第四十一話:無限の創造と孤独の調律
広大な砂漠の真ん中に現れた図書館の幻影。その奥で、龍馬は知識の管理者と対峙していた。ローブを纏った中性的なその存在は、自らの無限の『創造』と『知識』の追求こそが『歪み』であるという龍馬の言葉を、愚かなことだと一蹴した。
「……無意味な……。我の『創造』は……止まらぬ……。お前も……我が知識の糧となるがいい……。」
知識の管理者は、その手にまばゆい光を宿らせた。その光は、あらゆる情報を吸収し、新たな創造へと変換しようとする、恐るべき魔力だった。光は、龍馬へと容赦なく迫りくる。
『マスター! 危険です! あの魔力は、マスターの知識や経験をも吸収しようとしています!』
ルミリアが、心の中で警告した。
龍馬は、迫りくる光を、自身の『創生の咆哮』で受け止めた。金色の光が、知識の管理者の魔力と衝突し、空間に激しい波動を巻き起こす。創造と創造がぶつかり合う、異質な戦いだった。
知識の管理者の魔力は、触れるものを『情報』として解析し、新たな『創造物』として再構築しようとする。龍馬の『調律の魔法』は、その創造の奔流を『安息』へと導き、その『歪み』を修正しようとした。
「お前の創造は、この世界を滅ぼそうとしている! 無限の創造は、やがて何もかもを飲み込むんだ!」
龍馬は、知識の管理者に訴え続けた。しかし、知識の管理者は、龍馬の言葉に耳を傾けることなく、次々と新たな幻影を生み出していく。灼熱の砂漠に、突如として氷の山脈が現れ、その山頂には、見たこともない奇妙な生物たちが生成され、蠢き始める。
『マスター! 彼らは、マスターの言葉を『知識』として認識し、それを元に新たな『創造物』を生み出しています!』
ルミリアの解析に、龍馬は愕然とした。彼の言葉が、さらに歪みを増幅させているのだ。
「くそっ、どうすればいいんだ……!?」
龍馬は、焦燥に駆られた。これまでの敵とは、全く異なる性質を持つ相手だった。破壊の魔力は調律できる。負の感情も癒せる。しかし、純粋な『創造』の魔力を、どう調律すればいいのか。
知識の管理者は、龍馬の苦悩を理解しているかのように、無数の幻影の書物を生成し、龍馬へと降り注がせた。書物は、それぞれが異なる次元の知識を宿しており、龍馬の精神へと情報を送り込もうとする。
『マスター! 彼らは、マスターの精神を『知識』で飽和させようとしています! 危険です!』
ルミリアが、緊迫した声で叫んだ。
龍馬は、自身の精神に流れ込んでくる膨大な情報に耐えながら、知識の管理者の核へと意識を集中した。その核には、どこか寂しげな、しかし満たされることのない『渇望』の感情が隠されているように感じられた。それは、アヴァロンの住民たちが抱いていた『渇望』とは異なる、より根源的な『孤独』の渇望だった。
「お前は……一人なのか……?」
龍馬は、その『孤独』の感情に触れた瞬間、思わず呟いた。
知識の管理者は、一瞬だけ動きを止めた。その無表情な顔に、微かな動揺が走ったように見えた。
「……孤独……? 我に……感情など……。」
その声は、かすかに震えているようだった。
『マスター! 知識の管理者は、感情を排除し、ひたすら『創造』と『知識』を追求することで、自らの存在意義を見出していたようです! 彼らは、自らが孤独であることを、認識していませんでした!』
ルミリアが、驚きの解析結果を伝えた。知識の管理者は、感情を持つことを否定し、それゆえに自らの『孤独』をも認識していなかった。そして、その『孤独』を満たすために、無限の『創造』を繰り返していたのだ。
龍馬は、その真実に、胸が締め付けられる思いだった。彼は、自身の『調律の魔法』を、知識の管理者の核へと流し込んだ。金色の光が、知識の管理者の体を包み込み、その無限の『創造』の魔力を、ゆっくりと、しかし確実に『安息』へと導いていく。
龍馬は、自身の『共感』と『温かさ』の感情を、知識の管理者へと流し込んだ。そして、心の中で、彼に語りかけた。
「もう、一人じゃない。お前は、もう、無限に創造しなくてもいい。お前の知識は、もう、十分すぎるほどだ。」
龍馬の言葉は、金色の光となって、知識の管理者の核へと深く浸透していく。無限に生成されていた幻影が、徐々に薄れていく。砂漠に現れていた氷の山脈も、溶けて消え去っていく。
知識の管理者の無表情な顔に、微かな『悲しみ』、そして『安堵』の感情が浮かび上がった。それは、彼が初めて認識した、そして受け入れた感情だった。
「……安息……。これ……が……。」
知識の管理者の声は、途切れ途切れだった。その体から放たれていた魔力は、穏やかな光となり、空間全体を満たした。
そして、知識の管理者の体は、光の粒となって、静かに消滅した。その場には、彼が最後に生成したのだろうか、一冊の小さな書物が残されていた。
龍馬は、全身の魔力を使い果たし、その場に崩れ落ちた。だが、彼の顔には、安堵と、孤独な存在を救済できたという、確かな達成感が満ちていた。
『マスター! 調律完了です! 知識の管理者の歪みは、完全に浄化されました!』
ルミリアの声が、喜びと安堵に満ちて響いた。
龍馬は、残された書物を手に取った。書物の表紙には、彼が今まで調律してきた全ての次元の歴史が、簡潔に記されていた。そして、最後のページには、こう書かれていた。
『創造とは、喜び。知識とは、安息。』
それは、知識の管理者が、最後に到達した真理だったのだろう。無限の創造を追求する中で、彼が本当に求めていたのは、安息と、そして、孤独からの解放だったのだ。
その時、龍馬の頭の中に、管理者の声が響いた。
「調律者、神城龍馬。お前は、我々の『論理』では理解し得なかった『孤独』という感情の歪みを、見事に調律した。」
管理者は、龍馬の功績を称えた。その声には、以前よりも、はるかに明確な『感情』が感じられた。
「お前は、我々に『感情』の真の可能性を示した。我々の『管理』は、お前との出会いによって、新たな段階へと進むだろう。」
管理者の言葉に、龍馬は複雑な感情を抱いた。彼らが、ようやく感情の重要性を理解し始めたのだ。
「お前の『調律者』としての真の使命は、これにて完了する。しかし、お前が望むなら、いつでも我々のネットワークにアクセスし、次元を超えた旅を続けることができる。」
管理者は、龍馬に完全な自由を与えた。
龍馬は、砂漠の空を見上げた。二つの月が、穏やかに輝いている。彼の『調律者』としての旅は、管理者からの使命を終え、彼自身の意志によって、新たな段階へと進む。そして、彼は、ルミリアと共に、無限に広がる次元の可能性を、これからも探求し続けるだろう。




