第七十二話:混沌の都市と異界の住民
次元の根源にある「大樹」から、自身の故郷である地球に酷似した次元へと転移した龍馬は、目の前に広がる光景に驚きを隠せなかった。見慣れたはずの都市の風景は、異次元の建造物や、地球には存在しない種族で溢れかえっていた。
『マスター! 魔力反応の解析を進めています! この次元は、複数の異次元の魔力が複雑に混じり合っており、それぞれの次元の法則が衝突しています!』
ルミリアの声が、龍馬の心の中で響いた。その声には、この次元の異常な状態に対する困惑が滲んでいる。
「複数の次元が融合しているのか……。これは、俺がこれまで見てきた『歪み』とは、また違うな。」
龍馬は、周囲を見渡した。彼の目の前を、鳥のような翼を持つ『風の民』に似た者たちが空を飛び交い、遠くには、『幻の森』で見たような淡い光を放つ植物が生い茂っている。一方で、高層ビルの間には、見慣れない機械仕掛けの構造物がそびえ立ち、その間を、奇妙な乗り物が音もなく行き交っている。
人々は、一見すると平和に暮らしているように見えるが、その表情には、どこか「困惑」と「諦め」が混じり合っていた。彼らは、互いの文化や常識が異なることで生じる小さな摩擦に、日々疲弊しているようだった。
龍馬は、路地裏に設置された公共のモニターに目をやった。そこには、この都市の現状を伝えるニュースが流れていた。
『……現在、異次元からの流入が続き、各区域での文化摩擦が深刻化しております。政府は、多次元間協力機構と連携し、事態の収拾に努めておりますが、未だ解決の糸口は見えておりません……。』
ニュースキャスターの声は、どこか諦めを含んでおり、この都市が抱える問題の根深さを物語っていた。
『マスター。この次元の『ズレ』は、『文化』と『法則』の衝突です。複数の次元が強制的に融合したことで、人々の『理解』と『調和』が失われ、それがこの都市の『停滞』を生み出しています。』
ルミリアが、この次元の歪みの本質を解析した。物理的な破壊ではなく、精神的、社会的な「混沌」こそが、この世界の歪みだった。
龍馬は、街を歩く人々の表情を注意深く観察した。確かに、彼らの瞳の奥には、互いへの不信感や、未来への漠然とした不安が見て取れた。
その時、龍馬の耳に、微かな「悲鳴」が届いた。彼は、すぐにその声のする方へと走り出した。
悲鳴が聞こえたのは、狭い路地裏だった。そこでは、地球人と異種族の若者たちが、口論をしている。地球人の若者は、異種族の若者が持つ、奇妙な形状の装置を指差し、怒鳴りつけていた。
「おい! その変な機械、使うんじゃねえって言っただろ! 俺たちの常識と合わないんだよ!」
異種族の若者は、言葉が通じないのか、困惑した表情で首を傾げている。すると、地球人の若者が、手を出そうとしたその瞬間、龍馬が間に入った。
「やめろ! 何があった?」
龍馬が声をかけると、両者は驚いたように龍馬を見た。異種族の若者は、龍馬の持つ魔力に、どこか畏敬の念を抱いたようだった。
地球人の若者は、龍馬の突然の登場に戸惑いながらも、状況を説明した。どうやら、異種族の若者が使用していた装置が、地球の電気系統に干渉し、周囲の機器に誤作動を引き起こしたらしい。
龍馬は、異種族の若者が持つ装置に手を触れた。自身の『調律の魔法』を流し込むと、装置から放たれる魔力の波長が、地球の電気系統と衝突している原因を瞬時に理解した。
龍馬は、装置の魔力回路をわずかに調整した。金色の光が装置を包み込み、その波長が、地球の法則と調和するように変化する。すると、周囲の機器の誤作動が止まり、正常に戻った。
地球人の若者は、その光景に驚き、目を見開いた。異種族の若者もまた、装置が正常に機能するようになったことに、安堵の表情を浮かべた。
「これは……! お前、一体何者なんだ!?」
地球人の若者が、龍馬に尋ねた。
龍馬は、静かに答えた。
「俺は、ただの旅人だ。この世界の『歪み』を、少しだけ調律させてもらった。」
龍馬の言葉に、両者は困惑しながらも、どこか安心した表情を浮かべた。彼らの間にあった緊張が、少しだけ和らいだのが分かる。
『マスター。彼らの間の『不信』の感情が、微かにですが、調律されました。』
ルミリアが、喜びの声を上げた。
この次元の『歪み』は、単純な力で解決できるものではない。互いを理解しようとしない『心』の歪み。龍馬の『調律者』としての真の力は、ここでも『共感』と『対話』によって、人々の心に希望の光を灯すことにあるだろう。
彼の新たな旅は、混沌とした都市の『調和』を取り戻し、多様な種族が共存する未来を築くための、壮大な物語として、今、始まった。




