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Empress  作者: 片桐乃亞
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Ⅰ 青の目覚め


「起床! 起床だ! 早くしろ!」

 怒声での起床は決して爽やかではなかった。

「本日は珠継ぎの儀が行われる! 皆速やかに位置に付けっ!」

 部屋に部隊長の声が響く中、蒼い髪の少年――蒼羽は目を覚ました。長い前髪を掻き上げながらベッドを降り、急いで制服を身に纏い剣を携える。

 蒼羽は夢を見た。それも、士官学校時代の懐かしい夢だ。

夢の中で、自分は国史の授業を受けていた。この国の、今日まで続く戦いの原因を教わっていた。

何故今頃になって、学生時代の夢を見たのだろうか。蒼羽は十五で学校を卒業し、王城に配属されてから三月ほどしか経っていない新人兵士だ。しかしあの頃に戻りたいなどとは欠片も思ってはいなかった蒼羽にとって、自身の弱さを見せられたのかと、己の信念の脆さを悔やんでいた。しかしそれ以上に、夢を見ることさえ稀な蒼羽にとって、何かの予兆なのではないかと思わざるを得ない気持ちに駆られた。それに、今日が〝特別な日〟である事も、蒼羽の心を更にざわつかせた。

「おい、行くぞ」

 ぼんやりしていた蒼羽の肩を部隊長が叩く。今日の集合場所は珍しく訓練場ではない。普段は立ち入る事の出来ない王城の中心、螺鈿(らでん)の間と呼ばれる場所だ。

 蒼羽の所属する部隊は宿舎の前で整列し、隊列を崩さぬまま王城へと向かった。王城の周りには今日の日に彩りを添えるように、桜の花が咲き誇っている。

 王城の巨大な扉の前には屈強な兵士四人が立ち塞がり、部隊長にさまざまな質問を答えさせた後、ようやく兵士が扉を開いた。

「ここからは王の居城だ。失礼の無いように」

 部隊長の言葉と共に、蒼羽たちは城に足を踏み入れた。

「これは……」

 蒼羽は思わず感嘆の声を漏らした。目の前に広がったのは、この世とは思えぬ眩い光を放つ大広間であった。床には磨かれた石を敷き詰め独特の文様が描き出されている。壁には宝石が散りばめられ、それを引き立たせるように藍の織物が飾られている。そして広間の中心に伸びる深紅の絨毯が床を左右に分かち、絨毯の端には一際目立つ赤い玉座が二つ並べられていた。

「お前たちの最初の任務は〝珠継ぎの儀〟の警護だ。お前たちは入り口付近で王女を出迎えるのと同時に、部外者が侵入しないように見張るんだ。わかったな?」

「はっ!」

 蒼羽たちは揃って敬礼する。そしてそれと同時に、全員城の外へと締め出されてしまった。蒼羽は幻のように煌びやかな城内の景色を惜しみながらも、しぶしぶと部隊長に従った。

今日執り行われる〝珠継ぎの儀〟とは、この小国湖白の最も盛大かつ重要な行事である。湖白に生まれた王子と王女、つまり次代の王は、十五歳の誕生日になるとこの儀式を行い、真の後継者であることを民に知らしめるのである。それともう一つ、今までは現王が行っていた、この国の守護石たる宝石《紫星》に祈りを捧げる役割の引き継ぎも、この儀式で行われるという。今回は王の一人娘である桜河(おうか)様が珠継ぎの儀を迎えられ、今日に至った訳である。

「我が部隊含め初年兵部隊は、城を取り囲むように並び万が一の事態に備える。私はここを離れるが、しっかりと務めるように」

「はっ!」

 蒼羽たちの揃った敬礼を満足そうに眺めた後、部隊長は何処かへと去っていった。緊張が解け、蒼羽が見上げた空には陽が高く昇り、間もなく儀式の刻限であることを告げていた。

