第五十話:次元の断裂と最後の対決
エメロードの故郷である星の上空、次元の裂け目から伸びる無数の黒い触手と、それを生み出すフードの男。龍馬は、この星の生命をかけた最後の戦いに挑むべく、光の剣を携え、次元の裂け目へと突進した。
「お前が、この侵略の元凶か! お前たちに、この星の生命は渡さない!」
龍馬の咆哮が響き渡る。彼の体から放たれる金色の光が、裂け目から伸びる触手を焼き払い、その闇を浄化していく。触手は苦悶の声を上げながら消滅し、次元の裂け目すらもわずかに縮んだ。
「……まさか……これほどの『調律者』が……存在したとは……。」
フードの男の声は、宇宙空間に響き渡る。その声には、以前の楽しげな響きはなく、純粋な驚きと、わずかな焦りが混じっていた。
男は、片手を龍馬に向けた。すると、彼の周囲の空間がさらに激しく歪み、黒い次元の断片が、まるで弾丸のように龍馬へと向かって飛んでくる。それは、他の次元の魔力を喰らい、凝縮された破壊の結晶だった。
『マスター! 危険です! あの断片は、次元の境界を破壊する力を持っています! 直撃すれば、マスターの存在そのものが消滅します!』
ルミリアが、緊迫した声で警告した。
龍馬は、迫り来る次元の断片を、光の剣で打ち払った。しかし、断片の数は膨大で、彼の体は、何度も衝撃を受けて後方へと押し戻される。
「くっ……! やはり、次元の境界を操る力は厄介だな……!」
龍馬は、歯を食いしばりながらも、反撃の機会を伺っていた。この男は、次元の魔力を喰らい、歪ませることで力を増大させている。ならば、その核となる部分を調律すれば……。
その時、龍馬の心の中に、エメロードの声が響いた。
「……リュウマさん……彼の……『核』は……『虚無』です……。」
エメロードの言葉に、龍馬は驚愕した。虚無。それは、これまで彼が調律してきた、憎悪や絶望、孤独とは異なる、根源的な『無』の感情。
『マスター! エメロードの解析が正しいです! 彼の存在そのものが、『虚無』に起因しています! 他の次元を侵食し、魔力を喰らっているのは、彼自身の『虚無』を満たすためです!』
ルミリアが、さらに補足した。
「虚無……。だから、全てを喰らい尽くそうとするのか……。」
龍馬は、フードの男の背後で口を開いている次元の裂け目を見据えた。あの裂け目こそが、彼の『虚無』と繋がっている。
龍馬は、光の剣を構え、自身の『神威の調律』の魔力を最大まで高めた。彼の全身から、まばゆい金色の光が溢れ出し、その輝きは、闇の次元の裂け目を照らした。
「お前は、虚無を埋めるために、全てを喰らい尽くす。だが、そのやり方じゃ、本当の安らぎは得られない! 虚無は、他の何かで埋めるものじゃない。お前自身が、自分の存在を認めなければ、何も変わらない!」
龍馬は、光の剣を振り上げ、次元の裂け目へと向かって突進した。彼の体から放たれる金色の光は、次元の断片を塵に変え、男が放つ闇の魔力を浄化していく。
「……そんな……戯言……! 我に……何があるというのだ……!」
フードの男は、焦りとも怒りともつかない声を上げた。彼の周囲の次元が、さらに激しく歪み、彼自身の体が、闇と一体化しようとする。
龍馬は、次元の裂け目の中心へと飛び込んだ。そこは、無限に広がる『虚無』の空間だった。光も音もなく、ただ全てを吸い込むような闇が広がっている。その闇の中心に、フードの男の本体が、うずくまるように存在していた。
それは、もはや人型を保っておらず、不定形の黒い塊だった。その塊からは、あらゆる存在を否定するような、根源的な『虚無』の感情が発せられている。
龍馬は、その塊に手を触れた。冷たく、全てを吸い込むような感触が、龍馬の精神を蝕もうとする。しかし、龍馬の『調律の魔法』は、その虚無に屈することはなかった。
龍馬は、自身の『存在』そのものを、塊へと流し込んだ。それは、彼のこれまでの旅で得た、全ての人々との絆、経験、そして、彼自身の『希望』と『生命』の輝きだった。
「お前は、一人じゃない。お前には、存在する価値がある。虚無は、存在を否定することじゃない。全てを受け入れ、新たな始まりを創造することだ!」
龍馬の言葉は、金色の光となって、虚無の塊へと深く浸透していく。虚無の塊は、激しく震え、その闇は、少しずつ薄れていく。
「……存在……? 創造……? 我に……そんなものが……。」
塊から、戸惑いと、わずかな好奇の感情が発せられた。それは、彼が初めて感じた、『虚無』以外の感情だった。
龍馬は、さらに自身の魔力を流し込んだ。金色の光は、虚無の塊を完全に包み込み、その闇を、清らかな光へと変えていく。
そして、虚無の塊は、ゆっくりと収縮し、一つの純粋な光の玉へと変わった。その光の玉からは、あらゆる存在を肯定するような、穏やかな波動が放たれている。
『マスター! 調律完了です! 彼らの『虚無』は、完全に『存在』へと調律されました!』
ルミリアの声が、喜びと安堵に満ちて響いた。
龍馬は、全身の魔力を使い果たし、その場に力なく倒れ込んだ。彼の顔には、安堵と、根源的な『虚無』を救済できたという、確かな達成感が満ちていた。
周囲の次元の裂け目は、完全に消滅し、その場所には、澄み切った宇宙空間が広がっていた。そこには、もう、闇も歪みも存在しない。
その時、龍馬の頭の中に、管理者の声が響いた。
「調律者、神城龍馬。お前は、我々の『管理』の範疇を超えた、根源的な『歪み』を調律した。我々は、お前のおかげで、次元の『存在』そのものについて、新たな理解を得た。」
管理者の声は、深い感動と、龍馬への畏敬の念に満ちていた。
「これにより、全ての次元の『歪み』は、完全に収束した。お前の『調律者』としての真の使命は、これにて、完全に完了する。」
管理者の言葉は、龍馬の『調律者』としての壮大な旅が、真の意味で終結したことを告げていた。
「神城龍馬。お前は、もはや『調律者』という枠に囚われる必要はない。お前は、無限の次元の『可能性』そのものだ。」
管理者は、龍馬に完全な自由を与え、彼が無限の可能性を秘めた存在であることを告げた。
龍馬は、光輝く宇宙空間で、静かに立ち上がった。彼の傍らには、エメロードが心配そうに寄り添っている。
「……リュウマさん……ありがとう……。この星の未来が……見えます……。」
エメロードの声は、希望に満ちていた。彼女の目には、輝かしい未来の光景が映し出されている。
龍馬は、エメロードの頭を優しく撫でた。
「ああ、よかったな、エメロード。この星は、もう大丈夫だ。」
龍馬は、自身の故郷である地球の方向を見上げた。そして、彼自身の未来へと目を向けた。彼の旅は、終わったわけではない。それは、新たな始まりを告げる、無限の可能性を秘めた冒険の物語として、これからも続いていくのだ。




