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ジオお兄様



 新しい私は、ジュリアン・ラヴィーという名前。

 前世では、小学校高学年から無気力になり宿題もまともにやらなかった。親が弟達ばかりを可愛がるからぐれてたんだ。

 お人形遊びをするより、今のうちに勉強をすることに慣れたくてすることにした。

八歳も歳の離れた兄が一人いて、とても私を可愛がってくれて勉強も教えてくれた。

 名前はフランジオ。愛称はジオ。

同じグラデーションの髪は短くてサラサラ。睫毛は長く瞳はブルーで、美しい顔立ちはいつも優しげな微笑みを浮かべていた。

 十二歳とは思えないほど落ち着いている彼に、なんでも訊いてみた。なんでも答えてくれた。


「ジオおにいさま、いい人間ってどんな人間だと思いますか?」


 四歳だと上手く言葉を発せられないので、聞き取れるようにゆっくりと声を出す。


「いい人間かい?」


 流石になんでも教えてくれたジオお兄様は、少し困ったように笑って考え込んだ。


「ジオおにいさま、わたしはいい人間になりたいのです。大切なものを大切にできる人間になりたいのです」

「……大切なものってなんだい?」

「えっと……家族」

「家族?」

「あと、友だち」

「家族と友だち?」

「あと、恋人」

「恋人、か」

「あと、学校。時間。あと……あと」


 微笑みながら聞いてくれるジオお兄様に答えようと必死に考える。

 人生で大切なもの。他はなんだろう。

私がこれから大切にして、生きていきたいもの。


「んーと、んーと……」

「ジュリアン」


 唸るように考え込んでいれば、ジオお兄様は私の頭をそっと撫でてきた。


「生きていくと大切なものが増えていくよ。十年後も今話していたことを覚えていたのなら、ジュリアンはきっと大切なものを大切にできる、いい人間だと私は思うよ」


 微笑んでジオお兄様は両手で私の頬を包んだ。


「今のジュリアンは、いい人間だ。そう思っているなんて、とてもいい子だ。ジュリアンは大切にできるよ、きっとね」


 もういい人間だと、言ってくれた。嬉しくて笑みを溢す。


「……ジュリアン。私の可愛いお姫様。私が大切にする。ジュリアンが大切にしながら生きられるように、私が最善を尽くす。私が守ってあげるよ、ジュリアン」


 眩しそうに目を細めて微笑んだジオお兄様は、私を大切にしてくれると言ってくれた。

 ああ、なんていいお兄様なんだろう。

 あったかい気持ちで満たされた私は、彼に抱き付く。ジオお兄様はそっと両腕で抱き締めてくれた。


 そんな素敵な兄のおかげで、勉強も楽しくできた。マグデリアンという学園で、秀才だともてはやされているだけあって、頭がいい。

教え方も上手くて、すんなり頭の中に入った。

 魔法の異世界だけあって、覚えるものはたくさんあるけれど、ジオお兄様は覚えられるまで教えてくれた。

 そんな兄と妹を、両親はいつも微笑ましそうに見つめていた。

母はジオお兄様に似ていつも微笑んでいる優しくて麗しい人。本当に穏やかな母親。

父は少し強面な顔で、剣士で城に支える騎士を鍛える教官をしている人。でもおおらかで優しい父親だ。

 ジオお兄様はお父様から剣術を教わっていた。だから私も覚えたいとせがんだ。

学校でも剣術を学ぶけれど、お父様から教わりたかった。

 剣を持つとお父様は少し厳しいけれど、めげずに挑んだ。身体を動かすことも、お父様とお兄様から一本取れたら舞い上がるくらい達成感を感じて楽しかった。


「ジュリアン。マリアンステラの試験を受けてみないかしら?」


 お母様の提案で、エリート名門学園の試験を受けることになった。いわゆる、子どものお受験。

小学校、中学校、高校、大学の総合化した天才ばかりが集まる名門学園だ。

 ジオお兄様があまりにも私の頭がいいと褒めるから、両親は受かると期待を持った。

 ジオお兄様は努力を積み重ねた秀才。なのでアマリアンジュ私立小学園に入学。それからマグデリアン学園に入学した。

最古の学園で名門学園なのだけれど、最近はエリート名門のマリアンステラ学園に持っていかれ、生徒数は年々減っているらしい。でもジオお兄様のような秀才がいるから、今でも名門学園の一つに数えられている。

