優等生が健全な不良になる簡単な方法
※過激な表現はありませんが、いじめ、喧嘩描写が含まれます。
「お願いします!俺を
――不良にしてください!!!」
「だったら出すもんだしてもらわねぇとな?
……5000円、出してもらおうか」
「は、え………はい!5000円!!」
「ぶはははは、ちょれ~なぁ優等生」
「は?ってちょっ、不良にしてくださいって…」
「んなもん知らねぇなぁ。金渡せば何でも教えてもらえると思わないことだな」
「………えぇ~~~!?」
谷椰 浩16歳、ただいま不良活動
12連敗中――
「何でこうも騙されるんだ……」
夏休み前、日差しの差し込まない涼やかな体育館裏、きっと今日告白すればいい返事がもらえるだろう。
――告白相手が不良でなければ、だが。
「何でって…そりゃお前さんが馬鹿みたいに素直だからだな」
「……誰ですか」
がっくりと項垂れて今日の出来事を思い出していると後ろから声がかかった。振り返ると見るからに不真面目そうな金髪に仏頂面、白縁眼鏡の……多分先輩が立っていた。
「お前さん、不良になりたいのか。俺に2000円渡してくれたらいい所紹介するぜ?」
「それは新手のカツアゲですか?さっきの人と同じ手口ですか?」
「大分人間不信になってるな。大丈夫、この学校のグループだし俺も入ってるから」
「………」
「お、ありがとさん。……いてて、そんなに掴まなくたって逃げないっつの」
さっきのように逃げられまいと先輩の片腕にしがみついていると頭を軽くこづかれた。
「さて、じゃあ行こうか?」
それでも離れない俺に苦笑して先輩は校舎に向かって歩いていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「高間、お前にそんな趣味があったとは知らなかった」
先輩……高間さんについて行った先は屋上だった。そこには4人の男子生徒がいた。その中でもリーダー格と思われる黒髪オールバックの人が見てはいけないものを見てしまったというようにげんなりした声でそう言った。
「愛人、その言い方やめてくれ。この一年が不良になりたいんだとさ」
高間さんに顎で指され、未だに掴んでいた先輩の腕を離してまなとさんに向き合う。
「お願いします、
俺を不良にしてください!!!」
「………」
体を直角90°に折って誠心誠意心を込めてお願いをする。が、いくら待っても返ってこない返事にそっと顔を上げるとまなとさんと目があった。
「何で、不良になりたいんだ?」
「えっ…と、不良って俺の中で凄く強いイメージがあるからです!」
「そうか、そんな理由なら不良なんてならない方がいいぞ。内申下がるし」
あれ、この人案外いい人かもしれない。不良なのに内申とか気にしてるし。
「分かってます!でも、俺は強くなりたいんです!!」
「……お前、名前は?」
「一年の谷椰 浩です。さんずいに告白の告で、こうって読みます!」
「フッ…ぐ!」
「俺は糸崎 愛人、三年だ。よろしくな」
「あいじんって書いてまなと、ラブリ先輩って呼んで…ぐは!」
いや、やっぱり怖い人だ。俺の自己紹介を笑った高間さんと先輩の名前の漢字を教えてくれた人が殴られた。
「ま、愛人は名前でいじられるのが嫌いだから気を付けろよ」
「はい……」
「ったく。佐伯、谷椰の面倒見てやれ」
「はーい」
さっき殴られたもう一人が返事をして、隣に来いという意味なのか自分の隣をペチペチと叩く。大人しくいうことを聞いて隣に座る。
「俺は二年の佐伯 亮、よろしくなコウ」
「よろしくお願いします」
鮮やかな金髪に染め上げた髪を左側に一本だけ綺麗に編み込んだ先輩……佐伯さんはニッと笑って言う。とても明るそうな人だ。
「佐伯さんって不良に見えないですね」
「ん、そうか?ありがと。早速だけどコウの持ってる不良のイメージを教えてもらってもいいか?」
「イメージ、ですか……タバコ吸ってお酒飲んでカツアゲしたり夜中にバイクで走ったり?あ、あと過激なのはクスリやったり授業サボったりですかね。さっき高間さんにお金取られたしそういうのが中心かと」
「あ゛?高間てめぇそんなことしてたのか」
「は?いやいや、それは……」
「問答無用!!」
「ぐはっ!」
「お、恐ろしい………!」
2000円を返してもらいながら、思わず言葉が漏れる。ちなみに高間さんは瀕死の状態で転がっている。
それを見て笑いながら佐伯さんが話を戻す。
「うんうん、定番だな。けど、このグループはコウの思ってる不良とは大分違う。煙草や酒は駄目だしバイクの無免許運転も駄目。ピアスとかタトゥーみたいなのも駄目だ」
「えっ、それは不良なんですか?なんちゃってじゃないんですか?それ以前に先輩が耳につけてるのはなんですか?」
「これはイヤリング。穴は開けてないんだぜ?
ちなみに禁止事項はこの通り
・飲酒、喫煙
・薬物
・カツアゲ、万引き
・バイク等の無免許運転
・ピアス
・派手な髪色への染色、脱色
で、許可されているのは
・髪の染色、脱色(茶色、金)
・マウンテンバイク
・腰パン、シャツ出し
・イヤリング
・喧嘩時の鉄バットの使用
場合により許可されるのは
・遅刻、欠席
・深夜徘徊
まぁ、場合によりってのは喧嘩の時だけ、マウンテンバイクはバイクの代わり(名前がバイクだからっていうしょーもない理由らしい)、イヤリングはピアスの代わり。……これだけ聞いたらなんちゃってっぽいけど、必要以上に主張しすぎると内申下がるどころか停学処分くらいかねないからってラブリ先輩が。煙草とか酒、クスリは健康を損なうからってリン先輩……今本 燐音先輩が作ったんだよ。まぁそれがなくても薬物は違法だからヤバイよねって話」
「でもまぁ、売られた喧嘩はどんどん買ってもいいからね。僕は三年の深巻 政継」
佐伯さんが書いたメモから顔を上げ、声の主を見る。
茶色の髪と、長い前髪をとめるカラフルなピンが特徴的なイケメン、深巻さん。その後ろでフェンスに寄りかかっているスキンヘッドが今本さんというらしい。
(にしても………)
こんな不良らしくもない不良集団、教師どころか警察だって相手にしないだけじゃないだろうか。ただ何となく集まっただけの『カッコつけ』としか考えられないし。
「お前さんの考えが読めるようだな。顔に出やすいタイプだ。言っとくが、うちはただの不良集団じゃなく喧嘩好きの集まりだ。だが一応は進学・就職の事も考えなきゃならない。それでこういうことにした。
――『対不良用自警団』
教師公認のグループで、内外問わずおいたをやらかした不良グループは潰す。売られた喧嘩はもちろん生徒からの『依頼』もこなす」
「そういう建前を掲げていれば、僕みたいに多少やり過ぎても喧嘩のお咎めは少ないしね。多分このグループに入るのが一番健全な不良のなりかたなんじゃないかな?」
不良に健全不健全があるのかどうかも甚だ疑問ではあるが、それ以前に無害そうな深巻さんが喧嘩でやり過ぎるというのは想像できない。
「うちのグループ『高校任侠グループ』って他校から呼ばれてんだけど、ラブリ先輩とマサ先輩が一番強いんだよ。二人とも実力的には互角か、かなりの僅差だから。しかも二人とも素手」
「そうなんですか……あの二人には逆らわないようにしよう。というか、『高校任侠グループ』ってネーミングセンスないですね」
「……」
「……」
「………す、すいません」
つい本音が出てしまった。糸崎さんと今本さんに睨まれて縮こまる。そんな俺を見て糸崎さんにバレないよう、肩を震わせて笑う高間さん。
「で、で!ですね、不良のなり方を教えてください!!」
少々不自然だが沈黙に耐えられなくなって本来の目的を口にする。
「つってもなぁ......不良なんてなろうとしてなれるものじゃないだろ。なぁ、愛人」
「そうだな。谷椰、お前『強く』なりたいんだったな」
「はい!」
「だったら簡単な方法がある。夏休みになったら呼び出すからそれまで待ってろ」
「へ?」
「コウ、アドレス教えて」
「あ、はい」
結局先輩方と顔を合わせて駄弁ってアドレス交換して帰ってきてしまった。あのグループにいて本当に強くなれるのだろうか……。
「?」
唐突に携帯の着信音が鳴った。
from:祥大
浩、起きてる?
Dear:祥大
起きてるよ
どうした?
from:祥大
また先輩に虐められた
つらい
Dear:祥大
大丈夫、必ず俺が助けてやるから
夏休みまでもう少し待って
from:祥大
うん
ありがとう、浩
Dear:祥大
おう、またなんかあったら連絡しろよ
俺はお前の味方だから
from:祥大
ありがとう
「………大丈夫、俺がお前を助けてやるから」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
from:佐伯さん
不良のなり方を教えてやる
明日10:00に学校の屋上に来い
「呼び出し方が、不良だよなぁ……」
昨夜受信したメールは、糸崎さんが打ったものだろうか。佐伯さんはもっとおちゃらけた文体だったはずだ。
「おはようございまーす」
「おはようさ......って、お前さん頭どうした」
「俺なりの不良のイメージで染めてみたんですけど、駄目ですか、ねっ!?」
真っ赤に染めた髪を触りながら話していると思いっきり糸崎さんのボディーブローを食らった。
「!?げっほ……な、なんですか」
「コウ俺がこの間言ったこと、覚えてないのかよ~」
「いやでも、金髪は先輩とキャラ被るからやめた方がいいかなって」
「キャラなんて気にしてて不良ができるか!っつー話だろ」
「それ以前の問題だ!金髪は渋々許可したが赤髪なんて目立つだろうが!将来にも響いてくるだろうが!町内でお袋さんに肩身の狭い思いをさせたいのかお前は!!」
「ッッ!」
なんという気迫、圧力!そう、これはまるで
―――お父さん!
