第三十五話:魂の目覚めと侵食者の影
『影の領域』を浄化し、『魂喰らいの結晶』を調律した龍馬は、ガルー族のリーダーと共に、彼らの聖地である『聖なる岩山』へと向かっていた。岩山へと続く道は、以前とは比べ物にならないほど、清らかな魔力に満ちていた。
「この空気の清らかさ……本当に、龍馬殿のおかげだ。」
リーダーは、清々しい空気を感じ取り、龍馬に心から感謝の言葉を述べた。彼の顔には、安堵と、龍馬への深い信頼が浮かんでいる。
『マスター。魂喰らいの結晶が浄化されたことで、この世界の『信仰の歪み』は、完全に収束しました。これにより、『大いなる獣の魂』への侵食も、完全に停止しているはずです。』
ルミリアの声が、龍馬の心の中で響いた。
聖なる岩山の頂上は、巨大な祭壇のようになっており、その中央には、まばゆい光を放つ巨大な水晶が鎮座していた。それが、『大いなる獣の魂』だ。水晶は、青白い光を放ち、その光は、この世界の生命の息吹そのもののように、穏やかに脈動していた。
しかし、その水晶の表面には、まだ微かに黒い染みが残っていた。それは、侵食の痕跡だった。
「これが、『大いなる獣の魂』……。」
龍馬は、その威容に圧倒されながら、水晶へと近づいた。その光は、温かく、そして、どこか懐かしい生命の力を感じさせた。
ガルー族の長老が、他の部族の者たちと共に、龍馬たちを待っていた。長老は、龍馬が浄化された『影の領域』から戻ってきたことに、深く安堵の表情を浮かべた。
「よくぞ戻られた、調律者殿。お貴様が『影の領域』を浄化したおかげで、我らの心も穏やかになった。これで、信じることができる。どうか、『大いなる獣の魂』を、調律してほしい。」
長老は、深々と頭を下げた。彼の言葉には、龍馬への全幅の信頼が込められていた。
龍馬は、その信頼に応えるべく、水晶に手を触れた。冷たい感触と共に、膨大な生命の魔力が、龍馬の体に流れ込んでくる。その魔力は、この世界の全ての生命と繋がっており、その中に、わずかな『痛み』と『悲しみ』の感情が混じっているのが分かった。
『マスター。この『痛み』と『悲しみ』は、『侵食』によって『大いなる獣の魂』が受けた傷です。マスターの『調律の魔法』で、その傷を癒す必要があります。』
ルミリアが、龍馬の心の中で告げた。
龍馬は、自身の『調律の魔法』を、水晶へと流し込んだ。金色の光が水晶を包み込み、その表面に残っていた黒い染みを、ゆっくりと消し去っていく。龍馬の魔力は、水晶の奥深くへと浸透し、その傷を癒していく。
魂の『痛み』と『悲しみ』が、龍馬の心へと流れ込んでくる。それは、この世界が侵食によって受けた苦痛そのものだった。しかし、龍馬は、その全てを受け止め、自身の『癒し』と『安らぎ』の感情を、水晶へと注ぎ込んだ。
金色の光は、さらに強く輝き、水晶の黒い染みは、完全に消え去った。そして、水晶は、本来の純粋な青白い光を放ち、その輝きは、天空へと昇っていく。
ズウウウウウウン……!
『大いなる獣の魂』が、完全に目覚めたことを示すかのように、世界中に響き渡る。その魂は、この世界の全ての生命と共鳴し、大地は揺れ、木々はざわめき、動物たちは喜びの声を上げた。
龍馬は、全身の魔力を使い果たし、その場に崩れ落ちた。だが、彼の顔には、安堵と、この世界の生命を救済できたという、確かな達成感が満ちていた。
『マスター! 『大いなる獣の魂』の調律、完了しました! この世界の魔力バランスは、完全に回復しました!』
ルミリアの声が、喜びと感動に満ちて響いた。
ガルー族の長老は、その光景を前に、涙を流しながら龍馬に深々と頭を下げた。
「感謝いたします、調律者殿! お貴様は、我らの世界を救ってくださった! 我らガルー族は、永遠にお貴様の恩を忘れない!」
長老の言葉に、他のガルー族の者たちも、龍馬に感謝の言葉を述べた。彼らは、龍馬を真の救世主として崇めていた。
その時、龍馬の頭の中に、管理者の声が響いた。
「調律者、神城龍馬。よくやった。この次元の『歪み』は、複雑な性質を持っていたが、お前は見事にそれを調律した。」
管理者は、龍馬の功績を称賛した。
「しかし、この『侵食』の痕跡は、まだ完全に消滅したわけではない。この『侵食』は、他の次元からも観測されている。その根源は、この世界の者ではない。」
管理者の言葉に、龍馬は眉をひそめた。『侵食』の根源が、この世界の者ではない。それは、彼がこれまで戦ってきた、魔力を歪ませる『悪意』を持つ存在がいるということなのか。
「その存在は、『次元侵食者』と呼ばれている。彼らは、次元の魔力を喰らい、歪ませることで、自身の力を増大させている。彼らは、未だ活動を続けている。」
管理者の言葉に、龍馬は新たな、そして最も危険な敵の存在を知った。次元を喰らう者。それが、エルフヘイムの侵食魔法や、この世界の『侵食』の真の原因だったのだ。
「次元侵食者……。」
龍馬は、その言葉を反芻した。彼の調律の旅は、単なる世界の歪みを正すだけでなく、悪意ある存在との戦いへと、その性質を変えようとしていた。
「次の目的地は、その『次元侵食者』の活動が最も活発な次元だ。その次元の座標を転送する。」
管理者の声は、そう告げると、完全に途絶えた。
龍馬は、ガルー族の長老に別れを告げた。長老は、龍馬の新たな旅路を祝福し、いつか再び、この世界を訪れることを願った。
龍馬は、拠点である部屋に戻り、次の目的地へと向かう準備を始めた。彼の心は、新たな敵の存在を知り、より一層引き締まっていた。
『マスター。次元侵食者との戦いは、これまでの調律とは、全く異なるものになるでしょう。しかし、私も、マスターと共に、この脅威に立ち向かいます。』
ルミリアの声は、いつものように冷静でありながら、龍馬への揺るぎない決意が込められていた。
龍馬は、ルミリアの言葉に力強く頷いた。
「ああ、分かってる。俺は、もう迷わない。どんな敵が相手だろうと、この世界の、そして、他の次元の平和を守ってみせる!」
龍馬は、次元転移装置を起動させた。青白い光が部屋を包み込み、龍馬の体は、新たな戦いの地へと旅立っていく。彼の『調律者』としての真の戦いは、今、まさに幕を開けようとしていた。




