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チート魔法使いの勉強日記  作者: 久城 松月
魔の森カルクエーラ
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第1話

「1378B…1378B…どこだ…どこだ……あった!!!」

 雪の舞っているある日、たくさんの学生が集まって、緊張や歓喜、悲哀などの様々な感情に包まれた中、18歳の女子高生、春沢薫は、掲示板で自分の受験番号を見つけ、ガッツポーズをして喜んでいた。

 今日はとある難関大学入試の合格発表である。受験勉強の最後の半年間、オタク活動を封印して臨んだ入試である。カロリーを作るお菓子や、眠りを打ち破ってくれるドリンクなどの手も借りて必死に勉強した結果、薫は見事合格を勝ち取ることができたのだ。すぐに携帯のロックを解除して、自分の母親に結果を報告するために、電話をかけた。


「はい、薫、どうだったの」

「もしもし、お母さん、さてどうだったでしょ〜、○か×かでお答えください!」

「うーん、もしかして×?」

「さすがお母さん、正解!そう、なんと私は入試で落ちちゃったんです!わーい!パチパチ!...ん?」

「なるほど、受かったのね!おめでとう薫、さすが私の娘だわ!」

「…あ、そういや受かったんだった、なんで落ちたって言いながら喜んでたんだろ…てヤバいヤバい、周りの目線がヤバい!お母さん反省して!私を騙したこと!反省!あ、ソーレ!」

「はいはいごめんなさい、それにしてもよく半年間頑張ったわね。お疲れ様」

「…うん。ありがとう。いつも応援してくれたお母さんのおかげだよ。一年近く、本当にありがとう」

「積もる話は帰ってからしましょう。塾に行って結果報告とかもしなきゃいけないんでしょ?家に帰ってから十分休みなさい」

「はーい、じゃあまた後でねーお母さん、こっちから切るね」

「はいよ、よろしく」


 薫はそのまま電話を切り、上機嫌で大学の校門を出た。先ほどの電話のせいで二人ぐらいから向けられた恨みの籠った視線は、喉元過ぎれば熱さも忘れるだろう…と、自分の失態を恥じながら、無視することにしたらしい。まぁしょうがない。

 その後、大学から電車で20分ほど。薫は通っていた塾に合格の報告をしに向かった。小さいながらもそこそこの実績を出している大学受験専門の団体塾で、今回薫の受けた大学には毎年一定数合格者を出している。理系の薫に数学と物理、化学を教えてくれた塾長さんに喜ばれ、薫もきちんと塾長さんに勉強を教えてもらい、成績を伸ばしてもらったことに感謝の念を伝えていた。

 段々と他の塾の生徒も帰ってきて、薫は受かった人と雑談をして、以前塾の中で偶然見つけたオタ仲間と、1週間後のライブに連番で観に行こう、と約束するなど、一通りやることを済ませた薫は家への帰り路についた。オタ仲間は活動休止していなかったくせに余裕で受かったらしく、薫が内心嫉妬しているというのは秘密である。


 家に帰ると、薫の母親は温かく彼女を迎え入れてくれた。もう日も沈みきっていたので、夕食の準備をして待ってくれていたのだ。

「お母さんありがとう、本当にありがとう、てかマジで天使すぎて崇拝しちゃう…」

「崇拝するなら寄付ぐらいしてもらわないと。いつでも薫からのお布施待ってるわよ。そんなことより疲れてお腹減ってるでしょ?合格祝いに奮発していつもより美味しさマシマシで作ったから早く食べてね」

「いつもお母さんの料理は美味しいよ。けど…不合格だったらどう言ってたつもりなの?」

「うーん、不合格記念にやけ食い用でめっちゃうまい飯作ったからその味を噛み締めて泣きな!とか?」

「優しいのか鬼なのかわからないよ…ていうか何コレめっちゃうまい、やっぱり合格祝いはガーッとタンパク質だね!」

「今日のために国産牛を冷蔵庫に溜め込んでいたからね…いや〜40日ほど冷蔵庫で英気を養ってもらった甲斐があったな〜」

「いやそれ腐ってるって!ていうかそんなに溜めたら不味くなると思うけど逆に何でうまいの!?」

「ふっ、私が時間を止めてやったのさ…って冗談だよ。それよりご飯が冷めるわよ、早く食べなさい」

「はーい」


 薫も今までの受験に対するプレッシャーから解放されたからか、体重計という文字を忘れたかのように、凄まじい速さでご飯を食べきった。


 夕食後、薫の母親が「明日お父さんが帰ってくるから抱き殺されないように気をつけてねー」と言ってそれに薫が「はいはーい」と生返事をした後、自分の部屋へ向かった。何を隠そう、儀式を行うためである。

