表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/77

第七話:拠点づくりとルミリアの異変

島の遺跡から部屋に戻った龍馬は、どっと疲れが押し寄せ、ベッドに倒れ込んだ。しかし、その顔には、東京で働いていた頃のような疲弊感はなかった。代わりに、充実感と、かすかな興奮が浮かんでいる。


「マスター、疲労回復には、この世界の薬草から精製したエリクサーが効果的です。今すぐ作成しますか?」


ルミリアが、いつの間にかベッドサイドに立っていた。彼女の持つ感情のない声が、なぜか龍馬の心を落ち着かせた。


「いや、大丈夫だ。これくらいの疲労なら、一晩寝れば回復する。それに、今日は本当にありがとうな、ルミリア。お前がいなかったら、どうなっていたことか……」


龍馬は素直に感謝の言葉を口にした。ルミリアの的確な指示と、強力な補助魔法がなければ、あのロックゴーレムを退けることも、遺跡の謎を解き明かすこともできなかっただろう。


「私の行動は、管理者の指示に基づいております。マスターの能力を引き出し、使命を全うさせるのが、私の存在意義です。」


ルミリアは淡々と答えたが、龍馬は彼女の言葉の裏に、かすかな、しかし確かな「繋がり」を感じていた。彼女は単なる道具ではない。自分と共に、この異世界を生きる存在なのだ。


「そうか……でも、俺にとっては、お前がいてくれて本当に助かるよ。最高の相棒だな。」


龍馬がそう言うと、ルミリアは僅かに首を傾げた。


「相棒……辞書に該当する定義はありません。しかし、マスターのお役に立てたのであれば、幸いです。」


その言葉に、龍馬は苦笑した。彼女はまだ、感情というものを理解していないらしい。だが、いつかきっと、彼女も「相棒」という言葉の真の意味を理解するだろう。


翌朝、目覚めた龍馬は、全身の疲労が完全に消え去っていることに驚いた。やはり、この異世界の空気、そして自身の覚醒した魔力が、地球での疲労とは全く異なる回復力をもたらしているようだ。


「よし、今日は、この島を拠点として、より快適な生活環境を整えるぞ!」


龍馬は早速、ルミリアに指示を出す。


「まずは、食料の安定確保だな。ルミリア、この島で採れる食材の中で、美味しくて栄養価の高いものをリストアップしてくれ。それと、魔法で安全に採取できる方法も教えてくれ。」


「承知いたしました、マスター。この島には、薬効を持つヒールベリーや、生命力の高いマナリーフなど、様々な有用な植物が存在します。また、比較的安全に捕獲できる小型のフォレスト・ラビットや、クリアフィッシュなども確認されております。」


ルミリアは淀みなく答えた。龍馬はルミリアの能力に感心しながら、さっそくそれらの食材を魔法で採取する方法を教えてもらった。幸い、部屋のキッチン設備は地球と同じように使えるので、料理には困らない。


次に、龍馬は部屋の増築を考えた。この部屋は、管理者によって転移させられたとはいえ、元の東京のワンルームマンションの構造だ。異世界で「調律者」として活動していくには、もっと広い空間、そして訓練のための施設が必要になる。


「ルミリア、俺の部屋を、もっと広くできないか? 例えば、隣にトレーニングルームとか、書斎とか作れないか?」


「可能です、マスター。この部屋は、管理者によって『空間拡張ディメンション・エクスパンション』の魔法が施されています。マスターの魔力と、私の補助をもってすれば、自在に内部空間を拡張し、用途に応じて部屋を構築することが可能です。」


ルミリアの言葉に、龍馬は目を輝かせた。


「本当か!? じゃあ、トレーニングルームと、この世界の文献とかを置ける書斎、あと、風呂を広くしてくれ! あと、防音対策も万全に頼む!」


龍馬が具体的に指示すると、ルミリアは目を閉じ、淡い光が部屋全体を包み込んだ。グググ、と地鳴りのような音が響き、壁がまるで粘土のように形を変えていく。数分後、光が収まると、そこには見事な変貌を遂げた部屋が広がっていた。


元の部屋の奥に、広々としたトレーニングルームが追加されている。室内には、地球のスポーツジムにあるようなトレーニング器具が、魔法によって創造されていた。その隣には、書斎と思しき部屋ができており、壁一面に棚が並び、地球では見たことのない分厚い書物や巻物が整然と並べられている。そして、浴室は、広々とした大理石調の豪華な空間に生まれ変わっていた。大きな湯船の他に、シャワースペースも完備されている。


