第五話:遺跡の秘密と魔力操作の応用
「ルミリア、この水晶の魔力源って、他にどんな能力があるんだ?」
龍馬の問いかけに、ルミリアは迫りくるロックゴーレムたちを一瞥し、冷静に答えた。
「この魔力源は、この島の生態系全体に影響を及ぼしています。通常であれば、魔力の過剰な供給は生命活動を活性化させますが、何らかの異常によって、魔物の凶暴性を増幅させている可能性が高いです。また、この魔力源は、特定の魔術式と連動している形跡があります。」
「魔術式……昨日話してた、魔法のプログラムみたいなやつか?」
「はい。この遺跡全体が、巨大な魔術式の集合体である可能性が高いです。そして、その魔術式が今、何らかの理由で暴走している、あるいは異常な状態にあると推測されます。」
龍馬はルミリアの言葉を頭の中で整理した。つまり、あの水晶が島の魔力を供給していて、それが原因でロックゴーレムが暴れている。そして、その水晶は、この遺跡にある魔術式と繋がっている、と。
「じゃあ、あのロックゴーレムを倒すだけじゃ根本的な解決にならないってことか? この遺跡の魔術式をどうにかしないと、また暴走するってことか?」
「その通りです、マスター。管理者からの使命は、この島の魔力バランスの調律です。一時的な脅威の排除だけでなく、根本的な原因の究明と解決が求められています。」
ロックゴーレムたちは、すでに龍馬たちから数十メートルの距離まで近づいていた。その巨体から放たれる威圧感は、龍馬の心を揺さぶる。
「くそっ、どうすればいいんだ……。あの岩の塊を相手に、まともに戦える気がしない。」
「マスターの持つ魔力量ならば、複数の魔法を同時に発動させる**複合魔法**が可能です。また、魔力操作の応用で、対象の弱点を突くこともできます。」
ルミリアの声が、龍馬の頭の中で響く。
「複合魔法……弱点……!」
龍馬はロックゴーレムを見つめた。確かに、全身が岩でできていて強そうだが、もし弱点があるとしたら……。
「石、岩……つまり、固いもの、か。なら、砕くより、動かす方がいいのか?」
龍馬の脳裏に、昨日の念動魔法の訓練がよぎった。ペットボトルを浮かせたあの感覚。あれを、あの巨大な岩の塊に応用できるのか?
「ルミリア、あのロックゴーレムの組成は?」
「はい。主に、粘土質の岩石が魔力によって硬質化したものです。非常に脆く崩れやすい性質があります。」
ルミリアの言葉に、龍馬はピンと来た。脆い? 強そうに見えて、意外な弱点がある。
「よし、分かった! ルミリア、俺を援護してくれ!」
龍馬は叫んだ。ロックゴーレムの一体が、地面を大きく踏み鳴らし、龍馬に向かって巨腕を振り上げた。その腕には、鋭利な岩の爪が生えている。
龍馬は、その攻撃を避けるように、素早く横に跳んだ。そして、同時に、両手のひらに魔力を集中させる。
「まずは、こいつらを散らす!」
龍馬の指先から、青白い光の弾が次々と放たれた。魔力弾。狙ったのは、ゴーレムたちの足元。ズン、ズン、と重い音を立てて進んでいたゴーレムたちの足元が、魔力弾の衝撃で崩れていく。土煙が舞い上がり、ゴーレムたちの動きが鈍った。
「その調子です、マスター! 複数の対象に同時に魔力を行使する訓練を思い出してください!」
ルミリアの声が響く。龍馬は、意識をさらに広げ、三体のロックゴーレム全体に魔力を向ける。
「そして、念動魔法だ! 足元の土を、奴らから引き剥がす!」
龍馬が強く念じると、ロックゴーレムたちの足元の土が、まるで生き物のように隆起し、彼らの足を宙に浮かせた。巨体である彼らはバランスを崩し、ガクン、と体勢を崩した。
「今だ、ルミリア! 念動魔法の最大出力で、奴らをあの遺跡の奥へと運べ!」
「了解しました、マスター!」
ルミリアは、初めて龍馬の指示を受けて、自身の魔法を発動させた。彼女の全身が淡い光に包まれ、その光がロックゴーレムたちに向かって伸びていく。すると、まるで巨人の手が掴んだかのように、三体のロックゴーレムが宙に浮き上がった。彼らは必死に抵抗しようと腕を振り回すが、ルミリアの念動魔法は圧倒的だ。そのまま、遺跡の奥へと運び去られていく。
