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吸血鬼聖女ですが、信仰心があれば問題ないですよね?

作者: にしはじめ


 ここはルミエール教会の総本山。女神ルミエールを祀り(まつり)、讃える場所だ。

 そしてその教会の裏手にある、厳かな空気が漂う土地――ここはルミエール神の神域とされ、聖女候補者はここで毎日を暮らしている。


 聖女候補者とは、ルミエール神に特別な信仰心を持ち、且つ聖なる属性を宿す女性のことを指す。

 その中から聖女見習いが選ばれ、最終的に神から認められた者だけが、聖女となる。


 そして本日、第何千回目かの聖女認定試験が開催されていた。


「聖女見習いルナフィア、前へ」

「はいっ!」


 ルナフィアは五歳の頃、聖女に見出され、聖女候補となった少女だ。

 元は農村出身だが、持ち前の明るさと、何より女神ルミエールを心の底から讃えていた。

 その祈りは女神候補者のときから際立っており、いち早く見習いへと昇格している。


 そして現在、彼女は十三歳。これほど若くして聖女認定試験を受けられるほどの信仰心を持つのは、異例中の異例であった。


「さあ祈りなさい」


 聖域内にある御神木の前には祭壇があり、そこに年を得た神官と、そしてその向かい側には両ひざをついたルナフィアがいた。

 神官が合図をするとルナフィアは元気よく、御神木の前まで駆け足で近寄り、そして再び両ひざをついて祈りを捧げた。


「はいっ!! ルミちゃん様! あたし一生懸命お祈りします!!」

「……不敬な」


 神官が苦々しい顔でルナフィアを見る。

 女神ルミエールを「ルミちゃん様」などと呼ぶのは、神官にとって不敬極まりないことだ。

 しかし、彼女が祈りを捧げる姿勢を取った瞬間――聖域内に神々しい光が振り落ちた。


 その光はルナフィアを包み込むと、より一層光が輝いた。

 そして、まさしく天より声が降り注いだ。


(信徒ルナフィアよ、汝を我が聖女と認めよう)


 女神ルミエールの神聖なる声を聞いたルナフィアは、満面の笑みを浮かべた。


「ありがとうございますルミちゃん様! あたし、これからも一生懸命頑張ります!!」

(ふふっ、よろしくねルナちゃん)

