BLT!
1
川島和彦『会社出るのは~早くて六時…』
ゆりか☆『六時半でOK?』
川島和彦『んー、会議次第』
ゆりか☆『じゃ、会議おわりに電話してよ』
川島和彦『なんで、そんなに時間を気にするんだよ』
ゆりか☆『帰宅に料理のできあがり時間を合わせたいの』
川島和彦『えと、今日、なんかの記念日だっけ』
ゆりか☆『一緒においしい物を食べたいだけ。それと大事なお話』
川島和彦『気味悪いなあ。チャットじゃ無理なの?』
ゆりか☆『直接会って話したいの。ごちゃごちゃ言わずに電話よろ』
川島和彦『らじゃー、そうする。』
ゆりか☆『あとさ、お花屋さん寄って、ハイビスカス。食卓に飾りたい』
川島和彦『ん、わかった、メモっとく。いま、ゲームしてんの?』
ゆりか☆『うん、絶賛ログイン中!』
川島和彦『俺もあとで入ろう。キャラは?どこにいるの?』
ゆりか☆『女武道家ユーリカで、HOF』
川島和彦『待ってておくれ。調子どうよ』
ゆりか☆『なんか、重いよ…』
川島和彦『お?ちょい待ち、監視ツール立ち上げる』
ゆりか☆『なにそれ?いかつい名前』
川島和彦『ゲームの混み具合をエリアごとに表示するそふとうぇあ~』
ゆりか☆『うぇあ~』
川島和彦『うぇあうぇあ~っと…えっと、ユーリカ様がいるサーバは…なるほど』
ゆりか☆『わかった?』
川島和彦『あたた、踏み台にされてんな、ゲームサーバ』
ゆりか☆『脚立の代わり?』
川島和彦『そうそう、ロッカーの上に置いた機材を下ろそうとって、なんでや』
ゆりか☆『ねん!』
川島和彦『どっかの悪い人が、うちのサーバを経由してネットにアクセスしてんだ』
ゆりか☆『何のため?』
川島和彦『身分を隠すため。違法ダウンロードとかハッキングとか悪口とか』
ゆりか☆『あー、やばいとこに手を伸ばすための~、踏み台!』
川島和彦『正解』
ゆりか☆『なんともできないの?アクセスをはじくとか』
川島和彦『俺じゃ無理。稼働中のサーバはいじれない』
ゆりか☆『ディレクター様なのに…』
川島和彦『ディレクター様だから、いじる権限のある部下に指示は出せる』
ゆりか☆『指示出せー』
川島和彦『腕利きの部下様は午後四時出社予定』
ゆりか☆『ふみゅ』
川島和彦『それまでに状況を調べて、すぐ会議を開始可能にするのが俺のお役目』
ゆりか☆『がんばれ』
川島和彦『うい、んじゃ』
小津慎二『おつかれさまです』
川島和彦『おろ。噂をすれば!』
小津慎二『噂せんでください。えーと、例のバグ。打ち合わせは四時で大丈夫ですか?』
川島和彦『かまわんよ。なんか、新情報あるの?』
小津慎二『ええ、原因が特定できたかも知れないです』
川島和彦『さすが、腕利きプログラマ。じゃあ、四時に待ってる』
小津慎二『ういっす。では、のちほど』
川島和彦『シーユーレイター』
俺はチャットソフトを閉じた。
次にヘッドフォンを取り、液晶モニタから顔を上げた。
三十席ほどの机が並んだフロアだが、スタッフはまばらにしか見当たらない。
静かだ。
机上のヘッドフォンからネットラジオの音が薄く響いているほどに。
休日午前中の弱小オンラインゲーム会社なんてこんなものだ。
今日のメンバーは、ユーザーサポート係の学生バイトであるチイちゃんと、手が遅くて休みを返上するはめになった新人デザイナー、そして、不具合報告への修正対応に出てきたディレクター兼メインプランナー兼データメイカーの俺のみ。
俺の席はフロア全体を見渡せる場所にある。上座といえば聞こえはいいが、エレベーターホールからも、トイレからも、コーヒーサーバーのある炊事場からも遠い。
おまけに窓を背にしているので、夏は暑く、冬は寒いという特等席だ。
コーヒー一杯取りに行くにも、フロア縦断の遠征に出かけなきゃならない。寄り道なしで往復三分程の壮大な旅だ。旅の途中でスタッフを冷やかすから、実際にはその三倍の時間はかかってしまう。
おそらく金曜の夜に淹れられたのだろう。
じっくりことこと煮詰まったコーヒーを片手に、今日も旅から戻ってきた。
そしてチイちゃんの隣に座った。
「おつかれー」
「おつかれさまです」
「チュートリアルの不具合は、あれから報告あった?」
「メールは、前回のアップデートから四日間で四通ですね」
「意外と少ないな。とりあえず、見せて」
「はい」
ゲーム開始直後、チュートリアルのエリアに魔物が現れて襲われる、という不具合が頻発している。チイちゃんの休日出勤もそのせいだ。
俺は立ち上がり、彼女のモニタを覗き込み、報告という名の苦情メールを読んだ。
どれも同じ症状だ。
どのメールにも「二度とやるか。バカ」という宣言と罵倒が表現の差はあれど含まれている。
ゲーム開始直後のキャラクターは、装備も能力も貧弱だ。
その上、ユーザーは操作に慣れていない。最弱な魔物相手にすら、勝てる見込みはない。
そりゃ腹が立つよな。
俺がユーザーだったら、報告メールも出さずに別のゲームを立ち上げるよ。
四通のメールは、実質、軽く四十通分のクレームに相当すると思っていいだろう。
「ちなみに、電海への同内容の投稿は、四日間で百二十五になります。」
「うっ、それきついな、泣きて~」
電海、正式名称[電海DSS(Decision Support System:意志決定支援システム)]。
うちの会社のドル箱ソフトだ。
開発費も運営費もギャンブルなオンラインゲームを続けられるのは、こいつが稼いでくれているおかげ。俺は親しみを込めて、電海さんと呼んでいる。質問や相談を入力すると、電子の海から知識と情報を集めてきて、最適解を生成、もしくは、選択肢を提示してくれる優れ物だ。
検索エンジン、人工知能、シミュレーション手法、その他もろもろを詰め込んだ特許の塊。企業やら大学やら政治家の事務所やらで活躍している。わかりやすくいえば、お偉い方々のブレーンソフトだな。
電海さんのインターフェースは、我らがゲーム内にも搭載されている。
こっちはこっちで、一応、会社の看板ビジネスなんでね。社内コラボってわけだ。
プレイヤーは自由に質問、相談、調べ事、罵倒、いたずら、愚痴を投稿可能だ。
みんな、適当な質問をしては結構遊んでいるし、そこそこ好評。欲をいえば、そのお力でユーザーサポートがちょっとでも楽になればいいんだが。
「ちなみに、電海さんはなんて答えている?」