 家族は私が誇らしいから、お受験を勧めた。期待に応えたくて私は元気よく首を縦に振った。お受験に合格してみたいのもあったし、ゲームみたいにチャレンジしてみた。

 正式な入学試験の前に、その試験を受ける資格を得るための試験がある。

 魔力についてのテストがあったらしいけれど、特に意識もせずクリアしたそうだ。

 入学してから魔法を学ぶものだけれど、私はジオお兄様にせがんで教わったのでそのおかげだと思う。

 筆記試験ではジオお兄様に教わったこと全部出てきたので、とっても簡単に感じた。

 アマリアンジュ学園始まって以来の前代未聞の高得点。満点を取れた。


「素晴らしいよ、ジュリアン! 流石は私のお姫様だ!」


 両親も大喜びしたけれど、一番喜んだのはジオお兄様。

 私を抱え上がるとクルリと回わりながら、頬にたくさんキスしてくれた。

 ジオお兄様はとっても誇らしげで満面の笑みだから、私も嬉しくて嬉しくてしょうがない。

 ぎゅっとジオお兄様の首に抱き付けば、そっと抱き締め返された。

 どんな優秀な家庭教師をつけた子どもでも、満点など取れなかったから、私は天才だともてはやされ、入学試験では注目された。


 両親の期待に応えたいし、またジオお兄様のあの笑みが見たくて、もう一度筆記試験で満面を取ろうとした。

私なら簡単だと、ジオお兄様は見送ってくれたから、自信はある。

 前の筆記試験とは違うけれど、やっぱりジオお兄様に教わったことばかりで簡単だった。

 スラスラと答案に書いていってから、気付く。

私はエリート名門の試験にチャレンジしてみたいと思ったけれど、通いたいなんて思っていない。

どちらかと言えば話に聞いているジオお兄様の通うマグデリアン学園に興味がある。

 それに私は天才ではない。ジオお兄様のおかげで満点が取れただけなのに、天才だと認識されて周りの期待に応え続けられるだろうか?

 徐々にエリート名門の授業に追い付けなくなり、前世のように逃げ出すようになって落ちぶれコースになるのでは!?

 最悪な未来が浮かんできて青ざめた。

 そして自分勝手な人間になって、お母様やお父様の心配をうざがり、お兄様には嫌われ、大切なものを傷付ける最悪な人間になってしまうんだ!! いやぁあっ!!

 お兄様に大切に大切に愛でられた私が、天才ばかりのエリート名門に通い続けるのは無理。絶対に無理! 人生によろしくない選択!

 慌てて手を引っ込めて書くことを止めた。私はギュッとスカートを握って、試験が終わるのをじっとして堪えた。

両親とお兄様の期待を裏切ってしまう。それに罪悪感に襲われてしまうけれど、通いたい理由がないと話せばわかってくれるはずだ。

 満面の笑みが見れないし、私を自慢気に抱き上げてくれたジオお兄様がどんな反応をするか、少し怖い。

 その場で採点され、合格者が発表された。途中で止めた私は合格点には届かず名前は呼ばれなかった。

 発表が終わったあと、私はすぐに隣の部屋で待っている家族の元へ行こうとした。

 ごめんなさいって、最初謝らなくちゃ。

 そんなことを考えていたのだけれど、腕を掴まれて止められた。

 試験に参加していた男の子だ。名前は確か、ガイウス。合格者として名前を呼ばれていた。

 毛先が金色の白金髪で、目の色も金色。眉を眉間に寄せて、私を睨むように見ていた。


「ふざけんなっ!!」


 ガイウスは私に向かって怒ったから、驚いた。なんのことかわからなくて、目を丸める。


「ずるしただろ! ふざけんなっ!!」

「……っ」


 ずるした。

そう言われて、グサリと胸に刺さった気がした。真っ直ぐに見てくるガイウスは、私が悪いことをしたみたいに責めてくる。

 違うもん。違うもん。

私はただ……ただっ。

 嫌になって腕を振り払ったら、私は尻餅ついた。


「ねぇ、だいじょうぶ? ジュリアン」


 後ろから静かな声をかけられた。そっと背中に手を当てて心配そうに見つめてくるのは、前の筆記試験で隣だった男の子。

 大きな猫目で、ペリドットのグラデーションの長めの髪。名前はミハエルリノ。

 彼には返事が出来なかった。

ガイウスはまだ怒ってなにか言ってきたけれど、大人が彼を押さえて宥めた。

騒ぎを聞き付けてきた保護者の中に、ジオお兄様がいたから駆け寄って抱き付いた。


「どうしたんだい? ジュリアン?」


 ジオお兄様は頭を撫でながら事情を聞いてきたけれど、なにも言えなかった。

 家に帰ってから、ごめんなさいと家族に謝った。

ちゃんと「通いたくない」という意思を伝えた。


 それから気分は沈んでしまい、勉強も剣術の稽古もやらないで部屋にこもりっきりになった。

ガイウスに怒られたことを、考えてしまう。

 ずるいことだった?