「おい」

 瞬く間に城への人の出入りが減り、いよいよかと思われた時、蒼羽に声をかける兵士がいた。いかつい顔をしたその人は確かに蒼羽の方へ鋭い眼差しを向けている。

「は、はい! お務めご苦労様です!」

 蒼羽は限り無く誠意を込めて敬礼した。同時に、最近何か咎められるような事をしたかどうかを必死に思い出していた。

「ちょっと来い」

「えっ……?」

 城の中へと消えていく兵士を疑念が拭えぬまま追いかけると、城内は既に儀式に臨む荘厳な空気に満たされていた。王座へと続く絨毯の両側には兵士が膝を付いて一様に並び、その後ろには楽器隊が入念に準備を行っていた。

「さあ、こっちだ」

 兵士に(いざな)われ連れて来られたのは、扉と玉座の丁度中間の辺りだった。

「城内の隊列に欠員が出たんだ。急で悪いが、君はここで警護をしてくれ。頼んだよ」

「は、はい!」

 突然のことに戸惑いながらも蒼羽は精一杯の敬礼をした。しかし兵士はそれを一瞥したのみで、忙しそうに立ち去ってしまった。

 蒼羽は思いがけず巡ってきたこの機会に、胸が高鳴っているのを感じていた。そして普段は入れぬ場内の雰囲気を堪能しようと辺りを丹念に眺めていた。

 ふと、隣に佇む兵士に目が留まった。肩には兵士になってからの年数を表す記章があり、それによると彼は蒼羽よりずっと先輩らしいことが分かった。

「こいつがそんなに珍しいかい?」

 隣の兵士がおもむろに蒼羽の方へ振り向き、記章の付いた肩を揺らしてみせた。

「し、失礼しました……!」

「何を謝ってるんだ。別にいいよ。お前はまだ一年目か……。随分運がいいんだな」

「……運がいいってどういう事ですか?」

 問い返す蒼羽に、兵士は語り始めた。

「あぁ。いきなり連れて来られちゃ、知らないのも無理ないか。実は王女様はご誕生の時以来、公の場に出た事が無い。今回の〝珠継ぎの儀〟が初めてなんだ。しかもその王女様ってのが、かなりの美人らしい。城に来てすぐに王女様を拝めるなんて、本当についてるよ」

 語り終わると兵士は、くすんだ歯を見せながらにやにやと笑った。

 そういえばそんな噂を何処かで耳にした事があったような気がする。王女の誕生と共に王妃はこの世を去り、王は哀しみの中でも王女に精一杯の愛を注いだ。王女はその期待に応え、王位を継ぐに相応しいそれは立派な方になられたとか。

 不意に、城内に重い鐘の音が鳴り響いた。ざわついていた城内は鐘を合図に静まり返り、それを見計らったかのように音楽が奏でられ始めた。

 音楽に負けまいと、鈍い音を立てて扉が開く。

 そしてその人は、光の中へと姿を現したのであった。

 女王は煌びやかな衣装を身に纏い、年不相応な気品を漂わせながらゆっくりと歩を進める。周囲からは感嘆の声が漏れ、その波は徐々に近付いてきた。ついに女王の顔形がはっきりと見えるほどの位置まで近付いてくる。

 その姿に、今までにない驚きを覚えた。十五とは思えぬ凛々しい顔立ち。微塵の笑みも浮かべぬその顔からは、どのような感情も読み取れない。確かに美しいが、それよりも何か、触れてはいけないような清浄さを感じた。

