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短編

曇天

作者: RK

 とある兵器の話をしよう。

 兵器とは、戦いにおいて使用する全ての車両、航空機、船舶、設備等の事を指す。

 それらは敵となった目標を殺傷、破壊するためや、敵の攻撃から防御するための機械装置である。

 闘うために生まれ、戦いの中でしか生きられず、闘って死ぬ定めを持ってこの世に生まれ落ちた。

 これは、とある兵器の話である。


 ー曇天 before story『星空』 ―


 大陸との戦いが始まってから5年の月日が流れようとしている。

 長期に渡る戦いは国民を疲弊させ、国力を減少させ続けている。

 島国である「大和」は大陸と比べると国土は圧倒的に劣っていた。

 人間同士の争いに、体格の優劣が影響するように、国家間の争いにも、国土というのは影響がある。

 それは、国民の数や資源といったものに響くからだ。

 しかし、そんな小国である大和は、大国である大陸国家に対して引くことも無く5年もの期間を闘い抜いていた。

 それは、他国から見れば異様なことであり、異質であり、畏怖されることでもあった。

 大陸に目をつけられた大和は資源が豊富な国であった。

 また、職人たちも多く、大陸ですら成し遂げることのできない技術を有している。

 本来であれば、民を、国を潤すはずの技術は、戦いに用いられた。

 大和でしか手に入らない鉱物。

 それは他国を圧倒する兵器を生み出した。

 その凄まじさは語るだけでは伝わらない。

 それを目にしたものは己が目を疑い、それと争い生き残った者は自分の生を疑った。

 それほどまでに、その兵器は凄まじかった。

 地獄のような戦場に現れる鋼の兵器。

 人はそれを、「修羅」と呼んだ。



 ここは大和最大級の都市、天都。

 大陸国家を持ってしても不落と言わしめる程の都市だ。

 中心部には大和軍最強の兵器「修羅」が鎮座する、神城基地が存在している。

 そんな灰色一色の景色の中を一台の軍用車両が走る。

 それはどんな荒れ地であろうと走破できるのでは、と人に思わせるほどの力強さで大地を力強く蹴っている。

 やがて、目的地に到達した車両はその勢いを止める。まだ、走り足りないと講義する暴れ馬のような唸りをエンジンが上げるが、すぐに車両は沈黙する。

 武骨な車両の扉が開かれ、降り立ったのは一人の少女だった。

 薄く茶色が入った長い髪は風に揺られ、穏やかな黒曜石のような瞳は緊張と困惑、そして恐怖に揺れている。

 軍人にはとても見えない。もちろん、見た目通り彼女は軍人ではない。

 その少女の後に車両から降りてきた青年。

 刀を彷彿とさせる鋭さを持った瞳は見る者を怯えさせる。

 だが、彼もまた軍人ではなかった。

 彼が纏うのは軍服ではなく、白衣。

 それは研究者の証でもあった。

「あの…、私はどうしてここに…?」

 少女は状況を理解していないのだろう。

 拉致同然のように大和最強兵器「修羅」が存在する神城基地に連れてこられただけなのだ。

「それは、貴方の力が私たちに必要だからです」

 青年は答えた。

 だが、その答えは少女を納得させるものではない。

 少女に力など、存在しないのだから。

 彼女は何処にでもいる非力な幼子に過ぎない。

 特別な力など、持っているはずが無い。

 持っているのであれば、父が、母が、兄が、友達が、紅蓮の炎に焼かれて死んでいくのを、断末魔の悲鳴をただ聞いているのを、無力さに涙で頬を濡らすことも、なかったのだから。

