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ガイウス



 ミハエルリノにビクビクしながらも、白いローブを着た生徒がたくさん行き交うマグデリアン学園に行った。

 あまりの広さに迷子になっている生徒が多く、白いローブが忙しそうに蠢いている。

 マグデリアン学園の生徒のローブの色は黒。私の魔法使いのイメージにぴったりだから、この学園のローブは好き。

 ミハエルリノに見付からないようにフードを深く被って、正面玄関から学園内に入ろうと歩いたら、白いローブの生徒とぶつかってしまった。


「あ、すみません……あっ」


 顔を上げれば、ぶつかったマリアンステラの生徒には見覚えがある。

 長く伸びた白金髪を青いリボンで束ねた彼は、入学試験の時に私を怒ったガイウスだ。

 目を見開いたガイウスは、すぐにギッと鋭い目付きで私を見てきた。

 途端に苦手意識を抱く。ミハエルリノの次に会いたくなった生徒だ。


「お前……ジュリアン・ラヴィー」


 謝ってすぐに立ち去ろうとしたら、ガイウスが私の名前を口にした。記憶よりも遥かに低くなって威圧的な声に、びっくりして震え上がる。

 なんで十年も前に会ったきりなのに、私を覚えているのだろうか。十年で百人近くの人間に会って、それだけの数の名前を覚えようと必死だった私は忘れてしまったのに!


「お前……学年トップの成績らしいじゃないか……」


 ギロリ、とガイウスが睨んできた。


「やっぱり十年前の試験、手を抜いたんだな。実力を隠してわざと試験を落ちた……そうなんだろ」

「!」

「ジュリアン・ラヴィー! 決闘を申し込む!!」

「!?」


 ガイウスがいきなり声を上げてきた。

 け、決闘!? なにゆえ!?


「前代未聞の百点満点をとったお前を、入学試験の受験生は目標にしていたんだぞ! なのに途中でペンすら放すなんて、ふざけるなよ!」


 ガイウスの怒りが、今ぶつけられる。今更責められて、ビクリと震えた。


「勝ち逃げなんて許さない。今すぐに俺と魔法対決しろ!! リベンジだ!」


 ブワリとガイウスの長い髪が高まる魔力で揺れ動く。

 凄むガイウスの迫力に、気圧される。十年前からずっと根に持っていたらしい。

 ガイウスが声を上げるから、広場を行き交う生徒達が皆足を止めて注目した。


「あれが例の百点満点をとった……」

「まぐれなんだろ、入学試験本番は落ちたんだから」


 白いローブの生徒達がこそこそと話している声が耳に届く。

 私が知るより、あの試験の満点は知り渡っているようだ。想像したら、なんか恐ろしい……。


「……お断りします」


 周りを見てから、私は深々と頭を下げて丁重に決闘はお断りした。


「……はっ?」

「根を持たれようとも、私には決闘を受ける義理はありません。なので、お断りします」


 決闘は断れる。この世界では、第三者が立ち合って行うが、申し込まれた方が応じなければ必要はない。

 顔を上げれば、ガイウスは唖然としていた。

やがてピクピクと眉を震わせ、みるみるうちにまた怒った表情に変わる。


「ふ、ざ、け、るなぁー……」


 ゴゴゴォという効果音がぴったりなほど、ガイウスは凄んだ。ユラユラと髪と白いローブが揺れる。魔力は相当高いようで、昨日のミハエルリノに時と同じように恐怖を覚えた。


「ジュっ、リっ、アンっ!」

「ひやあっ!」


 固まっていた私の背後から、ミハエルリノがローブごと抱き付いてきたから震え上がる。

慌てて悲鳴を上げた口を押さえた。はしたない。

 ミハエルリノだ、ミハエルリノだ、ミハエルリノだーっ! きゃあ!


「おはよう。あのね、ジュリアン」


 異性が、というかミハエルリノが抱き付いている!

 お腹に強く巻き付く腕で締め付けながら、ミハエルリノは肩に顎を乗せてゆったりと囁くように静かな声を出す。


「食堂って、どこなのか、教えて?」

「う、うん……おはよう、ミハエルリノ。あ、リノ」

「うん。おはよう。ジュリアン」


 リノって呼ばなくてはまた怒られかねない。慌てて呼び直すと、間近でにっこりと微笑まれた。

今日のミハエルリノは朝から上機嫌だ。


「な、な、なにやってるんだ! リノ! レディーに抱き付くなんて!!」

「ガイウス。おはよう」

「あっ、おはよう。……じゃなくて離れろ!!」


 怒鳴るガイウスに対しても、ミハエルリノはその静かな口調を保つ。

対照的な二人だけれど、仲が良いみたいだ。


「ガイウス。ジュリアンに決闘を受ける義理はないし……再会した途端にレディーに決闘申し込むのは、どうかと思うよ」

「!!」


 私に抱きついたままミハエルリノは、穏やかな口調で言う。揚げ足をとられてガイウスは顔をひきつらせる。


「……んぅ、ジュリアン……いい匂いするぅ」


 スルッとミハエルリノが肩に顎をすり寄せて、耳に静かな声を吹き掛けてきた。

 ちょっとゾワッときてしまうけれど、悲鳴はぐっと堪える。そんな私なんかよりゾワッときたみたいに、ガイウスは顔を真っ赤にして震え上がった。


「ふ、ふしだらっ!!!」


 ふしだら!?