「えーと。[それはバグです。開発担当に報告するのが最善策です]ですね」
「確かに、最適解だな。もうちょっと、哲学的なセリフを返せば格好いいんだが」
「設定次第では、禅問答だってしますよ。えーと…」
チイちゃんが電海さんの設定画面を立ち上げる。
「哲学モードだと[その理不尽こそチュートリアルである。これはゲームのチュートリアルであり、チュートリアルというゲームだ。嘆くより、それから何を学ぶかを見つけることこそ大切である]。禅モードだと[魔物が出るフィールドにフタをしたのか。魔物が出ないフィールドに出していたのかを確認するのが最初の一歩]。えーと、それから…」
「もういいや」
「モードは色々ありますけど、どれもクレームが増えそうだから使いません」
賢明だ。電海さんもそう答えるだろう。
「それにしても、いやなバグですよね」
「ん?」
「初心者がやめちゃうのは痛いでしょう」
「ああ」
アルバイトの立場でユーザーが逃げるのを憂いてくれるとは…
なんてタイトルへの愛が溢れている子だろうか。俺は目頭が熱くなってしまった。
「前にいいましたよね?私、BLTが好きで、このバイトを選んだんです」
BLTとは、このゲームソフトの略称だ。
正式名称は【バトル・ランド・テラ】(Battle Land Terra)。
名付け親も、ゲームの中身、つまり世界観やゲームシステム、モンスターの設定、キャラクターのセリフやアイテムの説明文に至るまで、俺がベースを作った。
日本史好きな社長を説き伏せて、ファンタジー世界観を通すのは一苦労だったが、おおむね思い通りのイメージを具現化できたオンラインRPGだ。
三年以上絶え間なく、スタッフと作品世界を育ててきた、俺の代表作であり、夢と愛と汗の結晶。我が子のごとく愛している。
その手塩にかけた作品に感動したユーザーが、同僚として肩を並べるようになる。
クリエイター冥利に尽きるとはこのことよ。
「私が大好きな世界、これからもよろしくお願いしますね」
チイちゃんはニコッと笑って軽く頭を下げ、仕事に戻った。
肩越しに見たモニターの様子では、休日出勤の割増バイト料をもらいながら、会社でBLTのプレイを始めたように見えたが…何、大目に見るさ。愛すべきユーザー上がりのスタッフだ。
俺は少しぬるくなったコーヒーを手に席まで戻った。
深呼吸を一つ。プログラマの小津君が出勤してくるまでの作業予定を立てることにした。
まだ、午前十一時前だ。一時まで新規キャラクターを作ってはチュートリアルまでのプレイを繰り返し、不具合が再現するかを確認。ランチはコンビニで調達して、三時までさらに繰り返しプレイ。そこから一時間で会議書類をまとめる。
タイムスケジュールはそんなとこか。
今日、問題の症状が出なくても、小津君が無駄足を踏まないようにできりゃいい。
「よし!」
小さく気合いを入れて、俺はBLTを起動した。
まずは新規キャラクターの作成だ。
キャラクターネームはどうしよう。仕事でのプレイじゃ、やる気のない名前を付ける開発者が多い。[テスト000]とか、[ああああああ]なんてね。
連続で何キャラも作る都合上、そうなるのはわかるけどさ。サービス中のゲームに入る時はちょっと考えて欲しいよな。一般のユーザーが適当な名前のキャラを見かけたら興ざめだろう。
俺はキャラクターネームを付ける時、テーマを決めることにしている。
今日はミュージシャンシリーズで行こう。
そうだな、さっき、ネットラジオで流れていたアーティストから拝借するか。
■キャラクターネーム:コバーン
性別:男
職業:剣士
丸顔、短くて黒い髪、太い眉、丸い目、小柄…最後は声か。プレイヤー用キャラクターにお願いした声優さんで、もっともギャラが高かった、少年ヒーロー向けの大御所で決定だね。
さて、いかにもRPGの主人公っぽい少年キャラクターに仕上がった。
すべての準備は完了。では、ENTERキー入力!
え?
?
!あれ?
やべっ?
ゲームが始まると同時に、全身が揺れた。
地震か?
いや、違う。
熱い、寒い、震える、砕ける。
俺、どうなったんだ?
目の前が真っ赤になった。すぐに真っ暗になった。
全身が重い、いや、身体の感覚が消えていく?
意識がクリアになる、いや、遠くなる?
その両方が同時に起こっている。
すべてが、薄くなりながら濃くなっていく?
悲鳴が聞こえる?…俺が叫んでるのか。
なんで?身体がないのに声を出せる…いや、身体は、ある。
…喉も口も動かない…
ああ、心が叫びたいのか……何を?
つまり、どうなったんだ?
?
!
あ…
2
「ごぎゅごぎゅ」
不気味な、泥の中を長靴で歩くような音が近づいてくる。
「ごぎゅぎゅごぎゅ」
これは確か、人喰いカエル、フロッギーの鳴き声だ。体長は一メートル、ワニガメのように鋭くてバカでかい口を持ち、獲物を食いちぎる。ゲーム序盤の難敵だ。
「ごぎゅごぎゅ、ごぎゅごぎゅ」
逃げたいのだが、身体がいうことを利かない。
金縛りにあったようだ。指先も動かせず、まぶたも開かない。
「ごぎゅごぎゅ、ごぎゅごぎゅ、ごぎゅごぎゅ」
背筋がゾゾゾっとする。生理的に不快感をもたらす響きは、どんどん大きくなる。
「ごぎゅごぎゅごぎゅごぎゅおぎゅ…ぎゅ…」
すぐそばで、音が止んだ。
同時に、やっと目が開いた。
視界一面に赤黒く湿った肉色の幕が見えた。
それが何かを理解する間もなく、肉色の幕は縦に二つに裂けて、真っ赤な光の粒をまき散らしながら消えていった。
「若いの。災難だったな」
消えゆく光の粒の向こうから、老年の男性が顔を突き出し、声をかけてきた。
真四角のいかつい顔に白髪、風貌に似合った、しゃがれ気味の低音だ。
「どうした。魂が抜けたか?なんかいってみろ」
俺が声を出せないでいると、しゃがみ込んで、頬をペチペチと叩いてくる。
うん?どこかで見覚えのある顔。誰だっけか…
指先に意識を持っていく。どうやら動くようだ。
口を開ける、声を出そうとしたが、喉に力が入らず、呼気しか出ない。
「ひきつけを起こしたのか?坊や…あせるな。ゆっくり、深く、息をしろ。」
男の指示に従い、何度か深呼吸を繰り返した。
「下腹に力を入れて、一気に吐き出せ!」
いきなり、背中を叩かれた。
「あーっ」
あれ?俺の声、こんなに細かったか?高かったか?
