表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/17

第十五話:商機は闇の中にあり



 『魔都ヨリシロ』の建設は急ピッチで進んでいた。

 執事長兼総司令官となったガランドの指揮により、アンデッドたちが不眠不休で働き、街路樹は枯れ木に、街灯は薄暗いガス灯にと、着々と「理想の心霊スポット」へと変貌を遂げつつある。


 そんなある日のこと。

 建設中の大通りに、一台の豪奢な馬車がやってきた。

 漆黒の塗装に、金色の装飾。引いているのは、骨と皮だけになった二頭の夢魔ナイトメアだ。


「……おや、お客様かな?」


 俺が現場視察をしていると、馬車から一人の男が降りてきた。

 シルクハットに燕尾服。一見すると紳士だが、その顔には目が四つあり、口元は耳まで裂けた爬虫類のような異形の魔族だ。


「ヒッヒッヒ……。お噂はかねがね、ヨリシロ伯爵。なんと素晴らしい! この淀んだ空気、肌にまとわりつく湿気……まさに『黄金の闇』の匂いがしますなぁ」


 男は仰々しく帽子を取り、深々と一礼した。


「お初にお目にかかります。手前どもは『黄昏商会』の会頭、ゴズと申します」

「初めまして、ゴズさん。……随分と物好きな商人だ。他の商人たちは、この街の陰気さに恐れをなして逃げ帰ったというのに」


 実際、普通の商人はこの街に寄り付かない。

 「道が入り組んでいて迷う」「夜になると背後に気配を感じる」と、商売どころではないからだ。


 だが、ゴズは四つの目を細めて笑った。


「いえいえ! 他の商人が逃げる場所こそ、我々にとっては『金脈』でございますよ。誰もいない荒野にこそ、独占のチャンスがある。それが私の哲学ですので」

「いい心がけだ。君のような気骨のある商人は嫌いじゃない」


 俺が好意的に頷くと、ゴズは「お近づきの印に」と従者に合図を送った。

 運ばれてきたのは、縦に長い奇妙な木箱――棺桶のようなものだった。


「商談の前に、まずはこれを伯爵様に献上したく。東方の異国から流れてきた『動かない人形』でございます」

「人形?」

「はい。現地の言葉では『キョンシー(僵尸)』と呼ばれ、動く死体だという触れ込みだったのですが……どうやっても動かんのです。ただ、その造形があまりに不気味で美しかったため、伯爵様のお屋敷に似合うかと」


 ゴズが蓋を開ける。

 中には、小柄な少女の形をしたナニカが直立不動で入っていた。

 青白い肌。異国情緒あふれる中華風の官服。そして、額には「勅令」と書かれた黄色いお札が貼られている。

 両腕を前に突き出したまま硬直したその姿。


 その瞬間、俺に電流が走った。


「……素晴らしい!」


 俺は思わず駆け寄り、彼女の顔を覗き込んだ。

 虚ろな瞳。死後硬直で固まった無表情。

 西洋のゾンビとは違う、ドライで無機質な「死」の美学がそこにあった。


「これは壊れているんじゃない。そのお札で封印されているんだよ! この硬直した関節、冷たい肌……完璧な『死体』だ!」

「ほう、価値がお分かりになりますか。ただのガラクタかと思っておりましたが……伯爵様に貰っていただけるなら本望です」

「ありがとう、ゴズさん。彼女――レイレイと名付けよう。彼女には屋敷のインテリアになってもらうよ」

「インテリア……?」

「そう。屋敷の長い廊下の角や、客間の隅に、ただ黙って立っていてもらうんだ。夜中にトイレに行こうとした時、暗闇の中に彼女がぼんやりと立っている……想像しただけでゾクゾクするじゃないか!」


 俺の熱弁に、ゴズは四つの目を丸くした後、爆笑した。


「ヒッヒッヒ! 最高です、伯爵! 『動かないこと』に価値を見出すとは! やはり貴方様は狂っている(褒め言葉)!」


 挨拶代わりのプレゼントを受け取り、場の空気が温まったところで、ゴズは声を潜めた。


「さて、ここからが本題でございます。本日は特別な『労働力』をご用意いたしました」

「労働力?」

「はい。いわゆる『奴隷』でございます」


 奴隷。

 その言葉に、俺は少し眉をひそめた。無法な人攫いや、闇市での非人道的な扱いを連想したからだ。

 だが、ゴズは俺の懸念を見透かしたように、懐から一枚の羊皮紙を取り出し、恭しく提示した。

 そこには、魔王ゼノンの紋章が紅い蝋で封印されていた。


「ご安心ください、伯爵。手前どもは、魔王陛下より正式に『隷属商認可』を受けております」

「認可?」

「ええ。この魔王領において、許可なき奴隷売買は即刻死罪となる重罪です。我々が扱うのは、大罪を犯して身分を剥奪された罪人や、敗戦国の捕虜など、魔界法に基づき厳格に処理された『合法的な商品』のみ。決して、そんじょそこらの野蛮な人攫いとは違いますよ」


