ミハエルリノ
私もマグデリアン学園に入学した。目標はお兄様のように首席で卒業だ。
ジオお兄様と過ごす時間は減ってしまったけれど、休日は必ず一緒に過ごしてくれた。
私が好成績をとる度に、欲しいものを買ってあげると買い物に付き合ってくれた。
マグデリアン学園四年生、前世で言えば高校一年生になった私は十五歳。ジオお兄様は二十三歳。
いつまで経っても、美しい人。
お揃いの色の髪は右側に寄せて、残りはかき上げるように左耳にかけた髪型。気品漂う紳士さんみたいで、いつも素敵。
そんなお兄様とデート気分で腕を絡ませて、今回はアクセサリーを買ってもらうことにした。
アクセサリーショップは壁一面にぎっしりと商品が並べられている。気になるものを見つめていれば、その商品が目の前までふわふわと来てくれるのだ。
どれも輝かしい光を放つから目移りしてしまうけれど、すぐに欲しいものを決められた。
「ピアスかい? ……ああ、ジュリアンにとても似合いそうだ。私も買おう、お揃いにしよう?」
「ジオお兄様とお揃いならもっと嬉しい!」
「私もだよ、ジュリアン」
むぎゅうとジオお兄様の腕に抱き付く。
友だちにはジオお兄様に甘えすぎだと言われたけれど、しょうがない。ジオお兄様が大好きなのだもの。
ジオお兄様はいつまで経っても、私を大事にしてくれる。いつまでもいいお兄様なんだもの。私の大切な存在。
エメラルドラゴンの涙と呼ばれるグリーンの宝石のピアスをお揃いで買ってその場でつけた。宙ぶらりんの宝石が揺れる度に光を放つ。ちょっとの間、お兄様の耳につけられたそれをつついて遊んだ。
腕を組んだまま家に帰る道を歩いて、私はジオお兄様の今の仕事について訊いてみた。
「ジオお兄様は今、マリアンステラ学園の修復の仕事をしているのでしょう? どのくらいかかるのですか?」
エリート名門学園であるマリアンステラ学園が、何者かによって崩壊させられた。その修復にお城の魔術師達が駆り出されたと噂で聞いている。
「そう簡単にはいかないね、犯人は相当アマリアンジュ学園に恨みがあったみたいで、修復は二年ほどはかかりそうだ」
犯人も動機も不明だけれど調査中。凡人の子どもは受け入れないエリート名門学園だから、恨みを持たれていても不思議ではない。
指を一回鳴らすだけでは修復は出来ないけれど、二年で元通りに出来るのは流石は魔法の世界だ。
前世ならマリアンステラ学園を再び建てるとなると、五年以上はかかってしまうと思う。それくらい広いもの。
マグデリアン学園はマリアンステラ学園の倍は広い。
全国の子どもを受け入れるつもりで建てられたマグデリアン学園は、二つの古城を合体したみたいに大きい。
正直四年目でも私は迷いかねないし、まだ足を踏み入れていない廊下や教室が山ほどある。
それくらい大きなマグデリアン学園は、一時的にマリアンステラ学園を受け入れることを決めた。
マリアンステラ学園の生徒を受け入れても、教室はまだ余るほど学園は広いらしい。
だからこれからはエリート名門学園の生徒達と顔を合わせる学園生活になる。
……問題が起きそうで、少し不安。
私と違って友だちはエリートのイケメンをものに出来るチャンスだって楽しみにしていたことを思い出して、クスリと笑う。
「友だちのナディアがね、マリアンステラのイケメンさんを射止めてやるって意気込んでいるのです」
「ふふ、そうなのかい。……ジュリアンはどうなんだい?」
「私ですか? んー」
首を傾げたら、ピアスが揺れた。
見下ろしてくるジオお兄様を見上げて答えを見付ける。
「お兄様みたいに完璧な異性がいたら、ぜひお近づきになりたいですわ」
「私のような完璧な異性、か。それは私もぜひとも会ってみたい」
私の理想の異性は、ジオお兄様だ。ジオお兄様以上に素敵な男性いるだろうか?