「もう、大丈夫だ。これを呑んでおけ」
何かを口に放り込まれた。大きめのあめ玉程度の大きさだ。それは口中で一気に小さくなり、喉を滑り落ちるように腹に収まった。
次の瞬間、ヘソの辺りから全身へパワーがみなぎってきた。
「わお!」
なんじゃ、こりゃ!
「効いたな。もう、話せるだろう」
「あ、あの、ここは?」
やはり、高音だ。まるで、子どもの声だ。
「ここは【始まりの地】。BLTに足を踏み入れた新米冒険者が必ず通る場所だ」
そうか、思い出した。
この男は、チュートリアル教官のルーゴア。俺が作ったキャラクターだ。
黒くて長いコート、白髪、右手に提げた青龍刀、鋭い目つき、想像の男がゲームに出るままの姿で俺の前に立っている。
「ルーゴア…か?」
「ほう、新米がわしを呼び捨てとはな。礼儀知らずな坊主だ。いかにも、わしがルーゴアだ。この世界の全冒険者のマスター。坊やは三万五千二百五人めの門下生ってことになる」
俺は地面に手をついて、上体を起こそうとした。
立ち上がろうとするが、バランスが取りづらい。三半規管がちゃんと働かない感じだ。
「若いの。立てるな。よし。じゃあ、わしの家まで付いてこい」
ルーゴアはゆっくりと大股に歩き出した。子ども体型の俺とは身長差が三十センチはある。おまけに歩き慣れてないというか、足下がおぼつかない。離れないようにするだけで精一杯だ。
「ちょっと、待って」
「甘えるな」
ルーゴアは立ち止まり、こちらを振り返った。
「ん?あんた、もしかして」
俺の顔をまじまじと見つめてやがる。なんか、ついてんのかよ。
「…まあいい。歩くのも訓練だ。そのうち慣れる。見失うなよ」
それから、二キロほど歩いただろうか。
途中、二度、フロッギーが現れたものの、ルーゴアが剣を一閃して追い払ってくれた。
目的地に辿り着いた頃には、歩き方のコツもわかってきた。
足の裏全体で地面を踏んづけないと不安定なようだ。土踏まずがないからかね。
柵で囲まれた広い敷地の中央に、こぢんまりとしたログハウス風の小屋が建っていた。
柵の中には、剣や槍、宝箱、木製の魔物や剣士の模型など、様々な戦闘訓練用のアイテムが設置してある。かつて、俺がデザイナーに指示を出した通りの配置と大きさだ。
そして、そこに立つ老練の鬼教官ルーゴア。
俺のイメージがすべて等身大で再現されている。感動で目が潤んできた。
「遠慮するな。そこに突っ立ってられても、邪魔なだけだ」
ルーゴアは玄関のドアを大きく開けて、立ちすくんでいる俺に、家へ入るように促した。
口調が強めなのは、怖じ気づいているとでも思ったのだろう。
まさか、猛烈に感動しているからとは思わないよな。
俺は、促されるまま、小さな木製テーブルについた。
「わしは訓練の準備をしてくる。声をかけるまで休んでいろ。逃げるなよ」
そう凄みを放ちながら言い残し、教官は外へ出ていった。
俺は、部屋の中を見回した。
飾り気のない、しかし、年季の入った良い味の家具が並んでいる。
そうか、ルーゴアはアンティーク家具と革製品が趣味だったな。
かつては殺風景な部屋に住んでいたが、冒険者を引退し、後進の育成に身を捧げると決めてからは、優しい風合いの物を身のまわりに揃えることにした…という設定だったはずだ。
落ち着いたからか。やっと、まともな感情が湧いてきた。
悩みモードへ突入だ。
なんで俺、ゲームの中にいるんだよ。
でも、しかし、だからって、どうすりゃいいものか。行くあてがあるのか。どこに行ってもゲーム世界だろう。弱っちい少年キャラが出歩いても魔物の餌食になるだけだ。
相談する?ルーゴアに?
いや、彼に訊いてどうなる?ただのゲームキャラだ。
人間くさく見えても役割をこなしているだけじゃないか…参ったなあ。
「おい、こっちへ来い」
開きっぱなしのドアから、しゃがれ声が聞こえてきた。
「どうした。聞こえないのか」
声を荒げて、こちらへやってきた。
「立てよ。びびるな」
びびっているわけじゃない。悩みモードから気持ちが切り替わってないだけだ。
「おらっ」
首根っこをつかまれた。
「いや、あう、ああ。ル、ルーゴア。ちょっと、待ってくれ」
「ああっ?」
露骨ににらみ付けられた。
悪いことしてないよ、俺は。
ビギナーユーザーにそんな顔で接するなよ。オンラインゲームだって客商売なんだぜ。
「ほれ」
「あいたっ!」
いきなり、手を離されたので床に尻餅をついてしまった。
「…ちょっと!」
そう強くつぶやいたルーゴアは、再び俺の首根っこをつかんだ。
「ほら、ちょっと、待ってやったぞ!外へ出ろ!」
おっさん、どこの不良だ。引っ張るな、いってーな。
この暴力教官、親の顔が見たいもんだ。
そう、心で叫びつつ、口では、あ行の擬音を連発しつつ、俺は外へと運び出された。
たった小一時間だったが、凄まじい密度だった。
もう死ぬと思った回数は数え切れない。なにしろ、実際に魔物を呼び出し、戦闘をさせて、俺が死にそうになったらルーゴアが助けに入るという教育スタイルなのだ。
魔物を目の前にして、ルーゴアの指示を聞き、体さばきや武器の扱い方を学んでいく。
ビギナーの体力でだ。無茶もいいとこ。
でも、実は…こういう教育方針にしたのは誰かといえば、俺なんだよな…
飽きずに面白くチュートリアルをこなせると思ったから、こうしたのだが。
ああもう、あの頃の俺の馬鹿野郎。
カリキュラムが終わり、部屋に戻ってきた。
俺はピヨピヨとよろめく足取りで椅子に座った。
ルーゴアが、目の前に小さな青い玉を置いてくれた。
「それは出会った時に、あんたに呑ませたのと同じものだ。ブルービーンズ、魔法で精製された丸薬さ。体力を最大限に回復してくれる」
ああ、よ~く知っているぜ。
「こいつは鉄よりも固い。凄まじいパワーを圧縮してあるからな。しかし、体内に入るとすぐに溶けて効果を現す。よくできた代物だ。さあ、呑め。ヘトヘトだろ!」
俺は残った力を振り絞って、右手を伸ばし、青い玉をつかんだ。
呑み込むや否や、一気に体力が回復する。はっきりいって、快感だ。たまらん。
「わお」
声に出ちまう。
「体力回復以外にも、魔力回復のレッドビーンズ、巨大化のイエロービーンズ、透明化のピンクビーンズ、速度向上のグリーンビーンズとかな、色々な種類がある。見つけたら、種類がわからなくても持てるだけ持ち歩くといい。何のビーンズかは、町やダンジョンで鑑定人を見つけて訊くのがいいだろう」
