第十五話:商機は闇の中にあり
『魔都ヨリシロ』の建設は急ピッチで進んでいた。
執事長兼総司令官となったガランドの指揮により、アンデッドたちが不眠不休で働き、街路樹は枯れ木に、街灯は薄暗いガス灯にと、着々と「理想の心霊スポット」へと変貌を遂げつつある。
そんなある日のこと。
建設中の大通りに、一台の豪奢な馬車がやってきた。
漆黒の塗装に、金色の装飾。引いているのは、骨と皮だけになった二頭の夢魔だ。
「……おや、お客様かな?」
俺が現場視察をしていると、馬車から一人の男が降りてきた。
シルクハットに燕尾服。一見すると紳士だが、その顔には目が四つあり、口元は耳まで裂けた爬虫類のような異形の魔族だ。
「ヒッヒッヒ……。お噂はかねがね、ヨリシロ伯爵。なんと素晴らしい! この淀んだ空気、肌にまとわりつく湿気……まさに『黄金の闇』の匂いがしますなぁ」
男は仰々しく帽子を取り、深々と一礼した。
「お初にお目にかかります。手前どもは『黄昏商会』の会頭、ゴズと申します」
「初めまして、ゴズさん。……随分と物好きな商人だ。他の商人たちは、この街の陰気さに恐れをなして逃げ帰ったというのに」
実際、普通の商人はこの街に寄り付かない。
「道が入り組んでいて迷う」「夜になると背後に気配を感じる」と、商売どころではないからだ。
だが、ゴズは四つの目を細めて笑った。
「いえいえ! 他の商人が逃げる場所こそ、我々にとっては『金脈』でございますよ。誰もいない荒野にこそ、独占のチャンスがある。それが私の哲学ですので」
「いい心がけだ。君のような気骨のある商人は嫌いじゃない」
俺が好意的に頷くと、ゴズは「お近づきの印に」と従者に合図を送った。
運ばれてきたのは、縦に長い奇妙な木箱――棺桶のようなものだった。
「商談の前に、まずはこれを伯爵様に献上したく。東方の異国から流れてきた『動かない人形』でございます」
「人形?」
「はい。現地の言葉では『キョンシー(僵尸)』と呼ばれ、動く死体だという触れ込みだったのですが……どうやっても動かんのです。ただ、その造形があまりに不気味で美しかったため、伯爵様のお屋敷に似合うかと」
ゴズが蓋を開ける。
中には、小柄な少女の形をしたナニカが直立不動で入っていた。
青白い肌。異国情緒あふれる中華風の官服。そして、額には「勅令」と書かれた黄色いお札が貼られている。
両腕を前に突き出したまま硬直したその姿。
その瞬間、俺に電流が走った。
「……素晴らしい!」
俺は思わず駆け寄り、彼女の顔を覗き込んだ。
虚ろな瞳。死後硬直で固まった無表情。
西洋のゾンビとは違う、ドライで無機質な「死」の美学がそこにあった。
「これは壊れているんじゃない。そのお札で封印されているんだよ! この硬直した関節、冷たい肌……完璧な『死体』だ!」
「ほう、価値がお分かりになりますか。ただのガラクタかと思っておりましたが……伯爵様に貰っていただけるなら本望です」
「ありがとう、ゴズさん。彼女――レイレイと名付けよう。彼女には屋敷のインテリアになってもらうよ」
「インテリア……?」
「そう。屋敷の長い廊下の角や、客間の隅に、ただ黙って立っていてもらうんだ。夜中にトイレに行こうとした時、暗闇の中に彼女がぼんやりと立っている……想像しただけでゾクゾクするじゃないか!」
俺の熱弁に、ゴズは四つの目を丸くした後、爆笑した。
「ヒッヒッヒ! 最高です、伯爵! 『動かないこと』に価値を見出すとは! やはり貴方様は狂っている(褒め言葉)!」
挨拶代わりのプレゼントを受け取り、場の空気が温まったところで、ゴズは声を潜めた。
「さて、ここからが本題でございます。本日は特別な『労働力』をご用意いたしました」
「労働力?」
「はい。いわゆる『奴隷』でございます」
奴隷。
その言葉に、俺は少し眉をひそめた。無法な人攫いや、闇市での非人道的な扱いを連想したからだ。
だが、ゴズは俺の懸念を見透かしたように、懐から一枚の羊皮紙を取り出し、恭しく提示した。
そこには、魔王ゼノンの紋章が紅い蝋で封印されていた。
「ご安心ください、伯爵。手前どもは、魔王陛下より正式に『隷属商認可』を受けております」
「認可?」
「ええ。この魔王領において、許可なき奴隷売買は即刻死罪となる重罪です。我々が扱うのは、大罪を犯して身分を剥奪された罪人や、敗戦国の捕虜など、魔界法に基づき厳格に処理された『合法的な商品』のみ。決して、そんじょそこらの野蛮な人攫いとは違いますよ」
