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竜の娘は生きている  作者: 囘囘靑
第五章B:銀台宮少女行
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076_賢者の弟子

「大賢者……?」


 その言葉を、エバは半信半疑で受けとめる。“大賢者”の名を聞いて思い付く人物は、エバにとって一人しかいない。七十年前、勇者と連れ立って“竜の島”を救った仲間キャラバン夏瓊カケイだ。

「大賢者って……あの“夏瓊”様のこと?」


「その通りです、エバ殿」

 タミンは指を組んで、エバの質問に同意する。「私はカケイ様の弟子であり、使命を仰せつかってはるばる参りました。主はあなたとセフ殿を、銀台ジェンデ宮に招待しております」

 賢者の弟子を名乗る少年・タミンには、有無を言わせぬ言葉の迫力が備わっていた。


「待って――待って、でも」

 しかしエバは、まだ頭の中が混沌としたままだった。剣聖は、エバ生まれる遥か昔に亡くなっている。勇者は――ヒスイの母は――ヒスイによれば“還ってくる”という。つまり、勇者もまたこの世界にはいないのだ。

 しかしタミンと名乗る少年は、「大賢者は生きている」と言っている。


 それがエバには釈然としない。剣聖の逸話はさまざま残っている。勇者も逸話は少ないが、確たる証拠として勇者の娘・ヒスイがいた。

 だが、大賢者は? ――エバもカケイについては、その名前しか知らないのだ。

「私の言葉をお疑いのようですね」


 エバの表情ににじみ出る不審感を、タミンも察知したらしい。「それも構いません。容易には信じがたい話ですから。――海炎ハイイェン同志はこちらにおられますか?」

「イェンさん……?!」

 イェンの名前に、エバは目の色を変える。

「あなた、イェンさんのことを知っているの?」


「勿論です。同志にお会いすれば、私の言うことを信じてくださるでしょう」

 タミンはそう告げると、身を翻してエバの前に立った。

(ということは、イェンさんはこの子と知り合いなんだ……)

 エバは息を呑む。だが、どうしてイェンはこのことを言わなかったのだろうか。本当にカケイが生きているとしたら、サイファを倒す上でも大きな助けになったはずだ。

「ではエバ殿、参りましょう」


「ちょっ、ちょっと待って――」

 エバはタミンを引き留める。「そこへ行って、何の意味があるわけ? とにかく今は、セフを助けないと――」

「あなたとセフ殿は銀台宮へ行き――」

 タミンは剽然と答える。「そこでヒスイ様の復活をお待ちするのです」

 エバはどきりとした。「復活」という言葉から溢れる高揚感で、胸が詰まりそうになる。

「ヒスイが復活するのは……本当なの?」


「先ほどジスモンダが言っていたとおりです」

「教えて!」

 エバはタミンに詰め寄り、跪いた。「ヒスイが戻ってくるために、何ができるの? あたしは――」

「エバ殿、あなたは何もできない」


 ややつっけんどんに、タミンは答えた。「強いて言えるとしたら、あなた方は待つことしかできない。しかし復活の経緯は分からずとも、復活して何処へ降り立つかは判断がついている……そこが銀台宮なのです」

 タミンはそこで一旦、言葉を切った。「ともかくはセフ殿です。ジスモンダに取り込まれる前に、まずは我々が取り込まねばなりますまい」

 取り込む、という言い草がエバには引っ掛かったが、タミンに気にするそぶりはなかった。


「エバ殿、お手をお貸しください」

「手を貸す?」

 エバを立ち上がらせると、差し出した手に、タミンは自らの小さな手を添えた。お互いに両手を合わせた、舞踏中のような格好になる。

「ちょっと、何を……?」


「行きましょう、転日宮まで転移ワープします」

「――はぁ?!」

 素っ頓狂な声を上げるエバには構わず、タミンはエバの手を握り締めると、瞳をゆっくりと閉じた。手のひらを浸すようにして、タミンの強烈な魔力がエバにも流れ込む。ぼんやりしていると、意識までも消し飛んでしまいそうな魔力だ。