ビーンズの色と効果の組み合わせなんか、基本的な物しか覚えちゃいない。
考えたのは三年も前だし、特殊な物はそうそう手に入らないし、なくても進められるし。
「さて、と、お約束はここまでだ」
鬼教官は俺の向かい側に腰掛けた。
にらみ付けてやがる。小学生なら、十人中九人は泣き出す目つきだ。
「この後、いくつかのビーンズとしょぼい武器を渡して追い出すのが、本来のパターンなんだが…あんたとは少し話をしたい」
「え?」
「コバーン。この世界の創造主ともあろうお方が、なぜ、ひよっこの姿をしてるんだ?」
わかっていたのか。
「人が悪い。いつから、気づいてた」
「最初からだ。新人冒険者の能力を見て、特性に合った育て方をするのが、わしの役割だ。そいつの得意技や性格、隠している特長まで感じることができる」
「透視能力か?ルーゴアがそんな力を持ってたっけ?」
「そんなんじゃない。そこまでの情報を得る権限を持っているってことだ。思い出せよ」
もしかして、プレイヤーがユーザー登録時に入力するあれか。確かに、認証情報やアンケートの内容を、ルーゴアのセリフ分岐に影響させた記憶がある。
「ルーゴア。俺はなんでゲームの中に入っちまったんだろう?」
「おや。わざとやってるんじゃないのか。すると、ここにいるのは事故…か?」
「う、うん。そうだ。俺はどうすりゃいいんだ?」
「ふむ。そうだな…答えはシンプルだ。いいか。元へ戻れるかわからない。この世界で過ごさねばならない。今のあんたは弱っちい。そこから、導き出される結論はひとつ!」
「うん」
「きっちり鍛えてレベルアップして、なんとしてでも生き延び、世界を旅して、出口を探すことじゃないか?」
ああ、正論だな。役に立つが、きつい。くだらないが、反論のしようがない。
そうだよ、そういう物言いのキャラクターだよ、あんたは。
「今日は、話ができて光栄だった。お礼に特別サービスだ。最初の村までお供しよう」
ルーゴアはさっと立ち上がり、扉へ向かった。
「そうだ。コバーン、壁にかかっている剣や槍から、好きな物を持っていっていいぞ」
和洋大小、様々な武器がある中、俺はシンプルな日本刀をチョイスした。
シンプルかつ機能的で美しい。こういう武器が好きだ。
ゲーム内での価値は、ゴテゴテと飾りが付いた巨大な剣の方が上だが、好みじゃない。
商売上、実装はしているけどさ。あれは悪趣味だと思うよ。
好き嫌いは別にしても、そもそも今の俺は、豪華な武器を装備できるレベルじゃないがね。
村への道すがら、ルーゴアから色々な話を聞いた。
四日前にチュートリアル付近の結界が壊れてから、魔物が出るようになったそうだ。
「あれがその残骸だ」
ルーゴアの指す方には、地面に描かれた魔方陣らしき模様と斜めに傾いた石碑があった。
魔方陣をよく見ると、半分はかすれて消えている。
「結界が壊れた理由?知らんな」
「うわっ!」
いきなり、まぶしい光が差してきた。
ルーゴアは、まるでハエでも追い払うかのように、舌打ちしながら剣を振るう。
硬い紙を丸めるような音を立てて、銀色のコウモリが落下した。
片方の羽をなくし、悶絶している。
「ミラーバットだ。光を反射して、目つぶしを仕掛けてくる。こいつの羽は魔法をはね返す。無闇に攻撃魔法を撃ったら命取りになるぞ。覚えておけ」
親切にありがとう、ただ、覚える必要はない。俺が考えたんだから。
その後も、魔物はちょくちょく出現した。
長い牙のカエル魔物ファンギーや巨大甲虫マンセクトなど、初心者には難敵ばかりだ。
ルーゴアがやっつけてくれるとはいえ、出現してくるたびに話は中断されるし、たまに攻撃が当たって痛いし、気分のいい存在じゃない。
ただ、嫌なことばかりでもなくて。
「こいつらが落とした金やアイテムはやるよ。取っておけ」
ルーゴアの恩情で、控えめに剣を出すだけの身にしては、結構稼がせてもらった。
村の入口で、教練タイムは終わった。
「ここまでだな。わしはいつでもここにいる。そのうち訪ねて来てくれ」
「ありがとう。ところでさ、ちょっと聞いてもいいかな」
「ああ、なんでも」
「やたらと喋ってたけどさ。あんたに、こんなたくさんセリフを書いた覚えはないぜ」
「テキストの量なんて問題じゃない。わしらキャラクターってのは、作り手のイメージさえ鮮やかなら、データ量に関係なく、はっきりくっきりと存在しちまうんだ。シナリオを書いていて、興が乗ってくるとガンガン筆が進むだろう?ああなった時には、キャラクターは文字になった以上のことを考え、行動していると思え」
「なるほど」
「コバーン、あんたには感謝しとるぞ。家具や武器集めに、やりがいのある仕事。若造を育てる根性と技術。退屈せず暮らすには、十分なものを備えてもらったからな」
「改めて言われると照れるな。まあ、これからも、ひよっこ達の面倒を頼むよ」
「当然だ。ではな、創造主にして教え子よ」
そういや、ルーゴアってのは、高校時代の体育教師をモデルにしたんだっけ。
そりゃ、頭が上がらないわけだ。苦手だったもん。
とにかく、チュートリアルを終えた俺は、BLT剣士としての第一歩を踏み出した。
3
村の入口に立っていた少女が、微笑んで挨拶をしてくれた。
「ようこそ、フィリス村へ」
「やあ」
俺はにっこりと微笑み返した。
すると、彼女もさらに顔をくしゃくしゃにして笑顔を返す。
「ようこそ、いらっしゃいました」
「ああ」
「ここはフィリス村です」
「う、うん」
そうか。村の入口に立っている少女なんて「挨拶がてらに地名を告げる感じのいい子」くらいのキャラクター作りしかしてなかったな。
「じゃあな」
「はい、ここはフィリス村ですからね」
素敵な笑顔はイメージ通りだったが、もう少し、キャラを練りこんでおけばよかった。
俺は、まず、村の中心にある酒場へ向かった。
この村では、酒場が役場と宿屋と道具屋を兼ねている。
冒険の用意も、旅の仲間を探すのも、飲んだくれて誰かにからむのも、ふて寝すらも、全部ひとつところで済むって寸法だ。
【ホワイトハート酒場】と彫られた、でかい一枚板の看板の真下、両開きの木戸を押すと、人々の話声と音楽が押し寄せてきた。
