第六十一話:燃える砂漠と孤独な探求者
「忘れられた歌声」が響く幻の森を後にした龍馬は、新たな次元へと転移した。光が収まると、彼の目の前に広がっていたのは、灼熱の太陽が照りつける広大な砂漠だった。地平線の彼方まで続く赤い砂と岩山、そして、空には複数の月が奇妙な輝きを放っている。生命の気配は、ほとんど感じられない。
『マスター。ここが、次の次元です。この次元の魔力は、非常に高温で乾燥しており、かつてないほど『熱』の魔力が強く観測されます。そして、微かな『渇望』の魔力を感知します。』
ルミリアの声が、龍馬の心の中で響いた。彼女の声には、この過酷な環境への警戒が滲んでいる。
「熱と乾燥……。前に訪れた砂漠とは、また違う雰囲気だな。」
龍馬は、額の汗を拭った。彼の肌はすぐに乾燥し始め、喉がカラカラになるのを感じる。しかし、彼の体には、これまでの旅で培われた適応能力が備わっていた。
『マスター。この次元の『渇望』の魔力は、水や生命に対する原始的なものではありません。もっと根源的な、『知識』に対する渇望です。』
ルミリアの解析に、龍馬は眉をひそめた。知識への渇望。それは、かつて戦った「知識の管理者」を彷彿とさせる。しかし、この場所から感じる渇望は、どこか切実で、哀愁を帯びていた。
龍馬は、灼熱の砂漠の中を進んでいく。彼の足音だけが、虚しく砂に吸い込まれる。しばらくすると、彼の目に、砂漠のど真ん中に立つ、巨大な建造物が飛び込んできた。それは、まるで砂漠から生えてきたかのような、不自然なほど巨大な塔だった。塔は、無数の石のブロックで築かれており、その表面には、古代の文字や紋様が刻まれている。
塔に近づくと、その入り口は、巨大な扉で塞がれていた。扉には、複雑な魔術的な封印が施されているのが分かる。
『マスター。この塔から、非常に強い『知識』の魔力と、『探求』の感情を感知します。そして、この封印は、内側からかけられています。』
ルミリアが、緊迫した声で告げた。内側からの封印。それは、この塔の中に、誰かが閉じこもっていることを示唆していた。
龍馬は、扉に手を触れた。冷たく、しかし、その表面からは、計り知れないほどの『知識』と、それを求める強い『渇望』の感情が伝わってくる。
その時、扉の奥から、微かな声が響いた。それは、老いた男の声のようだったが、どこか疲れ切っており、今にも消え入りそうだった。
「……誰だ……。この我の……『知の牢獄』に……足を踏み入れる愚か者は……。」
声は、龍馬を拒絶するように響いた。
『マスター! この声は、この塔の主です! 彼は、自身の『知識』を外界から守るため、自らをこの塔に閉じ込めているようです!』
ルミリアが、その存在の正体を告げた。
「知の牢獄だと? お前は、何者だ?」
龍馬が尋ねると、声はかすかに震えた。
「……我は……この星の……『最後の知識人』……。そして……全ての『知識』を……探求し続ける者……。」
最後の知識人。その言葉は、彼の『孤独』を如実に物語っていた。
『マスター。彼の『渇望』は、尽きることのない『知識』の探求によって、彼自身が『孤独』に陥ってしまったことに起因しています。彼は、知識を深めるほどに、他者との隔たりを感じ、自らを孤立させていったようです。』
ルミリアが、彼の歪みの本質を解析した。彼は、知識を求めるあまり、自ら孤独を選んでしまったのだ。
「お前は、知識を求めるあまり、孤独になったのか? その知識は、誰かと分かち合ってこそ意味があるんじゃないのか!?」
龍馬は、その閉じられた扉に向かって叫んだ。
「……分かち合う……? それは……過去の……愚かな……行い……。知識は……奪われ……歪められ……そして……争いの……種となる……。」
彼の声には、深い『絶望』と『不信』が込められていた。彼は、過去に、自身の知識を悪用された経験があるのかもしれない。
龍馬は、扉の封印へと自身の『調律の魔法』を流し込んだ。金色の光が封印を包み込み、その強力な魔力を解き放とうとする。しかし、封印は固く、龍馬の魔力を弾き返そうとする。
「……無駄なこと……。この封印は……我自身の……『絶望』と『不信』で……築き上げられたもの……。お前のような……希望の光では……開くことは……できぬ……。」
最後の知識人の声は、諦めと、そして自らの孤独を受け入れたかのように響いた。
『マスター。彼の『絶望』と『不信』を調律しなければ、この封印は解除できません。そして、彼の『知識への渇望』の歪みも、完全に解消されません。』
ルミリアが、困難な調律の課題を提示した。
龍馬は、この過酷な砂漠の星で、孤独な探求者との対峙を決意した。彼の『調律者』としての真の力は、物理的な封印を解くだけでなく、心の奥底に閉じ込められた『絶望』と『不信』を癒し、再び彼に『希望』の光を灯すことにあるだろう。