 ただ、この身体には、そんな光景を見てさえ死にたくないと、浅ましい考えが宿っているのだ。

 だから、少女は何度も否定した。

「私には…、力なんてありません…」

 そして、青年は何度も否定した。

「貴方には、確かに力があるのです」

 少女は困惑している。

 青年は確信している。

 そして、二人は基地内部へと歩みを進めて行く。

 幾重もの厳重な警備の通り抜け、最後に広い空間へと、二人は辿りつく。

 そこには。


 「修羅」があった。


 少女はそれを見て、まず美しいとさえ思った。

 ただの兵器でありながら、それは一種の神々しさを持っている。

 そして、恐ろしいと思った。

 それは、唯の兵器だ。人を殺す為に生まれこれからも人を殺すものだ。

 最後に、可哀想だと思った。

 攻撃的な姿は、戦い以外を知らない哀れな子供に見えたのだ。

 戦う為に生まれ、戦い以外を知らず、戦いの中に散って行く。

 それは兵器としては当たり前で、しかし、それを少女は可哀想だと思ったのだ。

 「修羅」の主機に火がともる。それは誰かがそうしたのではない。「修羅」自らが自身を起動したのだ。

 修羅はゆっくりと、体中に備え付けられた「眼」をこちらに向けた。

「――――」

 拡声器が一瞬、雑音を放つ。

 少女はそれを、あくびだと思った。

『はじめまして』

 人間のように修羅は挨拶をした。

「は、はじめまして」

 例え、相手が機械だとしても挨拶を返すのは礼儀だ。そう思った少女は挨拶を返す。

 青年はその様を、後ろから静かに見守っていた。

 修羅と少女のやり取りは、傍から見たら滑稽であろう。

 鉄の塊と、人間の会話だ。知らぬものが見たら目を疑うし、知っている者でも可笑しなものだと笑うであろう。

 だが、青年は笑わない。柔和な顔でそれを見ているだけだった。

『問う。貴君の名前は?』

 修羅に取り付けられた拡声器から発せられる言葉。

「わ、私は――」

 それが、少女と「修羅」の出会いだった。


 類稀なる才能を持った研究者がいた。

 今までの理論を置き去りにし、新たな理論を提唱。

 そして、それが正しいと証明された。

 彼は多くの羨望と嫉妬の眼に晒されて、大和の研究者として己の道を歩み続けている。

 彼が作り出した兵器、それを代表する物は「修羅」だ。

 彼が作り出した兵器は戦場であらゆる不利を覆した。

 敵機を撃ち落とし、味方を守り抜く。

 戦場に現れる修羅の如く、赤い花を咲かせるその姿には、味方でさえ恐怖を抱く。

 それを生み出したのが、22歳の若輩者であるというのだ。

 今まで兵器開発をしていた者たちは彼を妬み、憎しみ、侮蔑する。

 自分達の地位が脅かされる障害として彼を認識する。

 彼らには、国を守ると言う確固たる意志は無いのだ。

 青年の名を、鬼塚清士朗という。

 清士朗は少女と、「修羅」の会話を見ていた。

 「修羅」は強い。地上にある兵器の中で群を抜いて強力だ。

 単騎で戦場の流れを変えるほどの力を持つ兵器を複数保有する国は大和を除いて他にはないだろう。

 しかし、「修羅」も単体で最凶の力を発揮することはできない。

 修羅は人間とほぼ変わりない電子頭脳を持った兵器だ。自身で思考し、自身で動くことが出来る。

 だが、それは本当の意味で修羅ではない。

 操者が居て、初めて修羅は一騎当千の鬼となる。

 そして…。

「貴方は力が無いと言った。貴方の力は、目の前にあるのですよ」


 少女と修羅は週に三度、言葉を交わす機会を設けられていた。

『私達が生きている星、地球というのですがそれは…』

「そうなんだ…!」

 今日は修羅が少女に星の話をしているらしい。

 清士朗はその姿を今回も後ろから黙って見ているだけだ。

 修羅の『眼』の一つが白い壁の方を向く。

「わあ!」

 それは映像を映し出していた。

 青い星。それは美しく、綺麗で、何事も包み込む温かさ持っていた。

『これが私たちの住む地球です』

「私たちはこんなとこに住んでるんだね…!」

 少女はその星の美しさに感動しているようだ。

 しかし、すぐに顔を曇らせてしまう。

「こんな綺麗な星に住んでいるのに、大人はどうして人を殺すんだろう…」

 それは少女にとって純粋な疑問だった。

 美しい星に住む自分たちは、どうして奪い合うのだろうか?

 どうして殺し合うのだろうか?

 同じ場所に住んでいて、同じ時間を過ごしていて、どうして?

『私たちは、その美しさを当然と思っているからではないでしょうか?』

 修羅の返答に少女は「どうして?」と問いかける。

『息をすることは当たり前の事です。そこに空気があって空気に感謝する人はいないでしょう。それと同じで、美しい星に住んでいる事は当たり前で、私たちはその当たり前の中に埋もれて気付かないのでしょう』

「そっか…。あ…、でも…」

 少女はもう一つあげる。

「知らないのかもしれないよ?」

 少女が地球という星の美しさを知らなかったように。

 多くの人が、地球の美しさを知らないのかもしれない。

『なるほど、近すぎるが故に見ることが出来ない。見ることが出来ないものに気付くことは無い。近すぎるが故に、興味を抱くこともない』

「難しいことはわかんないけど…」

『空には様々な星があります。地球ほどではないとはいえ、それらは美しい』

 修羅は壁に星の動きを映し出す。

「すごい…!」

 少女の歓声が上がる。

『プラネタリウム、と言うそうですよ。大陸の方で生まれた技術だそうです。本当の星の動きを再現できる優れたものです。街にはこのプラネタリウムを見せて収入を得ている店舗もあるのだとか』

