三作目 キーワード『悪魔の筆』『大砲』『絵の従者』『酷評のギリアム』
こんにちは、文芸部の手塚です
執筆は自由な時間の深夜にする事が多い為、ストーブを付けないとやってられない。
早く暖かくなってくれないかな
感想、賛美、酷評、批評、私の小説を読んで頂いた方の意見はなんでも受け付けます。
自分の作品をより良い物にしていきたいのでコメントして頂けると嬉しいです。
次の日、学校でいつもの様にカリストと会った。
「おはよう、マリア。やはり君のお父さんは天才なのかもしれない」
朝早くだというのに彼は機嫌がとても良かった。
昨日はあれだけ絵の事で怒っていたのに何があったんだろうか?
「おはよう、カリスト。昨日お父さんに偽物なんて言ってたのに、今日は天才かもって言うなんて何があったの?」
「聞いてよマリア、昨日父さんにあの絵を見せたら今までで一番良い絵に出会ったって言ったんだ! あんな事が出来るのはおそらくプノエル・オルテノだけだろうさ!」
お父さんが言った一言は嘘じゃなかったんだ。
それはカリストの興奮具合で想像出来た。
「ああ、お父さんがあんなに絵を賞賛するところを始めて見たよ。『既存の絵画を全て過去にする革新的な絵』なんてあの父さんがいうなんて!」
「あの絵、そんなにすごかったの?」
「うん、僕のお父さんは『酷評のギリアム』って言われるほど厳しい評論家でさ、なかなか絵を褒める事なんてしないんだ。それがあそこまで賞賛するなんてよっぽど良く見えたんだろうね。今でも僕にはあれの価値が分からないけど、あれが今後、革新的な絵として注目を浴びるのは間違いないだろうね」
彼のお父さんには会った事は無いけど、『酷評のギリアム』なんて言われるほどの人が褒めるならきっと素晴らしい絵なのだろう。
「マリア、君に会えて良かった。君に会えたからあのプノエル・オルテノに会えた! ああ、僕はなんて幸せなんだろうか! 愛する彼女と憧れの画家、二人の人間に出会えて、しかも二人が家族だったなんて!」
カリストはこの上なく幸せそうだった。
お父さんの絵はカリストをこんなに変えるほど素晴らしい絵だったのだろうか。
私もそんなに凄い物ならぜひ見たいと思った。
その日の夜、お父さんに今日カリストがお父さんの絵を絶賛していた事を話した。
「そうか、やはりギリアム氏は『絵の従者』だったか」
「なに? 『絵の従者』って」
「『絵の従者』とは私の絵に魅了された人を指す言葉だ。まるで崇拝する神にあったかのように絵を褒め称え、心酔する人々を私はそう名付けた」
「じゃあ、カリストのお父さんもその一人って事?」
「そう言う事だ。まあ気に入ってくれたなら報酬も期待できるようだし、これからはバーバラにもっと美味しいご飯を作ってもらえそうだな」
「まぁ、収入が増えるのね? ああ、主よ。私はなんて幸せなのでしょう。頼りになる夫と美しく育った娘、そしてお金にも恵まれるなんて! 感謝します、私達に幸あれ」
お母さんは敬虔なクリスチャンで、いい事があったり、つらい事があったりするとたびたび神様に祈っていた。
だが、神様というものは残酷なもので、お母さんの願いを裏切るかのように運命の歯車を最悪の方向へと回していく。
それは突然の事だった。
バカロレア試験がそろそろというある日、カリストはひどくそわそわしていた。
「なんてことだ、父さんが失踪するなんて!」
「カリストのお父さん、どこか行っちゃったの?」
「ああ、警察にも捜査してもらってるけど全く見つからないってさ。本当にどうしたんだろう、よりにもよって父さんが居なくなるなんて! 勝手にどこかに行く人じゃないし、本当にどこに行ったんだろう……」
「見つかるといいね」
「そうだね……そうだ、ねえマリア。オルテノさんに一つ聞きたい事があるんだけどいいかな?」
「いいけどどうしたの? どうせならカリスト自身で聞けばいいじゃない」
カリストはなにかを危惧しているようだった。
それは信じたくない何かに怯えるような様子で。
「いや、僕は父さんの失踪のせいで色々あってね……『大砲』という絵について知ってたら教えて欲しいと伝えてほしいんだ」
カリストもお父さんが居なくなって大変なのだろう、しかし『大砲』というのはもしかしてお父さんの絵の事だろうか?