小さな体育館ほどもある店内に、ゆったりと木製の丸テーブルが並び、その中央に上下階へと続くらせん階段が伸びている。突き当りには店の幅一杯にカウンターが設えられている。
俺が奥へ進むと、すれ違いざまに誰もが愛想をくれた。鋭い目つきでにらんでくるおっさんや、笑顔をくれる露出度の高いウエイトレス、声をかけてくる飲んだくれ。
無視されるよりはありがたいが、全員が威圧的に見えて仕方ない。
現実世界での俺は百八十センチ以上あるから、見下ろされるのに慣れてないんだよ。
微妙におどおどしながら店を縦断して、カウンターのストゥールに座った。
「ウイスキー、ダブル」
「はい」
見た目がガキだからって、差別はされなかった。
グラスはすぐに出てきた。味は、俺が家でよく飲む国産の安酒と同じだ。
残念ながら、これが味に関する想像力の限界ってわけか。高い酒を飲んどけばよかった。
一息ついて、店を見まわしてみた。
テーブルは半分ほど埋まっているが、出来合いのキャラクターだらけだ。
本物のプレイヤーはどこにも見あたらない。俺しかいないのか…
「あーっ!」
高くて、伸びのある女性の声、いわゆるアニメ風ボイスが店内に響いた。
さっき、俺が通過した木戸をバタバタと揺らして、真っ赤なマントの女が走り込んでくる。
魔術士のみが手にできる先っぽが[?]型の杖を振り回してだ。危ないなあ、床にテーブルにイスにガンガン当たりまくっているぞ。
髪はピンクで丸顔で、胸がボッカン、くびれがキュ、ヒップがドン、マントの中はへそ出しルック、声だけでなく見た目もジャパニーズアニメまんまだ。
女は俺の方へ一直線に走ってきた。
「キミ、キミさ。普通の人じゃない?」
座っている俺を真下に見下ろす位置で立ち止まり、息をハアハアと切らせている。
うん、ちょっと色っぽいかも。
「やっぱ、そうだよね。普通の人だよね。この村さあ、まともに会話できる奴がいないのよ!ゲームしてたら、いきなりこんなとこに来ちゃって。もう三日以上、泣いたり、怒ったり、村から出て魔物に襲われたりしてるんだから!こんな可愛い娘が助けを求めてるのに、ここの男どもはつれないったらないの。んで、気づいたの。ここはゲームの中の世界で、こいつら全員ゲームキャラだって。ダメ、使い物にならない!キミを見て、ほら初めて見る顔だから、他の連中とは違うだろうと思って。近寄ってみたら、やっぱり、プレイヤーさんみたいじゃない。つか、そうでしょ?だから、私の悩みもわかると思って。だいたい、ゆっくりお酒を飲んでるくらいだから余裕あるわけじゃん。これは頼りになる、きっと。ガキだけど。元の世界への帰り方を知ってるはずだと気づいたの。いや、気づいたのは今よ。さっき、見つけたばかりだもの。それでさ。帰り方知ってるんだよね。知ってるんでしょ、いいなさいよ。隠してもわかるんだから。もう!何、ポカーンとしてんのよ。ああ、もうじれったい。じゃあね、じゃあ二択でいくわ。帰り方、キミは知ってるの?知らないの?どっちよ?」
「あ?ああ?」
「どっちよ!知ってるの!知らないの?イエース、オア、ノー!」
「ノ、ノー…」
「あー、もー、あー、もー、あー、バカ!役立たずっ。てゆーか、よく見たら、超低レベルの装備じゃない、ゲームを始めたばっかよね、その服。武器だって、しょぼい刀だし。私の方がまーだ経験値が高そうじゃない?ごめんね、ごめん。キミなんかに話しかけた私がバカでした。愚かでした。他を探すわ。じゃあ、また、縁があったら会いましょう。ばいばい!」
俺は目も口も開きっぱなしになった。
女は来た時と同様の猛スピードで走り去った。
混乱するのはわかるが、ちょっと度が過ぎている。
ただ、おかげで俺以外にもプレイヤーがいるってことはわかった。
…ってことはだ。彼女もいるかも。今朝のチャットではHOFにいるといっていたし。うーん、でもな、こっからじゃ遠い。それに、難易度も高い。俺のレベルじゃ、まだまだ近寄れない。だが、他にあてもないし…
「よし、冒険だ」
つい、口をついて出た言葉にバーテンダーが反応した。
「はい?」
「あ、いや。えーと、チェイサーをもらえるかな」
「はい」
ウイスキーの残りと冷たい水を立て続けに飲み干して、決意に勢いがついた。
HOF、正式名称ホールオブフェーム(Hole Of Fame:名声の穴)。
豪勢なアイテムと強敵が詰まっている、難易度五つ星のダンジョンだ。ゲーム世界での有名人になり、プレイヤーの殿堂入り(Hall of Fame)がしたければ、ここに潜るのが近道。
もちろん、ひよっこレベルの今の俺にとっては、今日初めてプールで泳いだ子が、いきなりオリンピックを目指すようなもんだが。
でも、まあ、やるしかあるまい。他に道はない。
厳しい冒険には欠かせない、頼りになる仲間を調達するため、俺はらせん階段に向かった。
酒場の地下には、冒険に出るプレイヤーに便宜を図るための施設が並んでいる。
銀行、倉庫、ビーンズを扱う薬局に、武器と防具の店、そして俺が目指す傭兵あっせん所だ。
「いらっしゃいませ」
八頭身でショートカットの清楚な美女が出迎えてくれた。
この子は小津君の好みだった。あいつ、今頃どうしているやら。
「こちらのご利用は初めてですか?」
「いや、別アカウントで使ったことがある。その時にお願いした傭兵を呼びたいんだ」
「かしこまりました。では、こちらにお客様のお名前と傭兵の名前、それから合言葉をご記入ください」
傭兵あっせん所は、コンピュータキャラクターを仲間に冒険するための仕様だ。
まず、いくらかのお金を払って傭兵を作る。こいつは戦闘をするたびに、プレイヤーキャラクターと同様に成長し、強くなっていく。また、キャラクター名と合言葉を知っているプレイヤーなら、誰もがこの傭兵を雇える。
それぞれが育てた自慢のキャラクターを貸し借りしたり、数人で一人の傭兵を育てたり、ガンガン育ててくれと合言葉をネットで公表したり、このシステムを利用している者は多い。
それなりにヒットしたシステムだ。しかし、この仕様、作っておいてよかった。こんな状況で使う日が来るとは、思いもしなかったが。
俺は申請書に必要な情報を書き込んだ。
■依頼主:コバーン
■傭兵:ビリントン
●合言葉:KAWA111