「はいっ!!」


 彼女を包んでいた光が消えたのち、その手にはシンボルが握られていた。

 これこそが聖女の証である。


 若干十三歳の聖女が、新たに生まれたのだ。


====


 その日の晩のことだった。

 暗闇の中、人影が軽やかに屋根から屋根へと飛び移っていた。


「くくっ、新たな聖女か。そうはさせぬ。聖女の血を我らが暗黒神に捧げ、ルミエールの高慢な鼻を折ってやるわ」


 その人影は、女神ルミエールと対をなす暗黒神の忠実なる僕、真祖吸血鬼だった。


 新たに誕生した聖女は、明日市民へのお披露目と称してパレードに参加する。

 そのため、今夜は街中にある宿屋に泊っているのだ。

 普段、聖域にいる彼女たちを襲うことは、いくら真祖吸血鬼といえど不可能だ。結界に阻まれ侵入すら出来ないだろう。

 しかし、街中であれば聖域に比べ結界は緩い。

 それでも有象無象では入り込めないが、真祖吸血鬼ほどの力を持てば可能だった。


「血を吸って、吾輩の下僕にしてやるわ」


 殺すだけではダメなのだ。単なる悲劇で終わってしまう。

 新たに誕生した聖女を、闇に落ちた吸血鬼にすることで、ルミエール教の勢いも弱まる。


 そうして、屋根を飛び移っていた時だ。周囲で一番嫌な気配を感じ取った。


「おっと、ここが聖女の泊っている宿だな。ルミエールの嫌な臭いがぷんぷんするぞ」


 邪悪なまでの笑みを浮かべた彼はその気配を辿り、そして一つの部屋に行きつく。

 当然護衛はいたが、彼の眼を見た瞬間、立ちどころに倒れていく。

 吸血鬼が持つ邪眼の能力だ。


「さあ、聖女とご対面といこうか」


 音もなく、部屋の扉を開ける真祖吸血鬼。

 闇夜の中、若い女性が眠る部屋に侵入し、血を吸う。

 吸血鬼にとって、最高の舞台だろう。


 そして聖女の眠るベッドに近づいたときだ。


「……なんだこのだらしない寝相は」


 着ているパジャマはお腹丸出しであり、掛け布団は足で蹴られたのか床に落ち、よだれを流しながらいびきをかいて寝ている若い女性がいた。


 いくらなんでも、うら若き乙女の寝相ではない。

 聖女はもう少しお淑やかで、それでいて凛としたものがなるものだと、勝手に考えている。

 そう言ったものを闇に落としてこそ、吸血鬼としての生きがいではないのか。


「もしかして吾輩、侵入する部屋を間違えたのか?」


 しかし彼女から感じる気配は、まごうことなき憎きルミエールに間違いない。


 一旦目をふさいで、再び開く。

 だらしない寝相の聖女だからといって、手は抜かない。

 若干、いやかなり気を抜かれてしまったが、仕事は仕事だ。


「興は失せたが、まあ仕方あるまい。せめて血が美味ければいいのだが……」


 念のために魔眼を用いて、より深く眠りへと誘う。

 まあ魔眼を使わずとも、既に深く寝ているようだが、と思ってしまうほど、彼女は起きる気配が一切なかったが。


「では失礼」


 徐に首筋へと、鋭い二本の牙を立て、そして血を吸っていく。

 全身に駆け巡る、ルミエールの加護下にある聖女の血。

 それは暗黒神の僕である彼にとって毒と同じだ。


「くっ」


 痛みが全身を襲うが、それでも吸血を止めなかった。

 そうして暫くしたのち、徐々に聖女が闇に落ちていくのが感じ取られた。

 ここまでくれば、ルミエールの加護も関係ない。


「さあ、闇に落ちよ聖女よ」


 そして……真祖吸血鬼の吸血行為が終わり、新たな元聖女の吸血鬼が誕生した。




 それから五分……十分と経過するも、彼女は一向に目覚める気配がなかった。

 確かに彼は魔眼を使って深い眠りに誘ったが、吸血鬼にまでなったのだ。

 普通は転化の痛みで、すぐ飛び起きるはずなのだが……。


「…………いい加減に起きろっ!」

「んみゃ……まだ眠い……」


 痺れを切らした真祖吸血鬼が、ルナフィアの頭を叩く。

 それでも、頑なに起きない。


「いったい何なんだこいつは? 本当に聖女か? 吾輩、もしかして無関係のものを襲ってしまったのか?」


 もし聖女でないものを襲ってしまったのなら、それは失態である。

 真祖吸血鬼たるもの、目的の者を素早く、華麗に、そして美しく血を吸い、下僕を作るべきなのだ。これは彼が持っているプライドである。

 だが、ルミエールの加護を持っていたのは確かだ。目的の者か尋ねる必要がある。


 仕方ない、強制的に起こすか。


 そう考えた彼は、元聖女をベッドから蹴落とした。


「ふぎゃっ!? ……もぅ、一体なによ」


 寝ぼけ眼で、ようやく起き上がるルナフィア。

 呆れつつも、少し違和感を覚えた。

 何かが違う。歯車が一つかみ合っていないような、些細な違和感だ。


 それを無視して、真祖吸血鬼は名前を問いかけた。


「ようやく起きたか。まず名前を述べよ」

「……おじさん、だれ?」

「おじさんじゃないっ! 吾輩は、お前の名前を聞いているのだ! な・ま・え!」

「んー、あたし? ルナフィアだよ」


 ようやく名を聞けた。

 ルナフィア。

 事前に入手した情報と、相違ない。

 何せ、新たな聖女の誕生だ。街中お祭り騒ぎで、聖女の名を得るのに対して労力は必要なかった。


「ふむ、ルナフィアに問う。貴様は聖女だったものだな」

「ん? そうだよ。だった、じゃなくて今も聖女だもん。ちゃんと昨日ルミちゃん様から、聖女だって言われたからね」

「ル、ルミちゃんさま??」

「そう、ルミちゃん様。昔はルミちゃんって呼んでたんだけど、みんながね、様をつけろってうるさく言うから付けたんだよ」


 ああ、こいつ馬鹿だ。まさかこんな奴を聖女にするとは、ルミエール教会も人材不足なのか。

 なんか互いに大変だな。


 妙な親近感が沸いてしまったが、それを振り払い、ルナフィアへ一つの命令を下した。

 