「あーぁ、始まったね。愛人のお父さん節」
「強い口調のわりに相変わらず内容は正当だな」
「昔っからアレだけは変わらんなぁ。あの愛人がどこをどうして不良になったんだか」
「お三方が半強制的に誘ったって聞きましたけど……」
「………」
「さーぁ、どうだったかなぁ」
「否定は、できないね」
「取り敢えず誰か止めてきたらどうっすか?マサ先輩……は楽しんでるか。レン先輩は茶化しそうだ。ということでリン先輩お願いしまー…」
「……」
シャキン、とどこからともなくリン先輩が取り出したのはバリカン。残念ながら刈る気満々のようだ。
「……駄目だこりゃ。憐れコウ。強く、生きるのだぞ」
「……分かりました。明日ワントーン暗い赤に染め直してきます!!」
「赤から離れろよ!」
「暗めの赤なら大丈夫ですよ、多分。黒に近い色なら……」
((あぁ、これは愛人が負けるな))
結局「黒に近いおとなしい色なら」という糸崎さんの了承をもらい俺の髪の問題は解決した。途中から乱入してきた今本さんに頭を刈られる寸前だったので一安心。
「さーてさてさて。言い合いも終わったことだしコウはこっち来い」
佐伯さんに促されてホワイトボードの前に座る。ホワイトボードは先日まではなかったものだ。そしてその隣に佇む、深巻さん。 なぜか高間さんの眼鏡をかけている。
「えっと、あの………どういう……?」
「はいはい、静かに!これより不良になるための『不良講座』を始めさせていただきます。司会、運営は私深巻 政継がつとめさせていただきます」
「不良講座、ですか?」
「そう、最低限覚えていた方がいい事を教えます。ではまず、不良用語は知っていますか?」
「えっと、カツアゲやタイマンですか?それなら知ってますけど...」
「ならよろしい。ちなみに僕や愛人のように素手で戦うことはステゴロといいます。
次に、私たちに来る『依頼』について。
『依頼』は主に本校生徒から来ます。内容は『カツアゲにあったから金を取り返してほしい』『〇〇高校の不良グループに虐められているから助けてほしい』が多いですね」
(……!)
「このような『依頼』が来た場合僕たち先輩に報告してください。決して自己の勝手な判断で動かないように……?浩、どうしたの?」
「い、え。何でもないです」
「そう?じゃあ最後に喧嘩について。
使用していい武器は鉄バットまでのランクの武器のみ。武器を使用する場合は相手に大量の血を流させてはいけません」
「武器のランクが分からないです」
「まぁ、大まかに鉄バット以下素手以上。ナイフは禁止でメリケンサックはOK」
「メリケンサックも危険なんじゃ……まぁいいや、続けてください」
「素手で戦う時は首もとを狙うことと骨を折るのは禁止、それ以外の禁止事項はありません。が、素手で勝てる自信がない場合は必ず武器を持つこと。それから、自分より格上の相手には喧嘩を売らず、買いもしないこと。もし喧嘩を売られたり売らざるを得ない状況になった場合は僕か愛人を呼ぶこと」
「おいおい、亮と燐音はともかく俺も選択肢にないってのはどういう事かな政継くん?」
「うーん、伝えておくのはこれくらいかな」
「おいこら無視すんな」
高間さんの言葉に全く耳を傾けず深巻さんは一人「うん」と頷くとかけていた眼鏡を高間さんに返しホワイトボードをどこかへと戻しに行く。結局使われなかったホワイトボードはただの雰囲気作り用小道具だったらしい。
「………高間さんの眼鏡って、伊達だったんですね」
「……だったら?」
何気ない話を振ったつもりだったが、深巻さんに無視されたことにか、自分が糸崎さんたち二人より下にみられたことに対してなのか高間さんはずいぶん低い怒った声で答えを返した。
「さてと。じゃあ行きますか」
「…どこに?」
「実戦をしに」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
磯高――そこは俺たちの通う雪降る町高校(通称:雪高)とは正反対の位置にある私立高校。偏差値は低めで不良・ヤンキーの巣窟、年に十数回は警察のお世話になっているとても危険な所。
「な、何で俺、急に磯高の前にいるんでしょう?」
「お前さんの腕っぷしの強さを見るためだ」
「正確には『依頼』が来たからここのグループをひとつ潰すため」
傍らで鉄バットを肩にかついだ高間さんが事も無げにあっさりと言うが、ここはボスレベルの強者どもが行き交うところで、俺のような喧嘩初挑戦の初心者若葉マークが来ていいところではない気がする。場違い感が半端ない。俺はキノコやカメを退治しながらレベル上げてボスの配下に挑むくらいが精々なんですレベル1なのにボスに挑むとか無謀すぎること怖くてできないんです……………
「レン先輩、コウがどっか行ったまま帰ってこないっす」
「うーん、駄目だなこれは。敵前で意識飛ばしちまうとは……なっ!」
「ぎゃっ!?ちょっと高間さん何するんですか!」
「お前さんが帰ってこないから一発入れてやったんだろ。バットじゃなかっただけ感謝しろよ」
急に背中を思いっきり叩かれ息が詰まった。
(バットで殴られることもあるのか……)
ふと頭をよぎった恐ろしい考えを振り払うように一、二度瞬きをする。
「ところで糸崎さんたちは?」
「あぁ、愛人と政継は別ルートからリーダーを叩く。燐音が来ないのはいつものことだ」
「リン先輩はほとんど救護要員だから。あの人見かけに反して喧嘩は不得意なんだって」
「へぇ。以外ですね」
見かけは完全なるヤクザなのに喧嘩はしないとは、やはり人を見かけで判断してはいけないようだ。
「ちなみにリン先輩がツルリン頭なのは昔派手なピンクに髪を染めててラブリ先輩に刈られたかららしい」
「なんて恐ろしい……」
先程のバリカンは糸崎さんに刈られた時の後遺症なのだろうか………。
「それは今どうでもいいことだろ。浩、そんなに緊張しなくても大丈夫だ。俺らは使い物にならないお前さんを庇いながら戦えるくらいの実力はあるから」
「コウは使い物にならない前提なんすね」
「!お、俺だって先輩方に負けないくらいしっかり戦います!!…………あっ」
「お、やる気だねぇ」
「いや、ちょっ、今のは……」
「ところでコウは何かできんの?柔道とか空手とか」
「え、あの、柔道は黒帯です」
「ほっほぉ~。これは期待できるなぁ、『俺らよりも』強そうだねぇ」
「いや、だからそう意味ではなく、それくらいの意気込みで……」
思わず口をついた言葉のあやを正す暇なく高間さんは校門をくぐっていく。
「………」
「まぁまぁ、頑張れ」
ポン、と肩を叩く佐伯さんの優しさが俺の『言ってしまった感』に深く響いていた。
「あぁん?なんだお前ら」
磯高、旧校舎裏。そこにいたのは12~13人の不良と、彼らに囲まれて地面に伏している一人の男子生徒。
「っ、俺、今心底雪高のグループに入ってよかったと思ってます」
「そうか……でも、これって結構よくあるヤツだぜ?うちが特殊なだけで」
「うーん、でも俺も弱い者虐めみたいなのは嫌いっす」
鈍い音を響かせていた事から何をしていたのかは明白だ。顔や、袖口からのぞく腕に無数のアザを作った男子生徒は涙目でこちらを見上げている。
「名乗れやコラ!」
「雪高の『高校任侠グループ』だよ、チンピラども。うちの生徒から取った金、返してもらおうか?」
鋭い眼光で高間さんがそう言えば、高間さんになのかグループの名前になのか磯高の不良は目に見えてたじろいだ。
「ックソ、高任の奴らだと?」
「相手はたった三人だ、やっちまえ!!」
「俺と亮で取り敢えず相手するからお前さんはあの虐められっ子を安全なところまで連れていけ。あと、色々聞きたいことがあるからさっさと帰らないように言っとけ」
「はい!」
磯高の不良を避けて、かつ最短ルートで男子生徒の所へ行く。
「ひっ……!」
「大丈夫?ここは危ないから向こうに行こう」
「………はぃ」
最初は怯えたようにこちらを見上げていた彼も、俺に敵意がないと分かると声を震わせながらも多少緊張を解いてくれた。
彼の手を取って立ち上がり磯高の不良達の動きをみる。幸い彼らは先輩二人に手を焼いているようで俺のような足軽キャラには目もくれない。が、むしろこれは好都合だ。一気に旧校舎裏から抜け出す。
「はぁはぁ……」
「た、多分ここまで来れば大丈夫。ここで待ってて」
校門まで一気に走って来て立ち止まる。息を整えた彼がコクリと頷くのを見てから旧校舎裏に戻る。
「あ…」
その途中、ガラスに写った自分を見て彼に怖がられた理由が分かった。元々人には好かれる質だから不思議だったが、昨晩自分で染めた真っ赤な髪が彼に恐怖心を植え付けてしまったのだろう。
(糸崎さんの言う通りやりすぎはダメだったな)
「高間さん、戻りました!」
「いちいちそんな報告要らないからさっさと加勢しろ!」
「は、はい!」
そう言われても、喧嘩なんてしたこともないため、どうすればいいのか分からない。高間さんは見本にしようにもバットを使用しているため素手の自分には真似するのに無理がある。
(……凄いなぁ)
ついその姿を目で追って感心する。鉄バットで殴っているにも関わらず相手には血を一滴も流させていない。……とはいっても足技をかけたり素手で殴ったりしているので掠り傷などの軽い怪我はさせているが。
(……っと、違う違う)
すぐさま佐伯さんに目を向ける。素手で戦っている彼なら動きを見習ってどうにかできるかもしれない。
(てか佐伯さんどこだ?)
