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第十六話:バトルメイドと呪いの英才教育



 奴隷商ゴズから二人の「家族」を迎え入れた俺は、意気揚々と『黒百合の館』に帰還した。


「ただいま、みんな。お土産だよ」


 俺が玄関ホールに入ると、出迎えたのは執事長のガランドと、メイド長のシズだった。


「お帰りなさいませ、閣下。……また妙なものを拾ってこられたようで」


 ガランドの眼窩の蒼い炎が、俺の後ろに控える二人――直立不動のキョンシー少女レイレイと、怯えきった少年カナタに向けられる。


「紹介しよう。彼女はレイレイ。動かないインテリアとして買ったんだが、造形が素晴らしいだろう? そして彼はカナタ。見ての通り、数千の怨念を背負った呪いのデパートだ」


 俺が得意げに紹介すると、ガランドはスッとレイレイに近づき、その額に貼られた黄色いお札を凝視した。


「……ほう。インテリア、ですか?」

「ああ。夜中の廊下に立たせておくつもりだ」

「それは勿体ない。閣下、この娘は動きますよ。しかも、かなりの手練れだ」


 ガランドは骨の指先で、レイレイのお札をなぞった。


「これは東方の高等な封印術式ですが、経年劣化で術式が緩んでいます。命令系統コマンドがバグっているだけで、正しく再設定すれば……ほら」


 ガランドが何やら呪文を唱え、お札に魔力を流し込む。

 すると。


 カッ!


 レイレイの虚ろだった瞳に光が宿った。

 彼女はギギギと首を回し、俺の方を見ると、バッと両手を合わせて膝をついた(関節は硬いが)。


「……主人マスター。命令ヲ」


 低い、しかし鈴を転がしたような声。

 俺は驚きで目を見開いた。


「喋った! 動いた!」

「ええ。死後硬直を利用した鋼鉄の肉体に、痛みを知らぬ精神。彼女は天然の生物兵器キリングマシーンですぞ」


 ガランドは興奮気味に続ける。


「この身体能力……素晴らしい。閣下、私に預けていただけませんか? 彼女なら、館の警備システムの中核を担えます。侵入者の首を物理的にねじ切る、最強の番犬になれます!」


 最強の番犬。

 その言葉に、今度はシズが反応した。


「……待ってください。さきほど『主人マスター』に『命令』を求めていましたね? ならば役割は使用人枠……つまり、私の管轄です」


 シズは静かに、しかし有無を言わせぬ圧力で割り込み、レイレイを指差した。


「警備も結構ですが、屋敷の業務も兼任してもらいます。……最近、住人が増えて業務効率が落ちていたところです。正直、使い走りが欲しかった。掃除、洗濯、配膳……徹底的に仕込みます」

「む、メイド兼警備兵か。……悪くない」


 ガランドとシズが顔を見合わせ、頷き合う。

 どうやらレイレイの配属先が決まったようだ。


「……分かりました。ではレイレイ、君はこの屋敷の『バトルメイド』だ。シズさんの指示に従い、ガランドに鍛えてもらいなさい」

「……了解ラジャー。掃除、洗濯、ト、侵入者ノ排除」


 レイレイは無表情のまま敬礼した。

 ピョンと跳ねて移動する中華風メイド。なかなかシュールで良い絵面だ。


 ***


 さて、問題はもう一人だ。

 俺はガタガタと震えている少年、カナタに向き直った。


「カナタ君。こっちへおいで」

「ひっ……!」


 カナタは後ずさり、頭を抱えた。

 彼の周りには、どす黒い霧のような怨念が渦巻いている。耳元で「死ね」「呪われろ」と囁く声が、俺にも聞こえるほどだ。


「……近づかないで。僕に近づくと、不幸になるよ……死んじゃうよ……」

「死なないさ。僕には強力な守護霊(妻たち)がいるからね」


 俺は構わず距離を詰め、彼の手を握った。

 冷たい手だ。

 その瞬間、彼に取り憑いた怨念たちが『ギャアアア!』と威嚇してくる。俺の背後のメリーさんや、胸元のクチサケに反応しているのだ。


「……君は、その呪いが怖いかい?」

「怖いよ……! 村のみんなが、僕を恨んでる……僕だけ生き残ったから……!」


 カナタは涙を流した。

 罪悪感と恐怖。それが彼の心を縛り付け、怨念の餌になっている。

 可哀想に。彼は根本的に勘違いをしている。


「カナタ君。それは間違いだ」


 俺は彼の視線に合わせるようにしゃがみ込み、優しく諭した。


「恨んでいるなら、とっくに君を殺しているはずだよ。彼らは君を生かしている。君にまとわりついているのは、君を殺すためじゃない」

「え……?」

「離れたくないんだよ。君のことが好きで、心配で、寂しくて……だから、死んでからも君にしがみついているんだ」


 俺は彼を取り巻く黒い霧に触れた。

 ひやりとするが、どこか懐かしい感触。


「これは『呪い』じゃない。『愛』だ。少し重くて、独占欲が強すぎるだけの、純粋な愛だよ」

「あ、愛……?」

「そう。君は世界で一番、村の人たちに愛されているんだ。だから怖がる必要はない。受け入れてあげなさい」


 俺はニッコリと笑った。


「『ずっと一緒で嬉しいな』って。そう思えば、その重みは心地よいブランケットに変わるはずだ」


 狂気の教育。

 普通の人間なら「何を言ってるんだ」と正気を疑うだろう。

 だが、極限状態のカナタにとって、ヨリシロの言葉は奇妙な説得力を持っていた。

 彼の中にいる妻たち(都市伝説)が、肯定の波動を出しているからかもしれない。


「……愛、なの?」


 カナタはおずおずと、自分の肩に乗っている(ように見える)重みを感じ取ろうとした。

 耳元の囁き声。

 『死ね』という言葉が、歪んだ『愛してる』に聞こえてくる。


「……お母さん? 村長さん? ……みんな、僕と一緒にいたいの?」


 霧が揺らぐ。

 攻撃的だった怨念が、少しだけ穏やかな、守るような波動に変わった気がした。


「そう、その調子だ。愛されていることを誇りに思いなさい。君は選ばれた存在なんだ」


 俺はカナタの頭を撫でた。

 彼はまだ戸惑っているが、その瞳からは恐怖の色が薄れ、代わりに依存にも似た安堵が浮かんでいた。


「……はい。ヨリシロ様」


 カナタが俺の手を握り返す。

 その瞬間、俺の背後でメリーさんが『……弟、できた』と嬉しそうに呟いた。


「よし。これで家族が増えたな」


 俺は立ち上がった。

 最強のバトルメイド・レイレイ。

 そして、数千の愛(怨念)を背負う少年・カナタ。


「ガランド、シズ。今夜は歓迎会だ。とびきり陰気で、盛大な宴にしよう」

「承知いたしました、閣下」

「……はぁ。また洗い物が増える」


 呆れつつも準備を始めるシズと、楽しげに指揮を執るガランド。

 『黒百合の館』の夜は、今日も賑やかに更けていく。

 人間たちがここを「魔境」と恐れる理由が、また一つ増えたことなど知らずに。

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