「ではルナフィアに命ずる。街中の人間の血を吸いつくせ」

「えっ? いやだよ。なんであたしが血を吸わなきゃいけないの」

「!?」


 そこでようやく異常に気が付いた。

 普通、血を吸い下僕となったものは、主の命令には忠実のはずだ。

 それが効いていない。


「お前は、吾輩が血を吸い、吸血鬼となったのだ! いいから吾輩の命を聞け!!」

「ええええっっっ! あたし吸血鬼になっちゃったの!?」

「そうだ! なぜ分からぬ!?」

「違うもんっ! あたし聖女だもん! ルミちゃんさまっ! そうですよね!!」


 そうルナフィアが言った瞬間、爆発的な聖力が彼女から発せられた。

 更にルナフィアは両ひざを折り、ルミエールへと祈りをささげる。


「ルミちゃん様、あたし吸血鬼になったのですか?」


 その問いに答えるものは――いなかった。


「う、うえええぇぇぇぇんんん!! ルミちゃんさまぁ! ひっぐ、見捨てないでくださいぃぃぃぃ!」


 更に泣きながらも祈りを捧げる。

 するとどうだろう、屋根からまばゆいばかりの光が舞い降りてきた。


「ばっ、ばかな! なぜ吸血鬼が聖女の力を!?」


 今すぐここから逃げるべきだ。


 そう本能的に悟ったものの、身体が動かない。

 それは先ほど彼女から、ルミエールの加護を持つものから血を吸ったためだ。

 身体の内部に残っていた血が、彼女の聖なる力に呼応しているのだ。


 内部と外部、同時に聖なる力を浴びる真祖吸血鬼。

 いくら彼でも耐えられるはずがない。


 崩れ去っていく身体を必死で修復しようと力をふり絞るも、その努力も空しく灰へと変わっていく。


「ルミちゃんさまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ああ……暗黒神様……」


 最後に彼が見たものは、なぜか自分と同じように身体の一部が灰へと変わっていく聖女の姿だった。


====


「では、これより異端審問を始める。ルナフィアよ、そこに立つが良い」


 真祖吸血鬼の騒動から一夜が明けた。当然、泊っている宿では大騒ぎになっていた。


 聖女が泊っている部屋に、浄化された吸血鬼らしき跡と、何故か泣きながら祈りをささげている聖女の姿があったからだ。

 しかも聖女の姿は半分崩れていたのだ。


 そして浄化された吸血鬼、そこに落ちていた衣類や装備品から、誰なのか推測が立った。

 真祖吸血鬼。齢数千年という遥か昔から存在する、暗黒神の忠実なる僕。

 ルミエール教と対立し、歴史にもその名が幾度となく刻まれてきた強敵だ。

 また夜半過ぎ、護衛全員が急激な眠気に襲われたとの証言を得て、昨夜の事件の全貌が見えてきた。



 おそらく、真祖吸血鬼が聖女を襲おうと宿へ侵入し、血を吸いかけたものの、聖女の力で浄化されたのだろう。

 だが残念なことに、浄化は成功したものの、聖女は吸血鬼となった。


 本来ならば、彼女は英雄だ。

 何せ遥か昔から存在する、真祖吸血鬼を浄化したのだから。教会の悲願の一つでもある。

 しかし、いくらなんでも吸血鬼となった聖女をこのままにはしておけない。


 教会としては相打ちが望ましい。

 聖女の力で真祖吸血鬼を浄化したものの、敵も強力であり聖女も亡くなった。

 美談にできるからだ。


「教皇様! あたしはちゃんと聖女だもんっ! ルミちゃん様から聞いたもんっ!!」

「ええいルナフィア! いいからまずはそこに立て!」


 教皇は普段と変わらないルナフィアをみて、安心すると同時に、相変わらずな性格に苛立ってしまった。


 吸血鬼でも最上位に位置する真祖に直接血を吸われたのだ。

 いわば真祖の直系である。

 その力は強大であり、万が一暴れれば教会総本山としても全力で迎え撃つ必要があり、どれほどの犠牲者が出るか予想すらつかない。


 しかし普段通りのルナフィアを見て、安心してしまったのは仕方がないだろう。


「さてルナフィアよ、汝は真祖吸血鬼を浄化させた。それは正しいか?」

「さあ?」

「さあ? じゃないっ! 昨夜の出来事をこと細かく述べよ!!」

「でもあのおじさんに、お前は吸血鬼であって聖女ではない、と言われて必死でルミちゃん様にお祈りしてたら、いつの間にか消えてたんだもん。浄化とか知らない」

「あ、ああ……そうか」


 教皇は内心イラッとした。

 しかしルナフィアに陳述せよ、ということは無理難題を押し付けている、ということも分かっている。

 ふぅ、と一息ついて、改めてルナフィアを見る。


