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『自画像』  作者: マリア=オルテノ
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四作目『絵の悪魔』

個人的に忙しかったので続きを書くのが遅れてしまった……

近いうちに次章も掲載します

「お父さんはあんな事をいつもやってたの?」

 帰り道、お父さんに思い切ってお父さんの真意を聞いてみた。

「もちろん。真の芸術を生み出し、それを広げていくにはあれが一番いいからね」

「ならなんでよりにもよってカリストなの? 他にお父さんの絵を望んでいる人はたくさんいるんでしょ?」

「それはたまたまギリアム氏に資質があって、カリスト君が『大砲』を気に入っただけの事。僕だってマリアの彼氏を貶めたかった訳じゃない」

 お父さんには悪意など微塵も感じないと言った態度で答える。

 ただ、自分は絵を描いていただけだと。そう言いたいような調子で。

 それが私には許せなかった。

「お父さんは今までどれほどの人を不幸にしてきたの? またカリストみたいな人を増やしていくの?」

「ああ、もちろん。僕は筆が導くままに人々を芸術の世界へと飲み込む道しるべとなるんだ。それを邪魔する事なんて誰も出来ない」

「なら、私が止めるわ! もうカリストみたいな人を生み出させない。あの筆を私が壊してもうあんな絵は描けなくしてあげる!」

「無理だよマリア、そんな事をしようとすれば君が逆に筆に取り込まれるだけさ。悪い事は言わない、筆を壊そうなんてしないでほしい」

「だったらもう絵を描かなければいいじゃない。普通のお父さんとして、絵を描かないという選択は出来ないの?」

「そういう訳にもいかないんだ。筆は僕に描かないという選択肢を選ばせない。僕が望まなくても筆は僕の精神を支配し、名画を完成させる」

「絵が精神を支配する? 何を言ってるの……?」

「言葉の通りさ。『悪魔の筆』は意思を持った呪われた筆さ。所有者になった人間は意図してなくても絵を描き、気が付けば絵が完成している。そうやって僕の最初の作品、『魔女の媚薬』は生まれたんだ」

「そんな事って……あり得るの?」

 お父さんの言う事も、起きている現象も、相変わらず常識の外側にある。

 私はもう怒りよりも得体の知れない『悪魔の筆』に対する恐怖の方が大きくなっていた。

「そうやってセレス・リオンも僕も、それより前の所有者達も絵を描き始めて行ったんだ僕にはもう止められない。自画像を描くまではね」

「自画像?」

「そう、自画像。『悪魔の筆』の所有者になった人間は必ず最後の絵に自画像を選ぶ。画家達は自ら描いた絵に取り込まれてこの世から消えるんだ。筆をこの世に残してね。そして次に筆に魅入られた人間が新たな所有者になる」

「ということはお婆さんも……」

「彼女の自画像は美しかったよ。彼女の作品のどれよりもね。そして僕もいずれそうなるんだろう……」

「……」

 何も言えなかった。なぜならお父さんがいままでに無いくらいに凄く寂しそうな顔をしていたからだ。

 その後、私達は何も話せず、無言で家に帰った。


二週間後、カリストは約束通り、彼のお父さんから引き継いだ全てをお父さんに譲渡して、絵を手に入れたらしい。

 それからしばらくして、カリストは少しずつ私の知る彼ではなくなっていった。

 ある日の帰り道、彼と歩いていると「聞いてよ、マリア」と私に問いかける。

「ああ、今日も人々を遠くに飛ばさないといけない。こちら側に来ていいのは選ばれた物なんだ。それなのになぜ才能も無い凡愚が『美術館』に足を踏み入れようとするんだろう。僕には分からないな。マリアもそう思うだろう?」

