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信房記 改訂版 第二〇三号





◆1581年10月下旬(大安)



 長い人質生活を終え、新しい生活を始めるにあたって日記を書くことにした。


 日記というのは、他人に見られることを想定していない物だ。いざ見られるととても恥ずかしい。


 だから、武田家に居た時は書けなかった。アイツ等、すぐに除き見ようとしやがる。


 ……油断も隙もあったもんじゃ無え。


 かと言って、産まれてこのかた一度も日記なんて書いたことが無いから、いざ始めようとすると何を書けば良いか分らん。


 今日は陽も堕ちかけてきたので寝る。……明日から真面目に書く。




◆1581年11月上旬(先負)



 初めて安土城を見た。


 ふざけた城だ。天主は六角形で、おまけに大黒柱が無い。きっと施工主(家主)が変わり者なのだろう。


 初めて親父と話した。


 今までの小遣いがわりなのか犬山って場所に四万石の土地を貰った。


 ふざけてやがるッ! もっと貰っても良いはずだ。


 ……そう思って訴訟をおこそうと弁護士を呼ぼうとしたが、この時代に弁護士自体が居なかった。

 (版数一〇三番、現代風に改定)


 めちゃくちゃ頭に来たので、今日は不貞寝する。


 以上。




◆1581年11月中旬(先勝)



 犬山に着いた。


 実家に帰ってきてから、あまりにも俺が不貞腐れていたので親父が折れた。


 まず新しい名前を付けた。


 信房? ふざけてやがるッ! おまけにタダで済ませようとしてる。ケチにも程がある。


 いくら小さい頃に遊んでやれなかったからって、今更感っぱねえな。


 だから親父に、


 『名前なんぞで腹は膨れねえんだよ! もう俺も良い歳だし赤ん坊じゃねえんだから、名前貰ってもちっとも嬉しくないんですけどー』


 って言ったら、今度は嫁を探してきてくれた。


 ……なんでも言ってみるもんだと思った。


 でもその嫁。聞けば親父の幼馴染の娘らしい。


 近場で見繕った感1000%、……もう、可愛かったしこの辺で許してやろう、ウン。




◆1581年11月下旬(赤口)



 一言『義理の親父さん、マジうぜぇ』


 犬山に来て、初めて家族もでき、”俺の時代キター”と思ったら、池田の義父が何かと口を挟んでくる。


 このオヤジ、まるで自分の家かのように寛ぎやがる。


 だからやんわりと、


 『よくウチに来られますが、池田のウチは大丈夫ですか?』


 って尋ねたら(実際は、”暇なん?”って言いたかった)、


 『ウチ、息子たちが張り切ってて、儂、暇なんだよ』


 って本人が暴露しちゃった。……身も蓋もねぇな。


 それと、何気に信長(オヤジ)のパシリで俺を見張っているようだ。


 親父、流石にもう我儘言わねえよ。




◆1581年11月下旬(赤口)



 尾張にて一ヶ月。”心が乾く”って言葉の意味を知る。


 三つ子の魂百までとはよく言ったものだ。無性に武田家の”ほうとう”が喰いたくなった。


 あの野菜たっぷりの料理がこの寒い季節に欲しくなる。


 尾張の人には悪いが、もう赤味噌は飽きた。ここのヤツ等、どの料理にも三河産の赤味噌を使いやがる。


 赤だし? 辛くて飲めたもんじゃねえ。




◆1581年12月上旬(友引)



 親父から、


 『来年、甲斐を攻めるから。お前も来い』


 とのお達しが届く。


 これが企業買収ってヤツか? それとも敵対的TOB?


 ほうとうが食べれると思うと、口の中にあの沢山の野菜からでた出汁の味が広がった気がする。


 なんかワクワクしてきた反面、武士って阿漕な職業だとつくづく思う。





◆1581年12月中旬(大安)



 大安だけど……何も無し。


 しいて言えば、若干の風邪気味。


 以上。




◆1581年12月下旬(大安)



 本当だったら俺みずから家臣たちを鍛えないといけないのだろうが、世話好きな池田のオヤジに任せている。


 楽を通り越して暇をもて余してます。




◆1582年2月上旬(先負)



 遠山家


 美濃の東部に昔から住んでいる人たち。


 何気に俺の最初の養子先だったりするが、今は敵。


 俺は社長(あにき)の部隊に組み込まれて、攻めたのだが。


 その最後に城の城主と奥さん(この奥さんが、俺の養母だったりもする)が、


 逆さ磔というハードSMのやりすぎでイった。


 俺は品行方正を堅く誓った。




◆1582年2月上旬(先勝)