蒼羽は王女の青い瞳から目が離せなかった。不意に王女がこちらを向き、一瞬目が合った。ような気がした。

 王女が王の元へ着き、玉座へと腰掛ける。並んでいた兵士は一斉に向きを変え敬礼をした。

 王は軽く左手を上げる。それを合図に敬礼は解かれた。

「えー、では、これより珠継ぎの儀を行います――――」

 不気味なほどの静けさの中、儀式はしめやかに始まった。

 王が国への忠誠の口上を述べた後、王と王女は向かい合い、一礼する。

 王は首から小さな宝石の付いた首飾りを外す。同時に女王が跪き、そこへ首飾りを掛けた。新たな宝石の守り人〝珠王女(タマミコ)〟誕生である。

「女王様、万歳!」

 何処からか聞こえたその声は、瞬く間に兵士たちの間に広がった。

『万歳! 女王様、万歳!』

 大広間には歓声が満ち、蒼羽はそれをただ呆然と眺めているしかなかった。国王は兵士たちを微笑ましく見ていたが、王女は相変わらず表情を変える事は無かった。

「よし、では本日は、盛大に宴を催そうではないか!」

「「「おぉーっ!」」」

国王の提案に兵士たちは歓喜の声を上げた。

 重臣たちが国王の指示を受け動き出すと、国王は満足げに去っていった。それに伴い王女も速やかに立ち去る。

「これで珠継ぎの儀は終わりとなります。皆は各々の宿舎に戻り、部隊長の指示に従うように」

 報せが行き渡ると、兵士は次々に螺鈿の間を後にした。外は僅かに日が傾き、沸き立つ人々の影を伸ばしていた。

宿舎に戻った蒼羽は、ぼんやりと女王のことを考えていた。彼女はまるで人形のように、少しも表情を変えることはなかった。媚びすぎるのも問題だが、まったく愛想がないのもどうなんだろうか。〝珠王女〟とは、そんなにも大変な務めなのだろうか……。

「おい、宴の準備が出来たそうだ。行くぞ」

 いつの間に現れた部隊長は、それだけを蒼羽に告げて部屋を出て行ってしまった。蒼羽は慌てて身支度を整え、宴の間へと足を運んだ。


 宴の間には、先ほどの螺鈿の間に勝るとも劣らぬ飾り付けが施され、豪勢な食事と酒が用意されていた。いくらかの人は既に卓に付き、食事を始めていた。

「おーい! 蒼羽っ!」

一つの卓から、自分の名を呼ぶ懐かしい声がした。手を大きく振り、眩しいほどに笑ってこちらを見ていたのは、士官学校時代の友人、緋焔(ヒエン)だった。

「緋焔、久しぶり! 元気にしてた?」

 蒼羽が手を上げ応答したのを見ると、緋焔は隣の椅子を引き蒼羽を卓に誘い入れた。蒼羽にとって緋焔は、数少ない友達の一人だ。緋焔は勉強も剣術も学年随一で、同学年では唯一、近衛兵団への入隊を許可された男だった。城内でも滅多に合わないのはこの為だろう。

