第三十四話:信仰の歪みと「魂喰らい」
『影の領域』に現れた影の存在たちは、過去の『怨念』が魔力として凝縮されたものだった。彼らは怨嗟の声を上げ、龍馬たちに襲いかかった。
「信仰の歪みが生み出した存在だと……!?」
龍馬は、自身の『調律の魔法』で、迫りくる影の存在を薙ぎ払った。金色の光が影を貫き、彼らは悲鳴を上げることなく霧散していく。しかし、倒しても倒しても、次々と新たな影が現れ、彼らの数は減る気配がない。
『マスター。これらの存在は、この領域の負の魔力を吸収し、無限に再生します! 根本を絶たなければ、際限がありません!』
ルミリアの声が、龍馬の心の中で警告した。
龍馬は、影の存在たちを掻い潜り、領域のさらに奥へと進んだ。進むにつれて、霧は一層濃くなり、空気は重苦しさを増していく。地面には、黒い粘液がより一層広がり、まるで生き物のように蠢いている。
その時、龍馬の視界の先に、異様な光景が飛び込んできた。そこには、巨大な水晶が、黒い粘液に半分ほど浸かりながら、不気味な光を放っていた。その水晶からは、無数の黒い触手が伸び、周囲に漂う影の存在を捕らえ、その魔力を吸い取っているようだった。
「あれが……『信仰の歪み』の核か!?」
龍馬は、その水晶から、これまで感じたことのないほど強烈な負の魔力を感じ取った。それは、この世界の『信仰』そのものが、深く歪められていることを示唆していた。
『マスター! あれは『魂喰らいの結晶』です! この世界の信仰心が歪んだ結果、生まれた存在です! 周囲の負の感情や、影の存在の魔力を吸収し、成長しています!』
ルミリアが、水晶の正体を告げた。魂を喰らう結晶。その名が示すように、この存在は、この世界の生命の根源を脅かしている。
水晶の周囲には、これまでよりもはるかに巨大で、より攻撃的な影の存在たちが群がっていた。彼らは、龍馬たちを異物と見なし、一斉に襲いかかってきた。
「リーダー! こいつらと戦いながら、あの水晶に近づくぞ!」
龍馬は、ガルー族のリーダーに指示を出し、自身の『神威の調律』を解き放った。金色の光が空間に広がり、影の存在たちを一時的に怯ませる。
リーダーもまた、雄叫びを上げ、獣人ならではの俊敏な動きで影の存在たちを突き刺していく。
龍馬は、影の存在たちを突破し、『魂喰らいの結晶』へと近づいた。結晶からは、無数の黒い触手が龍馬へと伸びてくる。龍馬は、触手を魔法で弾き飛ばしながら、結晶の表面に手を触れた。
冷たく、そして、吐き気を催すような負の魔力が、龍馬の体に流れ込んでくる。その魔力は、この世界のガルー族たちが抱いていた、不信、猜疑心、嫉妬、そして憎悪といった、あらゆる負の感情が凝縮されたものだった。
『マスター! 結晶の負の魔力が、マスターの精神を侵食しようとしています!』
ルミリアが、心の中で警告する。
龍馬は、その侵食に耐えながら、自身の『調律の魔法』を結晶へと流し込んだ。金色の光が、結晶を覆う黒い粘液を焼き払い、内部へと浸透していく。
しかし、結晶の抵抗は凄まじかった。これまで調律してきたどの歪みよりも、強固で、そして悪質だった。まるで、この世界の負の感情そのものが、龍馬の調律を拒んでいるかのようだった。
「くっ……! なんて強固な歪みだ……!」
龍馬は、全身から魔力を放出しながら、歯を食いしばった。額には、脂汗が滲み、呼吸が荒くなる。
その時、龍馬の脳裏に、ガルー族の長老の言葉が響いた。
「『大いなる獣の魂』は、我らガルー族の信仰の象徴。」
この『魂喰らいの結晶』は、ガルー族の『信仰』が歪んだ結果生まれたもの。ならば、その『信仰』そのものを、調律しなければならない。
龍馬は、自身の『調律の魔法』を、結晶の『信仰』の歪みへと集中させた。彼は、結晶から流れ込んでくる負の感情に、自身の『信頼』『慈愛』『希望』といったポジティブな感情を流し込んだ。
「違う! お前たちの信仰は、こんな歪んだものじゃない! お前たちは、本来、互いを信じ、支え合い、世界を慈しむ心を持っていたはずだ!」
龍馬は、心の中で、結晶に語りかけた。彼の言葉は、結晶の核へと深く浸透していく。
金色の光は、さらに強く輝き、結晶の黒い触手を焼き払い、その不気味な光を消し去っていく。結晶の中から、苦悶の表情を浮かべていた影の存在たちが、光となって昇っていく。
『マスター! 魂喰らいの結晶の魔力が、弱まっています! あと一押しです!』
ルミリアが、龍馬を鼓舞するように叫んだ。
龍馬は、残る全ての魔力を結晶へと注ぎ込んだ。金色の光が、結晶を完全に包み込み、その黒い輝きは、純粋な白い光へと変わっていった。
ギュルルルル……!
結晶は、最後にもがき苦しむかのように音を立てた後、静かに、そして完全に浄化された。黒い粘液は消え去り、周囲の空間も、本来の清らかな魔力に満ちていく。
龍馬は、その場に力なく倒れ込んだ。全身の魔力を使い果たし、指一本動かすこともできない。
『マスター! 無事ですか!? 素晴らしい調律でした! 魂喰らいの結晶は、完全に浄化されました!』
ルミリアの声が、喜びと安堵に満ちて響いた。
ガルー族のリーダーが、龍馬のもとに駆け寄ってきた。彼の顔には、驚きと、そして感謝の表情が浮かんでいる。
「まさか……本当に……! この『影の領域』が、こんなにも清らかになる日が来るとは……!」
リーダーは、浄化された空間を見渡し、感動に打ち震えていた。周囲にいた影の存在たちも、浄化された空間からは、もう現れることはない。
龍馬は、リーダーに支えられながら、ゆっくりと立ち上がった。彼の目の前には、白く輝く、美しい水晶が残されていた。それは、もはや『魂喰らいの結晶』ではなく、純粋な『信仰』の結晶へと生まれ変わっていた。
「これで……『大いなる獣の魂』の侵食も止まるはずだ。」
龍馬は、確かな手応えを感じていた。この世界の『信仰』の歪みを正したことで、世界の根源である『大いなる獣の魂』も、元の健全な状態へと戻るだろう。
彼の新たな次元での調律は、まだ始まったばかりだ。しかし、彼は、このガルー族という新たな同胞と共に、この世界の真の平穏を取り戻すため、さらなる一歩を踏み出すことになるだろう。
第三十四話では、龍馬が『影の領域』の奥深くに潜む『魂喰らいの結晶』を発見し、それがガルー族の『信仰の歪み』によって生まれたものであることをルミリアの解析で知ります。龍馬は、自らの『調律の魔法』で結晶の負の魔力と、その根源にある『信仰』の歪みを浄化し、困難な戦いの末に結晶を鎮めることに成功します。これにより、世界の『信仰』の歪みが正され、『大いなる獣の魂』への侵食も止まることが示唆され、龍馬の新たな次元での調律が、さらなる段階へと進むことを示して幕を閉じます。