 半年前までは、自分の勉強机の脇にあった何やら物を入れられそうな場所には、ライトノベルやらアニメのブルーレイだとかライブ用の標準装備(20kg)やらフィギュアやらコスプレ用の衣装などなど、オタクじゃない人が見たら失神するレベルの量の物が無造作に置かれていた。しかし半年前のその時、「これはまずいんじゃないか?」と模試C判定の成績表片手にこの光景を見て思い、自分の部屋の中の引き出しとクローゼットに、すべてのグッズを押し込んで、オタク活動を封印したのである。合格した暁には、三日三晩堕落した生活を送ってやると心に決めて。


 そして、今日が待ちに待った封印解禁の儀式の日なのである。薫は自分の綺麗な部屋を眺めて、大きく息を吸い込んで、


「この仮初めの清廉な環境に…………合掌!!!」


 別れの言葉を告げて、両手を合わせて10秒ほど瞑想に浸り。その後、カッと目を見開いて行動を開始した。


 薫の薫たる所以といえば、このよくわからない、どこか頭のネジが飛んだような行動や言動をするところである。例えば大学の国語の過去問を解いている時に主人公に感情移入したのか「白ちゃん…私が絶対あなたを養ってみせるからね…だからそんな悲しい顔しないで…」などと泣きながら独り言をつぶやいて、塾の自習室中の人をドン引きさせたり、体育の授業で柔道をやっている時に、相手に投げられた後突然「…薫か?ああ、奴は死んだ。私は魔神アポカリプスだ。異界よりその魂をこの受容体に飛ばしたのだ」などと厨二病したり、子供の頃には、鬼ごっこの前に突然ラジオ体操を始めて最後まで止めずに「ただのウォーミングアップ」といって他の子を呆れさせたりである。


 こんな一面があるからか、たまには本気で他の人から引かれるが、学校のクラス内では常にムードメーカーという立ち位置にいた。あまり男女で態度を変えなかったからなのか、そのブサイクでもない普通の容姿も相まって、非常にクラス内では人気が高かったりした。たまに男子贔屓だと女子にいじめられそうになった時もあったが、その時は突然「それはそうとこのダンス流行りそうじゃない?」とかいって教室のど真ん中で意味不明な踊りを始めて男女双方にドン引きされ、三日間程度見向きもされないだけで事なきを得たらしい。


 閑話休題。行動を開始した薫は、目に留まらないくらいの速さで本を本棚の適切な位置に配置し、そのまま半年前のあの雑然とした雰囲気の魔境となるように、せっせとブツを掘り出しては何やら物を入れられそうな場所に投げ込んでいた。当然フィギュアは投げ込むような事はせず、5秒くらい目で愛でてから恐る恐るその御神体を正しい位置に飾っている。


 かれこれ30分ほど経つと、部屋の中を歩き回る音は消えて、半年前のあのオタク感が滲み出ていた環境を取り戻した薫は、ご満悦といった感じで椅子に座っていた。しばらく感慨に浸った後、薫は本棚に手を伸ばして、懐かしのラノベを手に取った。


 (この本は確か3巻の途中まで読んだんだけど…英単語や化学の知識に記憶が押し出されちゃったからもう覚えてないか。一巻はどこだ…お、あったあった。さて、学校も休みだし、三日で堕落してやるぞ〜)


 そのまま一巻を開いた薫。時には真顔になり、時にはニヤニヤしたり、時には笑い声をあげたり、時には涙していたが、1時間経った頃、3巻に手を伸ばしていたが、今までの疲れがあったからか、いつの間にかラノベ片手に意識は深い眠りに落ちていた。




