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第十三話:マイホーム、ダンジョン認定される



 聖女アリスの襲撃から数日後。

 『黒百合の館』は、物理的にも精神的にも落ち着きを取り戻しつつあった。


「……旦那様。庭の焦げ跡ですが、テケテケさんが掘り返して池にしました」

「ありがとう、シズ。血の池地獄みたいで風情があるね」


 俺――ヨリシロは、修復されたテラスで紅茶(猛毒入り)を啜っていた。

 庭には赤い水を湛えた池ができ、その畔ではテケテケが満足げに日光浴(曇り空の下で)をしている。

 花子さんは聖なる光の残滓を完全にトイレに流し去り、クチサケも傷が癒えて元気に包丁を研いでいる。

 メリーさんは相変わらず俺の背中にいて、見えない誰かと電話中だ。


 平和だ。

 だが、その平和は「嵐の前の静けさ」に過ぎなかった。


 ゴゴゴゴゴ……。


 地響きとともに、空から巨大な影が降りてくる。

 飛竜ワイバーンだ。

 その背に乗っているのは、漆黒のマントを翻した巨躯の男――魔王ゼノンその人だった。


「よう、ヨリシロ。元気に呪われておるか?」

「陛下! これは珍しいお客様ですね」


 俺は椅子から立ち上がり、恭しく一礼した。

 魔王がわざわざ足を運ぶなど、ただ事ではない。

 ゼノンはテラスに降り立つと、苦笑いを浮かべて一枚の羊皮紙をテーブルに置いた。


「単刀直入に言おう。……貴様の家、人間どもに『Sランクダンジョン』として認定されたぞ」

「……はい?」


 俺は首を傾げた。

 羊皮紙には、禍々しい筆致で『魔境・黒百合の館』と書かれ、その下には俺と妻たちの似顔絵(ひどく凶悪にデフォルメされている)と、莫大な懸賞金額が記されていた。


「先日の聖女アリスの報告により、王国はここを『人類の脅威』と断定したようだ。今後、名声欲しさに命知らずの冒険者や、聖騎士団が次々と送り込まれてくるだろうな」

「……なんてことだ」


 俺は頭を抱えた。


「僕はただ、静かに暮らしたいだけなのに。どうして彼らは、他人の家に土足で踏み込んでくるんですか? 不法侵入ですよ」

「違いない。だが、人間とは恐怖を排除したがる生き物だ。貴様らがそこに在るだけで、彼らは安心できないのだよ」


 魔王はワインを勝手に注ぎ(毒入りだが平気で飲み干し)、ニヤリと笑った。


「そこでだ、ヨリシロ。我から提案がある」

「提案?」

「うむ。どうせ奴らが来るのを止められんのなら……いっそ、この館の周辺を要塞化してしまわんか?」


 魔王が指を鳴らすと、控えていた側近――ヴォルグが、この周辺の地図を広げた。

 そこには、館を中心として広範囲にわたる開発計画が記されていた。


「館を改造するということですか? それはお断りします」


 俺は即答し、地図を手で遮った。

 俺の言葉に、ヴォルグがギョッとする。魔王の提案を遮るなど、不敬にも程があるからだ。

 だが、これだけは譲れない。


「この館は、シズさんの『体』そのものです。彼女の執着と怨念が染み付いた、大切な場所だ。壁一枚たりとも、無粋な魔改造で傷つけることは許しません」


 俺の言葉に、傍らに控えていたシズが目を見開き、少しだけ頬を赤らめた(ように見えた)。


「ククク……言うと思ったぞ。安心しろ、館には指一本触れん」


 魔王は楽しげに笑い、地図の外周を指でなぞった。


「我が提案するのは、館の『外』だ。この広大な森を切り拓き、魔物や魔族たちが暮らす『街』を作るのだ」

「街、ですか?」

「そうだ。人間どもがこの館に辿り着く前に、その街が防波堤となる。冒険者どもは街の魔族に阻まれ、館まで足を踏み入れることすらできなくなるだろう」


 なるほど。

 館を直接守るのではなく、周囲に強力な緩衝地帯を作るわけか。