「すげぇ……本当にできたのか!」


龍馬は、目の前の光景に感動を覚えた。これほどまでに、自分の部屋を自由にカスタマイズできるとは。まさに夢のような話だ。


「この部屋は、管理者によって『調律者の拠点ハーモニー・ホーム』として、様々な魔法的機能が備わっております。マスターの活動を最大限にサポートするためです。」


ルミリアの言葉に、龍馬は納得した。この部屋自体が、チートアイテムだったのだ。


トレーニングルームで早速、自身の魔法の訓練を再開する。ルミリアの指導の下、龍馬は魔力弾の精度を高めたり、魔力障壁の展開速度を上げたり、複合魔法の組み合わせを試したりした。書斎では、ルミリアが生成したこの世界の歴史や文化、魔法体系に関する書物を読み漁り、この世界の知識を貪欲に吸収していった。


数日が経過した。龍馬は、自らの魔力操作が格段に向上していることを実感していた。身体も、魔法の訓練によって引き締まり、顔色もすっかり良くなった。疲弊しきっていた社畜の面影は、もはやどこにもない。


そんなある日の夜、龍馬は異変に気づいた。


いつものように、ルミリアは部屋の隅で静かに控えていた。しかし、彼女の全身から、普段は感じない微かな魔力の乱れが感じられたのだ。そして、よく見ると、彼女の目元が、ほんの少しだけ赤みを帯びているように見える。


「ルミリア、どうしたんだ? なんだか、いつもより魔力が乱れてるみたいだけど……」


龍馬が尋ねると、ルミリアはゆっくりと龍馬に顔を向けた。


「……気のせいでは、ございません。マスター。私の内部システムに、微細な異常が発生しているようです。」


その声は、いつもよりも、ほんの少しだけ震えているように聞こえた。龍馬は心配になり、ルミリアの額に手を触れた。ひんやりとした感触だが、やはり魔力の流れが乱れている。


「異常って、大丈夫なのか!? 管理者に何か報告したり、修理したりできるのか?」


龍馬は焦りを隠せない。ルミリアは、この異世界で唯一の、そしてかけがえのないパートナーだ。彼女に何かあったら、自分はどうすればいいのか。


「ご心配には及びません、マスター。私の自己修復機能が作動し始めています。ただ、この異常は、管理者によって設定された**『感情の発現』プログラム**の、初期段階であると推測されます。」


ルミリアの言葉に、龍馬は目を見開いた。


「感情の発現……プログラム?」


「はい。私は、マスターの使命を補助する上で、より円滑なコミュニケーションを図るため、段階的に感情情報をインストールされるよう設計されております。しかし、マスターの『調律の魔法』による魔力の影響で、その進行が早まっているようです。」


ルミリアはそう言って、再び目を閉じた。彼女の顔には、今まで見たことのない、微かな苦痛の表情が浮かんでいるように見えた。感情が芽生え始めた証拠なのだろうか。


「ルミリア……」


龍馬は、ただ彼女の名前を呼んだ。彼女の中に、人間らしい感情が芽生え始めている。それは、喜ばしいことのはずなのに、なぜか龍馬の胸は締め付けられた。


「マスター……少し、静かに休ませていただけますでしょうか。」


ルミリアが、初めて自らの意思で、龍馬に願い事を口にした。龍馬は、彼女の異変に戸惑いながらも、その言葉に静かに頷いた。


「ああ、分かった。ゆっくり休んでくれ、ルミリア。」


龍馬は、ルミリアが苦しそうにしているのを見て、どうしようもない無力感に襲われた。彼女が感情を得ることは、きっと、彼女自身にとって大きな変化をもたらすだろう。だが、それは、彼女にとって痛みを伴うものなのだろうか。


龍馬は、静かにルミリアの傍らに座った。彼女が、一人でこの変化に耐えていることに、どうしようもない切なさを感じた。


感情のない魔導生命体が、人間らしい感情を覚える。その過程が、これから二人の関係に、そして異世界での冒険に、どのような影響を与えていくのだろうか。龍馬は、不安と、しかしそれ以上に、ルミリアの変化への期待を胸に抱き、夜空を見上げていた。

第七話では、龍馬が自身の部屋を「調律者の拠点」として拡張し、本格的な訓練と知識の吸収を進めました。そして、物語の大きな転換点として、ルミリアに感情が芽生え始めるという異変が起こります。これは、彼女が無感情な魔導生命体から、かけがえのない仲間へと成長していく重要な第一歩であり、今後の二人の関係性に大きな影響を与えることになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