キョロキョロと周りを見渡してみるが茶色がかった綺麗な金髪の編み込みは見当たらない。
「!!」
「アホ!挙動不審になるくらいなら大口叩くな!後ろにいろ!!」
完全に油断していたところに降り下ろされた鉄パイプをバットで不良ごと叩き落として高間さんが言う。
「すいません!あの、佐伯さんはどこに……」
「亮はちょろちょろ動いてるから知らん!どっかにいるだろ!」
「そ、そうですか……」
佐伯さんがどうやって戦うのか見られない以上、高間さんに喧嘩の仕方を教えてもらうべきか。
「喧嘩って、どうやってすれば?」
「はぁ?お前さんそこからか!喧嘩にやり方なんてない、首元狙わないのと骨折らないように注意すればどうでも。お前さんの強みを活かして戦うのが一番だろ!」
俺の強み――………
「って、柔道ですか!?」
「ぃいちいち聞くな!俺がお前さんの強み知るわけないだろ!!」
「はいぃ!」
喧嘩中に高間さんに話しかけるのはご法度のようで怒気を含んだ声を返された。
「うわっ!!」
「っ!」
その直後不良に襲いかかられ、高間さんから引き離される。俺を狙ってきたのは180cmはありそうな大男。幸いなことに武器は持っていない。
(――動きが早くてパワーもある。一発で決められる技しか使えない上、もちろん固め技なんて使えない……)
一度相手から距離をとり、向こうが迫ってきたタイミングで懐に潜り込む。素早く襟元と片袖を掴み腰を落とす。そして――
「ッは!」
「うぉっ!?」
重心がずれたところで前方に投げ飛ばす。
俺の十八番、背負い投げ。
普段の試合ではここまで体格差のある相手を投げ飛ばすことはないので力加減せずに投げ飛ばしてしまった。硬いグラウンドに背中から投げ出された相手は伸びてしまったらしくピクリとも動かない。
(………あ、あれ?死んでないよね?)
※普段争い事をしない優等生は自分の攻撃の後相手が動かないと死んだかと錯覚するようです。
「ほら、突っ立ってないでさっさと片すぞ」
「わっ、佐伯さん!」
どこから現れたのか後ろから佐伯さんに肩を叩かれる。彼の姿を目で追うよりも先に相手の攻撃が打ち込まれ、またもや姿を見失ってしまった。佐伯さんは生粋のアタッカー体質の上、相当の持久力を持ち合わせているようだ。よく目を凝らしてみればぴょこぴょこと忙しなく動く茶色がかった金髪が見え隠れしている。
「っし!」
それを見て気合いを入れ直した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――約20分後
「ぐっ………く、早く、的場さんに、連絡…!」
「的場は来ないよ?今頃愛人と政継にやられてるだろ」
「なっ!お前らだけじゃないのか!?」
「お、おい。今言ってた二人って『鬼神』と『貴公子』じゃないか!?あんな化け物どもが来てんのかよ……」
「?、?」
げしげしと二人の不良を足蹴にする高間さんの後ろで、いきなり出てきたあまりにも現実味のない単語に首を傾げているとひょっこりと隣に現れた佐伯さんが教えてくれた。
「今のって先輩方のあだ名な。『鬼神』がラブリ先輩、『貴公子』がマサ先輩。ちなみに言うとレン先輩が『毒蛇』、俺が『金獅子』で、リン先輩が『ヤクザ』」
「誰が『毒蛇』だ、誰が」
「……それ、自分で言ってて恥ずかしくないんですか?」
このグループの名前に続きダサい、ではなくセンスがな………漫画の中でしかないようなあだ名だ。というか今本さんが妙にあだ名と合っているのはどういう事か。
「……これ、別に自分達でつけた訳じゃねぇからな?自分でつけんなら蛇とかあり得ねぇ」
「外部の不良がつけたんだよ。まぁ、俺は獅子っていうカッコいいのだから文句ないっすけどね」
「てめぇが獅子なのが何でか教えてやろうか?丁度髪の色が同じだからだよ」
「いや、あれはもうちょっと濃い茶色でしょ。レン先輩のは言動と見た目ですけどね」
「俺はあんなにひょろひょろしてねぇ。蛇顔でもねぇ」
言い合いを始めた二人を横目に、糸崎さん達の姿を探す。確か旧校舎内にいるはずだ。
「 」
「?」
微かに聞こえた声に首を傾げる。一体どこから聞こえてきたのか……。
「浩!」
「?…あ……」
真上、旧校舎三階の窓から顔を覗かせた深巻さんが大声で叫んだのがようやく分かった。隣で二人が言い合っているせいでうまく聞き取れない。
「もう……しかかりそ…だからまっ………」
「分かりましたー」
「どしたコウ、大声出して」
「イカれたか?」
「……二人とも、深巻さんの声聞こえてなかったんですね」
「「?」」
いや、聞こえていたら言い合いを止めていただろう。深巻さんから見ても話ができるのは俺だけだったようだから。
「深巻さんが、もう少しかかりそうだから待っていろって」
「りょーかい」
「愛人がいてまだかかるとはねぇ……参戦しに行くか?」
「待ってろって言われてますし待ってましょうよ。ところでレン先輩、こいつらから金取らなくていいんすか?」
「あー、いい、いい。どうせこいつら持ってないから。俺らは雑魚掃除係」
「俺、『あの子』の所行ってきます」
「丁度いいから連れてこい」
「はい」
「ねぇ、君」
「!!………ぁ」
校門のところで律儀に待っていた男子生徒に声をかけると、びくりと肩を跳ねさせた。
「ちょっと向こう行こう。聞きたいことがあるから」
「ぅ、うん」
ゆっくりとした彼の足取りに合わせて歩く。
「君の名前、教えてくれる?」
「九良 泰治です……安泰の泰に治めるで、たいち」
「そう、俺は谷椰 浩。ひろしって書いて、こうって読む。よろしく」
「よ、よろしく……」
にへっと笑うと彼―泰治も控えめに笑顔を返してくれた。大分警戒を解いてくれた、と取っていいのだろうか。
何気ないやり取りを数度交わし、彼が俺と同じ一年だということと、入学して数日たったある日どうでもいいような言いがかりをつけられて虐めの対象になったのだということを知った。
「ひどい話だな」
「うん。でも僕、怖くて言い返したりやり返したりできなくって……」
「中途半端にそんな事したら更に虐めがヒートアップしたかも」
「そうかな……!?」
急に泰治がバネ仕掛けの人形のように跳ねて俺の後ろに身を隠した。さながら活きのいい海老のようだ。
「あ、高間さん」
「何だそいつ。人の顔見て隠れやがって」
「レン先輩の顔が怖いからっすよ」
「あ?何だって、亮?」
「ひぃぃぃぃ…」
「泰治、高間さんは見た目怖いけど凄くいい人だよ」
「コラ浩」
「はーあぁ。待たせてごめんね、以外と中堅がたくさんいてね」
今にも泣き出しそうな顔の泰治に追い討ちをかけるように校舎内にいた三年生二人も後ろから登場。
「ぎゃにぁぁぁぁ!?」
「ぎゃー!?深巻さん血出てますよ!?」
これは泰治が怖がるのも無理はない。拳と頬に血をつけた(恐らく頬のは返り血だと思うが)深巻さんはわりとガチめでホラーだ。
意味不明の奇声を発してうずくまった泰治は最早話を聞いてくれる状態ではなさそうだ。
「大丈夫大丈夫、怪我はしてないから。それより、その子は?」
「あ、えっと……このグループの不良に虐められてた泰治です。ていうか、糸崎さんは誰を持ってるんですか!?」
「ここのリーダーだ。金返してもらわないといけないからな。おい、泰治とか言ったか、お前こいつらにいくら取られた?」
「ひぇあ!?ろ、ろろ6000円くらい……です」
「そうか………オラ出せコラ!」
「ひぃっ」
敵のリーダー……的場といったか、彼に向かって凄む姿は借金の取り立てに来たヤクザか、犯罪者のようにしか見えない。もし自分が知り合いでなければ泰治と同じく怯えるだろう。それに対して先輩方は流石と言うべきか全く動じていない。むしろ涼しい顔だ。
「……ほらよ」
「!あ、ありがとうございます!!」
的場の出した6000円を流れるように受け取り泰治に渡す。ここだけ見たらやっていることはかっこいいのだが………
「さてと。うちの生徒から取った分もちゃんと返してもらうからな」
ゴゴゴゴゴという効果音がつきそうな、背景に燃え立つ炎が見えるような、まさしく『鬼神』の名に相応しい形相の糸崎さんは台詞も相まってやはり借金の取り立てに来たヤクザにしか見えなかった。
「……ふぅ、本当にこれで全部か?」
「あ、ああ!それで全部だ!!」
糸崎さんはものの数分で的場から金を取り返し、きっちり警察にも連絡をいれていた。
「あの、警察に連絡なんていれていいんですか?この人たち伸したの先輩達ですけど」
「その中にお前さんも入ってるだろ」
「浩には言ってなかったかな?『依頼』でこういう奴等を片付けた時は警察に連絡するんだよ。ほら、僕達一応『対不良用自警団』だからさ」
頬の血を拭きながらにっこり笑って深巻さんが言う。
「他にも金を取られた学生が沢山いそうだからね、こういう場合は後の処理を警察に任せるんだ。まぁそれ以外にも警察に恩を売っておくっていうのもあるけど」
「………後者の方が本音に聞こえるんですけど」
いまだに俺の後ろで震えている泰治はこの際放っておくことにして、先輩の言葉に耳を傾ける。心底楽しそうな笑顔だが、前に言われた『相手に血を流させない』というのはガン無視なんですか……とは、怖くて聞けない。
「ま、後から処罰受けるよりは先に言っといた方が良いかんね」
「そうですか」
「はー、相変わらずやってくれるな高任」
「いつもながらお世話になります」
「あの人って深巻さんの知り合いか何かですか?」
「城が多いで、きた警部補。雪降る町警察の少年課に勤める人で俺らはよくあの人を頼ってる。で、政継が一番外面いいから対応してる」
「あぁ……」
確かに外見的には一番害がなさそうだ。唯一一般生徒のように見える佐伯さんもどこかふざけたところがあるからこういう対応には向かないのだろう。
「まぁ今回も大物だな。町中の学校で被害が出ててな、こっちも手を焼いてたんだよ」
「そうですか。うちの学校でもずいぶん被害が出てたみたいで『依頼』が来たんですよ」
「そうでもなければお前らが動くわけ無いもんな。で、話は変わるがお前はもう少し手を抜いて喧嘩できねぇのか」
「えー?手なんて抜いたら相手に失礼じゃないですか」
「だからって、なぁ………」
それでもなお「えー?」と、まともに取り合わない深巻さんは高間さん以上に飄々としているのかもしれない。「ハァ…」とため息をつく城多警部補が可哀想に思えて仕方がなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あ゛~、疲れた」
早速髪を染め変えてぼふり、とベッドへ仰向けにダイブする。今日一日でどれだけ動いただろう。
(喧嘩って非公認のスポーツなんじゃないだろうか……)
二年前まで習っていた柔道の練習以上に疲れた気がする。これは喧嘩に慣れれば楽になるものなのだろうか。だから不良は喧嘩に明け暮れるのか。
それともやはり、やり方が下手なのか……
「はぁ…」
携帯を手に取り祥大……深海高校(通称:海高)へ進学した友人へメールを送る。
Dear:祥大
最近、調子はどう?
from:祥大
元気だよ
夏休みに入ってから先輩達に会わないし
Dear:祥大
そっか、よかった
from:祥大
夏休みまで待てって、こういう意味だったんだね
「う~ん。そー…うじゃなかったんだけど……。まぁ結果オーライかなぁ」
本当は祥大を虐めていた先輩にやり返してやろう、何て考えていたのだが今はそんなことしなくても大丈夫なようだ。
Dear:祥大
まぁ、うん
でももし先輩に会うことになってまた虐められそうになったらすぐ連絡しろよ ?
