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第三話:はじめての魔物と見えない結界

「よし、じゃあ早速外に出てみるか!」


龍馬は高揚した面持ちで、部屋のドアを開け放った。目の前には、鬱蒼とした森が広がっている。ひんやりとした朝の空気が頬を撫で、どこからか鳥のさえずりが聞こえてくる。


「マスター、お供します。」


ルミリアが静かに龍馬の後ろに立つ。その存在は、龍馬にとって心強い反面、いまだに現実離れした感覚を抱かせた。


森に足を踏み入れると、土の匂いと草木の湿った香りが鼻腔をくすぐる。足元には見たことのない植物が生い茂り、頭上には奇妙な形の葉を持つ木々が空を覆っていた。陽の光は木々の隙間から細く差し込み、森の奥は薄暗い。


「管理者、ってのが張った結界って、どこまでなんだ?」


龍馬は警戒しながら尋ねた。


「この部屋を中心とし、半径およそ五十メートルが結界の範囲となっております。その範囲内では、いかなる魔物もマスターに危害を加えることはできません。」


ルミリアの言葉に、龍馬は少しだけ緊張を緩めた。半径五十メートル。それなら、ある程度の探索は可能だろう。


「この島の魔物って、どんなのがいるんだ?」


「この島には多種多様な魔物が存在しますが、一般的には、体長一メートル程度のフォレスト・ボアや、木々に擬態するウッド・スパイダーなどが確認されております。いずれも、マスターの現在の能力であれば対処可能です。」


フォレスト・ボア、ウッド・スパイダー。聞いたこともない名前だが、想像するだけでゾッとする。地球の動物と違って、魔法を使うのだろうか?


「よし、じゃあ、まずはこの結界の範囲内で、魔法の訓練をしてみるか。」


龍馬はそう言って、近くの木に狙いを定めた。


「昨日やった光魔法と念動魔法の応用だな。まずは、遠くの小石を動かす練習からだ!」


目を閉じ、体内の魔力に意識を集中する。指先に魔力を集め、それを伸ばすイメージで遠くの小石へと繋げる。そして、小石を浮かせようと念じた。


最初はピクリとも動かない。しかし、何度も繰り返すうちに、小石がかすかに震え、やがてフワリと宙に浮いた。


「よし! いける!」


龍馬は手応えを感じた。成功体験が、魔法の習得速度を加速させている。


次に、木に生えている葉を、指先でちぎるイメージで魔力を飛ばしてみる。青白い光が指先から放たれ、確かに葉がポトリと落ちた。


「すばらしいです、マスター。」


ルミリアの言葉に、龍馬は少し得意げになった。


その時、ガサガサ、と草むらが大きく揺れた。龍馬は咄嗟に身構える。


「何か来るぞ、ルミリア!」


草むらから現れたのは、体長一メートルほどの巨大な猪だった。牙は鋭く、全身の毛は硬質化してまるで甲冑のようだ。間違いなく、ルミリアが言っていたフォレスト・ボアだろう。その赤い瞳は、明らかに龍馬たちを獲物と見定めている。


「マスター、結界範囲内ですのでご安心を。しかし、これは実戦訓練の良い機会です。」


ルミリアは落ち着いた声で言った。フォレスト・ボアは、龍馬たちに一直線に突進してきた。その勢いは凄まじく、木々をなぎ倒しそうなほどだ。


龍馬は咄嗟に、防御魔法をイメージした。しかし、具体的な詠唱も、イメージも湧かない。


「くそっ、どうすればいいんだ!」


ルミリアの声が響く。


「マスター、身体を魔力で覆うことをイメージしてください! 『魔力障壁マナウォール』です!」


ルミリアの指示に従い、龍馬は全身の魔力を意識し、それを膜のように自分の周りに張るイメージをした。突進してきたフォレスト・ボアの太い牙が、まさに龍馬に届こうとしたその瞬間、目に見えない半透明の壁が、龍馬の前に展開された。


ゴンッ!