 社長(あにき)の快進撃は続く。信濃の高遠城をサクっと落とす。


 問題はその後。


 何をとち狂ったのか、調子に乗った兄貴が、


 『近道いこうぜ』


 とほざき、高遠城の東につづく現361号線から152線を通っていこうと提案した。


 これだから金持ちのオボッチャンは困るぜ、冬の雪山を甘く見過ぎだ。


 俺はウチの若いヤツと共に無言で先頭に立って、鉄砲(弾が勿体ないので空砲)をブッ放した。


 すると、綺麗に左右の山が雪崩。実力行使で通せんぼ。


 これを見た流石の社長も、震える声で、


 『お、おお……。アリガトウ』


 ってさ。ヘイヘイッ、兄ちゃんビビってるぅ




◆1582年2月中旬(仏滅)



 さらに怒涛の猛ラッシュで信濃と甲斐を掌握。


 でもここで困った事が発生。あの快川の腐れ坊主が苦し紛れに寺に火を放ちやがった。


 俺はすぐに寺に行って、和尚に怒ったんだ。


 『いくら寒いからってキャンプファイアーは無えだろ。時節柄を考えろよ』


 ってさ。でも和尚は言うんだ。


 『暑さ寒さも彼岸まで。気にしなきゃ熱くないんじゃ!』


 そう負け惜しみを口にしくさる始末。この年寄りは偏屈すぎだ、可愛げの欠片もありゃしない。


 最後には和尚は自分自身を火にくべた。


 和尚、今度生まれ変わったら、寒いのは頭頂と説法だけにしとけよ。




◆1582年2月下旬(赤口)



 武田家が滅ぶ。


 そして今、待ってましたの人事異動の通知。


 辞令を待ちながら、俺は思ったね。


 『信房、頑張ったな。この地で長く生活してきたお前なら出来る、二ヶ月遅れのお年玉をやろう!』


 って社長(あにき)の言葉があることを。


 でもこの人形(あにき)傀儡師(おやじ)の人形だった。


 明けても暮れても俺の名前を呼びゃしねえ。


 御褒美を貰ったのは、上野は滝川のオッサン、甲斐は河尻のオッサン、上信濃は森の元ヤン、その他はモブキャラ……。


 全部、社長(あにき)の取り巻き連中。


 ふざけてやがるッ!


 悔しいのでフィアンセの松っちゃんの連絡先は知らせんかった。……ざまぁ。


 寝る、以上。




◆1582年3月上旬(大安)



 今までは甲斐からしか見たことが無かった富士山を駿河から見た。


 どちらから見ても富士は富士ッ!


 昔から甲斐と駿河は仲が悪かった。


 これからは仲良くなって欲しい。


 以上。




◆1582年4月中旬(友引)



 甲斐から帰ってきて1ヶ月、やっと家臣たちの霜焼けも直ってきた。


 俺? 俺は至って健康ですよ。


 家内安全、健康第一てね。


 でも、武田の人質であった頃に手を付けた妾が今頃になって”妊娠したの……”って手紙を寄越してきた。速攻で手紙はかまどに放り込んだ。


 女って怖ぇー……。バレたらウチの新妻が般若確変間違いなしだよぉ。


 家に居たくないので、戦が恋しい今日この頃です。




◆1582年4月下旬(先勝)



 やったね。親父から、


 『6月くらいに四国へ行く。お前も来い』


 と仕事を貰う。今度は残業手当が貰えるぐらいに頑張ろうと思う。前回のようなサビ残はノーサンキュー。


 でも、俺、一度も海に行ったこと無いんだよな、……今から木曽川でブートキャンプしとこっかな。




◆1582年5月中旬(赤口)



 なんか奥さんの機嫌が悪い。


 理由(わけ)、ワカメ。


 触らぬ神に祟りなし。


 ちょっと早いけどあの事がバレないうちに、親父のもとに行くことにする。ヤル気スイッチON!




◆1582年6月1日



 今日も京料理。


 おまけに昨日は会長(おやじ)社長(あにき)が有頂天になって俺に酒を強要する。


 これはパワハラです。


 同じく強要されてた明智のオッチャンが涙目でリバースしてた。……そして、まだ弁護士がいなかったする。


 いつか泣き寝入りしなくて良い時代に生まれ変わりたい。


 それが無理なら、こんな会社に就職しなくてすむようになりたい。


 ……せめて明日は良い一日へあることを祈ろう。


 ああ、二日酔いだ。こんな時こそ”しじみの赤だし”が恋しい。ウチが恋しい。



 そう言えば、この日記も長く続いている。


 そろそろ他人に見つからない様に鍵付きの金庫(原文では蔵と書かれていたが死語のため変更)に隠そうと思う。


 間違っても、


 『死後に遺族にPCの隠しフォルダを見られる』(例えを現代風に変更)


 などといった恥ずかしい思いはしたくない。


 以上。







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