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第十四話:魔界のハローワークと狂気の共鳴



 『黒百合の館』周辺の森は、かつてない喧騒に包まれていた。

 魔王軍工兵部隊による大規模な土木工事。

 木々が伐採され、整地され、石畳が敷き詰められていく。

 それは魔王領土内でも類を見ない規模の都市計画――『魔都ヨリシロ』の建設現場だった。


「……やり直しだ」


 現場視察に訪れた俺――ヨリシロ伯爵の一言で、作業の手が止まる。

 現場監督として派遣されていた魔王軍第三軍団長、ヴォルグが顔を引きつらせた。


「な、何が不満なのだ? 最高級の石材を使い、道幅も馬車がすれ違えるよう計算し尽くされた完璧な設計だぞ?」

「それがダメなんです」


 俺は日傘を回しながら、ピカピカの石畳を指差した。


「明るすぎる。健康的すぎる。こんな開放的な道じゃ、夜道で後ろを振り返る時の『あのゾクゾク感』が味わえないじゃないですか」

「は?」

「道幅はもっと狭く。街灯はガス灯にして、あえて光量を落としてください。あと、路地裏は意図的に迷路のように入り組ませて、行き止まりには古井戸を設置すること」


 俺の狂った注文に、ヴォルグが頭を抱える。


「我々は機能性を重視しているのだ……。そんな不便な街を作ってどうする……」

「機能性より雰囲気ムードです。住民(魔族)たちが『いつ何が出てくるか分からない』という適度な緊張感を持って暮らせる、そんなアットホームな魔都にしたいんです」


 俺が熱弁を振るうと、ヴォルグの背後に控えていた一人の人物が、冷ややかな声を上げた。


「……ククク。身の程知らずな男だ」


 それは、全身を豪奢な漆黒のローブに包んだ人影だった。

 フードの下から覗くのは、肉のない白い頭蓋骨。その眼窩には、知性を宿した蒼い炎が揺らめいている。

 ただならぬ魔力を漂わせる、高位のアンデッド――リッチ(死霊の王)だ。


「貴様……人間風情が、ヴォルグ様の苦労も知らず好き勝手な御託を。魔王陛下のお気に入りだからと、図に乗るのも大概にせよ」

「ガランド、よせ」


 ヴォルグが慌てて制止する。


「紹介しよう、ヨリシロ。こやつはガランド。我が軍が誇る『不死魔術師団』の団長だ。この街の防衛結界と、警備兵スケルトンの配置を任せている」

「初めまして、ガランド団長。随分と骨のある方だ」


 俺がジョーク交じりに挨拶すると、ガランドはふん、と鼻を鳴らした(鼻はないが)。完全に見下した態度だ。


「人間風情が伯爵とはな。魔王陛下も酔狂なことを。……おい、貴様の背後にいるその娘、さっきからこちらの魔力を吸っているぞ。躾がなっていないのではないか?」


 ガランドの視線が、俺の背中に向けられる。

 そこにはいつものようにメリーさんが張り付いていた。

 彼女はガランドをじっと見つめ、小さく呟いた。


『……骨。……硬そう』

「失礼、メリーさん。お客様を食材を見るような目で見てはいけないよ」


 俺が苦笑すると、ガランドの眼窩の炎が揺れた。


「……ほう? その娘、実体がないのか? 高位の霊体か?」

「ええ。彼女は空間を無視して移動できるんです。ほら、メリーさん、挨拶を」


 俺が促すと、メリーさんの姿が揺らぎ――次の瞬間、ガランドの背後に出現した。


『……もしもし、私メリーさん。今、あなたの後ろにいるの』


 ガランドが驚愕に振り返る。

 だが、そこには誰もいない。

 メリーさんはすでに、俺の背中に戻っていた。


「な……ッ!?」


 ガランドが絶句した。

 ヴォルグも目を丸くしている。


「転移魔法? いや、魔力の痕跡がない……! 詠唱も、術式の構成もなく、座標を書き換えたというのか!?」


 ガランドが震える手で俺の方を指差した。

 その指先は、侮蔑ではなく、歓喜で震えていた。


「す、素晴らしい……! 魔法のことわりを無視した現象! 既存の魔術体系では説明がつかん!」

「おや、分かりますか?」


 俺は嬉しくなって、胸元のシャツを寛げた。


「なら、彼女はどうです? クチサケ、ちょっと挨拶してごらん」


 俺の胸元から、赤い鋏が実体化して伸びる。

 ガランドが展開していた防御結界(物理・魔法障壁の二重構造)に、鋏の刃が触れた。


