強さ、それに狂気が滲み伝わる。


 煙が晴れ、英雄の顔を見たとき、こいつは「戦闘狂だ」とすぐに察した。

 晴れた視界の先にいたのは、寡黙な表情をした男だった。

 男前ではあるが無愛想。

 頭が切れそうではあるが、油断ならない人物、第一印象がそれだった。


 イヴに言った手前もあるが、こういうのは最初が肝心だ。

 こちらが緊張していると悟られる前に声を発したほうがいいだろう。

 そう思った俺は、彼に語りかけた。魔王アシュタロトとして。

 気持ち偉そうに、荘厳な雰囲気を作りながら話しかけた。


「……俺の名は魔王アシュタロト。名もなきサムライよ、お前を召喚したのは俺だ。まず汝の名を問おう。そして俺に仕えよ。共に天下を目指さん」


 男はぎょろり、とこちらを値踏みするような目で見ると、その重い口を開いた。


「……俺の名は歳三……、土方歳三。本来、鳥羽伏見で死ぬべきはずだった男だ。なにを因果か、函館まで生き抜いてしまったがな」


「死ぬくらいならば俺に力を貸せ」


「函館の五稜郭で死んだはずなんだがな。なぜかこんなところにいる」


「天意だ。転移でもある。これは神が定めた宿命。俺の剣となれ」


「天意に転移か。洒落が効いている。まるで近藤さんのようだ。いいだろう、お前さんが俺に死に場所を用意してくれるのならば、喜んで力を貸そう」


 というと男は腰の刀を抜く。


「――ただし、お前さんに肝っ玉があるか試させてもらう」


「俺を試すか。いいだろう。なにがしたい」


「なにもしないで頂きたい。俺が剣を振るう、最後まで動くな。少しでも動いたらお前さんの負けだ」


「俺の胆力を測る気か。いいだろう」


 俺はゆっくりと瞬きすると、動きをピタリと止めた。

 土方歳三を名乗ったサムライは、腰の刀に手を当てる。

 彼がしようとしているのは抜刀術と呼ばれるもの。

 鞘から直接、刀を抜き放つ必殺技だ。


 僅かでも手元が狂えば、あるいはこの男に殺意があれば、俺の首は吹き飛ぶだろう。


 俺はこの男に殺意がないことを祈りながら、目を閉じた。

 数秒後、俺の首先数ミリのところを鉄の物体が通り抜ける。


 もしも怖じ気づいてわずかでも動いていれば、喉笛を掻き切られたかもしれない。

 歳三は俺の態度を見て、


「……見事だ。その胆力、王の中の王とみたり」


 と言った。

 平然とした態度で返す。


「開き直りだ。ここでサムライをひとり信頼できないようであれば天下など望めない」


「開き直っているが、正しい考え方だ」


「それに俺はお前が俺を斬らないという確信があった」


「ほう、どうして?」


「まず殺意がない。お前にあるのは自分に対しての憎しみのみ。死に場所しか探していない男の目をしている。そんな男が、これから楽しそうなところに連れて行ってくれる王を斬る道理はない」


「…………」


「それにお前は後ろにいるイヴの殺意に気が付いているだろう。もしも変な気を起こしていたら、後ろからずぶりだと。お前は頭が回るからな。ここで命を粗末にするとは思えない」


「たしかに鬼の副長の最後が、メイド服のお嬢ちゃんに後ろからズブリじゃ話にならない。見事な洞察力だ。お前さんはこの剣を捧げるに相応しい男のようだ」


 歳三はそう言い切ると、礼儀正しく頭を下げた。


「俺の名は土方歳三。日の本の武州、多摩育ちの農民だ。訳あって二本差しになったが、根は農民の小倅よ。消耗品だと思って使ってくれ」


「まさか、お前のようなサムライを得るのは、黄金を得るより難しいと知っている。最終的には死に場所を用意してやるが、早々楽に死ねるとは思わないでくれ」


「そいつは有り難い」


 歳三はそう言うと、東洋人らしい笑顔を浮かべた。

 こうしてアシュタロト軍は、土方歳三という英雄を得た。


 彼はのちにアシュタロト軍にはなくてはならない切り込み隊長となる。


 攻めるも歳三、守るも歳三、一番槍は歳三、二番槍も歳三、三番槍も歳三、全身紅に染まる歳三の軍服姿から、「悪鬼歳三」の異名を得ることになる。


 奇しくも生前の鬼の副長と同様の異名で呼ばれることになるのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 土方さん見てますかー? っておき太言いそうだなー
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