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竜の娘は生きている  作者: 囘囘靑
第一章:予章宮少女行
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003_魔法銃と失われた記憶

 心臓を鷲掴みにされたような気がして、少女は飛び起きた。


「痛いッ!」


 痛くなどはなかったのだが、そう言わずにはいられなかった。身じろぎした反動で、少女は床に転げ落ちる。心臓は高鳴っていたが、恐怖の原因が何だったのかについては、記憶の中から完全に飛んでしまっていた。


 頭を押さえながら、少女は立ち上がろうとする。床に手をついた瞬間、左手に何かが触れた。


――ヒスイ!


 何かに呼び止められた気がして、少女――ヒスイは、声を上げた。ヒスイは、左手の端に触れたものを見つめてみる。暗闇のせいで見えにくかったが、それは銃だった。


 もう一度銃に触れようとして、ヒスイの指が止まる。自分の名前と、落ちている銃。それ以外のことを、ヒスイは思い出すことができなかった。


 それでも、ヒスイは銃を手に取る。


――ヒスイ!


 自分の名前を呼ぶ声が、ヒスイの脳内に、ふたたび響いてくる。銃がみずからに共鳴しているのだと、ヒスイは悟った。ヒスイは、銃把を強く握ってみる。”予章宮”、”炎”、”戦い”。脳内に流れ込む影像(イメージ)が、より強く、より具体的になる。


 ヒスイは、銃把から手を引っ込める。さもなければ、影像(イメージ)の波に溺れてしまいそうだったからだ。


 それでも、分かったことが、いくつかある。ヒスイが倒れているのは、”予章宮”という建物の一角で、それも、自分の部屋だったところだ。


 ここを出よう。そう考え、ヒスイは銃をしまう。扉を開け放つと、ヒスイは廊下へ飛び出した。部屋よりも廊下のほうが蒸し暑い。下の階から、火の手が上がっているようだった。”火”の影像(イメージ)を、ヒスイは思い返す。


「だれか!」


 ヒスイは声を上げる。誰からの返事もない。


 曲がり角に差し掛かったヒスイは、そこで足を止める。廊下の壁に寄りかかるようにして、男が倒れている。


 ヒスイは近寄ると、その人に手を掛ける。男の上半身が、床に転がる。身なりからして、下男のようだった。


 男の表情は、眠るように穏やかだったが、背中は一直線に切り裂かれている。傷口の鋭さを見るうちに、ヒスイの全身に鳥肌が立った。男を(あや)めたのは、相当な剣術の使い手だろう。なにせ、周囲には、血しぶきさえ上がっていないのだから。


 ふとヒスイは、男の手の中に目を止めた。男の手の内には、鍵が握られていた。


 何かの役に立つかもしれない。男の指を開くと、ヒスイは鍵を手に取り、懐にしまった。


 側の階段から、ヒスイは降りる。



   ◇◇◇



 降りてすぐ、ヒスイは扉を見つけた。ヒスイは扉へと、慎重に近づく。男は、殺されてから時間が経っていないように見えた。すると、男を殺した者も、まだ近くにいる可能性がある。


 ヒスイは扉を開こうとしたが、前へ押せなかった。部屋の向こう側で、何かが引っ掛かっているようだった。全身を扉に乗せ、ヒスイは無理に扉を開こうとする。かろうじてできたすき間に、ヒスイは自分の体をすべり込ませる。


 部屋に入り込んだ瞬間、ヒスイは、なまぐさい血の臭いを嗅いだ。部屋の中央には、死体の山が折り重なっている。みな、紺色の制服を身にまとっていた。


 服の袖で口元を押さえ、ヒスイは臭いを我慢する。死体の山には、青い蝋のようなものがこびりついていた。よく見れば、死体の中には、完全に青い蝋に呑み込まれてしまっているものもある。


 そのとき、死体を覆っていた蝋の一部に、亀裂が走った。亀裂は大きくなっていき、ヒスイの目の前で、蝋はとうとう粉々になった。


 蝋の内側から、一匹の怪物が姿を現した。怪物の全身は黒く、腕には長い爪が映えている。目は黄色くぎらついており、顔は、口や鼻の穴が潰れていた。背中からは、背ビレのようなものがうごめいている。


 怪物が叫ぶ。叫び声は大きかったが、もの悲しい響きを帯びているように、ヒスイには感じられた。


 考えるより先に、ヒスイの身体が勝手に動く。ヒスイは、左手で銃を構えると、引き金を引く。銃声とともに、怪物の頭が半分に裂ける。


 その最中にも、銃からもたらされる影像(イメージ)がヒスイの脳内を侵食していた。兵士たちが、なすすべもなく、青い蝋に(じゅう)(りん)される影像(イメージ)だった。


 ヒスイは引き金を引く。銃声とともに、怪物のはらわたが、腕が、脚が、削り取られていく。


 怪物が(たお)れる。そのときには、ヒスイも限界だった。銃を取り落とすと、ヒスイは壁に手をつき、嘔吐した。何も食べていなかったのだろう。胃液だけが、床に滴った。


 咳き込みながら、ヒスイは銃をホルスターに収める。銃撃を前にして、怪物の身体は原型をとどめていなかった。


 蝋に亀裂が走る音が、部屋のあちこちから響き始めた。ヒスイの全身が総毛だつ。このままここにいたら、怪物に取り囲まれてしまうだろう。


「ヒスイ!」


 そのとき、脇にある通路から、だれかが飛び出してきた。

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