エリートの中にいたら、ちょっと興味を持つかもしれないけれど、やっぱり出会ってみてからじゃないとわからない。
スッと、頬をジオお兄様の長い指が撫でてきた。
ジオお兄様は綺麗な顔を近付けて覗いてきた。
「ジュリアン。もしも気になる異性と出会えたなら、真っ先に私に話してくれるね? 私がその彼を、見極めてあげるよ」
「はい。ジオお兄様に真っ先に相談しますわ」
微笑んで言うジオお兄様に、強く頷いて笑い返す。
満足げに微笑みながら、ジオお兄様は頭を撫でてくれた。
そんなジオお兄様の肩に白い小鳥が降り立つ。耳に囁きかけたあと小鳥は紙吹雪を撒き散らして消えた。
伝書鳩の魔法だ。
「……仕事だ、城に戻らないと」
「私は一人で帰りますわ」
「しかし、君を一人で帰すわけにはいかない」
「グラもいます。大丈夫ですわ、ジオお兄様」
家は近いし、グラヴィオンも一緒にいる。陽がくれてオレンジに染まる空が暗くなり始めたけれど無事に帰れる。
心配するジオお兄様の腕を掌で叩いて急かした。
渋っていたけれどジオお兄様は私の額にキスをすると、お城に繋がる扉を召喚して仕事へ行った。
私は一人、帰り道を歩く。
夕陽に照らされた石の煉瓦の上を歩くとブーツがコツンコツンと音を鳴らす。
暗くなり始めたけれど夕暮れを見上げながら、今日も充実していた日だと満足する。
お兄様とのデート、楽しかった。ピアスも買ってもらったから、毎日つけて大切にしよう。
人生の目標は、順調。
日々を大切にできているし、家族も友だちも大切にできている。
自画自賛するほど、いい人生だ。
「……!」
ぞくり、と寒気に襲われて自分の身体を抱き締めた。赤い煉瓦の屋根の建物が並ぶ住宅区域の路地で、足を止めて振り返る。
いつの間にか暗くなったそこに、白いローブのフードを深く被った人が一人いる。笑みだけは見えて、またぞくり、と寒気に襲われた。
「やっぱり……」
囁くような静かな声が、その笑った唇から紡ぎ出される。
「ジュリアン。久しぶり。とっても会いたかったよ」
首を傾げた彼の顔が見えた。ペリドットの髪が包む顔には見覚えがある。大きな猫目にも。
白いローブは、マリアンステラ学園の制服だ。試験で会った男の子。
「マリアンステラを壊せば、君に会えると思ってた……。でも偶然会えるなんて、嬉しいなぁ……」
にっこりと笑いかける彼は、妙なことを言う。まるで彼がマリアンステラ学園を崩壊させたみたいな発言。
そこでハッとする。
辺りが暗い原因がわかった。
壁や屋根や地面を蠢くものがいる。黒い人の形をした影だ。ゆらゆらと揺らめいて、私を囲う。
闇の化身だ。黒い魔法。心の闇を具現化して手足のように操るもの。
影の多さからして、術者の闇の大きさがわかる。……病んでいる人だ。
「……ジュリアン?」
逆に首を傾げた彼が私を不思議そうに呼ぶ。
「……ねぇ……もしかして……ボクを覚えてないの?」
猫目を見開いた彼は、更に怖い雰囲気を纏った。ローブのフードが風に揺らされるように捲れる。魔力が高まる現象だ。
「ボクはずっと……ずっと覚えてたのに……ずっと恋しかったのに……ボクのこと忘れちゃったの?」
風に吹かれるように、闇の化身が激しく揺れながら私に迫り始めた。
こ、こ、怖いっ!
真っ黒い幽霊に迫られるホラー映画みたいで、恐怖で凍り付いた。
ブオンッ!
影が私に触れるその前に、強風を撒き散らしてグラヴィオンが姿を現す。
私の身体に尻尾を巻き付けて肩に足を置いて、金の瞳で闇の化身を睨む。
身体のサイズを自在に変えられるグラヴィオンは、いつもは私の手首に蛇のように巻き付いてそばにいてくれる。
危険が迫ればこうして姿を現して守ってくれる。
大きな翼の先端は鋭利だし、牙も持つし、火だって吹く。
闇の化身相手なら、グラヴィオンは簡単に吹き飛ばせる。
「ボクを忘れるなんて、許さないっ……!」
怒っている彼は本気を出して魔法で攻撃しようと、両手を上げた。
黒い煙が彼のその手に集まる。
グラヴィオンが身構えた。
「待って! 待って! 覚えてる、ちゃんと君を覚えているわ」
慌てて声を上げて止める。
言いながら記憶を掘り返して彼の名前を思い出す。
学園を破壊するほどの魔法では、グラヴィオンが傷付いてしまう。止めなくちゃ。
「ミハエルリノ。ミハエルリノでしょ、お久しぶり」
そうだ、ミハエルリノだ。
無事に名前を思い出してほっとする。これで彼も気持ちを鎮めてくれるはず。
「……ジュリアン」
にっこりとミハエルリノは、嬉しそうに笑った。
よかったと安堵する。
荒い鼻息を私の髪に吹き掛けてくるグラヴィオンの尻尾を撫でて宥めた。
「ジュリアン、ボクはね。嘘は嫌いだけど――――君の嘘は許してあげる」
ミハエルリノはご機嫌な笑みで、そう私に告げた。
ゾクリと恐怖が駆け巡り、私はまた固まってしまう。
忘れていたことを、見破られた。
でも、どうやら思い出せたから許されたようだ。
こ、怖い、この子、怖い!
今の人生には無縁のはずの単語を思い出す。
ミハエルリノは――ヤンデレだ!!
「リノって呼んで。ジュリアン。また明日、学園で会おうね」
無邪気な笑顔で挨拶されたけれど、私はやっぱり恐怖を感じてしまう。
ミハエルリノがフードをかぶり直して闇に消えるまで、震えながら手を振り見送った。
な、なんて怖い子に育ってしまったのだろう。十年のうちに一体何があったと言うの。
エリート学園、恐ろしい……。
「グラ……明日、休みたい」
私よりも大きく感じるグラヴィオンを力一杯抱き締める。
フシュー、とグラヴィオンは深く息を吐いた。それからポンポンと前足で私の頭を叩く。
はい、ちゃんと明日も学園に行きます……。
20140630