私は試験に受からないことを選んだ。いけないことなの?

なんであの子に怒られなくちゃいけないの?

 自分のために、選んだ。自分にいい選択をした。

 それをガイウスは悪いことみたいに怒ったから、本当は逃げる選択だったのではないかと考え込んだ。

 家族に甘えたまま生きることを選んでしまった? 私は悪い人間?

 順調だった明るい人生が、急に暗くなってしまったように感じて、無気力になった。

 窓辺に座り込んで、お人形を見つめる。普通の子と同じくお人形遊びに夢中になっていればよかったのかな。

このまま、挫けてしまうのかな。

 涙すら出さないまま、窓辺で落ち込んだ。


「私のお姫様」


 ある日、窓辺に座り込んだ私のそばに、ジオお兄様が片膝をついた。


「プレゼントだ」


 そう言って私の手を取り、卵を渡してきた。鏡みたいにぴっかぴかな白い殻で真ん丸だ。


「授業で化身の卵を作ったんだ。大半の生徒は失敗してしまったけれど、私はほぼ完成だと先生に褒められたよ」


 卵に映る自分の顔を見てから、微笑みを浮かべるジオお兄様を首を傾げて見る。

 ジオお兄様に向かって"ほぼ完成"なんて、褒め言葉にしては相応しくない。


「完成させるのはね、ジュリアン。君だよ」

「私?」


 ジオお兄様は両手で私の手と卵を包んで言った。


「これは持つ人間の心を糧にして、殻を破って生まれてくる。つまりは君の心の姿して生まれるということなんだ。君の一部が姿を現して、君の良き理解者となり、良き友人にもなってくれるだろう」


 心を糧にして生まれるから、化身の卵。私の心の姿を現すから、どんなものかと興味が惹かれた。

 ギュッとジオお兄様が手に力を込める。


「……ジュリアン。覚えているかい? 大切なものを大切にできる人間になりたいと言っていただろう? 同じ日は二度と来ないのに、ここ数日君はこの窓辺に座り込んでしまっている……日々を大切に出来ていると言えるかい? ジュリアン」

「! それは……」


 ほとんど窓辺に座り込んだ私は、日々を大切に出来ていない。途端に後悔に呑まれて俯く。

 すぐにジオお兄様は私の顎に左手を添えて、顔を上げさせた。


「ジュリアン。私は片時も離れずにそばにいることはできない。でもこの化身は君のそばにいて、守ってくれるだろう。そんな化身を、君は大切にできるはずだ」


 ジオお兄様は、私の大切なものの一つとしてこの卵を与えてくれる。

私を立ち直らせるために……。


「……ごめんなさい、お兄様。私は……あの学園には通いたくなくって……」

「わかっている。謝るのは私達の方だ。君の通いたいという意思も聞かずに、期待を押し付けてしまった。あの学園の試験で百点満点を取っただけで十分だ、君の実力はとても誇らしい。ジュリアンは通いたい学園を選ぶといい。この子と一緒に通って大切な日々を過ごしてくれるなら、それでいいんだ」


 優しく声をかけてくれるジオお兄様に、何度も頷いて応える。


「お兄様と、同じ学園に通って、この子と大切な日々を過ごす……」


 涙ながらに必死に言えば、ジオお兄様は頭を撫でてただ微笑んでくれた。

 それから、私は思い悩むことをやめて、アマリアンジュ学園に通うことを決めた。

 卵から孵ったのは、掌サイズのドラゴンだった。ちょっとくすんだような金色の鱗をしたドラゴンだけれど、綺麗だ。掌の上で鳴くドラゴンを見て、とても感動した。


「ジオお兄様、ジオお兄様! ドラゴンです!」

「……そうだね、ジュリアン」

「名前はどうしましょう、どうしましょう!」

「……ジュリアンが決めるといい」


 ジオお兄様はなんだか喜んでいないようだったけれど、舞い上がっている私は気にならなかった。

 ドラゴンは、数日かけてグラヴィオンと名付けた。グラ、という愛称をつけて毎日学園に一緒に通った。

 学園生活はとても充実している。魔法も学ぶ毎日は楽しいし、友だちもたくさんできて、成績も優秀だと褒められた。

順調な小学生ライフだった。

 ジオお兄様はマグデリアン学園を首席で卒業後、お城の魔術師の一人となった。

魔法研究や魔法開発をしながら、王様の命で魔法問題を解決する職業だ。

 最高クラスの魔術士。

才能ある者にしかつけない職だから、両親も私も鼻が高かった。私は学園中に自慢しちゃったもん。






ジオお兄様は、卵から出てくるのはユニコーンのような生き物だと予想していました。ドラゴンが出てきて、とっても納得いかないそうです(笑)



20140630

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