第六話:古代の記録と管理者への手がかり
遺跡の奥深くへと足を踏み入れた龍馬とルミリアは、ひんやりとした石の通路を進んでいった。壁には、見たことのない文字や記号が刻まれている。時折、耳を澄ますと、どこからか水の滴る音が聞こえてくる。
「この通路は、一体どこまで続いているんだ?」
龍馬が尋ねると、ルミリアは冷静に答えた。
「この先には、この遺跡の中枢部、すなわち魔術式の制御システムがあるはずです。そして、おそらくこの島の、あるいは管理者の、何らかの記録も存在しているでしょう。」
通路は緩やかな下り坂になっており、やがて開けた空間へと繋がった。そこは、広々とした円形の部屋で、中央には祭壇のような石の台座が置かれていた。台座の上には、巨大な水晶の球体が輝き、その周囲には、さらに複雑な魔術式が床や壁に刻まれている。
「これが、中枢か……」
龍馬は息を呑んだ。部屋全体から放たれる魔力の波動が、肌をピリピリと刺激する。
「はい、マスター。この水晶球こそが、この遺跡の魔術式を統括する**制御核**です。そして、周囲の壁に刻まれた記号は、この島の、あるいは管理者の、古代の記録である可能性が高いです。」
ルミリアはそう言って、壁に刻まれた記号に手を触れた。すると、彼女の指先から淡い光が放たれ、記号が鮮やかに浮かび上がった。
「これは……文字か?」
龍馬が近づくと、ルミリアは頷いた。
「はい。この世界の古代文字です。管理者の情報によれば、マスターは言語のインストールが完了しているため、読解可能です。」
龍馬は半信半疑で、その文字に目を凝らした。すると、不思議なことに、その複雑な記号が、まるで日本語のようにスラスラと頭に入ってくる。
『……太古の昔より、この世界には魔力が満ちていた。我ら**賢者**は、その魔力を操り、文明を築き上げた。しかし、魔力の濫用は、世界の均衡を崩し、異次元からの干渉を招いた。』
龍馬は読み進めるうちに、背筋が寒くなった。異次元からの干渉? まるで、自分たちがいる世界のことではないか。
『……魔力バランスの崩壊は、世界を混沌へと陥れた。我々は、その破滅から逃れるため、そして、世界を救うため、**調律者**の召喚を計画した。』
「調律者……俺のことか?」
龍馬が呟くと、ルミリアは静かに頷いた。
『……しかし、召喚は困難を極めた。異なる次元の存在を引き寄せるには、莫大な魔力と、複雑な次元魔術式が必要となる。我々は、自らの生命と引き換えに、星の管理者と契約を結び、遠い未来に適合者を召喚することを託した。』
「星の管理者……それが、俺を呼んだ奴らか!」
龍馬は思わず声を上げた。これまで謎だった「管理者」の正体が、少しだけ見えてきた気がした。彼らは、太古の賢者と契約を結び、世界を救うために龍馬を召喚したのだ。
『……召喚は、時空間の歪みを生み、予期せぬ場所へと適合者を導く可能性がある。だが、彼こそが、世界の調律を果たす唯一の希望となるだろう。』
記録はそこで途切れていた。龍馬は壁から目を離し、目の前の制御核を見つめた。
「つまり、俺は、この世界の魔力バランスを元に戻すために、はるか昔の賢者たちが、星の管理者と契約して召喚した存在、ってことか……」
疲弊しきっていた日常から突如放り出され、異世界に召喚された自分。その壮大な理由に、龍馬は複雑な感情を抱いた。ただの保険会社の営業マンだった自分が、世界の命運を握る「調律者」だなんて。
「マスター、この記録は、あなたがこの世界に召喚された理由と目的の、まさに核心部分です。この制御核を正常化させることで、この島の魔力バランスは完全に安定し、ひいてはこの世界の安定にも繋がります。」
ルミリアが説明する。
「どうすれば、正常化できるんだ?」