今ならすぐ行けっから
from:祥大
うん
なんか浩、頼もしくなったね
Dear:祥大
え!?それどういうこと?
今まで俺、頼りなかった!?
from:祥大
そうじゃないけど、こう、上手く言えないけど頼もしい感じがする
Dear:祥大
何だそれw
ま、頼もしくなった俺に相談しろよ
from:祥大
うん
じゃあまたね
「一回喧嘩しただけでそんな変わるかなぁ」
確かに祥大は昔から鋭いところはあったが、メールのやり取りで分かるものだろうか。
「うーーむ……不思議だ」
翌朝8時09分
単調なアラーム音で目を覚ました。昨日いつの間にか寝てしまっていたらしい。
「……うわっ!!」
ふと枕元に転がっていた携帯を見ると、不在着信が37件入っていた。すべて今朝、高間さんと佐伯さんから。
「全然気づかなかった……ぅわあ!」
メールの中身を確認しようとフォルダを開くと同時に、新着メールが新たに追加された。
from:高間さん
おいコラ浩、無視してんなよ
Dear:高間さん
すいません!今起きました
ご用件はなんでしょう
from:高間さん
すぐ私服で学校前に来い。
Dear:高間さん
分かりました!
15分ほどで行きます
返信後持てる限りの最速で着替え……
「う゛ッ!?」
ようとして床に膝をついた。腕、主に上腕二頭筋と肩、脛が内側から張るように痛む。
「うおぉ筋肉痛半端ねぇ~~ッ」
柔道技はともかく、中途半端に放った足技がキている、確実に。
「う~ん、最近やってなかったからなぁ」
筋肉をほぐすのを忘れて寝てしまった自分のミスだ。軽く肩を回して、足の痛む箇所を触ってみる。とりあえず湿布を貼って様子を見ることにする。
♪~
「はぁ~、ん?」
『お前さん何やってんだ。もう15分過ぎてるぞ』
「うわわ、すいません!筋肉痛になっちゃって……」
『筋肉痛?はは、大丈夫か?』
「はは、って…大丈夫です。もうすぐ行きます」
『あー、いやいや。今全員で向かってるから着替えて待ってれば良いわ。じゃ、後でな』
「へ、ちょっまっ……!?」
「………」
突然の電話に続き突然の訪問宣言に驚き、切れた携帯を片手にしばし呆然とする。
「……はっ!!」
が、すぐに再起動し着替えに取りかかる。いつ来るのか分からないため適当にタンスの一番上にあった服に腕を通す。
結果、ジーンズと黒地に白のプリントTシャツという格好になった。
ピンポーン
「うわっ、はーい!」
思っていた以上に速く先輩方が来たようだ。
ドアを開けるとむわっとした空気が流れ込んできた。そして、玄関先にいる佐伯さん。
「よっ、コウ」
「おはようございます、佐伯さん」
「じゃあ早速行くぞ」
「え、っと、ちょっと待ってください!」
「ほら行くぞ~」
「……おはようございます」
「ん、おはようさん」
「えと、おはよう……」
「あっ…泰治!おはよう」
ちょこん、と高間さんの後ろから控えめに現れたのは昨日の虐められっ子、九良 泰治だった。顔に湿布を貼ってはいるが元気そうに見える。
「何で泰治がここに?てか、他の先輩は?」
「糸崎さん達ははもう待ち合わせ先に行ってる。俺らは学校前で待ち合わせてから合流するつもり、だったんだけど……」
「う゛。俺が寝坊したから遅れてるんですよね、すいません」
「まぁこの際それはどうでも良い。愛人達には連絡入れてるしな。で、問題はこいつなんだが……」
「わわわっすいません、すいません!あのあの、僕、昨日の事でお礼を言いたくて……勝手に付いてきてすいません~」
ペコペコと高間さんに頭を下げる泰治を見ていると、何だかこっちが可哀想に思えて来る。泰治はもともと腰が低い質の上気が小さいようで、すでに涙目になっている。よくこれで高間さんの後ろに隠れていられた、むしろ二人きりなれたものだ。
「た、泰治俺に会いに来たの?わざわざお礼言いに?ありがとう」
こくこくと頷く泰治にヘラリと笑って礼を言えばふにゃりと笑い返してくれた。
「で、君の用事は済んだの?なら俺らは行くけど……」
「あっ、そうですよね……えっと、はい。ありがとうございました」
「?泰治どうかしたの?」
「ぅ、んとさ、その、僕も、浩達の所にいたらダメ、かな」
「………」
「……へ」
「何言ってんだお前さん。どう見たって不良向きには見えない上にずいぶん気が小さいみたいだが?」
「えと、ぼ、僕強くなりたいから……学校じゃああいう虐めっ子が沢山いて、僕らみたいのは虐められちゃうから。少しでも守れたらな………って」
「ふぅん?なんかコウみたいな動機だな」
「そんなんだと愛人に喝入れられるぞ。『ただでさえ評判の良くない学校なのに更に自分の評判悪くしたいのか?』ってな」
彼なりに気合いを入れたらしい泰治の言葉に、高間さんが真似をする気もなく糸崎さんの口調を真似て言う。
「まぁ、それを差し引いても他校の俺達に頼むのは筋違いもいいとこだよ?学校で更に目ぇつけられるだろうしやめときなよ」
「だ、大丈夫です!耐えて見せます!!」
「うちは結構スパルタだが?」
「構いません!」
「上下関係厳しいよ?」
「パシリでも何でもします!」
「つーかお前さん女子みたいだな」
「よく言われます!」
(先輩方確実に泰治で遊んでるよな……そして泰治はそれでいいのか?)
先程とはうって変わってハキハキと問いに答える泰治には悪いが二人が言うほどキツいグループでないのは俺が保証できる。糸崎さんは少し、いや、かなり怖いが。
「高間さん、行かなくてもいいんですか?」
「あ?……あぁ、行くか」
「ふえぇ!?あのっ、今の話は?付いていっていいんですか!?」
「ま、好きにしなよ」
「!っはい!」
何だかうまい具合に丸め込まれた後らしい泰治は、最初の印象と大分違い元気な印象を受ける。もしかしたら人見知りなのかもしれない。
「おーい」
「あ。練達来たみたいだよ」
「あいつらはどれだけ人を待たせれば気が済むんだ」
待ち合わせ場所だという公園の木陰の下で大分待っていたらしき(というよりは俺のせいで待つはめになった)先輩方が佇んでいた。深巻さんと今本さんは木の下から出てこちらに向かって歩いてくる。
「おはようございます。すいません、俺のせいで遅れてしまって」
「時間を守って行動するように心がけろ。まったくこれが学校や会社だったら他にまで迷惑をかけることに……」
「いやまったく大丈夫だよ?」
今本さんの言葉を遮るように深巻さんが朗らかに言う。やはり深巻さんは優しい人だ。
「何で遅れたのかはきっちりしっかり聞かせてもらうけどね」
……いや、語感とは裏腹の黒い影が笑みに落ちている気がする。やっぱり糸崎さんとは違う方向に怖い。
「えと、筋肉痛みたいになってしまって...」
「ふむ。大丈夫か?昨日の活躍は聞いているが素人が急に喧嘩といっても戸惑ったろう」
「あ、はい」
「腕、いや足か?」
「そうです、右足。何で分かったんですか」
「見ていれば分かる。走ったり跳んだり、無茶はするな。それから今日は28度まで気温が上がるらしいから水分補給はしっかりするんだぞ」
私服で更に見た目完璧なヤクザの今本さんだが、喧嘩もしないことといい、一番優しい人なのかもしれない。
「練、そっちの子は?」
「浩の方が詳しい」
「え、こっちに振るんですか……えーと、昨日の磯高の生徒で、うちに入りたいそうです」
「は?」
「急だな」
「その上入りたい理由は浩とほとんど同じ」
「マジか。やめといた方がいいんじゃないか?えーと………」
「九良 泰治です!」
「威勢はいいみたいだね。どう、愛人?」
「ッチ」
糸崎さんの舌打ちひとつでビクリと肩を揺らし、そっと俺の後ろに隠れた泰治は初めて会ったときとまったく同じだ。どうやら勢いを削がれてしまったらしい。
「あ、あのひとこわいね……」
「泰治大丈夫か?」
思わず苦笑してしまうほどの怯えようで言う泰治に「一応ここに悪い先輩はいない」と伝えると佐伯さんに「一応ってどういう意味だよ」と笑われてしまった。
「おい、九良ちょっとこっち来い」
「はっ!?は、はい!」
不意打ちの呼びかけに動揺しつつ糸崎さんの所へ向かう泰治を見送りつつ今朝から気になっていた疑問を高間さんにぶつけてみる。
「どうして俺ん家知ってるんですか?」
「うちのをナメてもらっちゃ困るね。燐音の情報収集力は並じゃないんだぜ?」
「一年に聞いて回っただけだ」
(それは個人情報云々に関わってくるのでは?)