このビリントンは、稼働中の環境に残した、唯一の開発者用プロトタイプ傭兵だ。
他の傭兵と違い、レベルの概念がなく、組んだプレイヤーの力に応じた性能になる。
要するに、相棒として最高の相性とバランスになるコンピュータキャラクターだ。
「ご記入内容はすべて確認いたしました。傭兵には連絡をいたしました。明日の朝には酒場へ到着する予定です。ご利用ありがとうございました」
俺はもう一杯ひっかけてから、酒場を出た。
西の空が赤く染まっていた。
酔い覚ましに少し歩きたくなったので、村の奥にある丘へ向かった。
空は赤さから、だいたい夜六時だとわかる。
このあかね空は、これから二十分毎に四段階で暗くなっていく。
そういうシステムになっている。
ここでは、朝も夜もデジタルに訪れる。
物思いにふけるための材料はいくらでもあったが、疲れが勝ったのだろう。
膝を抱えて座ったまま、目を閉じてしまった。
まぶたを開けた時には、すっかり夜。空には無数の星が輝いていた。
見た目重視の春夏秋冬を無視した星座群を見やりながら、酒場へ戻った。
もう一杯だけ飲んで寝ちまおう。
まぶしさと暖かさで目覚めてしまった。
夜明けと同時に寝ることはあっても、起きることなど滅多になかったのに。
部屋の窓にカーテンがなく、太陽が昇ると日差しが顔を直撃してくるせいだ。
俺は欠伸を一つして、目を開けた。
ベッドに仰向けになったまま、両腕を直角に上げて伸びをする。
見慣れない天井の下、シワ一つない小さな手が見える。軽くグーパーしてみる。
目が覚めても夢じゃありませんでした、ということか。
そうとなったら、腹を決めよう。
今日中に村を立って次を目指そう。愛しの女武道家ユーリカに会うために。
身支度をととのえて、階下へと降りてみた。
朝の酒場はさすがに閑散としている。朝飯の客がぽつぽつといるだけだ。
そんな中、一際目立つ客が二組いた。
一つは大声で騒いでいる冒険者三人組、おそらく明け方に戦闘から戻って来たのだろう。テーブルには大量の空きグラスと食器が重ねられている。
もう一つは、ブロンドの長髪が美しい、がっちりとした体格の剣士だ。
こちらは背筋をすっと伸ばし、ロンググラスに注がれた琥珀色の液体を口にしている。
俺は剣士の方へ近づいていった。
「ビリントン!」
名前を呼ぶと剣士は立ち上がって、右手を差し出してきた。
「おひさ!しっかし、こりゃまた、可愛くなっちまったなぁ」
俺の姿に驚いたようだった。
逆に俺から見た彼は、モニター越しより、かなりガッチリ系に見える。
「近くだと、思ってたよりでかく見えるな」
「いや、本当にでかくなったんだよ。この前のアップデートでさ。デザイナーがさくっとやってくれた。顔つきも少し変わったろ?結構、気に入ってるんだ」
そういわれてみると、鼻が少し高く、髪が長く、あごががっしりとしたようだ。眠たそうなほど細くクールな瞳と、皮肉げに口元をゆがめる笑みは前のままだが。
挨拶もそこそこに、テーブルに向かい合って座った。
ウエイトレスが来たので、彼と同じ物を注文。色からしてブランデーティーだろう。
「なんで、そんな姿してるんだか。少年好きなお姉様でも引っかけようって魂胆か?」
凄みのある顔と体格で、軽口を連発する傭兵へ、俺はこれまでの経緯を説明した。
「色々と災難だったなあ。でも、これからは剣と魔法と戦いの日々が日常だ。こうなった以上、早く慣れちまった方が楽だぜ。それに、こっちに愛しの君がいるかも知れないんだろ。女のために馬鹿をするのは男の基本。冒険の旅路、どこまでも付き合うぜ」
そういって、グラスを掲げてくれた。
俺もグラスを手にした……うわっ、朝からキツイの飲んでやがるなぁ。ブランデーティーというより、香り付けに紅茶を垂らしたブランデーじゃないか。
アルコールに負けてむせていると、後ろから聞き覚えのある声が響いてきた。
振り向くと、あの騒々しい女魔術士と、酒盛り中の冒険者三人組が口論になっている。
あの手の連中にあの調子でつっかかっていけば、揉めるに決まっている。
酒が入ったむさい男に、露出度が高い女性ってのは、悪い意味で相性良すぎなんだから。
あきれて見ていると、最も大きな男が立ち上がった。拳をあげた。
「うきゃあぁぁあ!」
甲高い女の悲鳴に続いて、イスと机がガラガラガッシャンという音を奏でた
ビリントンが、一気に間合いを詰めて筋肉男をぶっ飛ばしたのだ。
さらに、背後で立ち上がったもう一人に振り向きざまに頭突きを喰らわし、剣を手にかかってきた三人目を跳びヒザ蹴りからの払い腰で床に叩きつけた。
「きゃあぁぁあ!」
歓喜の悲鳴を上げて、女がビリントンに抱きつく。
ああ、もう、何が起こってもうるさい奴だな。
それにしてもビリントンの動きは見事だった。人気も凄い。ギャラリーからは拍手喝采、魔術士が抱きついた時には女性陣からブーイングまで起こっていた。
俺が、キャラクター設定書に書いた通りだ。
♪見た目はクールな英国紳士、口を開けば軽口ばかり、
素手のケンカじゃプロレスラー並み、剣を持ったら騎士団長並み、
酒と女にゃ目はないが、主人と認めた相手には
命がけで忠誠尽くす。それが傭兵ビリントン~♪
…と冒険者の間で歌われる、誰もが憧れる男の中の男
まあ、そういうキャラクターだ。
人気者が席へと戻ってきた。余計なことに女魔術士を連れている。
それにしてもこの女、なんでニヤニヤしているんだろう。
ビリントンが何かお世辞をいったのか。いったんだろうな、きっと。
「コバーン。彼女も一緒に冒険することになったぜ。よろしく」
「ちょっ。何、勝手に決めてるんだよ。ちょ、ちょっとこっち来い」
俺は今にも突っかかってきそうなマント女を手で制して、ビリントンにささやいた。
「あんな、うるさくて、低レベルな奴。なんで誘うんだよ?」
「理由なんて単純さ。俺もあんたも剣士じゃないか。魔術士なしで冒険なんざ、素手で銀行強盗するより無茶だぜ」
「魔術士が必要なら、あんたみたいな傭兵を雇えばいいだろ?」
「忘れたのか?俺以外の傭兵は、能力に限界があるんだぜ。傭兵魔術士なんざ、覚える術は基本の数種類のみ、使える回数も少ない。そんな奴、中盤以降は魔物の餌もいいとこだ」
「うーん」