 ゴズは四つの目を誇らしげに細めた。

 この世界には奴隷制度が存在するが、それは無法地帯であることを意味しない。むしろ魔王の支配下においては、徹底した管理とルールの下で運用されているようだ。


「法を守り、適正な価格で、適正な主に卸す。それが魔王領の秩序であり、私の商売哲学でございます」

「なるほど。法に則った正規のルートというわけか」


 ヨリシロ領が魔王軍直轄地である以上、コンプライアンスは大事だ。

 正規の手続きを踏んだ商品なら、俺が断る理由はない。


「結構だ。見せてもらおうか」


 ゴズが指を鳴らすと、従者たちが幌のついた荷馬車を引いてきた。

 覆いが外されると、そこには鉄格子の中に数名の「亜人」や「魔物」が入っていた。


「伯爵様が『普通ではない感性』をお持ちだと伺っておりましたので……他所では買い手がつかず、処分に困っていた『訳あり物件』ばかりを集めて参りました」


 ゴズが得意げに紹介を始める。

 バンシー(うるさすぎる)などを紹介されたが、どれもピンとこない。


「では、こちらの『リビング・ドール』はいかがでしょう? 持ち主の寝首を掻こうとする呪いの人形です」

「可愛いけど、メリーさんとキャラが被るね。彼女が嫉妬して壊しそうだ。パスで」


 俺が次々と却下していくと、ゴズは少し困った顔をして、最後の檻の前へ案内した。


「……なかなか難しいですね。もっとこう、背筋が凍るような『何か』はいませんか?」

「ふむ……では、最後の品をお見せしましょう。これは本当に厄介な代物でして」


 ゴズが一番奥の、厳重に鎖で巻かれた小さな檻を指差した。

 その檻の周りだけ、気温が数度下がっているように感じる。


「中に入っているのは、人間の少年です。ある寒村の生き残りなのですが……」

「生き残り?」

「はい。村が流行り病と飢饉で全滅した際、たった一人だけ生き残ったのです。ですが、ただ生き残ったわけではありません。死んだ村人全員の『怨念』を一身に背負ってしまったのです」


 ゴズが覆いを取る。

 檻の中にいたのは、ボロボロの服を着た、痩せこけた少年だった。

 体育座りをして顔を伏せている。

 だが、俺には見えた。

 少年の周囲に渦巻く、どす黒い霧のようなものを。そして、彼にすがりつく無数の半透明な「手」や、耳元で囁き続ける「顔」の幻影を。


「……近づく者に不幸を撒き散らし、彼を買った主人は次々と謎の事故死を遂げました。『呪われた少年』として、どこも引き取り手がなく、殺処分も検討されていたのですが……」


 ゴズが説明している間も、少年の周りではラップ音が鳴り響き、檻の鉄棒がミシミシと悲鳴を上げている。

 少年がゆっくりと顔を上げた。その瞳は光を失い、深い絶望に染まっていた。


「……こないで。……死んじゃうよ」


 掠れた声。拒絶の言葉。

 だが、俺にはそれが「助けて」という魂の叫びに聞こえた。

 いや、それ以上に。


「……美しい」


 俺は檻に張り付いた。

 数百、いや数千の怨念に愛され、取り憑かれ、それでもなお生きている器。

 まるで「歩く怪談」そのものだ。


「彼だ! 彼がいい!」


 俺は即決した。


「彼を買い取る! 値段はいくらだ!?」

「えっ、本気でございますか!? 勧めた私が言うのもなんですが、この少年を置くだけで、屋敷が本当に不幸に見舞われますぞ? 正気ですか?」

「最高じゃないか! 毎晩どんな怪奇現象が起きるか楽しみで仕方ない!」


 俺の狂喜に、ゴズは呆気にとられた後、深々と頭を下げた。


「……承知いたしました。やはり伯爵様は、常人の理解を超えておられる。彼にとっても、貴方様のような主に買われるのが一番の幸せでしょう」


 商談成立。

 俺は檻を開けさせ、震える少年に手を差し伸べた。


「おいで。……君、名前はあるかい?」


 俺が優しく問いかけると、少年はビクッと体を震わせ、消え入りそうな声で答えた。


「……カナタ。……僕の名前……カナタ」


「そうか、カナタ君か。いい名前だ。今日から君も家族だ」


 カナタは、信じられないものを見る目で俺を見つめ、恐る恐るその手を取った。

 その瞬間、彼に取り憑いていた無数の怨念が、俺の背後や胸元にいる「先輩怪異」たちのプレッシャーを感じて、一斉に大人しくなったのを俺は見逃さなかった。


 その様子を、遠巻きに見ていた妻たちがざわめく。


『……また増えた』

『弟……?』

『……躾、してあげようか?』


 こうして、動かないキョンシーのレイレイと、呪われた少年のカナタ。

 新たな家族が加わり、ヨリシロ伯爵家はますます賑やか(カオス)になっていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