「もしそれで分からなかった場合は公的な手段でも詮索は可能だからね」
「深巻さん探偵みたいですね」
何にしろこの先輩方、個人情報プライバシー一切関係なく色々と踏み込んできそうで恐ろしい。隠しても自力で知りたいことを探し出してきそうだし。
「なんていうか、恐怖だな……」
「何が?」
ボソリと呟いた言葉は佐伯さんに届いていたらしい。まぁこの人はそういう害がなさそうではあるが。注意するなら高間さんと深巻さんだろう。
「お前さん今失礼なこと考えなかったか?」
「いやなんでも。そ、それにしても深巻さんかっこいいですね!」
高間さんにじとりと見られ、慌てて深巻さんに話を振る。焦りすぎて話題が女子っぽくなってしまった。
「そうかな?ありがとう。僕は亮みたいのが好きだけど、似合わないからなぁ」
「そうっすかねぇ?マサ先輩は顔がいいから何着ても似合うと思いますけど」
「浩は慌てて着た感満載だけどな」
「そ、れは先輩方が事前に今日のこと言ってくれればもっとマシな格好で来ましたよ。到着するの早いし」
(……何であそこは言い争いしてるんだまったく)
「そ、その、僕も入れてもらえないでしょうか?」
ふぅ、と息を吐き出して横目に仲間を見ていると今まで事情を話していた九良が細い声で聞いてきた。
「やめとけ。あいつ……谷椰はそこそこ強いだろうし多少の心得もあるみたいだから入れたがお前は、喧嘩に向いているようには見えない。無理してもいいことはないぞ」
「っ!でも、」
「その心意気と意思の強さは買ってやる。うちに入れることはできないが、何かあったら遠慮なく相談しに来い。力になってやる」
俺よりも背の低い九良の頭をポンポンと叩きできるだけ優しく言えば、九良はなにか言いたそうに口を開き、しかし言葉を紡ぐことなく口を閉じてうつむいた。その様子が親に欲しいものを買って貰えない子供のようで微笑ましく、やんわりと笑ってしまった。
「お父さんみたいですね、糸崎さんって」
「むしろ愛人にお父さん以外のジョブは務まらないだろ」
「昔っから年下には弱いからね」
言い合いが一段落しふと泰治の方を見ると、優しく笑って泰治の頭を撫でる糸崎さんが目に入った。意外なその姿に驚いて誰ともなしに言うと、いつも通りなのか四人ともつまらなそうにその光景を見ている。
少しして、残念そうな顔をした泰治と普段通りの糸崎さんがこちらにやって来た。
「うぅ、ダメだって」
「それは残念だったね……。でも、泰治は不良に向かなさそう」
「うっ……」
「あっ…ごめん」
つい口をついた本音に泰治が更に落ち込む。本当は慰めるつもりだったのだが、やってしまった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あれから泰治と別れて20分、俺は先輩方に連れられて海高の前に来ていた。
(――デジャビュ!?)
しかもかなり最近の。違うのは糸崎さんと深巻さん、今本さんがいて私服ということだろうか。
「あの、一応聞きますけどここで何する気ですか?」
「「「「喧嘩」」」」
喧嘩組の四人から聞きたくなかった言葉が返ってきて、血の気が引いた。
「浩、そんな青い顔しなくても今日は燐音と見てればいいよ」
ヘラリと笑って言う深巻さんに「心配事はそれじゃない」と言ってやりたい。そんな度胸は持ち合わせていないが。
「じゃ、行ってくるからお前さんはおとなしくしてろよ」
「……行っちゃった」
綺麗な白壁の校舎に勇ましく歩いていく先輩方を見て唖然とする。
「うん、まぁそれが正しい反応だな」
「え゛、行くんですか!?」
スタスタと校舎に向かう今本さんに驚いて声をあげる。が、一応素直について行く。
「今日はお前も戦闘要員の筈だったんだが、あまり派手には動けないようだからな。観客に徹して喧嘩のやり方を外側から見て学べ。とりあえず今日は三階に行く予定だから」
「……了解です」
とりあえず今は筋肉痛に感謝しておこう。
「説明しておくが、海高にはあまり派手に動く不良がいない。と、いうよりは不良という人種が少ないと言うべきだな。あるのは32人で構成されたグループのみ」
「大葉のグループですよね」
「知ってるのか。あまり有名じゃないのに」
「まぁ。友達がここの生徒なのでそれくらいは知ってます」
「なるほどな。で、大葉のグループは本体と手足に分かれている。本体は6人であとの26人は手足ってことだ」
「極端ですね」
「もともとこの6人で構成されてたらしいが、あとからわらわらくっついてきたと聞く。この手足がよく悪さしてな、本体は動かん。今回は外部からの『依頼』で、大葉のグループの手足を叩きに来たんだ」
「そうなんですか……でもそれって大丈夫なんですか?本体からの報復とか」
「目的の奴を叩いたらさっさと逃げる」
「………」
それはそれで学校に殴り込みに来たりしないんだろうか。それがないための私服だとしても、先輩方は有名らしいし。
♪~
「ん?」
「?すいません……」
「もしもし祥大?どうし……」
『こ、浩、たす…け……』
「!?しょうた?おい祥大!どうした!?」
『今、が、学校に…先輩に……呼ばれ……ッつ!
あ?てめぇどこに電話して……ッチ。…カシャン 』
「おい、おい祥大!!」
突然の祥大からの電話に出ると焦った声が聞こえ、突然に獰猛そうな男の声が祥大の声をさえぎった。おそらく先輩の所から逃げ出して電話してきたんだろう。見つかって電話を捨てられた、と見るべきか……。
「浩、どうした?」
「……今本さんすいません、俺、行かなきゃいけないところが…」
「浩!?」
考え出すと嫌な妄想が頭の中で膨らみ、それを振り払うように目的地もないまま走り出した。
「ふー……これで半分ってとこかな」
「もうひと踏ん張りっすね」
三階、2―Bの教室内で大葉グループの末端二グループを潰して一息つく。校内戦だからか高間は珍しくステゴロだ。
「ったく、だらしねぇぞ高間ァ。普段から体動かさねぇから息上がるんだ」
「う…っせぇ、し。つーか俺はステゴロ不向きだっつーの」
「あっはは。レン先輩外なら結構強いっすけどねぇ」
「んだよ亮」
一段落ついたとしてもコイツら気を抜きすぎじゃないか?所々に小さくついた返り血を気にもせず佐伯と言い合いを始めた親友を見て思う。佐伯はまだ甘いところがあっても仕方がないかもしれないが、三年である高間の場合はそうもいかな……
「くすくす、本当練は精神年齢低めだね」
「んだと政継!」
いや、深巻もか。大人ぶってるくせに他人の言い合いにちょっかい出しやがって。
「っ、おいお前ら!」
「!?ちょっ、驚いた。どうしたの燐音」
「つか浩は?」
「はっはっ、はぁ。こっちに、浩来なかったか?」
「?来てねぇぞ。どうした」
かなり急いできたのだろう、普段の落ち着きをなくした今本が息を切らして教室に入ってきた。
「し、知らねぇけど、浩に電話がかかってきて、それ切れたあと一人で走っていった」
「何!?校内でか!」
息を整えながらコクリと頷く今本が嘘をついているようには見えない。それに、もともと嘘をつくような奴ではない。
「ッチ……一旦『依頼』は中止だ。谷椰を探すぞ」
「はい!」
「りょーかい」
「燐音はコイツらの後処理お願い」
「分かった」
「よし、行くぞ!」
(っ今本さんが何か言ってたの、無視してきちゃった…)
階段を駆け上がりながら考える。もし祥大が三階に居たとすれば先輩方が相手不良をどうにかしているだろう。今歩いてきた一階、二階でも荒々しい物音は聞こえなかった。それならば自然と祥大の居場所は限られてくる。
(四階か屋上……最悪、校庭かな)
だが校庭である可能性は極めて低い。今本さんの言う通りならば相手は派手には動かないはずだ。海高の悪い噂を聞かないのもおそらく事を校内や他町でするからだろう。町外で私服になってしまえばどこの高校の生徒かは分からない。
四階に辿り着き、教室内を覗き込みながら走る、走る、走る。
「はぁ、はぁ、はぁ……っクソ」
だが居るのは少数の海高生……敵である不良達ばかり。トイレや特別教室も覗いてみるが祥大らしい人影は見当たらない。
(っ、祥大……)
廊下の一番端まで来て、近くの階段まで折り返す。不良たちが廊下へ出てきていたが、気にせずに進む。幸いなことにそこには屋上への階段もあった。
「……っ」
乾いた喉へ唾をのみ込み、その階段を駆け上がった。
「っ!あいつどこにいんだよ……!」
「燐音が三階まで上ってきて見つけられなかったってことは四階か屋上しかないと思うんだけど。それに、僕は喧嘩の最中慌ただしい足音を聞いたし……」
「っでも、コウじゃなくて愉快な大葉ファミリーしか出てこないじゃないですか~!」
「いいから黙って片付けろ!!」
今本が来てすぐ、念のため三階の教室すべてを見回ってから四階に上がった。が、四階にいたのは谷椰ではなく大葉グループの不良だった。てっきり教室にいると思っていたが、廊下で何やら騒いでいる。
(……谷椰がここを通ったのか)
谷椰の目的は分からないが、こうも殺気立っているところを見ると何かしらのちょっかいをかけていったのだろうか。
(まったく面倒なことをしてくれる)
何にしろ、この数をどうにかするのには時間がかかりそうだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