「魔術士で、プレイヤーで、女で、露出度が高い。それだけでも合格ってことにしとけ。ざっと酒場を見渡しても口説けそうな魔術士は他にいないだろ?」
ビリントンのいう通りだ。プレイヤー自体をほとんど見かけないし、この世界に新たなプレイヤーが入ってくる保証はどこにもないのだから。
「わかった。お前の勝ちだ」
「よし」
ビリントンは彼女を同じテーブルにつかせて、お互いを紹介してくれた。
「こちらはコバーン、このパーティのリーダーだ。訳あって初心者のふりをしてるが、実は超ベテランの冒険者」
紹介がおおざっぱなのはいいが、意味不明すぎ。彼女、けげんな顔をしているだろうが。
「コバーン、こちらはジェシカちゃん。ご覧の通り、ルージュとマントの色をコーディネート、杖のまがり具合まで可憐な魔術士のレディー」
あーもー。見た目のことしかいってないし。
「じゃ、三人の出会いを祝してカンパーイ!…つっても、彼女、飲み物がないか。おーい、ウエイトレスさーん!注文と、あと女性が足りないから座ってー」
おい、合コンかよ…
結局、午後までたっぷり飲んだ俺たちは、もう一晩宿を取った。
床とベッドの上を冒険用アイテムが占拠していた。
剣や杖、鎧や衣服といった大物から、色も形もとりどりのビーンズや、指輪、ネックレスなどの小物まで、種類別にきちんと並べられている。
ここは村の宿、ビリントンの部屋だ。
置かれているアイテムも、ほとんどがビリントンの物。少しは俺やジェシカの分も混ざっているが、しょせん低レベルのひよっこキャラクター、かばんの中はスッカラカンだ。冒険の序盤は経験豊かな傭兵の持ち物に頼らざるを得ない。
「旅に出る前や、冒険が一段落ついた時には、必ずアイテムを整理しないとな。誰がどれを持つか。どれを金に換えるか。使い道が謎な物はないか。常にチェックしておかないと命取りになっちまう」
ビリントンがいうと説得力が違う。ジェシカも黙って聞いている、昨夜の酒が残って眠いだけかも知れないが、つか、その可能性は大だが。
しかし、さすが、歴戦の強者だ。
消耗品にしろ、アクセサリにしろ、かなりの量と種類が揃っている。
「まずはビーンズを分けよう。体力回復や状態変化解除、魔力耐性向上、ここらの基本的な物は等分でいいよな。使い道が微妙な奴はどうしようか」
「どんなものがあるんだ?」
「属性強化、巨大化、透明化、魔物化、移動速度向上、跳躍力向上、爆竹、その他もろもろ」
「ジェシカでいいだろう。俺たち剣士は前衛で剣を振るい、後衛の魔術士が必要に応じてアイテムを使うのが、オーソドックスな形だ」
「了解。ジェシカ、それでいいな」
「んー、他のはなんとなくわかるけどー、爆竹って?」
半眼が寝ぼけ声で訊ねた。あの単語の並びで、気になるのはそれかよ?
「パンパンパーン!と大音響を出して、辺り一帯の魔物を呼び寄せるビーンズだ」
「うげー、私、それ持ちたくない。間違って鳴っちゃったら」
「うん、やばいことになる。もう、魔物の皆様に大人気!行列ができる魔術士だ」
「それコバーンが持ってよ。他は私が持ってくわ。面白そうだし」
「面白半分に使うなよ。さてと、次は野営用のテントと携帯食料、これも等分でいいか。武器と防具、衣服の類はどうしたものか」
武器には、かなりのレア物もあったが、残念ながら、低レベルな俺とジェシカじゃ、どれも装備がかなわないものばかり。
「ビリントンさえよければ、すぐ身に付けられる物以外は酒場の倉庫に預けなよ」
「その必要はないさ。俺は他の連中とは所持品制限が違うからね。知ってるだろう」
ああ、そうか。こいつは特別だった。
「次はアクセサリだ。火炎属性魔法の攻撃力向上ネックレス、雷属性魔法の耐性向上イヤリング、この辺りはジェシカが持てばいい。どっちも宝珠がキレイだろ」
ビリントンがアイテムを投げると、ジェシカはすぐにキャッチして身に付けた。
「首に真っ赤な炎、左耳に金色の稲妻。似合ってるね。セクシーかつキュート」
すきがあれば、軽口を入れてくる。こういうとこも特別だった。
おーおー、ジェシカ、にんまりしているよ。
「コバーン、物理攻撃の回避力向上イヤリング、的中率向上リングはあんたがはめるといい」
「お、あんがと」
ビリントンは、残りのアイテムを無造作にポイポイと、腰に付けた圧縮ポーチへ放り込んだ。
五センチ四方の小さな袋に、あらゆる物が吸い込まれるように収まっていく。ポーチには大小を問わず、通常は三十個までのアイテムが入る。それが持ち運べる物の制限量ってわけだ。ちなみに開発者専用傭兵のビリントンは、二百五十五個まで所持できる。
「よし、出ようか」
俺たちは酒場へ行き、酔い覚ましのお冷やを注文、三人で乾杯した。
外へ出た。でかい太陽がまぶしかった。
この世界の太陽は、見た目、現実の倍以上ある。俺の趣味だ。
「いい天気!絶好の旅立ち日和ね」
ジェシカはそういったが、ここでは演出上の必要がある場所以外、いつも晴れだ。
とにかく、そんなありきたりな、あり得ないほどの晴れの日に、俺たちの冒険は始まった。
4
フィリス村辺りに、たいした魔物は出ない。
いきなり難易度が高いと、始めたばかりのプレイヤーが逃げてしまうからだ。
ビギナーにリピーターへと育ってもらうには、まず、力押しでも勝てる敵を出し、自信を付けさせる。それがゲームバランスの常識だ。一般のプレイヤーは知るよしもないが。
ジェシカはまったくのビギナー。
この世界で生き抜くために、自信を付けるべき段階にいる。
フィールドでの彼女は、村の中での勢いはどこへやら、おっかなびっくり歩いている。
微笑ましいというか、おどおどとした姿には、非常に好感が持てる。
「ぎゃあ!で、でででっ!」
大声をあげつつ、ジェシカが真後ろへ跳ね飛ぶのと、ほぼ同時に地面が盛り上がり、むくむくと巨大なミミズ状の生物が出現した。
鎌首をもたげて、大きな口を開けている、
高さ二メートルの濡れ光る肌色の極太パイプ、モールスネークという魔物だ。
「キシャー!」
空間を呼気でこするような音を出して、威嚇している。
こいつ、見た目は不気味だが攻略は簡単。首を伸ばしたところを狙って、叩き斬ればいい。
正直、ちょろい。
俺は、真正面から突っ込んでいき、敵が首を伸ばすのに合わせて、身体を横に開いた。
刀を上段から振り下ろす!
