第二十六話:アヴァロンの哀歌と虚ろな魂
天空の都アヴァロンに次元転移した龍馬は、その光景に息をのんだ。雲海の彼方にそびえる巨大な都市は、かつての栄光を物語るかのように壮麗ではあったが、同時に、深い悲しみに満ちた廃墟と化していた。壮麗な建造物は崩れ落ち、かつて空を飛んでいたであろう飛空艇の残骸が、瓦礫となって都市のあちこちに散らばっている。
『マスター。ここがアヴァロンです。この都市は、かつて高度な魔法文明を誇り、天空に浮かぶことを可能にした独自の魔術体系を発展させていました。しかし、約五百年前、突如として都市機能が停止し、その姿は雲海の中に消えたとされています。』
ルミリアの声が、龍馬の心の中で響く。彼女の知識は、このアヴァロンの歴史についても詳細に語っていた。
「五百年も前に滅んだ都市か……。しかし、これだけの魔力の歪みがあるってことは、何か原因があるはずだな。」
龍馬は、崩れかけた大通りを歩き始めた。足元には、朽ちた魔導具の残骸や、石化した草木が散乱している。都市全体を覆うのは、重く、そしてどこか冷たい魔力の淀みだった。それは、エルフヘイムの侵食魔法とも、地球の世界樹の暴走とも異なる、独特の歪みだった。
『マスター。この魔力の歪みは、『渇望』の感情に起因するものです。この都市の住民たちが、何かを強く求め続けた結果、その魔力が暴走し、都市の機能を停止させた可能性があります。』
ルミリアの解析に、龍馬は眉をひそめた。感情が魔力を暴走させる。それは、管理者たちが感情を排除しようとした理由の一つかもしれない。
都市の奥へと進むにつれて、魔力の淀みはさらに濃くなっていった。廃墟となった建物の中には、人影はなく、ただ、虚ろな静けさだけが広がっていた。しかし、その静けさの中に、微かな、しかし確かな「声」が聞こえるような気がした。
『マスター。ここから、複数の魔力反応を感知します。しかし、それらは生命の反応ではありません。』
ルミリアの警告に、龍馬は身構えた。
その時、崩れた建物の影から、不気味な姿の存在が現れた。それは、まるで霧のように半透明な人型で、顔には何の表情もなく、虚ろな目だけが光っている。手足は細く、ゆらゆらと宙を漂っている。
「あれは……何だ?」
龍馬が尋ねると、ルミリアが即座に答えた。
『エコー・レイスです。アヴァロンの住民たちの強い『渇望』の感情が、魔力として残留し、具現化したものです。物理的な攻撃は効果が薄く、彼らの『渇望』を鎮める『調律の魔法』、あるいは精神的な攻撃が有効です。』
エコー・レイスは、龍馬たちに気づくと、虚ろな目から赤い光を放ち始めた。その光は、龍馬の精神に直接語りかけるかのように、彼らの「渇望」を伝えてくる。
「もっと……力を……! もっと……栄光を……!」
無数の声が、龍馬の頭の中に響き渡る。それは、彼らの生前の願いなのだろうか。
「くそっ、うるさいな!」
龍馬は、自身の『調律の魔法』を放ち、エコー・レイスにぶつけた。青白い光が、エコー・レイスの半透明な体を貫き、その『渇望』の声を鎮めていく。エコー・レイスは、悲鳴を上げることなく、静かに霧散した。
しかし、一匹を倒しても、次々とエコー・レイスが現れる。彼らは、アヴァロンの至る所に存在しているようだった。
龍馬は、ルミリアの指示に従い、エコー・レイスを倒しながら、都市の最奥部へと向かった。そこには、アヴァロンの象徴である、巨大な円筒状の塔がそびえ立っていた。その塔の頂は雲海に隠れ、その内部から、最も強い魔力の歪みが感じられた。
『マスター。あの塔が、アヴァロンの魔力中枢、『天秤の塔』です。この都市の浮遊と、全ての魔術体系を制御していた場所です。そして、最も強い『渇望』の魔力が、あの塔の最深部に存在します。』
ルミリアの声は、どこか重苦しさを帯びていた。
塔の入り口は、巨大な扉で塞がれていた。その扉には、美しい彫刻が施されており、かつての繁栄を物語っている。しかし、そこには、無数のエコー・レイスが集まっており、虚ろな目で龍馬を見つめている。彼らは、塔の中へ入ろうとする龍馬を阻止しようとしているようだった。
「これだけの数を相手にするのか……。ルミリア、何か策はあるか?」
龍馬が尋ねると、ルミリアは、しばし沈黙した。
『マスター。このエコー・レイスたちは、彼らの『渇望』が満たされない限り、消滅することはありません。しかし、彼らの『渇望』は、この都市の魔力そのものと深く結びついています。塔の最深部にある、魔力の源を調律すれば、彼らの『渇望』も鎮まる可能性があります。』
ルミリアの言葉に、龍馬は頷いた。根本を調律しなければ、いつまでも同じことの繰り返しだ。
「よし、力技で突破するしかないな! 神威の調律!」
龍馬は、全身から金色の光を放ち、塔の入り口に群がるエコー・レイスたちに向かって突進した。彼の光は、エコー・レイスたちを包み込み、その存在を一時的に消滅させていく。
龍馬は、その隙に扉へと辿り着き、扉に手を触れた。扉からは、重く、そして悲しみに満ちた魔力が伝わってくる。
『マスター。この扉は、アヴァロンの最深部への鍵です。内部に、この都市の『過ち』が眠っているでしょう。』
ルミリアが、心の中で告げた。
龍馬は、自身の調律の魔法を扉に流し込んだ。金色の光が扉を覆い、複雑な魔術式が浮かび上がる。ゴオオオオ……! と、重々しい音を立てて、扉がゆっくりと開いていく。
扉の奥には、円形の広大な空間が広がっていた。そして、その中央には、巨大な水晶が静かに輝いている。しかし、その輝きは、どこか歪んでおり、その光の中に、無数の人影が蠢いているのが見えた。彼らは、苦悶の表情を浮かべ、何かを強く求めているかのようだった。
『マスター……! あれが、アヴァロンの『魂の結晶』です。アヴァロンの住民たちの魂が、その『渇望』と共に、結晶化したものです。そして、あの結晶こそが、この都市の魔力の源であり、同時に、この都市の『過ち』の象徴です。』
ルミリアの声が、震えるように響いた。
「魂の結晶……。住民たちの魂が、あそこで苦しんでいるのか……。」
龍馬は、その光景を前に、胸が締め付けられる思いだった。アヴァロンの人々は、何をそんなに強く求めたのか。その「渇望」が、都市を滅ぼし、魂を結晶化させるほどのものだったのか。
龍馬の、アヴァロンを救うための、最後の調律が、今、始まろうとしていた。それは、単なる魔力の歪みを正すだけでなく、虚ろな魂を救済する、哀しくも尊い調律となるだろう。
第二十六話では、龍馬が天空の都アヴァロンに到着し、その壮麗な廃墟と、都市全体を覆う『渇望』の魔力の歪みを目の当たりにします。この歪みが、住民たちの感情に起因するものであり、その具現化である『エコー・レイス』との戦闘が描かれます。そして、アヴァロンの最深部にある『天秤の塔』に到達し、都市の『過ち』の象徴である『魂の結晶』を発見します。龍馬の次の調律は、単なる魔力バランスの回復だけでなく、アヴァロンの住民たちの魂を救済するという、より深い意味を持つものとなることを示唆して終わります。