 転移魔法の講釈は、クライン導師からされた。――といっても、理論だけを。

「実践では不可能」


 と導師はため息をついていた。

 まさか――それを利用するというのか? だが、タミンは本気のようだった。

「目をつぶって!」

 言われるがまま、エバは目を閉じる。


……

……


「さぁ、目をお開けください」

 再び、タミンの声がする。解き放たれた魔力のわりには、体に何も感じなかった。

「うわっ……」

 だが、結果は偉大だった。后来院ホウライユェンの廊下にいたはずが、今は空虚な転日宮の玉座の間にいる。ヒスイの遺骸があったはずの場所だ。

「そうだ、」

 そのヒスイの遺骸は、タミンが吸い取っているのだ。「あなた、ヒスイをどうしたの?」


「肉体はここにあります」

 袖口から、タミンはランタンを取り出した。ランタンの中には、七色に光る炎が躍っている。方式は分からないが、これもまたタミンの魔法だろう。

「それは……カケイ様のところまで持ってゆくため?」

 タミンは、すぐに答えなかった。


「ええ、そうです」

 不安になったエバが訊き返そうとしたとき、タミンがようやく口を開いた。「主のところまで持ってゆきます」

「――エバ?」

 やり取りをかわす二人の後ろで、誰かの声がする。セフの声だった。

「セフ! 戻ったの?」

「うん……ジスモンダ閣下のところへ行ってたんだ」

「ジスモンダ……」


 その言葉に、エバは表情を硬くする。「あの女、何て言ってた?」

 問い詰めるエバの言葉に冷たさを感じたのか、セフの表情が曇った。「……謀反者がいるかもしれないから、それを探すように、って言われた」

 エバは思わず笑い出しそうになった。セフが何も知らないことにつけ込んで、どうやらジスモンダは、自分で自分のことを嗅ぎまわらせているようだった。


「それより……ヒスイの死体は?」

「それは――」

 タミンを紹介しようと振り向いたエバは、そこにある光景にまじろぐ。

 ヒスイはいない。――それはもちろん、タミンが持っているからだ。

 だが同時に、タミンもいなかった。たった今まで会話を交わしていたにもかかわらず、タミンの姿は影も形もない。

「どうしたの?」


「――ここに男の子がいなかった?」

「男の子?」

 焦った口調のエバを、いぶかしげにセフが見つめる。「いや……見なかったよ。その男の子がどうしたの?」

「その子、タミンって言うんだけど、その子が持っているのよ、ヒスイの死体を!」

「死体を?」


 セフが目を細めた。「どうして? というより、どうやって?」

「その子、魔法使いなのよ……大賢者の弟子なんだって。あなたも知っているでしょう、大賢者の夏瓊様を? 魔法を使って、ヒスイの死体を保存しているのよ」

「何のために?」


「それは……必要なんだって、ヒスイの死体が、ヒスイの復活のために!」

 期待を込めてエバが放った言葉とは裏腹に、セフの反応は微妙だった。たしかに説得力を帯びた理性的な発言だとは言いがたかったが、もどかしさがエバの心に湧きあがってくる。

「ねぇエバ……こう考えることはない?」

 やや言いにくげに、セフが言葉を発し始める。


「わたしには、ちょっと信じられない。第一今はその子がいないし……騙されているんじゃないかな、エバ? もしかしたらソイツは――」

「ソイツがあたしのことを騙しているって?」

 セフの言葉を鸚鵡返しにすると、エバは肩をすくめた。「まさか……突然あらわれて、どうしてあたしを騙す必要があるって言うのよ? そのタミンっていう子、強力な魔法を使えるのよ。もちろん、それだからあたしのことを騙しているわけじゃない、とは言えないけど……」


 一方的にまくし立てたあげく、とうとうエバは口をつぐんでしまった。エバがどれだけ完璧な論法でセフに熱弁をふるおうとも、肝心のタミン当人が消滅してしまったのでは、取り付く島がなかった。

「うん、まあ……ちょっとすぐには信じられないけど」


 肩を落としているエバを見かねたのか、セフが困った顔をしながら口を開く。「とりあえず、じゃあそのタミン、って子を探してみようよ。ついさっきまでこの辺りにいたのなら、すぐに見つけられると思うし……」

「――その必要はありません、おふた方」

 セフの背中越しから、第三者の声が聞こえてくる。

 ジスモンダの声だった。


「ジスモンダ……!」

 前方から迫るジスモンダに、エバは目をむいた。普段どおり、ジスモンダは笑う鬼のお面を被っていた。

 ジスモンダの左右と背後には、青い衣を着た従者が控えていた。顔を見られないように、従者達は衣の色と同じ青色の頭巾で覆面をしていた。布の切れ端から、うつろな目だけが垣間見られる。


 ジスモンダとその従者たちの異様ないでたちは、サァキャとその従者たちの異様ないでたちと重なって見えた。サァキャたちと鉢合わせしたときのことを思い出し、エバもセフも身震いをした。

「『探す必要がない』ってのは、どういうことかしら?」

 腰に巻いたポーチへ左手を滑らせながら、エバが訊く。「あなたが殺してしまったとでも言うわけ?」

「エバ……!」


 セフがエバをとがめた。

「――エバ殿はヒスイ様を失い、どうやら気が立っておられるようですね?」

 エバから発せられる敵意にも、ジスモンダは微動だにしなかった。やや改まった口調で、ジスモンダはセフに呼びかける。

「平常心ではいられないエバ殿のお気持ちは分かります。だからこそ、我々は謀反者を探さなくてはいけません」

「違うわ……!」


 エバは左手を、ジスモンダに向けて突き出した。その左手には、予備のタクトが握り締められている。「自分が謀反者のクセに、よくまあそんなことが言えるわね。 ――その仮面を取りなさい。なんなら、あたしが取ってあげましょうか、閣下?」

 ジスモンダの右脇に控えていた従者の一人が、肩をいからせてエバまで近づこうとする。しかしジスモンダは、それを右手で制した。

「ねぇエバ、ダメだって……!」


 セフが必死に、エバの腕に取りすがった。「冷静になってよ! こんなことしたって――」

「――セフ殿は、どうお考えですか?」

 エバが言い返すよりも前に、ジスモンダが口を開いた。ジスモンダは腕を組み、漂然とセフのことを見据えている。

「えっ?」

「セフ殿に与えられている選択肢は二つあります。私を裏切り者と見なすか、あるいはエバ殿の言葉を妄言として斥けるかです。こうした一元的な二項対立は問題の本質を誤らせますが、どうでしょう、セフ殿? 究極の選択をなさってみるのは?」


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