屋上の扉の前、ゆっくりと息を吸い込み、気を落ち着かせる。
「ふー…」
物音をたてないように、静かに……
「………で…だ………からな」
「ッ!」
聞こえてきたのは鈍い音と話し声。階下からの音が混ざっているのと扉のせいでうまく聞き取れないが、穏和な雰囲気でないのは確かだ。
ドアノブに手をかけ、意を決して扉を開けた。
「!っ祥大!!」
「あん?誰だお前」
「……それ、不良の常套句なんですか?」
屋上には使われなくなった机や椅子、いくつかのロッカーが端の方においてあった。
そして案の定そこにいたのは祥大と9人の不良たち。が、予想していなかったのは祥大は奥で座り込み、暴行を受けていたのは不良だったことだ。見るからに強靭そうな男を足蹴にしていた長身の男がこちらを振り返る。
「そこの奴のダチ……?どこの奴だ、お前」
「雪高の一年ですが?」
相手を睨み付けながら低い声で言う。見た目はそこまで強そうではないがその眼光、佇まいから確実な強者である事が感じられる。
「………」
長身の男を睨みながらも残りの不良の動向を見やる。蹴られていた奴と、その仲間と思われる二人は床に伏している。残りの五人からも決して自分が勝てる相手ではない事が窺える。6人を観察しながらじりじりと場所を移動し、祥大の傍に行く。
「祥大、大丈夫?」
「う、ん。あの人たちが助けてくれたから」
問いにそう答える祥大はあちこちに痣をつくって、声も震えている。
(けど、泰治よりは大丈夫そうだ)
『助けてくれた』ということは彼らに危害を加えられたわけではないのだろう。ひとまずは大丈夫そうだ。
「雪高、雪高ね。あそこは派手な奴がいないから駄目だと思ってたけど、案外良い趣味してるね君」
「……どうも」
長身の男が扉に近寄り鍵をかけ、トントンと人差し指で頭を叩いて言う。髪の事を言っているんだろう。
(やっぱこれでも派手なのか……)
「で?雪高の。うちの学校に殴り込みに来たらしいじゃん。お前も高任だろ?」
「そうですけど……」
「こうにん?」
「俺のいる不良グループの略称だよ」
祥大の問いに小声で答えて相手を見据える。明確な敵意がない分気を抜いていい相手なのか分からない。先輩方ならこういう場合どうするんだろうか。
「一年っていうなら俺らが誰とか、上下関係とか、知らねぇんじゃねぇの?」
「あぁ、あり得るかもな」
「………?」
「じゃあ自己紹介しておこうか。俺は大葉、このグループのリーダーだ」
「!!」
「ふぅん、名前くらいは知ってんのか。今日は糸崎は来てんのか?」
「皆さんいますよ」
「糸崎の野郎が来てんなら丁度いい。高任には喧嘩売りに行こうと思ってたところだ!」
「っげほ……!」
「こ、浩!?」
ずいぶんのんびりと会話していたので反応が遅れた。遠かったわけではないにしろ、動きが速い。放たれた回し蹴りが重い……!蹴りを入れられた脇腹が熱く痛む。
「 っ痛ぅ……」
「下の馬鹿どもに手を出すのは構わねぇ。けど、あの野郎、糸崎は気に食わねぇ!偽善者ぶりやがって……」
「っ!」
攻撃してくることが分かればまだ避けられる。一定の距離を保って一撃をもらわないように気を付ける。あれは防いでもダメージが大きい。
(どうやって反撃しよう……足の痛みは多少引いてるけど、腕がなぁ…)
糸崎さんに何らかの恨みがあるらしい大葉は祥大には目もくれずこちらに攻撃してくる。
(奴の目的は多分高任の新人を負かして糸崎さんと喧嘩するための手土産にすることか?自分の力を誇示したいなら他の奴はかかってこない、はず)
下手に慣れない足技を使って更に足を悪くするより、多少無理をしてでも柔道技を使うべきか……。
「!」
追い詰められて屋上の端に追い詰められたとき、清掃用具入れと思われるロッカーが目に入った。
振り上げられた大葉の拳を避け、2、3歩先のロッカーに向かう。力任せにロッカーの扉を開き中に入っていた回転箒を取り出す。
「っお、何だお前エモノ持ちか?」
「武器使うってことですか?だとしたら俺はもっぱらステゴロですよ」
手早く箒を分解して柄だけにする。幸いなことに素手で簡単に分解できるタイプで、ネジも弛んでいた。
(使えるかは分かんないけど、昨日の高間さんを真似すればできるかな)
武器を持ったからか、大葉は一度攻撃をやめて静かにこちらを見ている。こちらも大葉を観察しながら武器を使っての戦いかたを脳内シミュレーションしてみる。
(あ、どうしよ。どうやっても確実に瞬殺される運命しか見えない)
大葉が攻めてくるのを待っていたら後手後手に回るしかない。かといって先手を打とうにも大葉にそんな隙が生まれるとは思えない。
「一応聞きますけど、祥大と一緒に帰ってもいいですか?」
「この場面でそういうこと言える辺りよっぽどの馬鹿なのか、肝が座ってんのか……」
(馬鹿って……)
「ふんっ。そう簡単に帰すワケねぇだろ」
「ですよね~」
無理矢理笑顔を作ってみるがどうにも苦笑いにしかならない。色々と逡巡している間に、大葉に先手を打たれた。
「っ!!」
「お前、喧嘩慣れしてねぇな」
繰り出された拳を避けたと思えば、すぐさま脇腹に抉るような蹴りが繰り出される。
(こなくそ……!)
野球のスイングの要領で大きく回転箒の柄を振る。が、軽々とかわされる。そのまま向かって来る大葉めがけて斜め上へと箒の柄を振り上げる。
「っ!とぉ」
さすがにこれは予想していなかったようで、顔の横を掠めていった箒の柄に反射的に大葉は後ろへ下がる。
(いける!……か?)
勝算は見えないが、やるしかない。ここで少しでも意地を見せなければ。それに、先輩方への迷惑も然ることながら、残された祥大はどうなるだろう?奴らが祥大に手を出さない保証はない。
箒の柄を握り直し、向かって来る大葉に応戦しにかかった。
「あーもう!!埒が明かない!ここは俺が引き受けるんで、先輩方は屋上に行ってください!」
「バッッッカじゃねえのか!?お前さん一人でこの人数相手するってか?本当バカじゃねえのか!?」
「馬鹿馬鹿うるさいよ練!あと、亮もとち狂ったこと言わないの!」
「………俺、割と真面目に本気で言ったんすけど」
先ほどからぎゃあぎゃあ言い合っている三人はこの際無視して黙々と敵を打ち倒していく。屋上まではあと少し、大葉さえ出てこなければ楽に行けそうだ。
「っ、このまま突っ切るぞ!」
「えわわっ、マジっすか!?」
「分かった」
「ほら行くぞ、亮!」
敵の中に一瞬できた小さな抜け道を強引に突き進む。屋上への階段に辿り着くと、もう人影はない。
「ちょっ、レン先輩速いっすよ」
「あの中ちんたら歩いてたらただじゃすまなかったろ」
「………お前ら少しは静かにできねぇのか」
「「すいません……」」
いい加減うんざりして低い声を出せば素直に二人は黙る。が、
「愛人、今倒したのの中に『依頼』に関係する奴ら全員いたけど、浩探し出したらまっすぐ帰る?」
「……そうだな」
事実として深巻には何を言っても流される気がしてならない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ドッ、という鈍い音とともに壁に叩きつけられて息が詰まる。自分の後ろに壁がなかったらと思うと冷や汗が止まらない。
「うん。一年で喧嘩慣れしてないにしては上出来だな。けど、やっぱ弱」
「……がはっ!」
鳩尾に膝蹴りを極められ、膝をつく。視界がぐらつく。目眩がする。さっき壁に叩きつけられた時に手放してしまった箒の柄は足下に転がっている。
「やんちゃなのは髪だけか?」
(めっちゃ痛い……でも、祥大が…)
揺れる視界の端に今にも泣きそうな顔の祥大が映る。
(助けてやるって言ったのにな……俺、情けねぇ)
静かに箒の柄へと手を伸ばす。
「ん?」
「っ!?い゛っ痛ぅ……!」
流石に気づかれないほど甘くはないらしい。伸ばした手を思いきり踏みつけられる。骨が折れるんじゃないかというほどの激痛に顔を歪める。
「っう゛ぅ……」
「さーてと。どうしようかなぁ…!?」
ゴガァ……ン
突然の破壊音。反射的に音源を見やれば、いかにも柄の悪そうな人影が校舎の扉から出てくるところだった。
「!!」
「ぁ……糸崎さん………」
「俺は無視かよ」
最初に出てきたのは高間さん。先ほどの破壊音は彼によるものらしく、蹴り開けられた扉は鍵が壊れているように見える。それに続くように糸崎さん、深巻さん、佐伯さんが出てくる。
「……おーおーおーおー、随分やってくれてるみたいだな」
「うちの一年が世話になったみたいだな」
「ハッ。わざわざコイツ助けに来たのかよ。……まぁいい。連れていく手間が省けたぜ」
ピリ、と大葉の雰囲気が変わる。それに合わせるように糸崎さんもザワリと殺気立つ。
「待てやコラァ!」
「うわっ!こっちどうします!?」
しん……とした空気を殴り壊すかのような怒号とともに複数の不良が屋上に溢れ出てきた。
さてこれからだ、というところに水を差された大葉は眉を潜めて舌打ちをする。それに対して糸崎さんはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「こっちは俺が相手するからそっちはお前らで片付けろ」
「あいよ」
「猫の手も借りたくなったら呼んで」
「ラブリ先輩はピンチにならないでしょ~」
「………」