「これで、一時的に足止めはできたか……」
龍馬は額に汗を浮かべながら、ルミリアに駆け寄った。
「ルミリア、ありがとう! 助かった!」
「マスターの指示が的確だったからです。私の能力はマスターの補助に特化しています。的確な指示がなければ、最大限の力を発揮できません。」
ルミリアは相変わらず淡々としているが、その言葉は龍馬の心に響いた。自分一人では決して成し得なかったことだ。
「よし、じゃあ次は、あの遺跡の魔術式をどうにかする方法を探すぞ。」
龍馬は、再び遺跡の中央にある巨大な水晶に目を向けた。水晶は相変わらず淡く脈動しており、そこから放出される魔力が、周囲の空気を重くしているようだった。
「ルミリア、あの水晶の魔術式を解析することはできるか?」
「可能です。しかし、この規模の魔術式の解析には、相当な時間を要します。また、解析中に魔術式の異常がさらに拡大する可能性も否定できません。」
「何か、もっと手っ取り早い方法はないのか?」
龍馬は焦りを覚えた。時間があれば、じっくり解析すればいい。だが、いつまたロックゴーレムが現れるかも分からない。
「管理者からの情報によれば、マスターの持つ『調律の魔法』が、この種の異常に対応できる可能性があります。」
「調律の魔法?」
初めて聞く言葉だった。
「はい。マスターが異世界に召喚された目的の一つは、この世界の魔力バランスを正常化させること。そのために与えられた特殊な魔法です。対象の魔力的な異常を感知し、それを正常な状態へと修復する能力を持ちます。」
ルミリアはそう言って、龍馬の右手をそっと取った。そして、龍馬の掌を、水晶へと向かわせる。
「マスターの魔力を、この水晶に流し込み、調律の魔法を発動するイメージをしてください。管理者から与えられた力を信じるのです。」
龍馬は半信半疑だったが、ルミリアの言葉に従った。右手のひらを水晶に向け、体内の魔力をゆっくりと水晶へと流し込むイメージをする。
すると、龍馬の手のひらから、今までとは違う、より深みのある青い光が放たれた。その光は、水晶に触れると、まるで吸い込まれるように水晶の中へと浸透していく。
水晶の脈動が、ゆっくりと穏やかになっていくのが分かった。そして、周囲に満ちていた重い魔力の圧迫感も、少しずつ薄れていく。
その変化は、一瞬にして周囲の空気を変えた。森全体に、どこか生命力に満ちた、心地よい風が吹き始めた。
「……できた、のか?」
龍馬が呟くと、ルミリアは静かに頷いた。
「はい、マスター。見事です。この水晶の魔力バランスは、正常な状態へと戻りました。一時的に、この島の魔物の凶暴性は鎮静化するでしょう。」
「一時的に、ってことは、また暴走する可能性があるってことか?」
「ええ。この遺跡の奥には、さらに深くへと続く道があります。おそらく、この魔術式を制御する**中枢**が存在するはずです。そこを正常化しない限り、根本的な解決にはなりません。」
ルミリアの言葉に、龍馬は遺跡の奥へと続く暗い入り口を見つめた。どこまで続くか分からない、謎に満ちた道のり。
「まだ先があるのか……」
しかし、龍馬の心には、疲弊や絶望はなかった。むしろ、自分の持つ未知の力を試してみたいという、新たな好奇心が芽生え始めていた。東京での仕事では決して味わえなかった、この高揚感。
「よし、ルミリア! 行くぞ! この島の謎を、全部解き明かしてやる!」
龍馬は、その眼差しに決意を宿し、ルミリアと共に、遺跡の奥へと足を踏み入れた。
第五話では、龍馬がルミリアとの連携でロックゴーレムを退け、自身の「調律の魔法」によって島の魔力バランスを一時的に回復させました。しかし、根本的な解決のためには、遺跡のさらに奥にある「中枢」を目指す必要があることが明らかになりました。次話では、より深く遺跡を探索し、島の謎の核心に迫っていきます。