「まぁ厳しいっちゃ厳しいが、楽しくやってるぜ。そっちはどうなんだ?」

 緋焔は食事を口いっぱいに頬張りながら訊ねる。

「そうだな……。学校のときとそんなに変わらないかな。覚えなきゃいけないことはずいぶん増えたけどね」

 蒼羽も緋焔に急かされ食事に手をつける。知らないうちに、宴の間は人で溢れ返っていた。

 緋焔が杯の水を飲み干すと、その口から不意に言葉が零れた。

「俺さ……。今度朱皇との国境の警備に行くんだよ」

「え……?」

 緋焔が随分と事も無げに言葉を放った。しかし朱皇とは戦の真っ只中、相当な危険を伴う任務のはずだ。

「まぁ、警備ったって数日で帰って来るんだけどな。まだでかい仕事はさせてもらえねぇよ」

 蒼羽の心中を察したかのように、翡焔が続けた。その表情には期待のような笑みが浮かんでいた。

「そっか……。それじゃ、しばらく会えなくなるね……」

 蒼羽は空になった杯を置く。妙に乾いた音がした。

「何言ってんだよ。どうせ城にいたって、そう顔合わせねぇんだから」

 緋焔はにっこり笑って言った。蒼羽は苦笑いで返すことしか出来なかった。

「おい、緋焔! こっち来いよ!」

 隣の卓から低く大きな声が轟いた。どうやら緋焔の上官のようだ。

「あ、はい! 悪いな蒼羽。今度土産話でもしてやるよ。じゃあな」

 それだけ言い残し、緋焔は蒼羽を置いて行ってしまった。蒼羽は華やかな空間に取り残された気がして、人目を避けるように宿舎へと逃げ帰った。


 珠継ぎの儀から数日後、王城内では不穏な空気が流れ始めていた。蒼羽はその理由を、思わぬ形で知ることになった。

「えー……。明日我々は、朱皇との国境へ出向くことになった」

 部隊長が訓練の後、兵士全員を集めそう告げた。困惑する兵士たちに向け、部隊長は言葉を続ける。

「これから話すことは、決して他言せぬように。実は数日前に国境へ向け発った部隊が、未だ帰って来ず、消息を絶った」

 蒼羽は嫌な予感がした。その部隊というのは、もしかして緋焔の所属している部隊ではないだろうか。

「そこで、我々は他の部隊と合同で国境へと向かう。目的地はあまり戦闘が活発ではないが、一応覚悟はしておいてくれ。子細は当日の夜伝える」

「「はっ!」」

 蒼羽たちは揃って敬礼する。顔にこそ出さないが、胸の内ではさまざまな思いが渦巻いていた。そしてその不快さを抱いたまま、出発の日を迎えた。


 隊列を組み、見送りもなく王城を出立した。先発の部隊が向かった地点は森の中で、半日弱ほどで辿り着くという。二人の部隊長を先頭に、部隊は整然と歩き続けた。

「全体、止まれ!」

 部隊長の声が森にこだまする。そこに広がっていたのは、争いとは無縁そうな、静まり返った緑の景色だった。

「これより捜索を開始する。必ず二人一組で行動する事。それと、柵より向こう側が朱皇だ。決して立ち入らないように」

 部隊長が指差した先には、膝までくらいの高さの杭が申し訳程度に並んでいる。国境と呼ぶにはあまりにも粗末なもので、通ろうと思えば楽に跨ぎ越せそうだ。

「ほい。んじゃお前は俺と行こうか」

 先輩の兵士が蒼羽の肩をぽんと叩く。見た目は若いが、だいぶ場馴れしているようだ。

「はい、よろしくお願いします!」

 蒼羽は振り向き姿勢を整え敬礼したが、先輩兵士は既に視界から消えていた。

「さっさと行くぞ。こんな物騒な場所、なるべく早く離れたいからな」

「……ここはそんなに危険な場所なんですか?」

 蒼羽の問いに、先輩兵士は振り向きもせずため息をついた。

「あのなぁ、お前は何も知らないんだな。朱皇は元々武力で事を治めようとする奴らが独立した国だ。こんなに長く決着のつかない戦なのに、停戦も対話すらも一切受けようとはしない。何考えてるかさっぱりわからん国なんだよ。そんな国とはなるべく関わりたくないだろ?」

 二人は草木をかき分け柵に沿って進んでいく。特に変わった様子は見られない。

「……朱皇は何故、平和的な解決を望まないのでしょうか? 朱皇だってだいぶ疲弊しているはずなのに……」

「そんな事はもっと偉い人が考えることで、俺らが考えるような事じゃない。俺らは攻められたら守ればいいんだよ」

 先輩兵士は淡々と話す。確かに言う通りかもしれない。余計な事は考えずに、ただこの国を守っていけばいいのかもしれない。しかし蒼羽は、知識不足か経験不足か、まだ簡単に割り切る事は出来なかった。