何だか見ているこっちが毒気を抜かれるような会話風景で呆れ返ってしまう。どうしてこうも緊張感がないのだろうか。
相手方もぴりぴりした空気を醸し出して、「こいつらやる気あんのか」と言いたげだ。
「………!」
その和やかな空気を切り裂いて糸崎さんへと大葉の蹴りが飛ぶ。しかし糸崎さんはすいと避けて、頬に靴の爪先がかすっただけだ。
それを合図に屋上で殴り合いが始まった。
相手は誰もこちらに殴りかかってこないので箒の柄を掴んでゆっくりと立ち上がる。蹴られた鳩尾が痛んだが、だからといって弱音など吐いていられない。一人、話の流れについていけずあわあわしている祥大のところへ行く。どことなく泰治を連想させる祥大だが、泰治よりは冷静なようですぐさまこちらに駆け寄ってきた。
「……まさか浩が不良になってたとは思わなかったよ」
「いやぁ…あはは。不良って言えるのかは分かんないけどね」
先輩方を見て苦笑する。楽しそうに喧嘩する深巻さんと佐伯さん……いつも通り仏頂面の高間さんは心なしかやりづらそうにしている。
(?……あ、もしかして…)
「高間さん!!」
「?……!」
片手に持っていた箒の柄を投げ渡すと、高間さんはそれこそ水を得た魚のように暴れだした。
(あの人素手の殴り合いは苦手だな……)
分かりやすすぎる態度に近所に住む小学生男子を想像してしまった。本人に言ったら半殺しでは済まなさそうだが。
ひとまず祥大を屋上のすみ、コンクリートの影になっている所へと連れていく。
「祥大とりあえずここにいて」
「浩は?辛そうだけど……」
「へ、平気だよ!大丈夫!」
「……ふぅん?」
(う゛っ、疑いの眼差しを向けられている気がする……)
恐らく祥大が向けているであろう疑いの瞳を避けて横を向く。脇腹は痛いし足の痛みもぶり返してきているし、結構体力を持っていかれている。そして祥大は全部気づいている。だからそんな眼差しを向けてきているのだ。
「気ぃつけてね」
「え……お、おう!」
普段通りならもう少し粘られるというのに、やはり状況が状況だからだろうか。あっさりと言われた言葉に気が抜けてしまった。
先輩のところへ戻ってみると、ほぼすべての雑魚不良がやられていた。この短時間でよくできたものだ。
本体側の取り巻き五人は屋上の端に退いている。彼らはこの喧嘩に参戦するつもりはないようだ。
一方糸崎さんは淡々と大葉と拳を交わしている。どちらもまだ腹の探り合い、実力の半分も出していないように見える。
「ッッ!」
その二人を眺めていると、ついにこちらにも敵の攻撃が及んだ。素早く攻撃をかわして距離をとる。
「っし、頭下げろッ」
「!!」
どこからか高間さんの声が聞こえ、咄嗟の勢いで尻餅をつくと箒の柄が頭上をもの凄い勢いで通りすぎた。それは相手の喉元の少し上、耳の下ギリギリに直撃して、そのまま吹き飛ばした。歯が折れたのではと思うほどの衝撃音に背筋が凍る。よくそんな力で他人を殴れたものだ。
「大丈夫か、浩?」
「はい」
高間さんを振り返るのと、佐伯さんが最後の一人を倒すのがほぼ同時だった。
「仕事が早いんですね……」
「当たり前だろ。お前さんの方は手酷くやられたみたいだな」
「いや、まぁ……ははは」
改めて口頭で言われるともう笑うしかない。我ながら無謀なことをしたものだ。
(結局先輩方に任せちゃって、俺何にもしてないじゃん…)
大口を叩いておいて、むしろ先輩方の面倒を増やしただけだ。本当なら一人で乗り込んで来るつもりで、大葉と戦う予定はなかった。
(本当、情けない)
はぁ、とため息が出る。せめて糸崎さんが来る前に大葉の体力を削るくらいできればよかったのだが……。
「ま、気にすんな」
不意にポンポンと頭を撫でられ、伏せていた顔をあげると柄にもなく優しげな顔をした高間さんが目に入った。
「アレはお前さんに勝てる相手じゃない。愛人か政継がやっと渡り合えるレベルだ。……そんな奴相手に初心者がよくやったもんだよ」
「そうですか……そうですよね。けど、俺の撒いた種なんだから先輩方に迷惑はかけられないですよ」
彼なりの優しさなのだろうが、急に優しげな言葉をかけられても胸の中に苦いものが渦巻いてしまう。
「まったく何言ってるの。こういうのは助け合うものだよ。仲間なんだから、遠慮しなくていいの」
「そーそ。何か理由があるなら力になるぜ」
にこりと笑う深巻さんと佐伯さんに自然と目頭が熱くなる。
「お前さん泣くなよこれくらいのことで……!それとも泣くほどの怪我したのか!?」
「い、いえ。なんか胸が熱くなっちゃって」
「コウ若いのにじいさんみたいだなぁ」
へらへらそんなことを言うのは佐伯さんなりの和ませ方なのだろうか。いつもなら多少言い返すところだが、へらりと笑顔を返した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――昔戦ったときは互角かそれ以下だった。
「くっ……」
最近は弱い敵とばかり戦っていたからか、やたらと大葉が強く感じる。
(大葉が、強くなったのか。俺が、弱くなったのか……)
防戦一方で一撃を繰り出す事ができない。足の長い奴は俺の攻撃範囲にギリギリ入らないところから攻撃を仕掛けてくる。
俺はパワー系の一撃必殺型で、急所に一発入れて仕留める。対する大葉はバランス系の先手必勝型で持久戦を得意とする。ゆっくりと確実に敵の体力を削いでいき、確実な攻撃を入れてくる。
「お前さん泣くなよこれくらいのことで……!
それとも泣くほどの怪我したのか!?」
「い、いえ。なんか胸が熱くなっちゃって」
(何であいつらあんなに和めるんだよ……)
大葉の後ろに見えた自分のグループのメンバーは和気あいあいと笑いあっている。気絶しているだけであろう敵が転がり、大葉の取り巻き五人が敵意を向けていないにしろ攻撃範囲にいるというのに、あれでは敵の奇襲があったときに対応できない。唯一気を張っているのはやはりというか、深巻だけだ。
「よそ見なんてっ、してる場合かよっ!」
「ッ!……うちの馬鹿どもがずいぶん呑気だと思って、な!」
繰り出された大葉の蹴りをかわして懐に潜り込み、そのまま右ストレートを入れる。
「ッ、ぁあ!」
スレスレでそれをかわし数歩後ろに下がった大葉に対し、一歩踏み込んで腹に決める。それは思っていたよりも浅く、大葉がさらに下がった事がうかがえた。それでもダメージはしっかり与えることができたらしい。
腹を押さえふらつく大葉は、それでもギラリと鈍く光る瞳でこちらを見据え、薄く開いた口元には不気味な笑みをたたえている。
(………!!)
ゾクリと背中の産毛が逆立つような感覚に襲われる。
――純粋に、面白い!
こんなにも緊張感のある喧嘩をしたのは久々だった。決着がつかない。自分のやり方ではやりづらい。負けるかもしれない。
こんな戦いになるのはいつぶりだろう。嬉々として、全力で、相手を打ち負かせる。こんなに嬉しいことはない。
「……っ…ハハッ」
思わず漏れた笑いを気にもせず、大葉に殴りかかった。
「……怖っ」
「愛人があれだけ本気なのは珍しいね」
「見とけよ亮、浩。うちのリーダー本気にさせるとマジ怖ぇえから」
ヒートアップしてきたらしい糸崎さん達の喧嘩は、もはや常軌を逸していた。笑いあって殴り合う二人は狂気、いや、狂喜としか言いようがない。
佐伯さんはもとより、高間さんですら頬が引きつっている。あれを見ていつも通りの笑顔を浮かべられる深巻さんは、改めて彼らと同類なのだと感じさせる。そう考えると高間さんはまともな人のようだ。
「お前さんは、本当すぐ顔に出る」
「え゛。出てましたか」
「失礼なこと考えてたろ」
失礼……失礼なことではある。今までまともだとは思っていなかったのだから。
(こいつ言ったそばから顔に出すな)
「コウ、もう何も考えないでおけ」
「?」
そう話している間にも二人の喧嘩は白熱していき、血を見かねない雰囲気にすらなりつつある。止めた方がいいとは分かっているが止めに入るのも恐ろしい。
「深巻さん、止めに行かないんですか?」
「行くわけないでしょ」
深巻さんでも怖い、もしくは関わりたくはないものは存在するらしい。
「あんな楽しそうな愛人の邪魔なんてしたくないしね。まぁ、危なそうなら行くけど」
違った。純粋にあの戦いを見て楽しんでるだけのようだ。なぜこんなにも嬉しそうなのか不思議でたまらない。
「つっ……けほっ」
「 っらぁ!」
「!!」
(くそ、ちょこまか逃げやがって)
先の攻撃を引き金に反撃を開始した。確実に当てる気で攻撃を放っているというのに、大葉はほぼすべて捌くかギリギリのところでかわしている。
俺の攻撃は大振りで当たれば致命的だが、逆に振りが大きい分かなり気を付けなければ当たりが少ない。この大きなデメリットをカバーしているのは他ならぬ第六感、野生の勘に近いものだ。相手の一挙手一投足に目を光らせて次の動作を予測する。可能ならば三手先まで予想し、攻撃を仕掛ける。それが一番当たる可能性が高いのだが………
(大葉相手には無理がありすぎるか)
奴は絶対に無茶な賭けはしない。こちらの体力がなくなったところを一気に叩くつもりだろう。
フラフラ動く大葉の動作を予測するのは至難の技だ。今は攻撃を仕掛けてこないからいいが、ほぼノーモーションで繰り出される蹴りをかわすことができないだろう。
(どうする……一旦引くか?)