ガイウスに怒鳴られ、私はショックを受ける。

 ふ、ふしだらなんて……ふしだらなんて……。真っ当に生きてきたのに、ふしだらって言われるなんて……。


「ジュリアン、行こー」


 マイペースにもミハエルリノは、私の背中を押してその場から離れ始めた。ガイウスは追い掛けてはこない。

 ショックを受けながらも、集まってしまった生徒達を避けて五つ並んだ大きな扉の真ん中を進む。

ここを真っ直ぐ進めば食堂だ。案内は必要ないけれど、フラフラと進んでしまう。


「気にしないで、ジュリアン。ガイウスは君をライバル視してるだけだよ」


 ミハエルリノに言われ、私はハッと我に返る。

いつの間にか、腕組みをされて並んで歩いていた。

 白と黒のローブの組み合わせがくっついて歩いているから、すれ違う生徒達に注目される。

ミハエルリノから離れようとしたけれど、腕を放してくれなかった。


「ジュリアン。授業で使う教室も、あとで教えて?」

「えっ」

「ランチも一緒にいい?」


 ゆったりした口調で他の教室の案内とランチを頼まれる。少し困って悩むけれど、ミハエルリノは昨日と違って怖さを感じない。

 穏やかに微笑んで見つめてくるミハエルリノは、単に甘えているようにも思えた。


「いいですわ。では私は授業があので、行ってもいいでしょうか?」

「うんっ。またあとでね、ジュリアンっ」


 最後まで静かな声と穏やかな微笑みだったミハエルリノは、手を振りながら食堂に入っていた。

 これから食堂でマリアンステラの生徒が集会を始めるらしく、白いローブの生徒で食堂は埋め尽くされている。珍しい光景を眺めてから、私は自分の授業が行われる教室に向かった。


 世界中の生き物について学ぶ生物の授業。

魔法が溢れる世界だけあって、様々な生き物がいる。今学期は、東の森に生息する生き物について学ぶ。東の森は鬱蒼とした深い森で、トロールが多く生息している。あまり人間は足を踏み入れない危険な場所。

 あまりにも種族が多すぎて覚えるのは大変だけれど、やっぱり学ぶことは楽しいから好きだ。

幼い頃から学んだ甲斐があった。


 ランチはいつもナディア達と過ごすけれど、イケメン捜しで夢中だから、ミハエルリノと二人で食事をすることにした。

 私は白いローブの生徒達に注目されている。

「君の名前は知り渡ってるよ」とミハエルリノは答えてくれた。


「十年経っても、あの試験で百点満点とった子どもはいない。ジュリアンだけなんだよ。ガイウスは学年一の成績だから、ジュリアンが目標だってこともほとんど知ってるんだ」

「へ、へー……そうですの……」


 ゆったりした静かな口調で話してくれるミハエルリノに、精一杯の相槌をする。

 エリート名門校の試験で百点満点をとっただけで、知らない人達に注目されるのは少々嫌な感じ。

期待されるのが嫌で入学試験を落ちたのに、結局こうなってしまった。


「入学するべきだったかしら……」


 ぼそり、と呟く。

いや、通ったらきっと期待に押し潰されていたに違いない。


「ううん。しない方がよかったよ。ジュリアンがマリアンステラ学園なんかにいたら……今のジュリアンとは違ってたはずだ。今のジュリアン、ボク大好き」


 にっこりとミハエルリノは笑いかけてきた。

 期待に押し潰されて悪い人間になってしまう、という私の不安を知っているのかとギクリとする。


「マリアンステラはね、天才収集が趣味の学園なんだ。君を入学させようと勧誘が何度もきたでしょ?」


 天才収集の趣味?


「ええ……お兄様もお父様も断っていましたわ」


 入学試験後、何度もマリアンステラ学園の教師が訪ねてきたことは知っている。

私の意思を尊重してジオお兄様達が、丁重に断った。


「今でも君のことを手に入れようと目論んでるはずだよ。マリアンステラの教師には気を付けてね。天才を取り込んで、我が物にする学園だから……」


 手元に視線を落としたミハエルリノの笑みが薄くなる。

 天才に執着する学園に通ってきたミハエルリノが、ここまで言うんだ。

もしかしたら……ミハエルリノの闇は、マリアンステラ学園が原因?


「大丈夫……ボクが守ってあげるからね」


 ミハエルリノは私と目を合わせると、にっこりと無邪気に笑いかけてきた。

 マリアンステラ学園が近付くなった原因は、ミハエルリノが壊したせいだけど言えない。

 ミハエルリノの心の闇より、マリアンステラ学園の方が怖くなってしまった。ミハエルリノの怖さは、マリアンステラ学園が原因。いい学園ではなさそう。

言われた通り気を付けておこう、と苦笑を溢す。

 でも目の前のミハエルリノは、昨日と違って穏やかだから、私は安心して微笑み返した。







おまけ。



「ジオお兄様、マリアンステラの生徒と友だちになりました。リノって子です」

「それはよかったね、ジュリアン。どんな子なんだい?」

「とても落ち着いた静かな声で喋る子です。スキンシップが激しいのですが、とってもいい子ですわ」


ジュリアンは、リノが異性だと伝え忘れるのでした。



20140701

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