 敵対している国の技術であっても美しいものはある。

 相手の文化を否定していては、いけないのだろう。

 なのに、大人は、人は、争う。

 相手の事を認めずに。

 受け入れずに拒絶する。

 そして、それは殺し合いに発展する。

 プラネタリウムは作りものではあるが、こんなにも美しいのに。

 星の輝きは美しく、それを再現したこれは素晴らしいものだ。

 同じものを美しいと思い、それを生み出した人間がいる。

 なのに、どうして、人は争うのだろうか?

 修羅は偽りの星を見て瞳を輝かせる少女を見て、そんなことを考えるのだった。


 そして、大和と大陸の関係は大きく変化する。

 少女を乗せた修羅を含む、計25機の修羅が戦場へと駆り出された。

 しかし、戦況は圧倒的に大和が不利であった。

 大陸の、被害を厭わない猛攻に、最凶と名高い修羅が一機、また一機と撃墜されていった。

 少女は修羅と同一化している。

 そこに少女の意思は無く、少女はただ、修羅、いや機械竜騎25号(FMD―25)を操るだけの存在となっていた。

 修羅は自立思考する兵器だ。だが、思考をするにも電子頭脳が一個では圧倒的な情報量を制御することはできない。

 そこで、適正のある者を副脳として、修羅の主脳が受ける負担を肩代わりするというものだった。

 だが、そこまでした修羅が落とされていく。

 だが、修羅は敗走を知らぬ機械。もとより逃げることは許されぬ身である。

 その身が動きを止めるまで、闘い続ける。

 FMD-25も市街戦を繰り広げていた。

 その身はすでにボロボロで最早これ以上戦うことは不可能だった。

 それでも、闘い続ける。

 その姿は修羅の名に恥じない姿だった。

 しかし、修羅だけではどうにもできない。

 だから、司令部は、愚かな選択をした。

 負けるのならば、諸共に。

 修羅を生み出した清士朗、彼が生み出した新型爆弾の光が世界を包んだ。

 修羅を生み出した彼は、結局なにを目的としていたのか。

 天才ゆえに虐げられ、世界を否定した彼は、何を求めたのか。

 答えは出ない。

 彼は新型爆弾の起爆と同時に、この世を去った。


 そして、世界は雲に覆われる。


 そして、月日は流れる。

 機能を停止していた主機が稼働を開始する。

 FMD-25は困惑した。

 レーダー反応、本部からの応答、共になし。

 装甲は朽ち果て、どうやら自身が死に体なのを確認する。

 少女は、副脳はどうやらまだ機能しているようだ。

 しかし、戦争は終結した。

 なのにどうして。

 そんなことを考えている間に、主砲が手動で稼働させられている。

 意図不明。

 目標は空。

 そこで、少女の声が主脳に届く。

『きっと空が見たいんだよ』

 生き残った『眼』を凝らす。

 空には分厚い雲が覆っている。

 センサーの判断からすればあれは、創造主が生み出した爆弾の影響の様だ。

 あれからずっと、長い年月を経ても、あの戦いは今も人々を蝕んでいるようだ。

『…そういえば、星の話をしたこともありましたね…』

『そうだね…、わたし、もう一度星の話が聞きたいな』

 主砲を稼働させる電力が十分に溜まったことが伝わってくる。

『そうですね、また、星の話をしましょうか…』

 中に乗り込んだ者が引き金を引く。

 眼を通して見れば見れば、彼もまた星を見たい一心なのだと分かる。

 ああ、私たちの戦いは無駄ではなかったのだろう。

 たしかに、世界は荒廃した。

 だが、この少年と行動を共にしている少女は、大陸の血が入っているのが分かる。

 多くの物を奪った戦い。

 兵器は人殺しの機械だった。

 だけど、最後くらいは、人を救うことが出来るのではないか?

 星空を奪われたこの者たちに、曇天を払う力を。

 光の柱が生れる。

 それは空に大きな穴をあけ、星空をのぞかせた。

 動力を失い、さらにボロボロになった機体は、稼働を止めようとしていた。

 戦うために生まれ、闘い続け、最後に、最後に戦い以外のことに力を使えたことに、感謝を。

 最後に星を見よう。

 美しい、大陸も、大和も関係ない、誰もの頭上にある、星々を。

『あれが…』

『そうなん…』

 最後の思考の中、少女と語り合うその一瞬が、機械の身にも幸せだと思えた。

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