「先ほどと同様、マスターの『調律の魔法』を、この制御核に集中して発動させてください。この核は、島の全ての魔力と魔術式を司っています。慎重に行ってください。」
龍馬は深呼吸をした。右手から淡い青い光が放たれ、その光が制御核に吸い込まれていく。昨日の比ではない、強大な魔力が水晶球から放出され、龍馬の全身を包み込んだ。
「うっ……!」
魔力の波が、龍馬の精神に直接語りかけてくるような感覚。それは、喜びでも、怒りでもなく、ただひたすらな「流れ」だった。乱れ、歪み、そして悲鳴を上げている魔力の流れを、龍馬は懸命に正常な状態へと「調律」していく。
時間がどれだけ過ぎたのか、龍馬には分からなかった。全身から汗が噴き出し、魔力の消耗で視界がかすむ。だが、彼は諦めなかった。この世界の未来が、今、自分の両肩にかかっている。
やがて、水晶球から放たれる光が、安定した輝きを放ち始めた。重苦しかった空気は消え去り、澄んだ、清らかな魔力が部屋を満たしていく。
「……終わったのか?」
龍馬が問いかけると、ルミリアは静かに頷いた。
「はい、マスター。見事です。この島の魔力バランスは、完全に正常化されました。魔物の異常な活性化も収まるでしょう。」
龍馬は膝から崩れ落ちそうになるほどの疲労を感じたが、それと同時に、胸に広がる達成感に、言葉を失った。自分が、この手で、世界の一部を「調律」したのだ。
「これで、島のロックゴーレムも、もう出てこないのか?」
「はい。制御核が正常化したため、魔力供給の異常は解消されました。しかし、完全に消滅したわけではありませんので、外出の際は引き続き警戒が必要です。」
ルミリアはそう言った。
龍馬は、疲労困憊の体を引きずりながら、再び壁の記録に目を向けた。今度は、別の場所を読み始める。
『……調律者よ、汝が使命を果たすならば、この世界の深淵に眠る禁忌の魔法にも目を向けよ。それは、世界を救う力にも、滅ぼす力にもなり得る。』
「禁忌の魔法……?」
龍馬は眉をひそめた。まだ、何か隠されているのか。
『……汝の傍らに、常に魔導の絆が光り輝かんことを。彼女は、汝の杖となり、盾となり、そして、汝の道を照らす灯火となるだろう。』
龍馬は、その言葉に、ルミリアの顔を見上げた。彼女はただ、無感情な瞳で龍馬を見つめ返している。魔導の絆。それは、ルミリアのことだろうか。
「ルミリア……」
龍馬が名を呼ぶと、ルミリアは一歩近づいた。
「はい、マスター。」
「俺は、これから、この世界の調律者として、何をすればいいんだ? この島を出て、外界に行くべきなのか?」
「管理者の情報によれば、マスターの次の目的地は、この大陸の西方に位置する大樹の国、エルフヘイムです。そこには、世界の魔力バランスに影響を及ぼす、新たな異変の兆候が確認されています。」
エルフヘイム。また新たな場所の名前が出てきた。龍馬の異世界での冒険は、まだ始まったばかりだ。そして、その道のりは、想像以上に壮大なものになるらしい。
疲労はピークに達していたが、龍馬の心は、不思議と充実感に満たされていた。東京での、あの灰色の日々とは全く違う、未知なる未来が、彼の目の前に広がっていた。
「よし、ルミリア。まずは、この島を拠点に、体力を回復させて、この世界のことをもっと知る必要があるな。それから、エルフヘイムとやらを目指そう。」
龍馬の言葉に、ルミリアは無言で頷いた。
窓の外では、夕焼けが広がり、遺跡の石壁が赤く染まっている。この異世界での、新たな生活の始まりだった。
第六話では、遺跡の中枢部に到達し、古代の記録から管理者の正体と龍馬の使命が明らかになりました。調律の魔法を使い、島の魔力バランスを正常化させることで、龍馬は自身の能力と使命への理解を深めます。さらに、次の目的地として「エルフヘイム」が提示され、物語が大きく動き出す予感を漂わせました。ルミリアとの絆も、言葉は少なくとも深まりつつあります。