「『大砲』なにそれ?」
「『大砲』はプノエル・オルテノの作品……のはず。あの絵にはどのような意味があるのか、僕は知りたいんだ」
「う、うんわかった」
話の意図は分からなかったけど、彼にとっては重要な事のようなので、とりあえず頷き、お父さんに『大砲』について聞いてみる事にした。
今日は放課後にいつものカフェに行く事も無く、早々にカリストと別れて一人家路を歩く。
最近の帰りはカリストとずっと一緒だったので、何だか寂しく感じた。
そろそろ家に着くという所で私服のお父さんにばったりあった。
「やあマリア、おかえり。今日は随分帰りが早いね」
「おかえりなさい、お父さん。今日はカリストのお父さんが居なくなって大変らしくて、早く帰って来たの」
へぇ、と頷くお父さん。外のお父さんは表情豊かで、家にいる時のお父さんよりも好き。
「それは大変だね。失踪かぁ。彼も大変なわけだ」
「カリスト、今日はかなり焦ってた。心配だなぁ……そういえばお父さん、ちょっと聞きたいんだけど、『大砲』っていう絵にはどんな意味があるか聞きたいってカリストが言ってたんだけど何か知ってる?」
それを聞いたお父さんは一か月前にカリストを見送った時のような微笑みを浮かべる。
その表情は朗らかな笑顔の中に何か黒い何かが含まれているような気がした。
「『大砲』かぁ~『大砲』ねぇ~そんなタイトルになったかぁ~。ある意味ギリアム氏らしいかもね」
お父さんは頭に右人差し指を当て、なにかを呟いている。
「なぁマリア。僕は今ウォーキングしていたところなんだけどさ、マリアも歩かない?」
「珍しいね、お父さんがウォーキングするなんて」
普段は家にいるお父さんが平日に外に出るなんてことは滅多に無い。
だいたいの時間はスーツ姿で何かの作業をしているか、自室に籠るかのどちらかだ。
「いやぁ、父さんも太っちゃってさ。なにせ普段はずっと家にいるからね」
良く見てみると腹が少し弛んでいるような気がする。
表に出してないだけで気にしていたのかもしれない。
「そうね、私も健康の為に歩こうかな」
「じゃあ待ってるよ」
私は荷物を家に置いて、お父さんの所に行く。
お父さんと二人でしばらく歩き、公園のベンチに座って一息つく。
「結構歩いたね」
「まあなぁ~お父さん疲れちゃったよ」
お父さんは本当に疲れているようだった。
無愛想な家でのお父さんは絶対にしない行動だ。
外と家のお父さんを両方見ていると、本当に同じ人間なのかと疑いたくなる。
今までは変わった人だと思っていたが、まさか画家としての正体を隠すためだとは思わなかった。
そもそもカリストがあれだけ賞賛するような画家であることが信じられない。
お父さんは義理の父親であり、よく分からない仕事をしているだけでしかないと思っていた。
「お父さん、聞きたい事があるんだけど」
「なんだい?」
「『大砲』ってなんなの?」
さっきははぐらかされてしまった質問。
これだけはどうにかして聞きださなくてはいけない気がした。
その思いが声にも表れていたみたいで、強い口調で聞いてしまった事に気付く。
「カリスト君に聞きだすように言われたのかい?」
「そうよ」
お父さんは朗らかな笑みを崩さず、冷たさを含ませた問いかけをする。
このちぐはぐ感がなんとも言えない不気味さを生み出していた。
「そうか、失踪の原因が私にある事は気付いたみたいだね」
「え……お父さん今なんて」
「私はギリアム氏が何故失踪したか、そしてどこに行ったかだいたいわかる」
カリストのお父さんがいなくなったのはお父さんのせい? 何がどうなっているのか分からなかった。
お父さんは何を知っているのだろうか?