ゴズは四つの目を誇らしげに細めた。
この世界には奴隷制度が存在するが、それは無法地帯であることを意味しない。むしろ魔王の支配下においては、徹底した管理とルールの下で運用されているようだ。
「法を守り、適正な価格で、適正な主に卸す。それが魔王領の秩序であり、私の商売哲学でございます」
「なるほど。法に則った正規のルートというわけか」
ヨリシロ領が魔王軍直轄地である以上、コンプライアンスは大事だ。
正規の手続きを踏んだ商品なら、俺が断る理由はない。
「結構だ。見せてもらおうか」
ゴズが指を鳴らすと、従者たちが幌のついた荷馬車を引いてきた。
覆いが外されると、そこには鉄格子の中に数名の「亜人」や「魔物」が入っていた。
「伯爵様が『普通ではない感性』をお持ちだと伺っておりましたので……他所では買い手がつかず、処分に困っていた『訳あり物件』ばかりを集めて参りました」
ゴズが得意げに紹介を始める。
バンシー(うるさすぎる)などを紹介されたが、どれもピンとこない。
「では、こちらの『リビング・ドール』はいかがでしょう? 持ち主の寝首を掻こうとする呪いの人形です」
「可愛いけど、メリーさんとキャラが被るね。彼女が嫉妬して壊しそうだ。パスで」
俺が次々と却下していくと、ゴズは少し困った顔をして、最後の檻の前へ案内した。
「……なかなか難しいですね。もっとこう、背筋が凍るような『何か』はいませんか?」
「ふむ……では、最後の品をお見せしましょう。これは本当に厄介な代物でして」
ゴズが一番奥の、厳重に鎖で巻かれた小さな檻を指差した。
その檻の周りだけ、気温が数度下がっているように感じる。
「中に入っているのは、人間の少年です。ある寒村の生き残りなのですが……」
「生き残り?」
「はい。村が流行り病と飢饉で全滅した際、たった一人だけ生き残ったのです。ですが、ただ生き残ったわけではありません。死んだ村人全員の『怨念』を一身に背負ってしまったのです」
ゴズが覆いを取る。
檻の中にいたのは、ボロボロの服を着た、痩せこけた少年だった。
体育座りをして顔を伏せている。
だが、俺には見えた。
少年の周囲に渦巻く、どす黒い霧のようなものを。そして、彼にすがりつく無数の半透明な「手」や、耳元で囁き続ける「顔」の幻影を。
「……近づく者に不幸を撒き散らし、彼を買った主人は次々と謎の事故死を遂げました。『呪われた少年』として、どこも引き取り手がなく、殺処分も検討されていたのですが……」
ゴズが説明している間も、少年の周りではラップ音が鳴り響き、檻の鉄棒がミシミシと悲鳴を上げている。
少年がゆっくりと顔を上げた。その瞳は光を失い、深い絶望に染まっていた。
「……こないで。……死んじゃうよ」
掠れた声。拒絶の言葉。
だが、俺にはそれが「助けて」という魂の叫びに聞こえた。
いや、それ以上に。
「……美しい」
俺は檻に張り付いた。
数百、いや数千の怨念に愛され、取り憑かれ、それでもなお生きている器。
まるで「歩く怪談」そのものだ。
「彼だ! 彼がいい!」
俺は即決した。
「彼を買い取る! 値段はいくらだ!?」
「えっ、本気でございますか!? 勧めた私が言うのもなんですが、この少年を置くだけで、屋敷が本当に不幸に見舞われますぞ? 正気ですか?」
「最高じゃないか! 毎晩どんな怪奇現象が起きるか楽しみで仕方ない!」
俺の狂喜に、ゴズは呆気にとられた後、深々と頭を下げた。
「……承知いたしました。やはり伯爵様は、常人の理解を超えておられる。彼にとっても、貴方様のような主に買われるのが一番の幸せでしょう」
商談成立。
俺は檻を開けさせ、震える少年に手を差し伸べた。
「おいで。……君、名前はあるかい?」
俺が優しく問いかけると、少年はビクッと体を震わせ、消え入りそうな声で答えた。
「……カナタ。……僕の名前……カナタ」
「そうか、カナタ君か。いい名前だ。今日から君も家族だ」
カナタは、信じられないものを見る目で俺を見つめ、恐る恐るその手を取った。
その瞬間、彼に取り憑いていた無数の怨念が、俺の背後や胸元にいる「先輩怪異」たちのプレッシャーを感じて、一斉に大人しくなったのを俺は見逃さなかった。
その様子を、遠巻きに見ていた妻たちがざわめく。
『……また増えた』
『弟……?』
『……躾、してあげようか?』
こうして、動かないキョンシーのレイレイと、呪われた少年のカナタ。
新たな家族が加わり、ヨリシロ伯爵家はますます賑やか(カオス)になっていくのだった。