__________________________________________________________________




 王都の貴族街のカルディア伯爵邸を出発してから数時間。日も西に傾いてきた中、馬車はカルクエーラの森に入るもう少し前のレイラト王国の街道の一つを、シャルロット達を乗せた馬車はスピードを出して走っていた。結構な速度を出させているが、その中でもシャルロットが寝てしまっているのは、やはりランティスの手配したふかふか馬車のおかげだろう。


 馬車の中でいつの間にか寝ていたシャルロットは、やがて自分が寝ていることに気づき、段々と意識を取り戻してきた。


(…あれ?いつの間にか寝ちゃったなぁ。ちょうど3巻のいいところまで読んだんだっけ…)


 目を少し開けると、自分の勉強机があって、ラノベを読むのを再開しよう、と思っていたシャルロットは、しかし眼に映る風景が想像と全く違うことに、驚愕した。


(え?ここどこ?馬車?ふかふかのベット?じゃないよ、うちの窓の外はこんな自然豊かじゃない…って何考えてるんだ。これからフィメストに魔法の勉強しに行くんじゃないの、さすがにこの私でもその考えは突飛すぎると思うわ、シャルロット…って、シャルロット?え?)


 シャルロットの頭の中は、落ち着かせようとする一つの理性に反して、より混乱を極めていった。


(なんで?私は春沢薫、カルディア伯爵家の次女…いや違う!それはシャルロット!てかシャルロットって誰?いやそれは私か、いや、私は春沢薫、シャルロットの妹、いや妹はないけど、え?どういうこと?シャルロット?私は薫?)

「どうしたの、シャルロット。目を覚ましたら急に目をキョロキョロして周りを見回して。なんか悪夢でも見たの?」


 アデリーネは、自分の娘シャルロットが寝ている中ずっと起きていて、外の風景を眺めたり、自分の愛娘の頭を撫でてやったりなどしていた。そんな中、シャルロットが目を覚ました途端に、なぜかオロオロとして目を動かし、周りを不安そうな感じで見回していたのである。何かあったのか、と心配しながら声をかけていた。

 それに対して、シャルロットは、


「え!?だ、だ……いや、えっと、母さ…いや、お母様…???いや、あの、大丈夫です、なんでもありません……?……」


と、不安感丸出しで、語感が明らかに変な返事をした。


「全然大丈夫に見えないわ、何が起きたか話してくれる?」

「あ、えっと…本当に大丈夫です!気にしなくて大丈夫です!」

「本当に大丈夫なのね?シャルロット」

「はい!なんか変な夢見て頭が混乱していたけど…大したことなかったから…もう大丈夫!」

「そう……まぁいいわ、大丈夫なら良かったわ…」

 何だか大丈夫そうには見えないのだが、シャルロットが大丈夫だというのだから、大事にはならないだろうと考え、おとなしく引きさがった。

 一方、シャルロットが何を考えていたかというと……


(誰!?いや、あれは私のお母様、お母様?そんなに偉いの?いやでも伯爵だし相当偉いか……いや、ここそんな封建封建してないよ!ていうか私のお母様、じゃないよお母さんよ!とにかくお母さんは料理がめっちゃうまくてたまに理解不能なギャグをいってくれる頭のおかしいお母さんだよ!でもそんな人どこで知り合ったの!?いや生まれた時!ていうかこんな丁寧そうな人お母様じゃない!いやそんなわけない!ていうか私は誰!?薫なの?シャルロットなの?誰なの!?)

 もはや自我が崩壊する寸前に至っていた。それでも、シャルロットは先ほど表情から察されて母であるアデリーネに心配されたことを思い出し、とりあえず心の中の混沌を見せないように、なんとか表情を取り繕った。そのおかげか、なんとか悩んでいるところを話しかけられずに済んだ。


 そして、混乱が起きてから1時間。外がだんだん暗くなってきた頃、少しの雑談をシャルロットとアデリーネは交えながら、シャルロットは自分の心の現状を整理して、落ち着いてきた頃に、とある結論に到達した。


(私、もしかして、別の世界に、転生した…?)

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