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竜の娘は生きている  作者: 囘囘靑
第一章:予章宮少女行
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006_デジャヴ

「勇者の娘?」

「そうよ」

「私が?」

「そうよ、ヒスイ。……あなたが」


 ”勇者”という聞きなれない言葉を、ヒスイは何とか解釈しようと試みる。ただ、エバの言葉の響きから、自分がかなり重いものを背負わなくてはいけないのだということは自覚し始めていた。


「でも……どうして私が”選ばれた”の?」

「あなたが勇者の娘だからよ。正真正銘の、ね。七十年も前に、この世界を平和にした三人の英雄――剣聖、賢者、そして勇者。あなたはその勇者の娘なのよ。――ヒスイ、銃を持っているでしょう?」

「ええ……」


 触るのは嫌だったので、ヒスイはホルスターに下がっている銃をエバに見せた。


「それは正統な勇者が受け継ぐものなのよ。普通の人間では、銃を持つことすらできない――って、昔のヒスイが話してくれたわ」

「でも……それだと、話のつじつまが合わないわ」

「え?」

「勇者が七十年も昔に登場したのならば、娘の私はもっと年をとっていなければいけないわけじゃない?」


 ヒスイの質問に、エバはちょっとだけ肩をすくめてみせた。


「……分かんないよ。あたしに聞かないで。あたしだって、ヒスイからちゃんと教えてもらったわけじゃないし――」

「それは……その……ごめんなさい」

「もう、謝んなくっていいってば! なんだか、ヒスイがしょげているの見ると、変な気分になってくるんだからねっ!」


 エバの言葉に、ヒスイはくちびるを噛んだ。記憶を失う前までの自分とは、一体どのような自分だったのだろう? その自分と今の自分とが比較されているのは、なんだか腑に落ちなかった。

 記憶を取り戻したい。

 だけど同時に、かつての親友には今の自分を見て欲しかった。


「とにかく……街に着けば何かが分かるわ」

「――そうね。街っていうのは、どこにあるの?」

「この宮殿の麓にある街よ。泰日楼テイロスっていうの。あたしの故郷ふるさとよ。もちろん……ヒスイにとっても半分ぐらいは故郷だけど。そこにいけば、少しは何か思い出すかもしれないし」

「分かったわ。そこに向かいましょう」

「うん。だけど……」


 心細げな様子で、エバは周囲をぐるりと見渡した。二人のいる小部屋には、扉が一つしかない。先ほどボウから逃げてきた扉だ。


「また戻んないとダメかな? 強行突破……するしかない、ってこと?」


 エバの言葉に、ヒスイは答えなかった。部屋の薄暗さに、ヒスイは妙な既視感を覚えていたためだ。


(この部屋は……そうだ)


 先ほどボウと対峙した際に、ヒスイの脳内に流れ込んできたイメージが、こことそっくりだった。


「――ヒスイ?」

「エバ、少しこの当たりを探してみましょう。何かあるかもしれないから」

「うん……分かった」


 乗り気でない様子だったが、エバも家捜しを手伝う。


――……


 程なくして、目的の場所が見つかった。


「あっ、ヒスイ、見て!」


 エバが歓声を上げた。ヒスイが近づいてみると、木箱の下に、通路が隠されていた。


「行ってみましょう」

「うん!」


 警戒しながら、二人は並んで歩き出す。今歩いている通路こそ、ヒスイが克明にイメージしたものだった。


「このまま行けば、外に出られるわ」

「すごいよ、ヒスイ! さっすが! 勘が冴えてたんだね。……うんうん、わかるわかる!」


 エバはしきりに頷いて見せた。二人が歩く通路の脇には、水路も設けられていた。


「このまま川と繫がってるんだわ。うん、きっとそうよ。――ほら、見えてきた!」


 外から漏れる明かりを見て、エバが大はしゃぎで駆け出した。

 並んで駆け出そうとしたヒスイだったが、ふとある事実に気づいて背筋を凍りつかせる。


 今は夜なのだ。

 外はどうして、あそこまで明るいというのか?


「待って――うっ?!」


 異変を察知したヒスイが、銃把に手を伸ばす。その途端、新たなイメージがヒスイを襲った。――塀に囲まれた町の中を――炎が渦を巻いている――。


「ダメ! だめっ、エバ!」


 エバにやや遅れて、ヒスイも外へ飛び出した。目の前の光景が、今しがた見たイメージと重なった。丘の麓にある広大な街が、ヒスイたちの目の前で燃えていた。街全体が熱くたぎり、まるで、大地のかさぶたが剥がれたかのようだった。


「エバ、見ちゃダメ!」


 崩れ落ちているエバの側まで駆け寄ると、呆然としている彼女の目を、ヒスイは手で覆う。視界が暗くなったエバは、混乱のあまり悲鳴を上げた。


「エバ、大丈夫よ! しっかりして! 私はここにいるわ――」

「セフが、セフが……」

(セフ?)


 新しい人の名前だった。


「セフって誰、エバ?」

「あたしの……あたしたちの友達よ。でも……イヤだ! ヒスイ! どうしよう、どうしよう……」

「落ち着いて、エバ。落ち着くの……」


 一呼吸置いてから、ヒスイは付け足した。


「行きましょう、エバ。あの街へ」


 ヒスイの言葉に、エバはまじろいだ。


「そんな……、でも……」

「人の運命を変えるんでしょう、勇者は? だったら――だったらやってみせるわ。だってそれが勇者ってものでしょう、エバ? お願い、『そうだ』って言って」


 ヒスイの呼びかけで、エバの瞳に光が戻ってくる。


「まずはあなたの運命を変えさせてほしいの、エバ。私を……街まで連れて行って」

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