ロメオヴィオ
マリアンステラ学園の生徒と共同の学園生活が始まり数日。
マリアンステラ学園の教師に何度か話し掛けられた。
隈が目立ち、ひょろと細く長身の男性で、いつも細長い煙草を加えている。そんな彼にはいつも不気味さを感じた。
入学試験について問われる。十年も前だから覚えていないと答えた。
「よかったら、もう一度あのテストをやってみませんかい?」
笑いかけられて、テストをすることを持ちかけられる。私を試したがっているみたいだ。
その度にミハエルリノが現れて、引き離してくれたからあやふやに話は終われた。
でも、ミハエルリノが現れる度に、抱き付くのはどうにかならないでしょうか……。
甘えん坊なミハエルリノは何度言っても笑って誤魔化す。それにミハエルリノはマリアンステラ学園の教師から遠ざけてくれるから、あまり強く言えなかった。
再会の時こそは身の危険を感じたけれど、いつも静かな声で穏やかに微笑むミハエルリノは、無害だ。
それどころか、ミハエルリノと一緒にいると落ち着く。彼の喋り方が影響しているのかもしれない。
なんだか安らぎを感じる。不思議な子だ。
ミハエルリノと真逆で、ガイウスに会うといつも感情が乱されてしまう。
ガイウスが学園内でばったり会う度に、怒鳴り声を上げて決闘を申し込んでくるからだ。
怒鳴るせいで、不安と恐怖が込み上げてしまう。
深々と頭を下げて断り、私はさっさと逃げた。
ナディア達はイケメンを見付けたと大騒ぎ。
「成績トップの上級生で、すっごいイケメンなの!」
興奮するナディアの話を整理すると、マリアンステラ学園のトップの成績を誇る優等生がとても素敵な異性らしい。
燃えるような赤い髪の持ち主で、女子生徒達の注目の的なんだとか。
私はその注目する女子生徒達に阻まれていたから、まだ目にしたことがない。
ナディア達はなんとかお近づきになろうと躍起になっていた。
お昼休みは三時間もあるから、ナディア達はそのイケメン生徒を捜して行ってしまい、私は一人になってしまったので図書室で勉強をする。
ミハエルリノはランチのあとはお昼寝をするそうで、どこかにいなくなってしまう。なので一人。
考えることは同じようで、図書室には生徒が集まっていて賑わってしまっていた。
大きな図書室は四つもあるのだけれど、三つの図書室はマリアンステラ学園の生徒とマグデリアン学園の生徒が占領していて、私が入る隙間はなかった。
残る一つの図書室に期待して向かう。
そう言えば、その図書室にはまだ入ったことはなかったから、少し見付けるのに手こずった。
「あった……」
少し古びた木製の扉の上には、図書室Ⅳと書いてある。
ノブに手を触れた時、妙な感覚を覚えた。
腕輪のように手首に巻き付いたグラヴィオンも、身をよじらせる。
でもはっきりわからないから、首を傾げるだけで、気にせず中に入った。
無数に本棚が並ぶ部屋の中は、本が入りきらずに床に積み上げられているところもあって、手入れが行き届いていないと印象を持った。
アーチ型の窓には海の底みたいに深い青色の厚手のカーテン。ところどころ開いているから、近付いて見なくとも日焼けした本が目立つ。
なにより、そこには誰もいない。他の図書室と違って静寂に包まれていた。
全く人気がない図書室みたい。
こういう場所を望んでいた私には好都合だから、一人で占領してしまおうと、本棚の間にあるテーブルにつくことにした。
けれども――。
そこに、人がいた。
「……君、どうやって入った?」
床に積み上げられた本の影でわからなかったけれど、テーブルにつこうとして彼と目が合う。
黒い髪と、黒い縁眼鏡の、白いローブの生徒がいた。歳上……多分、上級生。
読書をしていたらしく広げていた本から、見開いた目を私に向けて見上げる。
この世界の黒髪は珍しい。魔力のせいか、不思議な髪色だけれど、ほとんどが宝石のように綺麗な色ばかり。
そして目の前の彼は、まるで黒ずんだみたいな髪色で、ちょっと地味でだらしなく見える。
「えっと……?」
質問の意味がわからず、首を傾げる。普通に扉を開けて入ってきた。
「……愚問か」
ふっ、と彼は静かに笑う。
もしかして、誰も入らないように扉に魔法でもかけていたのでしょうか。妙な感覚はそれのせい。
私が入ってこれたのは、その魔法を破ったからだ。魔力が高いと防壁などの魔法はどうも無意識にすり抜けてしまうらしい。
他の図書室は賑わってしまっていたのだから、ここを独占したくて魔法をかけていたのかもしれない。そうしたくなる気持ちもわかる。
「あ、すみません。お邪魔ですよね」
「いや、いいよ。君一人なら……いや、君達だけならこの静寂は壊れない。それに、俺一人独占する権利はないから」
遠慮しようとしたけれど、彼はここにいてもいいと言ってくれた。座るよう掌で促されるから、お言葉に甘えて椅子に座る。
私の手首を見たから、グラヴィオンに気付いたみたい。すごい。袖で見えなかったはずなのに……。