 青白い顔、口を開けば目につく二本の鋭い牙。そして爛々(らんらん)と輝く深紅の眼。

 どこからどうみても、吸血鬼だ。百人に聞けば百人とも吸血鬼だと断定する。

 それは間違いないだろう。


 しかし問題は聖女の力を使えるかどうか、だ。

 報告によれば、泣きながら女神ルミエールに祈りを捧げていたという。

 その際、聖女特有の白き聖なる力を発していたらしい。


 吸血鬼が聖女の力を使うなど前代未聞だ。


「ルナフィアよ、何か聖女の力を使って見せることはできるか?」

「え? 何もないのに聖女の力は使っちゃいけません、って教皇様言ってたじゃん」

「今はその、何もある状態だっ! きちんと証明しろっ、この馬鹿娘!」

「馬鹿って言われた! もー、仕方ないヒステリックお爺ちゃんだなぁ。見せてあげるよ」


 誰のせいでヒステリックになってると思っているのだ!

 そう怒鳴りたくなる教皇。

 歴史ある異端審判だが、これだけ馬鹿げた内容は生まれて初めてだった。


「ルミちゃん様、お願いします。みなに祝福を授けてあげて。特にヒステリックお爺ちゃんには念入りに」


 その場で両ひざを折り、ルミエールへと祈る。

 するとどうだろう、聖女特有の白い光が会場全体へと広がっていく。

 その光に包まれると、女神の聖なる加護が体内に宿っていく。

 聖女の祝福だ。


 会場にどよめきが起こる。


 吸血鬼が聖女の力を使った!?

 ばかな、ルミエール様は何を考えられておられるのだ!


 そう言ったざわめきなど、一切気にする様子もなくルナフィアが、少し首を傾げた。


「……あれ?」

「どうしたのだ?」

「ん-、なんか違和感があるなぁ……って」


 そりゃそうだろう。吸血鬼が……暗黒神の僕が、相反する聖なる力を使ったのだから。


「どう違和感があるのだ?」

「なんていうか、みんな祝福を授かったはずなのに……あたしだけ、何となくちょっぴり不幸になった気がする」


 どういうことだ?


 そう思った瞬間、ルナフィアが立ち上がろうとして、こけた。


「あれ? なんで?」


 再び立ち上がろうとすると、今度は設置された机の角に頭をぶつける。


「いたっ!」


 ……もしかして、これは反動では?


 祝福は神の加護を一定時間付与するものだ。

 その内容は、幸運が高くなると言われている。

 そして先ほどルナフィアはちょっぴり不幸になったと言っていた。

 聖なる力を使えば、吸血鬼の身体が反応して、反動でダメージを喰らうのではないだろうか。


 そう推測する教皇。


「儂に回復をかけてみせよ」

「えぇ……教皇様、どこも怪我してないのに……」

「いいから使え!」

「ごめんなさいルミちゃん様、どこも怪我していないのに、教皇様がどうしてもって言うから、ちょっぴりだけ回復して貰えますか?」


 いちいちイラッと来る真言だ。

 どうしてこのようなふざけた真言に、ルミエール様が力を与えるのだろうか。


 しかし、ちゃんと白い光が教皇の身体を包み込み、回復魔法がかかる。

 それと同時にルナフィアが叫んだ。


「いったぁぁぁい!!」


 よく見ると、身体の一部が焦げたように白い煙を吐いていた。


 やはり反動か。

 回復をかけると、その力の反動として吸血鬼の身体にダメージが入るのだ。

 だが真祖吸血鬼の直系は強力な力を持つ。それは自己回復もそうだ。

 瞬く間に焦げた一部が元に戻っていく。


「ええ? なんでぇぇぇ。ルミちゃんさまぁ! ……あっ、もしかしてこれが神の試練!?」

「違う馬鹿者! こんなもの神の試練などではないわっ!」


 しかしこれは厄介だった。

 聖女の力は失われていないし、吸血鬼になったとしても、今のところ変わった様子は一切ない。

 現状では処断するべき理由が薄い。


 一旦様子見が良いだろう。


 何せ久しぶりの聖女が誕生したのだ。ここで水を差せば、住民らの不安が高まる。

 それに何といっても、真祖吸血鬼を浄化させた功績は非常に高い。

 新聖女がさっそく暗黒神の僕を浄化した、と宣伝すれば否が応でも期待は高まるだろう。


「ルナフィアよ、お前は吸血鬼となってしまったが、ちゃんと聖女の力を扱えることを証明した」

「はい?」

「お前は吸血鬼だが、これからも聖女を続けるのか?」



「もちろんです! どんな種族だろうが、ルミちゃん様への信仰心があれば問題ありません!!」





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