「ねえ、お父さんは知ってるの? カリストのお父さんの居場所を!」
「ああ知ってるとも。とはいえもう元の姿で会う事は出来ないけどね」
「それって、もしかして殺されたの?」
「いいや違うよ、彼は絵に導かれたんだ」
殺されたでもなく姿が変わった? そして絵に導かれたとお父さんは言った。
お父さんは私の理解の、常識的な世界の外にいるというのだろうか?
「ギリアム氏はね、絵の中の一部になったんだ。マリアには信じられないだろうけど、僕の絵は魔性の絵でね。絵に魅入られた『絵の従者』は次第に絵に惹かれて行って、そのうち絵に取り込まれてしまうんだ」
お父さんはニコニコ笑いながらおぞましい事を口にした。
ああ、なんて気持ち悪いのだろう。
絵に人が取り込まれるという話も信じられないし、そんな事を楽しそうに語るお父さんはもう私の知る彼ではない。
これはまるで……
「……それじゃあカリストのお父さんもその『絵の従者』で、『大砲』って絵に取り込まれたってこと?」
「理解が早くて助かるよ。といっても一つ違うのは僕は『大砲』なんて絵は描いてないんだ」
「え……どういう事?」
「『大砲』という名前はギリアム氏を取り込んだ後に変わった名前みたいなんだ。もともと私が描いたのは『美術館』という作品だった」
話が更に現実離れしてきた。絵のタイトルまで知らぬ間に変わっているなんて。
私は何を信じればいいのだろうか?
もう目の前にいる人物は本当に人間なのかとさえ思えてくる。
「今度さ、カリスト君に『大砲』を見せてもらおうと思う。その時に『悪魔の筆』に関しても話そう。そうすれば全ての疑問が解けると思うよ」
『悪魔の筆』という名前に心当たりがあった。
あの悪夢の夜、狂人の右手に握られていたあの筆そんな名前だったはず。
「お父さんは何を知ってるの?」
「ほぼ全てさ。全ては筆と絵が教えてくれる。……それよりさ、そろそろ帰ろうよ、バーバラが待ってるだろうしさ」
お父さんは笑みを絶やす事なく、優しい声でそう言ってきた。
お父さんに聞きたい事は沢山ある。
しかし、今焦ってまくし立てても私の望む答えは得られないだろうと悟り、家路を二人で歩いた。
次の日、放課後にお父さんの絵を見せてほしいと言ってみた。
「オルテノ……マリアのお父さんも来るんだ。いいよ、『大砲』とはなんなのか知りたかったしね」
カリストは二つ返事で了承し、学校からそのままカリストの家に向かう事になった。
「ねえマリア。彼は別行動みたいだけど僕の家は知ってるの?」
「わからない。でもお父さんならきっと先回りしてそうな気がする」
確証は無かった。でもお父さんが来るだろうという事は直感が告げていた。
フォルゴール邸に向かう途中、私達は何もしゃべらなかった。
昨日からカリストはどこか変だ。
行方不明のお父さんよりも、プノエル・オルテノに会いたい気持ちが強いように感じる。
それが私の知っているカリストじゃないような気がして、よく分からない恐怖を覚えた。
カリストの家の前まで行くと、やっぱりというべきか、お父さんが朗らかな笑みを浮かべて手を振っている。
今日は普段外に出るときのラフな格好ではなく、トレンチコートを着ていた。
「やぁ、マリアにカリスト君。待ちくたびれたよ」
その表情は張り付けたような不気味な笑顔だった。
「こんにちは、プノエルさん。今日は『大砲』を見に来たと聞いてます。あれはプノエル・オルテノの作品ではないのですか?」
「そうとも言えるし、そうでも無いともいえる。あれは全てが僕の作品という訳じゃないんだ。ともかく『大砲』をまず見たいな」
お父さんは絵がよっぽどみたいのか、せっかちになっている。
「わかりました、絵は父さんの部屋にあります」
そう言ってカリストは家の中に私達を案内する。
フォルゴール邸は四階建のとても大きな家だ。
ちょっとした屋敷のようなこの家を見ると、カリストのお父さんがどれほどの地位のある人物なのかが容易に想像できる。
彼氏の家に入るのは今回が初めてだ。
それなのに全くに喜べる状況ではない。
それに対し、純粋に楽しそうなお父さんはもはや異質の何かなのかと思ってしまう。