彼は頬杖をついて、読書を続けた。向かいの二席離れた私も勉強をすることにする。
授業でとったノートを別のノートに写して予習をすると、確認しながら覚えられるので、いつもやる勉強方法。
完成したノートは教科書よりも試験に役立つものになるから、丁寧にわかりやすく書く。
パン。
本を閉じて、彼が立ち上がる。
「気を悪くしないでくれ。俺は読書を一人で楽しみたいんだ」
他の場所で読書をするつもりらしい。それなら先にいたのは彼の方だし、私が退室しようと立ち上がったけれど、白いローブを靡かせて扉に向かう彼が振り返って笑いかけてきた。
「だが、次会った時は、よかったら話し相手になってくれ」
その笑みは、地味な印象を抱く彼にしてはあまりにも綺麗だと思った。
そのまま扉を開いて、彼は行ってしまう。
「ぜひ……」
いなくなってから、返事をする。
不思議な印象を抱く人だと思いながらも、私は一人で勉強を続けた。
翌日もランチの後は図書室Ⅳへ向かい、勉強をしようとテーブルにつく。
また誰もいない。同じ席に座って勉強を始めれば、扉が開かれる。
白いローブを纏う黒ずんだような髪色の生徒。
私と目を合わせると、微笑んだ。
「やぁ。ロメオヴィオだ」
「私はジュリアンですわ」
私の元までカツカツと歩み寄ると自己紹介して手を差し出してきたから、私は立ち上がって握手をして名乗る。
縁眼鏡の奥の黒い瞳が開かれた。
「なるほど……。君がジュリアン・ラヴィーだったのか」
「あー……はい」
彼にまで噂を知られていたことに、苦笑を漏らす。
「なるほど、ね」とまたロメオヴィオさんは呟いた。
握手したままの手を見る。大きくて、男らしい手だ。
放してくれないだろうかと、ロメオヴィオさんを見上げる。
彼は私を座らせると、向かいの椅子に座った。
頬杖をついて、私を見つめてくる。そんな彼の耳に十字架のピアスがつけられていることに気付く。黒だから目立たなかったけれど、よく見れば幻影石と呼ばれる石を削って作られたピアスみたいだ。
幻を作り出す石。幻影石が採れる山は、常に幻影に溢れている。
黒曜石のように黒光りする細い十字架のピアス。
「何故……幻影石のピアスをしているのですか?」
「さて……何故でしょう?」
訊いてみたらクイズみたいに返されたから、私はちょっと可笑しく感じて小さく吹く。
「真の姿を隠すため、ですか?」
幻影石を身に付けるということは、幻を見せるためだから、素顔を隠すためでしょう。
すると、ロメオヴィオさんは笑みを深めた。
「その髪に疑問を抱きましたが、幻の姿ですか?」
「さて……どうでしょう?」
質問したらまたクイズにして返される。
そこは曖昧にしたいのかしら。
黒ずんだ髪色は幻だと判断しましょう。でも、何故幻を使うのかと首を傾げる。
「多くの生き物が外見で異性を惹き寄せる……人間もそうだ。でも俺は外見で寄ってきた異性には興味がわかない」
ロメオヴィオさんの真の姿は、異性を惹き付けるほど美しいってことなのでしょう。異性を遠ざけるため、ということかな。
「でも、外見だけを愛する人達ばかりではないですわ」
なにかトラブルが起きたから、幻影石を身に付けて素顔を隠すようにしたのかもしれないから、口出しはしないけれど一応言っておく。
「……外見以外を、愛されたい」
頬杖をついたまま、ロメオヴィオさんは微笑んで告げた。
「君も異性を惹き付けやすい外見をしているが……恋人はいるのかい?」
「私ですか? いえ、いません。それどころか、異性にモテた試しがありませんわ」
私のことについて問われ、苦笑を溢す。美人に生まれ変われたと舞い上がっていたけれど、次から次へと言い寄られる経験なんてないまま今に至る。
美人だからとモテるわけではない。でも別に逆ハーレムなんて望んでいないから、気にしていない。
「そう……それは不思議だね……」
ロメオヴィオさんは眼鏡の奥から見つめてきた。
やがて手を伸ばすと、指先で本棚の中に入れられた本を手繰り寄せる。
彼の白い手袋が念力の魔法がかけられているんだ。
ジオお兄様も常につけている。その魔法の手袋を作ることは難しいとジオお兄様が言っていた。
ロメオヴィオさんの実力は、相当のものみたい。
「本は好きかい?」
「はい。とても」
「俺も好きだよ」
その本を手にしてから、ロメオヴィオさんは本を話題にして会話を振ってきた。
それなりに本を読んできたけれど、ロメオヴィオさんの方が多くを読んできたみたいでたくさんの本を勧めてもらえた。
ロメオヴィオさんは知的な上に、勉強も教えてくれた。歳上だからなのか、ちょっとジオお兄様みたいに感じる。
頭のよさと、魔法の才能の高さとか、共通点があるせいでしょう。
それから毎日のようにお昼休みは、ロメオヴィオさんと図書室Ⅳで過ごした。
穏やかで楽しい一時で、とても素敵だった。
20140701