「ギシュアアー!」
「うぐぁ?」
硬すぎる?
刀が跳ね返された。
モールスネークは首を大きく振った。
俺の腹に頭が当たった。Cの字型の体勢で弾き飛ばされた。
「キシャー!」
尻餅をついて、呆然と魔物を見る。自分が初心者のパワーと技術であることを噛みしめる。
すると、真上から、さらなる擦過音が聞こえた。
もう一匹出現したのだ!
俺の顔面をめがけて、首を振り下ろしてくる。
鋭い歯が生えた真っ赤な口が開く。サメのように整然とした歯並び。恐ろしくも美しい。
「どけ!」
凄まじい衝撃だった。固く大きな物がぶつかってきた。
今日は俺、よく吹っ飛ぶ日だ。
首を起こすと、さっきまで俺がいた場所にビリントンが仁王立ち、魔物を斬り裂いていた。
「コバーン、大丈夫かよ」
「ああ…」
俺は尻をはたきながら、立ち上がった。
正面にいるジェシカが叫ぶ。
「動かないで!」
「は?」
「バーナ!」
顔の左半分を熱風が吹きすぎていった。
立ち尽くす俺の斜め後ろで何が倒れる音がした。
振り向くと、顔が焼け焦げたモールスネークがのびている。
「決まったよ、ビリントン!」
ジェシカが満面の笑みでバンザイ。バーナ…って初級の火炎魔法だよな。
「あちっ」
気づくと同時に熱さを感じた。顔が燃えた?
「ジェシカ!あちーよ!」
顔面を押さえてうずくまる俺を、ビリントンが叱咤する。
「わめくな。んなもん、かすり傷だ。自分で直せるだろ?」
そうか。俺はあわててビーンズを取り出そうとした。
「もったいないだろ。ビーンズはとっとけ。ヒリンだよ、ヒ、リ、ン!回復魔法!」
「ヒリン…か。えーと、で、ど、どうすりゃいいんだ?」
「ああ、もう。んーとさ。回復したいとこに手を当てるなりして、意識を持ってく。そんで、魔法名を唱えるんだよ。ルーゴアに習ったろ?」
いわれた通りにすると、手から光が溢れてきて、すぐに痛みが消えた。
「素人かよ。それに比べてジェシカちゃん。教えたとおり、グッジョブ!」
二人して、親指立ててニッコリ、片手を合わせてハイファイブ。
俺はさあ、いままでキーボードでしか操作したことがないんだぜ、
教えてもらったばかりのこと、とっさにはできないって。しょうがないじゃん。
「コバーン」
これ見よがしにすねて、しゃがんでいると、ビリントンが手を差し伸べてきた。
剣士らしい分厚い手を握り、しぶしぶ立ち上がると、耳元に顔を寄せてきた。
ふと、目の前をよぎる金髪と青い瞳が美しいと思ってしまい、そんな自分が嫌になる。
「あの娘を育てるためだ。我慢してくれ。あんたは、身体さえ慣れれば大丈夫だ」
ああ、わかっていたよ。くそっ。
なんか、もう、ホッペが真っ赤になっちまう。
しかし、頭でわかって、口で納得した風なことをいっても、気持ちは追いつかない。。
足手まといな自分にやきもきする。ジェシカはますます俺を舐めてかかる。
腹が立つ。とはいえ、今の俺は、外見も態度も戦闘力もガキそのもの。
だから、そういうふてくされた様子がよく似合うみたいなんだ。これが…
それにも腹が立つ、もう。
初日だけで戦闘回数は十回を越えた。
俺とジェシカも、少しは魔物を倒したり、斬ったりしたが、ほぼビリントンの手柄だ。
ただ、魔法の使い方や体の動かし方は徐々に感覚がわかってきたし、一日で、なんとか足手まといは卒業できたんじゃないだろうか。
オレンジ色の夕日を見ながら、ビリントンがいった。
「暗くなる前に、テントを張ろう」
そして、ポーチから、折り畳まれた巨大な布と金具を取りだした。
さながら、猫型ロボットが腹の小さなポケットからどんなサイズの物でも取り出す、あのコミックのようだ…というか、それを真似て考えた仕様なんだけどさ。
「ジェシカはそっち、コバーンはあっちの端をぐーっと引っ張って、クサビで固定してくれ。模様のある方を上に向けてくれよ」
クサビの頭には、八角形に星と渦巻きを重ねたような模様が刻まれていた。
ジェシカがコンコンと木づちでクサビを叩きながら、訊ねる。
「これ、何のマークなの?」
ビリントンも木づちを振りながら答える。
「そいつは結界の紋章だ」
「結界?」
「場所にバリアーを張るとでもいうかな。結界で囲った場所には魔物が入って来られない。四隅に結界紋章の付いたクサビを打ち込めば、その中の空間は…どうなる?」
「んー、安全ってこと?」
「そう、それがテントの仕組みだ。ただ、クサビに込められた力が薄れれば結界は弱まる。テントなら、一晩しか持たない」
「時間制限付きのオートロックなわけね。ところで、三人一緒に寝るの?」
「ああ」
「あのさ。私、女の子なんだけど」
「女の子も男の子も、ひとつテントの下で寝るのが冒険者のしきたりだ」
「ええ~」
「ぶ~たれるな。寝てる間にクサビが抜けて、魔物が来たらどうする?泥棒や強盗が来たら?人間には結界は通用しないぞ」
「あ…」
「お互いの背中を預けるのがパーティ。冒険仲間だ」
「じゃ、じゃあ。ビリントンが真ん中に寝て。私、子どもはちょっと!」
まる聞こえなんだけど。嫌われているなあ。心が折れそう。
朝から魔物を倒しながら移動し、夕暮れには寝る。そんな激しくも単調な日々が続いた。
俺とジェシカは腕が上がるにつれて、お互いを認められるようになってきた。
四六時中、命がけで共闘していれば、心を許せるようになるのも当然か。
彼女の物言いのきつさは相変わらずだが、そうだな、口の悪い兄妹みたいなものか。
もちろん、俺が兄だ。彼女は自分が姉というだろうが。
そんなある日、ジェシカが死んだ。