カリストに案内された部屋はいくつもの絵が並び、整理整頓のされた綺麗な部屋だった。
ドアから見て真っ直ぐの所に『大砲』は豪華な額縁に入れられていて、それが他の絵に比べていかに大切にされているかが分かる。
『大砲』はとても不思議な絵だった。
焼野原を背景に頭がメガホンのスーツを着た人のような何かが、右手に構えたクロスボウに細長い人間のような矢に火を付けて飛ばしていて、左手は逆さに親指を立てていた。
遠くには地面に刺さった人の様な物が憎々しい顔で煙を立てている様にも見える。
一言で言うと『カオス』だった。
しかしこの絵はそれだけではない。
自分でもよく分からない、魅力の様な物を内に感じる。
この絵はまるで、船を吸いこもうかとする渦潮のような、人を引き寄せられる得体の知れない何かだと直感で分かった。
訳のわからないものを見た時の危険信号は結構あてになる。
四年前のあの夜のように。
「これが『大砲』かぁ! いやぁ僕の作品とはいえ、我ながら毎回良く出来てるなぁ」
「お父さん、この絵とカリストのお父さんはなんの関係があるの?」
この絵を見ていると何だかそわそわする。
それはカリストがこの部屋に入ってからの様も関係していた。
お父さんに聞きたい事はたくさんあるはずなのに、カリストのお父さんの行方よりも絵の方に夢中になってしまっている。
もう私達は眼中にないといった感じで絵しか見ていない。
「この絵はね、『美術館』がギリアム氏を取り込む事で完成した『悪魔の絵』なんだ」
絵が人を取り込む?
散々非現実的な事を言って来たお父さんだけど、今回ばかりは全く理解できなかった。
『悪魔の筆』に『絵の従者』といった、お父さんの絵に関する話はどれも現実離れしたものばかりだけど、絵が人を取り込むなんて信じられない。
「つまり、この中に父さんがいるという事ですね?」
「その通り! やはり君はギリアム氏の息子だね」
お父さんは心底嬉しそうに笑っている。
もう私には二人が異質にしか見えなくなっていた。
私はただただ二人が怖くてたまらない。
これがあの絵に見せられた人達なのだろうか?
「お父さんとカリストには何が見えてるの……?」
「「真の芸術だよ」」
二人は笑いながら不気味な朗らかさを纏った笑みで答えた。
二人は絵の見解を始める。
「このクロスボウの矢はお父さんに絵の世界から追放された画家達、そしてこのスピーカーは父さんという事ですね! この炎は画家としての命の灯では無いでしょうか?」
「……君はその結論に至るまでに何日かけたんだい?」
「二日ほど前にふとこの絵の素晴らしさに気が付きました。いや、良く見てみると父さんそのものですね!」
「ああ、ギリアム氏には私もお世話になったものでね。私もこの矢達のように一度は遠くに飛ばされたが、『ヴィーナス』のお陰で戻って来れたよ」
「その時の父さんは見る目が無かっただけでしょう」
「いや、そんな事は無いさ。あの時は人を取り込む前の『魔女の媚薬』を見られてしまったというだけさ。君だって『美術館』はそれほど魅力のあるものとは言えなかっただろう?」
「正直に言えばそうでしたね。でもやはり永遠の美を手に入れた絵というのは正に美そのものでしょう! ああ、本当に素晴らしい絵だ……」
「そんなに褒めないでよ、照れるなぁ」
二人は私を視野の端っこに追いやりって芸術の話を展開している。
もうこの人達は私の知っている恋人と義父では無い。
絵に魅せられた狂徒だ。
今すぐにでもこの場からいなくなりたい。
理由は二人だけではなく、奥の『大砲』にあった。
あの絵は見れば見るほど魅力的に思えてくる。
まるで媚薬でも振りまいてるかのように惹かれていく。
それが得体の知れない何かの正体であるとだんだん分かってきた。
二人の話はどんどんと盛り上がり、私一人を除いた狂人談話のピークに達した時、お父さんはカリストに一つの頼みごとをした。
「いやぁ、カリストくん。君は『悪魔の絵』の真の理解者足り得る人物のようだ。ちょうどいい、カリスト君。『悪魔の筆』に関してはギリアム氏からは聞いているかな?」
絵に取り込まれたカリストのお父さんは『悪魔の筆』について知ってたのだろうか?