 それなら、シズの平穏も、俺たちのプライバシーも守られる。


「悪くない話です。……ですが、そこは陛下の領土だ。街を作るなり何なり、勝手にすればいい」

「ほう?」


 魔王は面白そうに口の端を吊り上げ、身を乗り出した。


「ただし、僕たちが求めているのはあくまで『静寂』です。誰が街を作ろうと構いませんが、もしその街の管理者が僕たちの生活に干渉してきたり、騒音を撒き散らしたりするようなら……その時は、街ごと『掃除』させていただきますよ? 赤の他人に平穏を乱されるのは御免ですからね」


 俺は冷ややかな視線で地図を見つめた。

 ただの防波堤ではない。俺たちの「静寂」を守るための、完璧な環境でなければ意味がないのだ。


「ククク……はっきりと申したな。他人に管理されるのは御免、と」


 魔王は俺の脅しを面白がるように喉を鳴らした。


「そこで、もう一つの提案だ」


 彼は俺の目を覗き込み、重々しく告げた。


「その新しい街の『領主』を、貴様がやらんか?」


「……僕が?」


「うむ。貴様はこの地に骨を埋める覚悟があるのだろう? ならば、この地を治め、貴様好みの街にすればよい。人間どもが恐怖し、魔族たちが安らげる……そんな『魔都』を作り上げるのだ」


 領主。

 面倒な響きだ。

 だが、「自分好みの街」という言葉には惹かれるものがある。

 日本の怪談に出てくるような、柳の下に幽霊が出る通りや、夜な夜な百鬼夜行が練り歩く大通り。

 そんな街が作れるなら、それはそれで――。


「……面白そうですね」


 俺の口元が自然と歪んだ。


「いいでしょう。引き受けます。ただし、条件があります」

「申してみよ」

「街の景観は、僕が監修します。明るくて健全な街並みなんて御免です。常に薄暗く、霧が立ち込め、どこからか悲鳴のような風切り音が聞こえる……そんな『風情ある』街にさせていただきますよ」


 俺の狂った条件に、魔王は満足げに頷いた。


「望むところだ! 貴様の美的センス(狂気)には期待しておるぞ!」


 そして、魔王は懐から一つの指輪――ドス黒い宝石が埋め込まれたリングを取り出し、テーブルに投げた。


「それと、領主になる以上、無位無冠では格好がつかん。貴様に『伯爵』の位を授ける」

「伯爵、ですか?」

「うむ。『魔界伯』だ。人間でありながら魔族を統べる狂気の王。……クク、貴様にぴったりの肩書きだろう?」


 伯爵。

 俺はその指輪を手に取り、ニヤリと笑った。

 古城、幽霊、そして伯爵。完璧な組み合わせだ。


「悪くない響きだ。吸血鬼みたいで、この館の雰囲気にも合いますね」

「決まりだな!」


 魔王は立ち上がり、高らかに宣言した。


「ヴォルグ! 直ちに土木部隊と移住希望者を募れ! 今日よりここは、魔王軍直轄の特別自治区、『魔都ヨリシロ』となる! そして、その主は『ヨリシロ伯爵』である!」

「は、はっ! (魔界伯だと……!? 軍団長クラスの爵位を人間に……!?)」


 ヴォルグが驚愕に目を見開きながら敬礼する。


 こうして、俺は一介の「事故物件の住人」から、一躍「魔都の伯爵」へと出世することになった。

 シズが守り続けてきたこの館を中心に、最恐の都市伝説たちが闊歩する街が生まれる。

 それは人間たちにとって、悪夢以外の何物でもないだろう。


「忙しくなるぞ、シズ。君には『伯爵家のメイド長』として、街全体のメイドや執事の教育も任せることになるかもしれない」

「……はぁ。仕事が増える一方ですね。……でも、館を守ってくれるなら、文句は言いません」


 シズは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。

 俺たちの「平穏」を守るための、国づくりが幕を開けた。

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