第二十八話:次元の狭間と謎の声
アヴァロンを後にした龍馬とルミリアは、しばらくの間、異世界の様々な場所を巡っていた。魔力の歪みは以前に比べて格段に減っていたが、それでも彼らの力を必要としている場所はまだ点在していた。荒れ果てた大地を癒し、枯れた水源に生命を吹き込み、歪んだ精霊たちを調律する。一つ一つの調律を終えるたびに、龍馬の力はさらに磨かれ、ルミリアとの絆も一層深まっていった。
『マスター。この世界の主要な魔力の歪みは、ほぼ調律されました。現在の魔力バランスは、極めて安定しています。』
ルミリアの声が、龍馬の心の中で満足げに響いた。彼らは、今、雪深い山脈の麓で、凍り付いた川を調律し終えたばかりだった。
「そうか。ようやく、この世界も落ち着いてきたってことか。でも、管理者から言われた通り、まだ見ぬ次元の歪みがあるかもしれないんだよな?」
龍馬は、澄み切った空を見上げながら呟いた。
『はい。私の解析では、ごく微弱ですが、遠く離れた次元からの魔力的な干渉が確認されています。それは、これまでマスターが感じた『歪み』や『願い』とは異なる、『呼び声』のようなものです。』
ルミリアの声に、龍馬はわずかに眉をひそめた。呼び声、か。
「呼び声……誰かが、俺を呼んでいるのか?」
『可能性はあります。その呼び声は、マスターの『調律の魔法』、特に『次元調律』の性質に強く反応しているようです。しかし、その発信源は、現在の私の解析能力では特定できません。』
ルミリアは、そう告げると、しばし沈黙した。龍馬は、その呼び声の感覚に集中した。それは、どこか懐かしく、しかし明確な意思を持った声のように感じられた。
その夜、龍馬は拠点の部屋で瞑想をしていた。自身の魔力とルミリアの存在を深く感じ取る中で、その『呼び声』は、ますます強く、そしてはっきりと龍馬の意識に語りかけてきた。
「……カミシロ、リュウマ……。聞こえますか……?」
それは、女性の声だった。どこか切なく、しかし凛とした、透き通るような声。
龍馬は、驚いて目を開いた。
「この声は……! ルミリア、聞こえるか!?」
龍馬が心の中で問いかけると、ルミリアが即座に反応した。
『はい、マスター! この呼び声は、非常に強い魔力的な波動を伴っています! 発信源は、明確には特定できませんが、この世界の次元の『狭間』に位置しているようです!』
次元の狭間。この世界と、まだ見ぬ別の次元の間に存在する空間のことだろうか。
「……私を……どうか……見つけて……。私を……止めて……。」
女性の声は、龍馬に助けを求めるかのように響いた。しかし、『止めて』という言葉に、龍馬は違和感を覚えた。何を止めろというのだろうか。
『マスター。この呼び声は、この世界の次元の『狭間』の特定の地点から発せられています。そこに次元転移すれば、発信源に到達できる可能性があります。しかし、次元の狭間は不安定で、予期せぬ事態が発生するかもしれません。』
ルミリアが、リスクを警告する。
「分かった。でも、この声を聞いてしまったら、放っておくわけにはいかない。危険を承知で、行ってみよう。」
龍馬は、迷うことなく決断した。困っている声が届いているのに、見て見ぬふりはできない。それが彼の性分だった。
龍馬は、ルミリアに次元の狭間への転移を指示した。
『承知いたしました、マスター。次元転移、開始します。』
青白い光が部屋を包み込み、体が浮遊する感覚。光が収まると、そこは、今まで経験したことのない、奇妙な空間だった。
周囲は、黒と紫の混じった、うねるようなモヤに覆われている。足元は不定形で、まるで安定しない足場が続いているようだ。遠くには、いくつもの光の塊が浮かんでおり、それが別の次元への入り口のようにも見えた。
『マスター。ここが、次元の狭間です。空間が非常に不安定で、魔力も混沌としています。』
ルミリアの声が、緊張を帯びて響く。
「このモヤ……なんだか、気持ち悪いな……。」
龍馬は、その混沌とした空間に、不気味さを感じた。そして、そのモヤの中から、無数の視線を感じる。
その時、モヤの中から、奇妙な存在が姿を現した。それは、不定形の黒い塊で、いくつもの腕のようなものが伸び、蠢いている。その中心には、不気味な赤い目が無数に光っている。
『マスター! あれは『次元の淀み(ディメンション・ブロブ)』です! 次元転移の際に発生する魔力の残滓や、次元間の歪みが凝縮されたもの! 近づくと、精神に悪影響を及ぼします!』
ルミリアが、強い警告を発した。
次元の淀みは、龍馬たちに向かって、ゆっくりと、しかし確実に迫ってくる。その存在からは、明確な悪意は感じられないが、近づけば、彼の精神を侵食しようとするのが分かった。
「くそっ、厄介だな! 神威の調律!」
龍馬は、金色の光を放ち、次元の淀みにぶつけた。光は、淀みの塊を包み込み、その混沌とした魔力を、静かに、しかし確実に調律していく。次元の淀みは、悲鳴を上げることなく、静かに消滅した。
『マスター。あの呼び声の魔力反応は、さらに深部へと向かっています。この次元の狭間の奥へと進む必要があります。』
ルミリアが、次に進むべき方向を示す。
龍馬は、警戒しながら、次元の狭間の奥へと進んだ。進むにつれて、空間はますます歪み、周囲を覆うモヤは、より濃く、そして不気味になっていった。そして、呼び声も、はっきりと聞こえるようになってくる。
「……もう……限界……。どうか……私を……止めて……。」
その声は、苦痛に満ちており、しかし、どこか諦めのようなものが滲んでいた。
やがて、龍馬の目の前に、巨大な光の塊が現れた。それは、複数の次元の光が混じり合い、混沌とした輝きを放っている。そして、その光の中心に、一人の女性の姿がうっすらと見えた。
彼女は、光に囚われているかのように見え、その表情は苦悶に歪んでいた。その女性は、どこか見覚えのある、しかし思い出せないような、不思議な感覚を龍馬に与えた。
「……私を……止めないと……この世界が……滅ぶ……。」
女性の声が、龍馬に直接語りかけてきた。
龍馬は、その女性の姿と、彼女から発せられる絶望的な『呼び声』を前に、息を呑んだ。この女性が、この次元の狭間、そして、この呼び声の正体なのか。そして、『この世界が滅ぶ』とは、一体何を意味するのか。
彼の新たな調律の使命は、またしても、世界の命運をかけたものになりそうだった。
第二十八話では、龍馬が異世界の最後の歪みを調律し、ルミリアとの絆をさらに深めます。その後、新たな次元からの『呼び声』を感じ取り、その正体を突き止めるべく『次元の狭間』へと足を踏み入れます。次元の狭間の混沌とした空間と、そこに潜む『次元の淀み』との戦闘が描かれ、最終的に、呼び声の主である謎の女性と対面します。その女性は、自身の力を止めるよう龍馬に懇願し、『この世界が滅ぶ』という新たな危機を示唆して幕を閉じます。




