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第六話:戦場は最高の物件探しの場



 『花子さんのドア』が開いた先は、喧騒と鉄錆の臭いが充満する場所だった。


「突撃ィィィ!! 魔族どもを押し返せ!」

「我らが神の加護を! 聖なる光あれ!」

「グガァァァ! 人間ドモ、殺セ!」


 王国軍と魔王軍が衝突する最前線、『嘆きの平原』。

 互いに数千の兵がぶつかり合い、魔法と矢が雨のように飛び交う泥沼の戦場だ。


 そんな阿鼻叫喚のど真ん中に、突如として場違いな「公衆トイレのドア」が出現し、そこから黒い日傘を差した男が優雅に現れたのだから、周囲の兵士たちが動きを止めるのも無理はなかった。


「……んー、ここも随分と賑やかだね」


 俺は日傘をくるりと回し、周囲を見渡した。

 右を見れば、白銀の鎧に身を包んだ王国軍。

 左を見れば、異形の肌を持つ魔王軍。

 どうやら俺たちは、戦場のド真ん中に転移してしまったらしい。


「貴様、何者だ! 民間人が入っていい場所ではないぞ!」


 近くにいた王国軍の騎士が怒鳴り声を上げる。

 その鎧には、見覚えのある紋章――俺を追放したあの王国の紋章が刻まれていた。


「ああ、やっぱり人間の国か。……うんザリするな」


 俺のテンションが目に見えて下がる。

 せっかくルルリエの街から逃げてきたのに、また「常識」や「正義」を振りかざす連中と顔を合わせなければならないのか。


「おい、聞いているのか! どこの所属だ!」

「所属なんてないよ。ただの通りすがりの『愛妻家』だ」

「ふざけるな! 怪しい奴め、さては魔王軍の間者か! 捕らえろ!」


 騎士が剣を抜き、部下たちに合図を送る。

 問答無用で捕縛しようとするその姿勢。ルルリエの衛兵たちと同じだ。

 彼らは何も学ばないし、何も理解しようとしない。


「……ねえ、みんな。どう思う?」


 俺が胸元に問いかけると、クチサケの刺青が不快そうに歪んだ。


『……嫌い。あいつら、うるさい』

『ヨリシロを見る目が、汚い……』


 メリーさんも不満げだ。

 そうだよね。彼らは僕を「敵」として見ているだけで、そこには個人的な愛(執着)がない。

 ただの業務としての排除。そんな乾燥した殺意は、僕たちにとって騒音でしかない。


「そうだね。これからの新生活、静かな環境は大事だ」


 俺は日傘を少し傾け、王国軍の方へ冷ややかな視線を向けた。


「掃除しようか。……手土産プレゼントにもなるしね」


 俺の言葉が、開戦の合図だった。


「テケテケ、メリーさん、クチサケ、花子さん。……少しだけ、暴れておいで」


 ドンッ!!


 俺の体から、四つの影が同時に弾け飛んだ。


「ヒャハハハハハ! 足、モラウネェェェ!!」


 まず戦場を支配したのは、狂った笑い声だった。

 地面を這う高速の影――テケテケが、王国軍の前衛部隊に突っ込む。

 彼女は剣で斬り合うことなどしない。ただ、足元を駆け抜けるだけだ。

 だが、それだけで十分だった。


「ぎゃああああ!? あ、足が!?」

「何だこれは! 見えない! 速すぎる!」


 数百人の兵士が、ドミノ倒しのように転倒する。

 そのすべての足首が、綺麗に切断されていた。


「ひ、ひるむな! 魔法部隊、一斉射撃だ!」


 後方の指揮官が杖を掲げる。

 しかし、その詠唱が完成することはなかった。


「……もしもし、私メリーさん。今、あなたの背中にいるの」


 指揮官のすぐ後ろ。

 誰もいなかったはずの空間に、フリルのドレスの少女が立っていた。

 彼女がそっと指揮官の首に手を回す。


「が、ぁ……!?」

「バイバイ」


 ゴキリ。

 乾いた音がして、指揮官の首がありえない方向に曲がった。

 同時に、周囲の魔法使いたちの背後にも次々と「メリーさんの影」が出現する。

 背後からの、不可避の暗殺。恐怖が伝染するよりも早く、指揮系統が壊滅していく。


「おのれ、邪教の徒め!」


 混乱する戦場の中で、生き残った数名の精鋭騎士が、死に物狂いで俺の方へと突撃してきた。

 指揮官を失ってもなお、元凶である俺を討ち取ろうとする執念。それは賞賛に値するが――。


「死ねぇぇぇ!!」


 突き出された鋭い槍の穂先が、俺の心臓に届く寸前。

 俺は動じず、ただ左腕を軽く前にかざした。


「……花子さん、危ないよ」


 ギィィィ……。


 何もない空間に、唐突に「赤い扉」が出現し、俺の目の前で盾となった。

 ガギンッ!!

 騎士たちの渾身の一撃は、その古ぼけた木製のドアに弾かれ、傷一つつけられない。


「な、なんだこの扉は!?」

「硬い……! 魔法障壁か!?」


 動揺する騎士たちの前で、ドアノブがガチャリと回る。

 中から聞こえるのは、無邪気な、しかし底冷えする少女の声。


「――あーそーぼ」


 ドォォォッ!!