今体力を使いきるのは得策ではないと判断し大葉から十分な距離をとる。
大葉に対し睨みをきかせながらゆっくりと息を整える。
「や、やっぱり行った方がいいんじゃないですかね!?というかこの事件の発端は俺な訳ですし……ッ!?」
「行かせないよ?こんな機会早々無いんだから。愛人のこと暴れさせてあげなよ」
身を引いた糸崎さんを見て言った言葉は深巻さんに暴力という形で立ち上がろうとした動作と一緒に遮られる。後ろから蹴りあげられた右肘が痛い。ついでに、そのせいで倒れ込んで打った背中も痛い。
下から見上げるようにして逆さの深巻さんを見る。その表情は貴公子というより悪魔のようだ。
「……ッ」
怖い。恐い。今までもそうだったように深巻さんに口答えをできない。噛みつかれそうなこの空気が怖いのだ。だが、自分が撒いた種を他人任せになんてできるはずがない。
「俺のせいで糸崎さんが戦うことになったんですから、俺も何かできることをしないといけないじゃないですか。仮にも俺みたいなのを引き入れてくれた先輩たちにも迷惑は極力かけたくないんです!」
「フッ、はは。いいじゃねぇか。退いてやれよ政継」
「練……けど、」
「まま、いいじゃないすかマサ先輩。折角コウがやる気出してるんですし」
「……」
顎に手を当てて不服そうな顔で深巻さんがこちらを見下ろす。冷たげなその瞳の奥でどうするべきが一番いいか逡巡し、ふ、と息を軽く吐いた。
それを了承ととり、ゆっくりと体を起こす。
「…怪我しそうだったら退かないと駄目だからね?」
「はい!」
「ふ…ぅ……」
(さて、どうするか)
息は整ったが、勝負は大葉との睨み合いという形で俺の神経をすり減らし続けている。
どうにか最初の一手を打たなければ決着がつかないまま日が暮れてしまう。それほどまでに互いに警戒している。
互いが少しでも動けば瞬時に相手に殴りかかることができる。そんな状況。
「ぅおりゃあ!」
「!?」
「!!?」
突然俺の真後ろから谷椰が飛び出してきた。
俺も、恐らく大葉も予期していなかった『谷椰から大葉への攻撃』。
今までのほほんと話していた奴とは思えない爆発的な速力に感じたのは、じっと注意を向けていた大葉から注意外にいた谷椰にいきなり意識を向けたからか。
ぐっと身を低くし拳を構える。速力のままに体を前へと押し出し、大葉にぶちかます。
「ぅおりゃあ!」
「!!?」
見事にヒット。放った拳はコントロールが悪く横顔に容赦なくめり込む。
大葉は何歩かフラフラと後ろへ下がり、脱力したように両手を垂らしている。
「ッ馬鹿!下がれ、谷椰!!」
「え……」
糸崎さんの声に振り向くとともに強い衝撃。いつの間にか近くに来ていた大葉からのお返し、上段回し蹴りの強い一撃だった。
やはりまだ素人だ。たった一撃入れただけで気を抜いてかなりキツそうなお返しをもらっている。
「谷椰そこ動くな!」
「ッッ」
片足を上げたままの大葉に回し蹴りをお見舞いする。
「ぐっ……」
「馬鹿お前手ぇ出してくんじゃねぇ!怪我するぞ!」
「す、すいません……」
「いいか、絶対動くなよ」
そう言い残して糸崎さんは大葉に向かっていった。
後ろでは心配そうな顔の佐伯さん、笑いをこらえる高間さん、呆れ顔の深巻さんがこちらを見ている。佐伯さんと深巻さんはいいのだが、高間さんはいちいちイラッとくるものがある。
「らぁっ!」
「っけほ………ッ痛ぅ」
「!」
視線を戻せば糸崎さんが大葉に決定的な一撃を入れたところだった。石のように重い一撃が鳩尾にきまっている。
「いっ…つ、らそ……」
「いっつらそって何の呪文だよ」
「痛そうと辛そうの複合語です」
助け起こしに来てくれた高間さんへ適当に返しながらもじっと二人を見つめる。
糸崎さんの連撃に大葉が足元をふらつかせたタイミングを逃さずすべての力を込めた、そんな一撃。を、入れたのと同時に糸崎さんも倒れこむ。
「うわっ!糸崎さん!?」
「愛人!?」
俺の手を引いた高間さんはそのまま流れるように糸崎さんのもとへ急ぐ。
「っ……悪いな高間」
「俺はいいけどよ、お前さんフラッフラじゃねぇか。そんなダメージ食らってたのか?」
「あぁ……本当に厄介な奴だ」
俺も糸崎さんに駆け寄り、彼を心配しながらも大葉を見やる。
「っあぁ~。やっぱお前、強ぇなぁ。けどま、おあいこだ」
「!!」
ごろり、と体を半回転させて仰向けになる大葉は心底疲れきったように脱力しきっている。とはいえ、敵である男に気を抜けないのは嫌というほど分かった。
「谷椰、そうピリピリすんな。そいつは性根の腐った野郎だが、俺の昔っからの喧嘩仲間だ。終わった勝負をグダグダ引っ張ったりしない」
「どことなく矛盾している気がしないでもないですが、分かりました」
「ひでぇ言われようだな。事実だけど」
クク、と笑う大葉に今まで端の方にいた取り巻きが近寄る。それがさらに俺の警戒心を強める。
「だーから、そんなに警戒すんなって」
高間さんに頭を小突かれて不満ながらも目をそらす。
「相変わらず面白い奴等を連れているなぁ、高任」
「そちらこそトップの言い付けか何か知らないけど、相変わらず他人の喧嘩に手出ししない忠犬揃いだね」
親しげに話しかけてきた大葉の取り巻きに毒を含んだ物言いで深巻さんが返す。しかし、仲が悪いわけではないらしく穏やかな雰囲気だ。
(………?)
「先輩達ここのグループと仲いいんすか?」
「まぁな。敵ではあるが旧友、というかライバルみたいなもんか」
なるほど。大葉のグループと高任は顔見知りの友人同士のような感じらしい。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「祥大!」
「浩!大丈夫?」
「あぁ」
ひとまず先輩方の所から離れて祥大の所へ行く。
もともとしっかり者の祥大は落ち着いた様子で立ち上がる。大分冷静らしく、先輩方のもとへと案内しても怖がるどころか旧友と話すかのように自然にしている。
「で、谷椰が暴走したのはこいつのお陰か」
「まぁ、そう……です」
大分言い方にトゲはあるが糸崎さんの表情はいつも通りのつまらなそうなものだ。
「先輩方に何も言わず先走ったのは謝ります。けど、祥大のことを助けたくて………」
「正義感が強いのは結構だがな……」
「まぁまぁ愛人。ここじゃ何だし、一度帰らない?」
「む…そうだな」
海高を出て数分、俺達がいるのは川原の土手だった。ここは人通りが少なく背の高い建築物もないため風通しもいい。町内の生徒の間では学校を抜け出した際の避難場所になっている。
「お前がうちに入った理由、今日の事がしたかったからか?」
「……正確には違いますけど、そうですね。大葉を相手にする気はなかったですし、まさか今日海高に行くなんて思ってませんでしたから。本当は一人で行く予定でしたし」
「えーと、つまり?はなからウチのルールを守る気はなかったと」
「そう、なりますね」
いつの間にか下がった顔を上げづらい。
ことの他今本さんに見つめられると威圧感が半端ない。そこに糸崎さんの視線が入ったら確実にストレスで死んでいただろう。糸崎さんは何も言わずに前を見て足を進めている。
「あの……」
「じゃ、その子も助けられたことだし、うちのグループにいる目的が達成されたわけだ。どうすんのさコウ、もう抜ける?」
「あー、それがいいんじゃねぇか?もうお前さんがここにいる理由もないしなぁ」
心底つまらなそうに、退屈そうに、二人が言う。あっさりしているわけではなく、どうでもいいという感じ。
(……確かに祥大を助けるっていう目標は達成したわけだけど、ここでやめるって選択は正解なんだろうか)
本当に少しの間の事だったとはいえ、先輩達といて楽しかったのは事実だ。
どう言えばいいか解らずモタモタしているうちに先輩方は土手を後にしていた。
「...浩?」
祥大が優しげに声をかけてくれる。
「う゛~、祥大~……俺、何て返せばよかったんだろ」
「浩はどうしたいのさ」
「先輩達といるのは楽しいしあのグループは居心地がいいんだけどさ、あそこにいるだけの理由がないんだよー」
「……理由なんて要らないんじゃない?浩がいたいならそれでいいじゃん。理由がなきゃ一緒にいられない関係なんて存在しないでしょ」
「む……」
祥大の言うことは正論であって、こそばゆいほど真っ直ぐだ。彼はどうしてそんなに率直にものを言えるのだろうか。
「でもさ、そんな目的もなくいるのってどうなの?」
「そんなもんでしょ学校の交友関係なんて。それが不良のグループでも変わんないと思うよ?浩は考えすぎたり理屈っぽくなるから駄目なんだよ。ありのままの気持ちを伝えればいいよ」
いつもの事ながら祥大に悩み相談をすると恋愛話をしている気になってくる。ふわふわした空気がそうさせているんだろうか。
「……でも、ま。そうだよな。よし!明日先輩達の所に行ってみる!!」
「あはは、頑張れ」
「二人とも、自分達であんなこと言っておいて落ち込んでるの?」
「馬鹿どもが」
「つったってよ~、浩が言い出すのも時間の問題だったと思うぜ?だったらその機会やった方が親切ってもんだろうがよ」
「でも、コウに悪いことしましたかねぇ~。俺、コウの事結構気に入ってたんですけど。初後輩だし」
帰り道、うだうだと言い合っている高間と佐伯を見ていると舌打ち、もしくはため息を吐きたくなる。何だってこいつらは面倒くさいんだ。
「過ぎたことをいつまでも言ってんな」
「愛人は良かったのか?」
「ハァ。今本、お前までそんなこと……」
「浩は将来有望株だもんね?不良の」
「だから………」
今日の帰り道は、いつも以上にため息が多くなりそうだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
(うっわ、ヤベ緊張してきた)
翌日、雪高前。
自分の通う学校であるにも関わらず、俺の手のひらには汗が滲んでいる。
(そもそも今日先輩方いんのか?夏休みだしいなかったりして……)
屋上を見上げるだけでは誰かいるかは分からないが、もしかしたらいないかもしれないという希望的観測を持つ事で何とか屋上のドアの前までやって来ることができた。
「ふぅ……よし!」
小声で気合いを入れ、ドアノブを握る。
意を決して、開ける。
「こんにちは!」
「………」
「………」
「………」
「………」
「……どうしたよ、コウ」
固まる三年生組を背景に、佐伯さんが口を開く。
「あの、不良になりに来ました。一年の谷椰浩です。さんずいに告白の告と書いてこうって読みます。よろしくお願いします!」
渾身の自己紹介とともに礼をする。
「………」
一向に返ってこないリアクションに恐る恐る顔を少しだけ上げると、糸崎さんと目があった。
「お前、今度は何で不良になりたいんだ?」
「今度は強そうだからとか、誰かを守るためだとか、そういうのは一切ありません。ただ、先輩方のグループにいたいからです!数日だったけど、とても楽しくて、暴力的で………でも居心地がよくて、俺、このグループにいたいです!」
「ふっ……内申、下がるぞ?」
「上等です」
薄く、でも温かく笑って糸崎さんが返した言葉に、こちらも笑みを交えてそう返す。
夏休み期間中、爽やかな夏の風が吹き暖かな日差しの降り注ぐ屋上。
今日告白すれば50%の確率でいい返事が貰えるだろう。
――告白相手が不良ならその確率は100%だ。
こちらに投稿するのは初めてとなっております、緑木 琥珀といいます。
読んでいただき、ありがとうございます。
不良のイメージが大分古いと言われるかもしれません、すいません。そして長いですね、すいません。つたない点も多々あったと思います。
改善点や誤字脱字がありましたらお教え願います。