 最近カリストがこういった事をいう頻度が増えた。

 彼の意識がまるで絵の中にあるかのように話す姿に若干の恐怖を覚えていた。

「ねえカリスト、『美術館』ってなんなの?」

「真の芸術のあるべき所さ。美しく、そして独創的な世界だよ」

「そう……」

 彼は近ごろ家では絵をずっと眺めているらしい。

 そこに全ての美が集約されているとの事だけど、私にはまったく理解できない世界だ。

 かつてのカリストはどこかに消えてしまったのかもしれない。

 今、私と一緒に歩いているのはカリストの姿をした別の何かだ。

 私のカリストを返してほしい。私を愛し、私が愛した私だけのカリストのはずだったのに。

 見た目が限りなく似ているだけの偽物なんかいらない。

 取り戻そう、『大砲』からカリストを。

 私は決意を固め、カリストに似た何かに提案をする。

「今日さ、カリストの家に行ってもいいかな『大砲』をまた見たいんだ」

「もちろんだとも! マリアにも分かって欲しい、あの美しき世界を!」

 やっぱりカリストは私を見てくれてないみたい。

 きらきら輝いてるその目の向いている場所はきっと、あの絵なんだろうな。

 ああ、あの絵が憎らしくてたまらない。

 きっと本物のカリストを独り占めにしているんだろう。

 私はポケットに小包とリップ、ペーパーナイフを忍ばせて、カリストの家へと向かった。


 カリストの家は以前来たときと比べて、装飾や飾られている絵が無くなり、何もない空間が圧倒的に増えていた。

 本当に遺産の全てを売り払ったという事なのだろう。

 家全体ががらんとしていて、生活感が無い。

「カリストって今一人で住んでるの?」

「そうだよ。父さんは絵の中だし、母さんは物心つく前に亡くなってるから今は僕しかいないんだ」

 『大砲』を見に行った時もカリストの家には彼以外誰もいなかった。

 そうでなければ財産の全てをお父さんに譲渡できないだろう。

 お父さんはあの時、それを知った上で法外な契約を持ちかけたのだ。

 『大砲』は以前来た時の部屋ではなく、別の部屋に移動されていて、額縁も金色の豪華なものとなっていた。

 ここがおそらくカリストの部屋なんだろう。

 天井まで続くほどの高さがある本棚が三つもあって、読書家である彼の部屋だなぁと思った。

「『大砲』は今僕の部屋にあるんだ。絵という物は鑑賞する為にある物だと思うし、この家には僕しかいないからね」

「いつ見ても不思議な絵ね」

 私にとってこの絵は浮気相手のような、憎たらしい物だ。

 嗚呼、早くこれを破壊したい……

「紅茶を淹れてくるよ。ちょっと待ってて」

 カリストはそう言ってリビングに行った。

 彼が居なくなり、私は一人、『大砲』を見つめる。

 今すぐにでも憎たらしい、この悪魔の絵をポケットに忍ばせたペーパーナイフでズタズタに破いてやりたい。

 そしてカリストの想いをこんな絵じゃなくて私に向けて欲しい……

 お父さんが描いた絵だってことも、この絵にカリストが取り込まれていることも、多くの人が欲して止まないであろうという事も、私がこの絵を紙屑にしない理由にするには不十分だ……

「おまたせ」

「ありがとう」

 カリストが淹れてくれた紅茶は、ほのかな甘みを含んだアップルティーで、その香りもどこか甘く落ち着いたいい匂いが引き立っている。

 二人で飲む紅茶は落ち着きをもたらす。

 味を楽しみ、香りを堪能し、熱が冷めないうちに飲み干すのがティータイムの嗜み。

 最近はカリストと放課後にカフェに行ってなかっただけに、ちょっと懐かしく感じた。

「カリストとこうして紅茶を飲むのって久しぶりな気がする」

「そうだね、最近なかなか行けなかったからね。僕も玉を飛ばすのに忙しかったんだ」

「玉って何?」

「才能の無い者達さ。奴らは僕の聖域に入ろうとするんだ。それを退くために奴らを矢に加工して飛ばすんだ。もう二度と芸術家なんて名乗らせない為に」

「その中に聖域に入れた人は居るの?」

「いない。所詮は魂の無い絵しか描けない奴らばかりさ。凡才に限って自信満々に絵を持ってくるんだ。オリジナリティーすらない独自性をアピールしながらね」

「なら私もその中の一人なのかもね」

「そんな事は無いさ。だって君はあのプノエル・オルテノの娘なんだから」

「そうね。でも私とお父さんは血の繋がった親子じゃないのよ? 私にお父さんみたいな才能なんてないわ」

「そんな事は無いさ。君が『悪魔の筆』を引き継げばいいだけの事さ。その資格はマリアにはきっとある。プノエル・オルテノが自画像の世界に消えても君が絵を描けばいいんだ」