だとしたらこんな事になると知っていて、自ら絵になったという事も理解は出来ないが無くも無い。
「はい、『悪魔の筆』に関しては話こそ聞いていましたけど、まさか実在する物とは信じていませんでした。あるとしたらセレス・リオンの血縁者ならと持っているかもしれないと言われていましたが……まさか本当に存在するとは……」
セレス・リオンという名前には心当りがあった。
それは私にとっても縁がある人物……
「カリストはセレス・リオン、いや私のお婆さんについて何か知ってるの?」
そう、その名前は私のお婆さんと同じ名前だった。
五年前のあの日の後、私の本当お父さんであるジョック・オプリーノと私のルーツに関して調べてきた時に出てきた名前だ。
家系図にはセレス・オプリーノという名前の横に小さく旧姓であるリオンの名前が小さく書かれていた事を覚えている。
彼女と『悪魔の筆』になんの関係があるのだろうか?
「もちろん。彼女は中世以降行方不明になっていた『悪魔の筆』を近代に復活させた人だからね」
「それってお婆さんもお父さんみたいな絵を描いてたって事?」
「そうだよ。彼女の絵は多くの人間を狂乱と歓喜の世界へと導いて行った。今では現存するものも少ないけど、どれも多くの人を魅了して止まない至高の絵だよ。でも彼女の描いた『自画像』が出来上がった時と同じ頃にセレスは姿を消し、筆も再び行方不明とされてきたんだ。それをなぜオルテノさんが持っているのですか?」
カリストの疑問はもっともだ。
だけどその答えを私は知っている。
お父さんは待っていたとばかりに愉悦に満ちた表情で嗤った。
それはあの五年前の悪夢のごとく。
「単純な事さ、俺とセレスの息子とちょっと色々あってな。取引の代償にもらったというだけさ。それよりもだ、カリスト君。金の話をしよう。君はいくら出せるんだ?」
お父さんは過去よりもお金の方は大事らしい。
そこらへん正直だと思う。
「父の残した財産の全てです」
カリストは平気な顔で信じられない事を口にした。
「何を言ってるのカリスト! 貴方じぶんが言ってる事分かってるの?」
「もちろんさ。なんたってオルテノの作品だからね。そのぐらいじゃ安いぐらいだよ」
カリストは静かに狂っていた。
カリストは深く心酔していた。
カリストは喜びに包まれていた。
彼は私の知る恋人ではなく、絵に今にも飲み込まれそうなほどに危うい、狂信者へと変貌を遂げていた。
私の声など彼には届かない。
「そうか、それほどに俺の絵を気に入ってくれるなら嬉しい限りさ。金を用意するのに何日かかるんだ?」
「二週間待っていただければ全て売り払って金に出来ますそれまで待っていただけますか?」
「もちろん。クライアントの要望にはきっちり応えるぜ」
お父さんは狂信者からお金を巻き上げるべく交渉を進める。
二人とも相当な金額を取引しているにも関わらず、驚きも興奮もせず、家具を買うかのような感じでお金の取引が進む。
さっきから私には理解できない事だらけ起こっている。
絵とタイトルが変わったり、お父さんがあの日の様に笑いだしたり、カリストは全財産を投げ出そうとしたり、もう私には付いていけないぐらいの急展開がこの短い間に一気に溢れ出した。
私にはもうカリストを止められない。
交渉はお父さんの思い通りに進むだろう。
これから先、カリストやお父さんとどう向き合えばいいのだろうか?
カリストが購入の誓約書にサインをして、お父さんがそれを受け取り、私達はフォルゴール邸を跡にした。