 辺りに目を凝らしながら見回っていると、柵の向こう側に家のようなものが見えた気がした。ぎりぎりまで近寄って見ると、そこには木製の粗末な小屋が建っていた。

「………………」

 小屋から何かが聞こえたような気がした。しかし、人の気配は無い。

 蒼羽は耳を澄ます。確かに人の声がする。しかも複数のようだ。

「先輩……。あの小屋から、声が聞こえます」

「何だって?」

 先輩兵士も柵の向こう側を覗き込む。その後、ぽつりと言った。

「あんなもん何でもないだろ。行くぞ」

「え……?」

「面倒なことは勘弁だ。あの小屋に何があるっていうんだよ」

「でも、中から声が聞こえるんです。中に先発の兵士がいるかもしれないと……」

 訝しげな表情を浮かべた先輩兵士は、決して首を縦には振ろうとしなかった。

「でもな、俺らは隣の国には入れない。とりあえず部隊長に報告して……」

 突如、柵の向こうで何かが動いた。

「下がれ!」

 先輩兵士は咄嗟に蒼羽の前に飛び出した。剣に手を掛け、見えない何かに身構える。

 草むらが揺れ、二人に緊張感が高まる。

「……出てくるならさっさと出て来い!」

 挑発に応じたのか、それは徐々に姿を現した。

 草むらから出てきたのは、傷だらけの右手だった。

「……なんだこれ……」

 右手は柵に届く事なく、力尽きたように動かなくなった。

 それと同時に、蒼羽は走り出し柵を飛び越えた。

「おい! 何してんだ!」

 先輩兵士の制止も聞かず、蒼羽は一目散に小屋へと向かった。もしかしたら緋焔がいるかもしれないと、向かわずにはいられなかった。

 石造りの小屋には窓は無く、ただ一つの入口があるのみだった。中を覗くと、腐臭が鼻を突いた。

 剣を抜き、一歩進む。狭い小屋に足音が響く。気配はするが、その正体を掴めない。

 神経を尖らせながら、もう一歩進む。何かが足に当たり鈍い音を立てた。拾い上げてみると、それは自国の鎧の一片だった。

「やっぱりここに……」

「おい」

「うわっ!?」

 蒼羽は突然肩を叩かれた。探索に夢中になっていて人が近付いてきた事に全く気付かなかった。

「勝手に朱皇に立ち入るなと言っただろう!」

 肩を叩いた主は、部隊長だった。安堵したものの、蒼羽は驚きのあまり動けずにいた。

「ほら、早く戻るぞ!」

 部隊長が蒼羽の手を引き小屋から出ようとする。外の空気を吸い込むと、ようやく蒼羽は言葉を発することが出来た。

「……部隊長……。中に我が国の鎧がありました……」

「何……?」

 蒼羽の言葉に部隊長の足が止まる。そして一考の後、踵を返し再び小屋へと向かった。

「ではこの中に、先発の兵がいると言うのか?」

 部隊長の問いに、蒼羽は無言でこくこく頷く。

 差し上げられた部隊長の右腕を見て、いつの間にか集まって来ていた先輩兵士たちがこちらにやって来る。

「私の特別権限において、隣国朱皇における捜索を許可する」

「「はっ!」」

 部隊長の命で、数人の先輩兵士が小屋へと突入する。蒼羽もこっそりと後ろにくっついていった。

 先頭の兵士が松明を掲げ、小屋の内部へと足を踏み入れていく。蒼羽の鼻を再び腐臭が襲う。

「我が国の鎧を発見しました!」

 兵士が松明を床へと向ける。そこには褐色の鎧が山のように積まれている。

 再び小屋の奥へと向かうと、目の前に大きな鉄の扉が現れた。部隊長たちは扉の両脇に並び、一人が扉をそっと開ける。

 扉が開かれると生温い風が吹き出し、瞬く間に小屋の中を満たした。人のうめき声のようなものが、よりはっきりと聞こえた。

「誰かいるのか!」

 兵士の一人が暗闇に問い掛ける。蒼羽はその景色を、先輩兵士たちの隙間から何とか捕らえようとした。

「……来るな!」

 部隊長が叫ぶ。蒼羽はその語気にすくみ上がる。

 先輩兵士に引き摺られ、蒼羽は小屋の外へ連れ出された。

 蒼羽は直前に、小屋の最奥にあったものを見てしまった。

 そこには、〝人間だったもの〟があった。入口付近にあった鎧と合わせて考えれば、その身元は明らかだ。

「……そんな…………」

 連れ出されたその場で、蒼羽は力無く座り込んでしまった。視界が揺れるほどに、身体が震えていた。

 しばらくすると、小屋の中から暗い面持ちで部隊長たちが出て来た。その手には鎧の欠片が握られている。

 兵士たちは次々と柵の向こうへ戻っていくが、部隊長だけは蒼羽の元で立ち止まった。

「お前もあれを見たのか」

 問いは耳に入ってきたが、蒼羽は何も答えられない。

「……行くぞ。いつまでも腰を抜かしている暇は無い」

 部隊長は蒼羽の腕を掴み無理やり立たせる。蒼羽はようやく顔を上げることが出来た。

「はい……」

 蒼羽は柵を越え、再び自国の土を踏んだ。もう一度だけ、小屋の方へと振り向いたが、そこは何事もなかったかのように静けさに包まれていた。

 蒼羽たちは再び隊列を成し、国王の待つ王城へと重い足を向けた。


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