「私に『悪魔の筆』の資格なんてある訳ないじゃない」

「いや、きっと持っているはずさ。資格のある人間は完成した絵に魅了されないんだ。君に資格が無ければ僕と一緒に『大砲』の世界を知る事が出来るだろうしね」

 カリストは真顔で、ただ淡々と話続ける。

 私も彼と同じように受け答えしていた。

 カリストには、私がお父さんのような画家になれるほどの才能を感じているらしい。

 その真偽はともかく、私には『大砲』という絵は全く魅力の感じない奇妙な絵でしか無かったし、それにのめり込んでいるカリストの気持ちもよく分からなかった。

「確かに私にはこんな絵、全然魅力的だなんて思えない。それが『悪魔の筆』を引き継ぐ資格になるとしても、私にはどうでもいい事よ」

 私には『悪魔の筆』なんて必要なかった。

 私に必要なのは温かい家族と、狂信的な絵の信者なんかじゃない、愛し合える恋人だけ。

 それがあるなら巨額の富も、真の芸術も空虚でしかない。

 しかし、彼はそれを望んでないみたい。

「ああマリア、そんな事言わないでくれよ! 君があの筆を継がなかったら誰が芸術の世界を新しく創っていくんだい? セレス・リオンが復活させ、プノエル・オルテノが発展させた美の神髄を、君は再び闇に葬ろうと言うのかい? そんな事は絶対にしちゃダメだ!」