 パリン。


 ガラス細工のように、最強クラスの結界が砕け散った。


「ば、馬鹿な!? 私の『絶対障壁』が、魔力干渉なしで物理的に切断されただと!?」

「彼女の鋏は『概念』を切るんです。防御力なんて関係ありません。『私よりきれい?』という問いに答えられない限り、あらゆるものを切り裂きますよ」

「概念切断……! 神話級の遺物アーティファクトに匹敵する能力……!」


 ガランドは興奮のあまり、カタカタと顎を鳴らした。

 彼は俺の足元のテケテケ(超高速移動)、左腕の花子さん(異空間収納)を次々と目の当たりにし、そのたびに「美しい!」「未知の術式だ!」と絶叫した。


 完全に、マニアの反応だ。

 俺は彼の手を取った。


「……ガランドさん。貴方なら、彼女たちの美しさを理解してくれると思っていましたよ」

「おお……! ヨリシロ殿! いや、閣下! これほどの『至宝』を四体も従え、共存しているとは……貴方自身もまた、研究対象として極めて興味深い!」


 二人の狂気(愛と研究欲)がガッチリと噛み合った瞬間だった。

 ヴォルグとシズが、遠い目でそれを見守っている。


 ガランドはその場で膝をつき、ヴォルグに向かって頭を下げた。


「軍団長! お願いがあります!」

「……嫌な予感がするが、聞こう」

「私を、この街に残してください! いや、ヨリシロ伯爵の配下に加えていただきたい!」

「はあ!? お前は師団長だぞ!? 魔王軍きってのエリートが、人間の部下になるなど……!」


 ヴォルグが抗議するが、ガランドの決意は固かった。


「私はこれまで『死』を使役し、研究してきました。ですが、彼女たちは『死』そのもの、あるいは『理の外にある死』です! 私の求めていた真理がここにあります!」


 彼は熱っぽい視線を俺に向けた。


「ヨリシロ閣下! 貴方の街づくり、そして彼女たちの『管理』には、専門的な知識を持つ者が必要でしょう? このガランド、全知全能を懸けてお仕えします!」


 俺はニヤリと笑った。

 これほど頼もしい申し出はない。

 魔王軍の師団長クラスの実力者が、俺の趣味(街づくり)と家族(怪異)を全肯定してくれているのだ。


「歓迎しますよ、ガランドさん。……いや、ガランド執事長」


 俺は彼の手を取り、立たせた。


「貴方には、この屋敷の『執事長』として、対外的な交渉や雑務を取り仕切ってもらいたい。シズさんはメイド長として内政(家事)に専念してもらうので、その補佐も頼みます」

「はっ! 光栄の極み!」


 さらに、俺はヴォルグに向き直った。


「ヴォルグさん。せっかく彼のような逸材を貰い受けるんです、執事だけやらせておくのは『僕にとって』勿体ない」

「……どういう意味だ?」

「彼に、新設する『魔都ヨリシロ領軍』のトップ、総司令官も兼任させてください。街の防衛や治安維持……面倒な軍事は全部彼に丸投げしたいんです。僕は妻たちとの時間を大切にしたいので」


 ヴォルグは天を仰いだ。

 優秀な部下を引き抜かれ、しかもそれが「サボるため」に使われようとしている。

 だが、ガランドのあの生き生きとした顔を見れば、止めることは不可能だと悟ったようだ。


「……分かった。陛下には我から報告しておこう。『ヨリシロの監視役として、最適任者を送り込んだ』という体裁にな」

「話が早くて助かります」


 こうして、俺の陣営に最強の右腕が加わった。

 死霊のリッチにして、元魔王軍師団長。

 ガランド・ヴォン・ロズワール。

 彼は今日から、ヨリシロ伯爵家の執事長であり、魔都の軍事力を束ねる総司令官となった。


「では、早速仕事に取り掛かりましょうか、閣下」


 ガランドが恭しく一礼する。


「まずはこの街路樹を、もっと不気味に捻じ曲がった『嘆きの柳』に植え替えましょう。そして、地下水路には毒のスライムを放ち、侵入者を溶かす罠を……」

「いいですね! 気が合いますね!」


 俺とガランドは、ヴォルグを置き去りにして、楽しげに「最悪の街づくり」の打ち合わせを始めた。

 背後のシズが「……変態が増えた」と呟いたのを、俺は聞かなかったことにした。

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