鈍い衝突音が響き渡り、フォレスト・ボアは魔力障壁に弾かれ、勢いよく後方へと吹き飛ばされた。地面を数メートル滑り、木に激突してようやく止まった。


「す、すごい……!」


龍馬は自分の手を見つめた。確かに、目に見えない壁がフォレスト・ボアの攻撃を防いだのだ。自分の魔法が、実際に身を守ったことに感動を覚える。


フォレスト・ボアは、よろめきながら立ち上がった。その赤い瞳は、怒りでさらに血走っている。再び龍馬に向かって突進してこようとしたが、途中で急に動きを止めた。


「キュゥ……!」


甲高い悲鳴を上げ、フォレスト・ボアは結界の境界線で立ち止まる。それ以上、一歩も前に踏み出せないように、何かに阻まれているようだった。その姿は、目に見えない壁に頭をぶつけているように見えた。


「これが、結界か……」


龍馬は、その光景に驚きを隠せない。本当に、目に見えない壁が存在し、魔物を遮っている。


フォレスト・ボアは何度か結界に体当たりを試みたが、いずれも無駄に終わった。やがて諦めたのか、恨めしそうに龍馬たちを睨みつけながら、森の奥へと去っていった。


「見事な対応でした、マスター。とっさの判断で『魔力障壁』を展開できるとは、やはり尋常ならざる魔力の持ち主です。」


ルミリアが感情のこもらない声で褒めた。しかし、その言葉は龍馬の胸に響いた。


「いや、ルミリアが指示してくれたおかげだ。ありがとう。」


龍馬は素直に礼を言った。やはり、ルミリアの存在は心強い。


「さて、この結界の範囲内で、いくつか試してみたいことがある。」


龍馬はそう言うと、ルミリアにいくつかの指示を出した。


一つは、魔力を感知する能力の訓練。自分の魔力だけでなく、周囲の魔力の流れを感じ取る練習だ。目を閉じて集中すると、森の木々や土、流れる風にも微かな魔力が宿っているのが感じられた。それは、まるで自然の生命力が、そのまま魔力となって存在しているかのようだった。


もう一つは、魔力を込めた攻撃魔法の練習だ。ルミリアの指導で、龍馬は手のひらに魔力を集中させ、それを爆発させるように放つ練習をした。


「**魔力弾マナブラスト**です。物体を破壊するだけでなく、その衝撃で相手を吹き飛ばすことも可能です。」


ルミリアの言葉通り、放たれた魔力弾は、狙った木の幹を大きくえぐった。その威力は、素人目にも恐ろしいほどだ。こんな力が自分に宿っているとは、想像すらしていなかった。


「これで、多少は身を守れるようになったな……」


龍馬は、自分の手のひらを見つめた。これまでは、社畜としてただ消費されるだけの存在だった自分が、今、異世界で強力な魔法の力を手に入れている。この力は、誰にも奪われることのない、自分自身のものだ。


午後になり、陽の光が森の奥深くまで差し込むようになった頃、龍馬は部屋に戻った。疲労はあったが、心地よい達成感に満たされていた。


「今日はありがとう、ルミリア。おかげで、自分の力の片鱗が見えた気がする。」


「マスターの成長は、管理者の意図するところです。明日以降も、訓練を続け、マスターの能力を最大限に引き出していきましょう。」


ルミリアはいつもと変わらない口調だったが、龍馬の心には、彼女への信頼が芽生え始めていた。彼女は、この異世界で唯一、自分を導いてくれる存在だ。


夜、シャワーを浴びてベッドに横たわると、龍馬は今日一日の出来事を反芻した。フォレスト・ボアとの遭遇、魔力障壁の成功、そして魔力弾の威力。どれもこれも、これまでの人生では考えられなかったことだ。


そして、脳裏には「調律者」という言葉がよみがえる。管理者とは何者なのか。なぜ、自分はここに連れてこられたのか。この異世界で、自分は何をすべきなのか。


まだ何も分からない。しかし、確かなのは、この異世界での生活が、東京での疲弊しきった日常とは、全く異なるものであるということだ。そして、その自由と未知への期待が、龍馬の心を静かに満たしていくのだった。

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