 彼は今まで見た事も無い、火の付いたような憤怒の表情で怒鳴り散らす。

 それに対して私の心情はとても冷めていた。

「私、芸術はあまりよく分からないんだ。だから絵を描く気なんて無いよ」

「何故だマリア! 僕には君が必要なんだ!」

 今度は懇願するように叫ぶ。

 狂い方という物もバリエーションがあるらしい。

 でも、正直なところ興味なんてまったく湧かないし、あるのは嫌悪感のみだ。

「そういう求められ方は嬉しくないな」

 妄信者の戯言を聞いているのもうんざりしてきた。

 彼と話をしていても埒が明かないので、そろそろ行動に移そう。

 紅茶を飲み干し、真紅のリップを唇に厚く塗り、カリストの瞳をじっと見つめる。

「貴方が愛しているのは『悪魔の筆』が生み出した芸術? それとも私?」

「それはもちろん両方さ。だって僕は……」

「嘘つき。貴方の目に私はいないわ。貴方が見ているのは私の才能だけ。私の心なんて微塵も見てない」

「そんな事はないさ、僕だって君の恋人なんだから……」

「ねえ、カリストってこんな無駄に褒める人だったっけ? 白々しい言葉は止めてよ」

 悪気も無く綺麗事を並べる姿は、もう関心すら覚えるほどに薄っぺらかった。

「ねえマリア、君こそそんな怖い笑い方する子じゃなかったはずだよ? どうしちゃったのさ?」

 本当に表情のバリエーションが多いなぁ、こいつ。

「どうもしないよ。ただ私は貴方に一つお願いをしたいだけ」

「お願い?」

「簡単な事よ。“私のカリストを返して”」

「何を言っているんだい? 僕は僕だよ。本当に今日はどうしちゃったの……」

 こいつが言葉を放てないように、唇で唇を封じる。その間三秒。

「貴方の唇の味は最悪だね。絵具の味がするキスなんて初めてだよ」

 唇をハンカチで拭き、嫌悪の眼差しを向ける。

 まがい物はキスされて一瞬見せた驚きの表情を瞬時に崩し、ニヤリと気持ちの悪い笑みを浮かべた。

「いつから気付いたんだ?」

 カリストの姿をした偽物は下卑た汚い笑い声で問いかける。

 こいつとのキスが直接ではなく、リップという薄いへだたりがあって良かった。

「お父さんの契約書にサインをしたあの日よ。あの時にはもう本当のカリストは絵の中だったんでしょう?」

 あの日、カリスト擬きが私の彼氏を演じている事は薄々感じてけど、それを確かめるのが怖くて、一歩を踏み出すことが出来なかった。

「ご名答。お前の彼氏は今、この『大砲』の端っこで棒状になって燃えているよ」

「カリストを返して。彼は燃え続ける棒じゃない! 私の大切な彼氏よ!」

「ならば取引をしようか」

「やっぱり貴方は悪魔ね」

「もちろん、俺は悪魔だからな」

 絵の悪魔でも取引はするらしい。

 人を絵の中に取り込むという手段を最低でも五十年もしているくせに、妙な所は悪魔らしい。

「取引って言っても難しい事は要求しない。マリア、お前が俺の筆を受け入れればいいだけさ。そうすればお前の大事な大事なカリスト君を返してやるよ」

 悪魔はニヤニヤしながらこちらの返事を待っている。

カリストの姿で下品な笑みを浮かべているのが心底不快だ。

その顔をパレッドナイフで刺してやりたい。

「その前にカリストを出してよ。取引に信用は大事でしょう?」

「ああいいとも。その目に焼き付けるといいさ! 彼氏の醜態をな!」

 悪魔は右手を勢いよく『大砲』に突っ込んだ。

 腕は絵を貫通せず、そこだけ絵に入り込んでいるかのように吸い込まれていく。

 そして腕を引くと、体のあちこちに火傷を負っているカリストが出てきた。

 その体は少し焦げ臭い。

 重症ではないものの、まばらに広がる火傷の跡が痛々しくて見てられなくなる。

「さて、感動の御対面の前に改めて聞くぜ。マリア、お前は俺の筆で絵を描くのか。それともカリストを見捨てるのか。どちらを選択するかは賢いお前なら分かるだろう?」

「さあ、ね。でも悪魔さん、この取引はアンフェアよ。だってそのカリスト、偽物だもの」

 そう言って私はパレッドナイフを素早く取り出し、『大砲』にブスリと刺し、ぐちゃぐちゃに切り裂いた。

 すると火傷だらけのカリストは全身にヒビが入り、絵具となってボロボロ崩れ落ちる。

 これはカリストじゃない。

 それは根拠のない確信だった。

 それでも私にはそれが本物とは思えなかったのだ。

 すると絵具の中から真っ黒に焦げた遺体が出てきた。

 それが誰であるのかさえ分からない程に顔は崩れ、腐敗臭すら臭わない程に焦げた匂いが部屋中に立ち込める。

 相当酷く燃やされたのだろう、もはやそれが誰だったかなんて誰も分かりはしない。

「あ~あ、偽物ってバレちゃったか~結構な自信作だったのにな」

 そういう悪魔はどこか余裕の無い表情をしていた。

 だが、そんな事はどうでもいい。

 どうやってでもカリストを取り返さないと!

「こんなまがい物に騙されてたら貴方の正体も分からなかったでしょうね。体から出ている臭いは生者のそれではないし、悪魔は絵の中にカリストがいるとは一言も言っていない。

絵の中から偽物を取り出したのも誤解させるつもりだったんでしょ?」

「まあだいたいそんなところだな。しかし何という事だ! 俺は今のでもっとマリアを欲しくなった。この体をカリストに返すのが惜しいほどにな」

「生憎悪魔は恋愛対象には入らないの。それに貴方は生理的に受け付けない」

「……フラれちまったか。仕方ない、この体はカリスト君に返してやろう。だがな、お前を絶対に死なんかに渡さない。その寿命が終わる前にお前を俺のものにしてやる」

「そんな事絶対ないわ」

「さてどうかな? 案外近いかも知れないぜ。それじゃああばよ」

 悪魔はカリストの体を使って今までで一番気色悪い笑みを浮かべながら消えて行った。

 そしてカリストの体が残された。

「あれ、マリア? どうして君が……ここは僕の部屋だ、いったいどうして……」

 悪魔は約束通り、カリストの体に本物のカリストを返してくれた。

 私は思い切りカリストに抱き着き、ディープキスをする。

 もう絵具の味はしない。

「カリスト、カリストなのね! 良かった……」

「マリア、何でそんなに嬉しそうなんだい?」

「嫌な夢を見たの。カリストの姿をした悪魔が私を自分のものにしようとする夢。とても怖かった……でも目が覚めて、本物のカリストを見て安心もしちゃった」

「そうなんだ、それは辛かったね……僕も似たような夢を見たんだ。僕が僕じゃない何かに支配されて、君を誑かそうとする夢だった……」

「もう忘れようよ、それよりも楽しい事を一緒に考えよう?」

「そうだね、僕は今、君と一緒にいたい」

 ……その日の夜は長かった。

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