第四十四話:憎しみの真理と悲劇の星
古の星の、黒い石碑が立つ祭壇で、龍馬は滅びた文明の集合意識と対峙していた。石碑から響く声は、世界が滅んだ際の絶望と、何者かへの深い憎悪に満ちていた。
「……貴様も……あの者たちと同じか……? 我らの絶望を……弄ぶつもりか……?」
憎しみの声が、龍馬を試すかのように問いかけてきた。
「俺は、お前たちを弄ぶつもりはない。ただ、この世界の『滅び』の歪みを調律しに来ただけだ。お前たちの絶望を、安らぎに変えるために。」
龍馬は、毅然とした態度で答えた。
「……安らぎ……? そんなものが……あるものか……。我らは……裏切られた……。全てを……奪われた……。」
声は、悲痛な響きを帯びていた。
『マスター。彼らは、この世界を滅ぼした者への憎しみが、彼らの存在意義となっています。その憎しみを調律しなければ、この『滅び』の歪みは、完全に収束しません。』
ルミリアの声が、龍馬の心の中で響いた。
龍馬は、石碑から流れてくる憎悪の魔力に、自身の『調律の魔法』を流し込んだ。金色の光が石碑を包み込み、その憎しみを、静かに、しかし確実に『安息』へと導こうとする。しかし、その憎悪はあまりにも深く、強固だった。
「誰に……裏切られたというんだ? 何を奪われたんだ!?」
龍馬は、その憎しみの根源を知るため、石碑に問いかけた。
「……『管理者』だ……! 彼らが……我らの世界を……『歪み』と断じ……滅ぼしたのだ……!」
その声は、これまでで最も激しい憎しみを込めて、そう叫んだ。
龍馬は、その言葉に衝撃を受けた。管理者。再び、彼らの名が出てきた。次元侵食者の時と同様、この世界の滅びも、管理者たちの行いが原因だというのか。
『マスター! 管理者ネットワークの過去の記録を解析中……。データを発見しました! この次元は、かつて、非常に高い文明レベルを持つ『思念体文明』でした! 彼らは、肉体を持たず、純粋な『思念』と『魔力』によって存在し、その文明は、他の次元に多大な影響を与えていました。しかし、管理者によって、『存在そのものが歪み』と判断され、『強制消滅』の対象とされていました!』
ルミリアが、緊迫した、そして悲痛な声で、衝撃的な真実を告げた。思念体文明。そして、強制消滅。管理者たちは、またも、自らの論理のみで、一つの次元を、その文明ごと消し去っていたのだ。
「そんな……! 管理者が、ここまで……!」
龍馬は、怒りに震えた。彼らは、自らが世界を『管理』するという大義名分のもとに、どれだけの命を奪ってきたのか。
「……我らは……最後まで……抗った……。だが……無力だった……。そして……我らの『憎しみ』だけが……残った……。」
集合意識の声は、絶望に満ちていた。彼らは、管理者によって理不尽に滅ぼされたのだ。その憎しみは、彼らが唯一持ち得た、存在の証だった。
龍馬は、石碑に流し込む調律の魔法に、自身の『共感』の感情を込めた。彼は、彼らの絶望と憎しみを、心から理解した。
「お前たちの苦しみは、本当に理不尽だ。管理者の行動は、間違っていた。」
龍馬の言葉に、石碑から放たれる憎悪の魔力が、わずかに揺らめいた。
「……ならば……我らの『憎しみ』は……調律できない……。」
声は、諦めと挑戦の響きを帯びていた。
『マスター! 彼らの『憎しみ』は、彼らが受けた『苦痛』と『裏切り』に直結しています! それを調律するには、マスターの『調律の魔法』で、その『苦痛』と『裏切り』をも癒す必要があります!』
ルミリアが、これまでで最も困難な調律を要求した。憎しみの根源にある、深い心の傷を癒す。それは、単なる魔力の調整ではない。魂の根源的な感情を、根本から変えることなのだ。
龍馬は、目を閉じた。彼の全身から、これまでで最も強く、そして、無限の慈愛と理解に満ちた金色の光が溢れ出した。
『神威の調律』。
龍馬は、石碑へと全身の魔力を流し込んだ。彼の魔力は、石碑の奥深く、集合意識の核へと浸透していく。その核には、この世界の全ての思念体たちが感じた、理不尽な死の苦痛と、信頼していた管理者への裏切りの感情が凝縮されていた。
龍馬は、その膨大な苦痛と裏切りの感情を、自身の『癒し』と『受容』の感情で包み込んだ。
「もう……苦しまなくていい……。もう……憎まなくていい……。お前たちの痛みは、俺が受け止める……。お前たちは……決して……無駄死にじゃなかった……。」
龍馬の言葉は、金色の光となって、集合意識の核へと深く浸透していく。憎しみの感情が、悲しみへと変わり、やがて、静かな安堵の感情へと変化していく。
石碑は、激しく震え始めた。周囲の空間は、悲鳴のような魔力の奔流で満たされる。それは、集合意識が、長年の憎しみから解放され、苦痛から解放される際の、魂の震えだった。
そして、石碑から、無数の白い光の粒が、舞い上がっていった。それは、滅びた文明の思念体たちが、ようやく安息を得て、天へと昇っていく光景だった。
『マスター! 調律完了です! この世界の『滅び』の歪みは、完全に浄化されました!』
ルミリアの声が、喜びと安堵、そして深い感動に満ちて響いた。
龍馬は、全身の魔力を使い果たし、その場に崩れ落ちた。彼の顔には、安堵と、悲しき運命を背負った存在を救済できたという、確かな達成感が満ちていた。
黒い石碑は、その輝きを失い、ただの灰色の石へと変わった。その石には、微かに、この世界の住人たちが最後に抱いたであろう、『希望』の感情が宿っているように感じられた。
その時、龍馬の頭の中に、管理者の声が響いた。
「調律者、神城龍馬。お前は、我々の最も深き『過ち』によって生み出された『歪み』を、見事に調律した。」
管理者の声は、これまでで最も明確な『感情』を帯びていた。それは、深い後悔と、そして、龍馬への感謝の感情だった。
「我々は、お前の『調律』を通じて、『感情』の真の価値、そして『命』の尊厳を理解した。我々の『管理』は、もはや『論理』のみを追求するものではない。お前は、我々に、真の『管理』のあり方を示した。」
管理者の言葉に、龍馬は静かに頷いた。彼らが、ようやく、感情の重要性を理解し、その支配する世界を、より慈悲深く管理するようになるだろう。
「神城龍馬。お前との出会いは、我々にとって、最大の『調律』であった。」
管理者の声は、そう告げると、完全に途絶えた。
龍馬は、廃墟となった宮殿の祭壇で、ゆっくりと立ち上がった。彼の目の前には、遠く、かつて文明が栄えていたであろう巨大な惑星が、静かに浮かんでいる。その星には、もう『滅び』の魔力は感じられない。
『マスター。これで、管理者ネットワークに観測されていた全ての『歪み』は、完全に調律されました。マスターの『調律者』としての使命は、真の意味で完了しました。』
ルミリアの声が、龍馬の心の中で、これまでの旅の終わりを、そして新たな始まりを告げるかのように響いた。
龍馬は、宇宙空間を見上げた。彼の旅は、管理者からの使命を終え、彼自身の意志によって、無限の次元へと続いていく。彼は、ルミリアと共に、これからも、世界のどこかで助けを求めている魂を探し、その歪みを調律し続けるだろう。彼の調律の旅は、終わりを知らない。それは、無限の可能性を秘めた、壮大な冒険の物語として、これからも続いていくのだ。