 ドアが勢いよく開き、中から溢れ出したのは汚水ではない。何十本もの「白い手」だ。

 それらは蛇のように伸びると、騎士たちの鎧を掴み、問答無用でドアの中へと引きずり込んでいく。


「う、うわああああ!?」

「離せ! どこへ連れて行く気だ!」

「暗い、狭い、いやだぁぁぁ!!」


 抵抗は無意味だった。

 屈強な騎士たちが、まるで紙屑のように小さな個室へと飲み込まれ、最後の一人が悲鳴を残して消えると、ドアはバタンと閉まった。

 シーン……。

 後には、槍だけが地面に転がっていた。


「ば、化け物だ……!」

「撤退! 撤退だァ!」


 恐慌状態に陥った王国軍。

 逃げようとする彼らの前に、赤いコートの女――クチサケが立ちはだかる。


「逃がさない……」


 彼女が巨大な裁ち鋏をチャキリと鳴らす。


「私より、きれい?」

「ひっ、い、命だけは……!」

「……きれいじゃない」


 ザンッ!

 横一文字の斬撃。

 逃走しようとした数十人が、鎧ごと両断された。


 そして、戦場に残された負傷者や死体の山には、花子さんが再び容赦なくドアを開いていく。

 三番目の個室へ。冷たい異界の底へ。

 戦場という名のゴミ捨て場が、みるみるうちに「片付けられて」いく。


 それは戦闘ではなかった。

 一方的な、害虫駆除だった。


 数分後。

 俺の目の前に広がっていた数千の王国軍は、文字通り「消滅」していた。

 残ったのは、血の匂いと、静寂。

 そして――呆然と立ち尽くす、魔王軍の兵士たちだけ。


「ふぅ。綺麗になったね」


 俺は満足げに頷き、まだ血の滴る鋏を持ったクチサケの頭を撫でてやった。

 さて、ここからが本題だ。


 俺は、魔王軍の中で最も強そうなオーラを放っている男の方へ歩き出した。

 漆黒の鎧に身を包み、頭から二本の角を生やした巨漢。

 おそらく、現場の指揮官クラスだろう。


「き、貴様……何者だ」


 巨漢の魔族が、警戒心も露わに剣を構える。

 無理もない。味方だと思っていたわけではないだろうが、目の前で敵軍が瞬殺されたのだ。恐怖しない方がおかしい。


「初めまして。僕はヨリシロ。ただの旅人ですよ」


 俺は日傘を閉じて、愛想よく微笑んだ。


「旅人だと? ふざけるな。たった一人で王国軍一個師団を壊滅させておいて……!」

「ああ、彼らはちょっとマナーが悪かったので。……それより、あなたがここの責任者ですか?」


 俺の問いに、魔族は呻くように答える。


「……我は魔王軍第三軍団長、ヴォルグ。……貴様の目的は何だ。我らも滅ぼすつもりか?」

「とんでもない!」


 俺は大袈裟に手を振った。


「滅ぼすなんて。僕は平和主義者なんです。ただ、ちょっと『物件探し』をしてまして」

「物件……?」

「ええ。人間たちの国は、どうにもルールが厳しくて住み心地が悪い。僕の愛する彼女たちが、のびのびと暮らせる場所がないんです」


 俺は背後のメリーさんたちを指差した。

 血まみれのコート、生首を持ったドレスの少女、上半身だけの怪物。

 ヴォルグの顔が引きつる。


「そこで、交渉です」


 俺はヴォルグの目の前まで歩み寄り、真っ直ぐに彼の目を見つめた。


「この王国軍の壊滅を『手付金』として差し上げます。代わりに、僕たちに安住の地を提供していただきたい。……具体的には、干渉されず、たまに迷い込んだ人間を襲っても文句を言われない、そんな静かな土地を」


 常軌を逸した提案。

 だが、ヴォルグは俺の目を見て、息を呑んだ。

 俺の瞳には、恐怖も、野心もない。

 あるのは、底知れない「狂気」と、背後の怪異たちへの歪んだ「愛」だけ。


(こいつは……人間ではない。中身が、もっと別のナニカだ)


 ヴォルグは剣を収めた。

 本能が告げている。この男と敵対してはいけない。

 交渉に応じるふりをして騙し討ちにする? いや、背後にいるあの「電話の少女」に、すでに背中を取られている気配がする。


「……我の一存では決められん。だが、魔王城へ案内し、陛下に謁見させることならできる」

「おや、話が早い。助かります」


 俺はニコリと笑って手を差し出した。


「魔族の方は、人間よりも話が通じるようで嬉しいですよ。……あなたのその殺気、とても美味しそうだ」

「……何?」

「いえ、独り言です」


 ヴォルグは恐る恐る、俺の手を握り返した。

 その手は氷のように冷たかった。


 こうして、俺たちの「愛の巣探し」は、魔王軍という新たなスポンサーを得て、次のステージへと進むことになった。

 目指すは魔王城。

 そこで待つのが、理解ある大家さんだといいのだが。

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